7 真面目管理職、高遠薫 -2-
「あーでも良かった、安心したあ。もう心配で心配で夜も眠れなかったよ」
晴れ晴れした表情になって高遠係長は笑った。
ううむ、想像以上に心配をかけてしまったようだ。責任感が強いんだなあ。立派な大人だ、氏原とは違って。迷惑をかけて申し訳なかった。
「申し訳ありません。心配してくださってありがとうございました」
私もこういう立派な社会人になりたいから、しっかりと頭を下げてお礼を言っておく。
「いいのいいの。何でもなくて本当に良かった。これからも何かあったら気軽に話してね」
ホッとしたようで係長はとてもいい笑顔になっている。そして、
「ついでに聞いていい? あの、青柳先生って二人きりだと自分から話しかけてきたりするの?」
と女子の顔になって聞いて来た。
「へっ? まあ、それなりには話しますけど」
結構しゃべる。本当のところは。
「だよねえ。付き合ってるんだもんねえ」
係長は感心したようにしきりにうなずいた。
「いや、私さあ。青柳先生の声聞いたのって、初対面で氏原くんに紹介された時に『どうも……青柳です……』ってボソッと言われたのが最初で最後だからさあ」
その青柳先生のモノマネが変に似ていて、笑ってしまった。
係長は女性だし、声はもちろん全然違うんだけど、言い方が。声の小ささと、ぼそぼそっとしたしゃべり方がすごく似てる。
「係長、そんな特技あったんですね」
「え? 似てた?」
「すごく」
「あはは、彼女がそう言うんだったら間違いないね。私のモノマネもまだ捨てたもんじゃないか」
職場ではいつも厳しい顔をしてる係長が、こんなにニコニコしてるのも珍しい。飲み会でビール三杯+焼酎二杯いった時のテンションだ。
「私も blue blue blue はよく聞くけど、本人はこんな感じなんだ意外って思ったから。西浦さんが付き合い始めたって聞いても全然イメージできなくて。やっぱり西浦さんとはファンとしての気概が違うね、愛の深さが違うわ」
係長が言ってるのは曲への愛のことだと分かってるけど。愛の深さなんて言われると、ものすごく照れてしまう。
「はは、照れてる照れてる。西浦さんってさっぱりしたイケメンタイプだと思ってたけど、やっぱり女の子だよね。あ、これって同性でもセクハラかしら?」
係長、その手の話題に敏感すぎ。
「いえ、大丈夫です。ガールズトークの範囲です」
いいんだけど、やっぱり私のイメージは男役スターなのか。
「ガールなんて言われたの久しぶりよ」
と笑ってから、急に哀愁に満ちた表情になる係長。
「そう……そうよねえ。私もついこないだまで二十代で、恋愛して結婚する気満々だったのよね。それなのに気が付いたら、出産の危ぶまれる年齢に。女の旬って短いわあ」
か、係長。落ち着いて。
いきなりそんな、うなずくことも下手にフォローすることも出来ないデンジャラスゾーンに踏み込まないでください。
「西浦さん頑張って。青柳先生と幸せになってね!」
なんか励まされたけど、どう返したら正解なのか全くわからない。地雷原の真ん中に立っている心地しかしない。とりあえず愛想笑いで誤魔化しておいた。
宣言通り係長におごっていただく。
氏原みたいに『感謝しろ』とか『出来る男は違うだろ』とか押しつけがましく言ったりはしない。何も言わずにレシート持って何も言わずに会計してくれて、
「じゃあ今日はありがとう。わざわざ来てもらってごめんね。来週からまたバイトお願いできるかな」
笑顔でさわやかにしめる。本物の出来る人オーラを感じる。
「ごちそうさまでした。ありがとうございました」
私は元気よく頭を下げた。
「うん。これから大学? それとも青柳先生のところ?」
「大学ですが」
当たり前に『青柳先生のところ?』なんて聞かれると、照れるなやっぱり。
係長はちょっとだけ顔を曇らせた。
「あの、あのね西浦さん。ちょっと公私混同になっちゃうんだけど」
「はい? なんでしょう」
「青柳先生、例の企画どう考えてらっしゃるのかな」
例の、というと氏原と青柳先生でやろうとしてたインタビュー企画か。
「さあ、どうでしょう。分からないです」
多分、氏原のことを思い出したくないので記憶から意識的に消去したのではないだろうか。そのくらいあからさまに話題に上って来ない。
「やっぱりまだ、怒ってらっしゃるのかしらね」
「ええまあ、多分」
青柳先生、怒ると根に持つタイプっぽいしなあ。
「あと、氏原さん全然あやまりませんでしたし」
「そうなの?」
「ええ。へらへら笑ってアップルパイ渡しただけで、後は誤解を解きたいんですとか言うだけで」
プライヴェートなやりとりを他人に晒す行為に、誤解も何もないと思うけど。
「氏原くん……ホントに困った人ね」
あ、係長のこめかみに青筋が。
でもまあ、青柳先生がかなり怒っていた(そして多分、現在進行形で『いる』)のだけは間違いない。
「あの企画ね。私も出来ればやりたいのよ。青柳先生、人気あるのにそういう企画を今まで一切やってきてないでしょう。せっかくのご縁だからうちの会社でぜひインタビューを取りたい。blue blue blue の曲を愛している人はたくさんいる。その生みの親が曲や詞に込めた想いを知りたい人はたくさんいると思うのよ」
それは確かに。私もその一人だし。……でも。
「氏原さんが担当である限り無理じゃないでしょうか」
「そうね。氏原くんには降りてもらわなきゃダメかもね。出来れば私がお詫びして、責任者として企画を引き継ぎたいんだけど」
係長はそこで、ため息をついた。
「ほら、『どうも……青柳です……』でしょ? 先生と会話出来るのか、意思疎通が可能なのか。正直、自信がなくて」
そんなに構えなくても。青柳先生は未知の生物か。
「あの、チキンハートでコミュ障ですけど、しゃべってみると意外に気難しい人じゃないんで大丈夫じゃないですかね」
どっちかというとお調子に乗りやすい人だ。逆方向にもメーターが簡単に振れるので、ちょっと取扱注意ではあるけれど。
「西浦さんは彼女でしょ。波長も合うんだろうし、だからそう思うのよ。私はダメ、青柳先生と波長を合わせられる気がしない。ポケベルとスマホくらい遠い気しかしない」
ポケベル。それは私が生まれる前に流行っていたという古代の通信機器のことか。
うちの両親がポケベルでメッセージを送り合って愛の言葉を交わしたとかノロケていたが。
……係長。どっちがポケベルで、どっちがスマホ??
「西浦さん。プライヴェートに踏み込んでいるのは承知の上なんだけど、企画が成立するように協力してもらえないかな。もちろん出来る限りでいいの」
「はあ」
私もインタビューは読みたいし、その企画がなければ先生とは出会えなかったのだし。
そう思うと若干の恩義はバイト先に感じるのだ。
「新しい担当の人が決まったら紹介したり、やろうよって言ってみたりするくらいなら出来ますけど。割と頑固なところもあるっぽいので、言うこと聞いてくれるかは正直分かりません」
「うん、ありがとう。それだけで十分よ」
係長は微笑んだ。
「氏原くんのミスは会社の失態でもあるんだから。先生が怒ってらっしゃるというなら、時間をかけて何とか信頼を取り戻そう。西浦さんがいてくれて良かったよ、心強いわ」
そう言って係長は会社に戻って行った。




