◆5月 撮影旅行.大好きだから
朱音 身長 161cm
月葉 152cm
とても甘く感じたご飯を食べ終えた後も、私の気持ちは昂るばかりで、横に歩く月葉を直視できずにいる。
かわいいという言葉は私にとって、凄く特別なもの。それが月葉に伝わっているのかという不安と期待が入り交じって、胸が痛くなる。
私はなんとか、隣を歩く月葉に話しかけようと、話を切り出した。
「月葉、疲れてませんか? なんなら、私が傘を持ちますよ」
「ううん、大丈夫だよ。私は平気。さっき休憩できたしね」
月葉に強がっている様子はない。本音からの言葉みたいだ。
「朱音こそ、大丈夫なの? なんか疲れてない?」
私?
ここのところ、自分への配慮は足りなかったのかもしれない、とも思い起こしてみたけど、私はいたって健康。
おでこに手を当てても別に……熱いけれど、さっきのオムライスのせいにちがいない。
「私は元気ですよ。疲れたら教えてくださいね」
「わかってるよ~」
月葉は、当然じゃんと言わんばかりに笑った。
商店街は休日の昼だけあって、たくさんの人が店を選び歩いている。
穏やかな空はこんなにたくさんの人がいるなかでも、月葉にだけ猛威を振り続ける。
私たちは前へ前へと足を進めるけど、目的地はなかった。
ただただ、とり留めも無い話を続け、そうやって歩いているときにふと、私の耳に嫌な言葉が飛び込んできた。
「ねぇねぇ、あの人、こんなに天気がいいのに傘さしてるよ。日傘とか気取っちゃってるよねー。可愛いからってさ」
「あんまり大きい声で言うと聞こえちゃうよ」
ばっちり聞こえてますけど?
その声の方を目で追う。年は私と同じくらか。
二人の学生。学生というのは彼女らが学生服を着ていたから、簡単に判断がついた。
「月葉はちょっと、ここで待っていてくれますか?」
怒ったりするのは苦手だど、言ってやらないと気が済まない。
「……だめだよ。朱音はなにもしなくていいの」
「ですが──」
「だーめ」
「……!」
私の言葉の途中に、月葉の人差し指が私の口元へ押し当てられる。
でも、月葉は指先まである真っ黒のアームカバーのせいで、私の唇は無機質な感触だけを得た。
「さあ、切り替えてもう戻ろうよ。一ヵ所だけ寄りたいところがあったから、そこだけ寄ってさ」
「ん……、わかりました……」
月葉の静かな言葉には、力が強くのしかかっていて、私は抗うことを諦めるしかないほどだった。
その場から少しだけ歩いたところで、急に月葉が立ち止まって、私は振り返る。
刹那、彼女の口がゆっくりと開いた。
「ねえ、朱音」
「どうしました? やっぱり言い返して来て欲しいとか?」
「違うよ。その……、手繋いでいい?」
弱々しい声音を震わせながら、私に手を差し出しました。
「月葉……」
私の大好きな人。小さな涙がこぼれている。
無理をしないでって言うことはできるけど、月葉はそんなことできないのだろう。
弱い身体。制限をつけられた身体。生まれつき与えられた月葉には、無理をせずに生きるなんて言うことは、あまりにも無責任なように感じる。
でも、せめて……
「強がらないでほしいです。せめて私の前では、正直にいてほしいんです」
涙となってしまいそうな目のぼやけを、手で必至に拭う。
頬に滴がつたった時、私は溢さないようにすることをやめるしかないと思った。
それは無意味なことと切り捨てたのではなく、受け入れるのが正しいと思ったから。
私は自分の持ってきた折り畳み式の傘を広げ、そしてそれを持つのとは逆の手が、月葉の手と繋がった。
「これで一緒ですね。さあ行きましょう!」
私は月葉の手を引いて進む。
ひたすら前を向いて進んだ、この時の月葉の顔を、私は見られなかったけれど、手から伝わる熱が月葉の感情の昂りを十分に教えてくれた。
私は僅かなもやもやを残しつつ、次の目的地への歩みを進めた。
不安な気持ちは皆抱えているんです