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私は彼女に恋をした  作者: まどるか
5/30

◆5月 撮影旅行.クレープ

朱音 月葉の好きなところ、全部

        (特に髪を撫でるのが好き)

月葉 朱音の好きなところ、全部

        (特に艶やかな髪)

「ねえ朱音」

「どうしました?」

「お昼の時間じゃないかな?」


 それは店を何個か巡り歩いた後。

 クレープを片手に持った人が言うのに、ふさわしくない言葉を、月葉は淡々と言ってしまった。


「月葉、ちょっと見せてください」


 私は月葉の腕につけられた時計を見る。時間は既に、正午を1時間ほどすぎていた。


「ん? クレープ食べたいの?」


 月葉は腕時計をつけている方の手にクレープを持っていたから、私が時計をじっと見ていた姿を、クレープを物欲しそうに見ているように見えたのだろう。

 それは少し恥ずかしい話。


「そ、そういうのでは……」


 否定しかけて、さっと口をつぐむ。

 今の私は腕時計をみていたということを、素直に話せばいいだけ。

 でもそれをしなかったのは、私がクレープを食べたいから。

 ただクレープを食べるなら、今ここで買えばいい話。

 でもそれではだめ。

 私が食べたいクレープは、この目の前にあるもの。ただ一つしかないのだから。


「はい。食べたくなってしまいました。少しもらってもいいですか?」

「もちろんいいよ。じっと見るんじゃなくて、言ってくれればあげるよ♪」


 「はいっ」と月葉の手から差し出されたクレープに、私は口づけをした。イチゴと生クリームの相性はいつ食べても最高。


「ありがとうございます。美味しいです」


 言いながら顔を上げて月葉を見る。

 すると月葉は、顔を赤く染めてモジモジしていた。そんな姿をされると、恥ずかしさが戻ってきてしまう。


「ご飯のことですが月葉は大丈夫ですか? 私は一口だけですがクレープを食べた後になると……」


 えも言えないような恥ずかしさを紛らわせようと、私はお昼ごはんの話に戻した。

 せっかく私にクレープをわけてくれた月葉が、笑っていて欲しいから。

 恥ずかしがる顔も、凄くいいけど。


「大丈夫だよ。クレープは別腹だもんね♪」

「食べる順序が逆だと思いますが……。まあ月葉がそれでいいのなら」


 私はスマホを取り出して周辺の店を調べてみた。『商店街探索マップ』みたいなのがあればよかったんだけど歩いている途中ではそれらしきものがなかった。


「月葉、何が食べたいとかあります?」


 スマホから目を離したときには、クレープはもうなくなっている。

 月葉の手には、したの紙の部分だけあった。

 「うーん」と声を漏らしながら悩んだ末に、月葉は一つの答えを出した。


「私オムライスがいい!」

「いいですね。賛成です。えっと……この辺りだと」

「ここだよ! ここ!」


 クレープ屋さんのはす向かいの店を指差しながら、月葉は言った。

 その店のショーウィンドウに並べられた食品サンプルは、ほとんどがオムライス。


「月葉、まさか……」

「これ見てたら食べたくなっちゃった♪」


 単純過ぎるとも思ったが、私の言えたことではないことに気づいてしまう。だって、私は今、とてもオムライスの気分なんだもの。

 好きな人が食べたいと言ったものが食べたくなるなんて、月葉よりも私の方がよっぽど単純。


「店の思う壺ですね。まあ、私もその壺の中に入っていくわけですが」


 月葉は私の手を優しく引く。笑った顔だけを私に見せながら。


「早く行こっ♪」


 と、月葉は言うのです。

 もう私は月葉だけでお腹一杯。なんて言葉を喉でつっかえそうになっところをのみこんで、私はその手に導かれるがまま、店の中へ入った。

 店内は暖色系の壁紙が使用されていて、その適度な騒がしさと、青の落ち着いた感じの服装の店員さんに、とても似合っている。

 私はかにクリームコロッケの乗ったオムライスを注文し、メニュー表を戻した。

 店の中でようやく落ち着いた月葉は「ふぅ~」と吐息を漏らす。


「月葉、疲れていませんか?」


 どこがとは言いにくいけど、疲れた表情。

 月葉は体が弱いから。心配になる。


「うーん、確かにちょっと疲れたかなぁ。ここでまた少し休憩してもいい?」

「構いませんよ。というよりはむしろ、私からのお願いですね。月葉が苦しむ姿は見たくありませんから」

「……」


 月葉が口を尖らせて、何か言いたげな表情をする。


「朱音って、そういうこと平気で言っちゃうんだよねー」

「な、何かいけませんでしたか?」

「やっぱりずるい」


 でも最後の言葉は、私の耳にまで伝わってはくれなくて。


「ごめんなさい。もう一度言ってもらえませんか? 周りの音で……」

「ううん、ただのひとりごとだから」


 喧騒に包まれたこの空間では、相手に聞かれたくないことも小さな声なら、相手の前で口に出すことができる。

 月葉の言葉が、私には内緒の言葉なのかもしれないし、またこれからも、月葉は声を漏らしてしまうかもしれない。

 私は聞き耳をたてたりはしない。月葉の私に伝えたい言葉だけを、私はきいていたいから。

 私もまた、一つだけ言葉を漏らす。


「イチゴと生クリームみたいな関係になりたいっていうのは変なんでしょうかね」


 欲張りな私は、クレープだけではお腹一杯にはならならない。

 オムライスをあーんって食べさせたり、食べさせてもらったり、月葉とすればきっと楽しいだろうなと思うような妄想をして、私はオムライスが来るまでの時間を過ごした。

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