理由③
視点:月葉
「朱音ちゃんのこと好きだよ」
奈由菜のこの言葉を、私が理解するより先に、奈由菜は続けて私に訴える。
「隠すのはもうやめよ。ねえ、月葉ちゃん。本気で話そうよ」
私は混乱して声が出なかった。
もしかしたら、もう嘘はやめてって言われたたのかも知れない。"隠す"とはまた違った"嘘"というものを見抜かれたかもと思うと口は自由にきかなくなる。
「あたし、本気だよ。諦めるって思ってもどうしようもないことってあるの。月葉ちゃんがいらないって言うのならあたしが欲しい」
知らない感情が私の中で渦巻く。何をどうすればいいとかそんな単純な話。
なの……?
「月葉ちゃん、きいてる?」
奈由菜は大きな目を私に向けて、さらに顔を近づける。そして私の頬を両手で挟んだ。
「ねえ聞いてるのー?」
「きひてふ」
私の頬を押さえる奈由菜がすっごく悪い顔してる。
「えー、なに言ってるのかわかんないよー?」
あんたが押さえてるせいでしょ!
……と言うことすら、手で押さえられているせいで満足にできない。かわりに私はジト目で睨み付けてやる。
奈由菜の手はやがて私の頬を離れた。
奈由菜もその後はなにも話さず、しっとりと柔らかく匿ってくれるような天使の笑顔で、それでも流した涙の跡を残しながら私を見つめた。
うちの写真部一の美少女、その笑顔の破壊力は凄まじい。
私は一度だけ下がって自分を見るべきだ。
Q.偽りを重ねて、何を得た?
A.自分の気持ちを知れた。
強すぎるせいで苦しくなったけど。
Q.私は何を恐れている?
A.
「私は……」
言葉が詰まる。
所詮は意味など持たないのだ。一人で考えるだけでは何も生まない。
本当の答えさえも暗闇の中くすぶったまま。
「あたし、嫌いじゃないよ。月葉ちゃん」
意図がわからない。でもその言葉は意外とずっしりと私の心にきた。
奈由菜は私の対面に座ったまま続きを話す。
「だから叶わぬ恋は手放そうともしたの。なのに月葉ちゃんがそれをやめようとした。続けようとしなかった」
「叶わぬ……恋?」
朱音が私のことを好きだったからか?
だがそうだとしても変だ。だってまるで朱音の私への好意をずっと知っていたかのような言い種じゃないか。
知っていたから諦めようとした。
それならなぜ知っていたんだ?
「そんな不思議そうな顔するの?」
奈由菜は笑う。
答えが解ってないの? って嘲るように。
だから私の方からは話さず向こうの言葉を待った。
「あたしは見てたからわかったよ。月葉ちゃんが休んだときも、朱音ちゃんの口から月葉ちゃんのことが話題にでないことはなかったし」
「朱音ってば……」
全身が熱くなる。
そこまでくると恥ずかしさもやばい。いっそのこと吹っ切ることができたらどれだけいいか。
これは単純な答えだ。
こんな答えも導き出せないようでは私の自問はいつまでたっても解かれないだろう。
「クラスでも、部室でも、朱音ちゃんと……それに月葉ちゃんと。一緒にいる私はさすがに気づくよ」
「……まあいいや。どうでもいい」
うん。どうでもいいよ。
私が欲しいのは導きだ。自分のやってることが正しいなんて思ってたなら、自問自答なんてしない。
私は助けを求めて手を伸ばしたい。
「私は奈由菜のこと大嫌いだよ」
奈由菜は面食らったように目を丸くする。それがちょっと間抜けで笑える。
「えーっと……いきなりそれは驚きかも……」
「私の素直な気持ちだよ。奈由菜ちゃん」
「……っは。あははは。やっぱり月葉ちゃんは」
でも奈由菜は笑っていた。頼りたい天使のような笑顔はさっきのまま。こんなにいい人はそうそういないや。
「お願い。奈由菜を頼らせて。こんなの残酷なのかもしれないけど、だけど──」
「もちろん。私を頼ってよ。私はそのつもりで声をかけたの」
奈由菜ちゃんはこんなかっこいいことも言えるんだと、今まで知らなかった分どんどん知れる。
「でもね私が手を貸すんだから、月葉ちゃんはすべてを飲んで決して離さないと誓って。じゃないと私が噛んじゃうから」
奈由菜の声はちょっと頼りなくて、なのに虚勢を張ってる感じが堪らなく愛しくて、きっと私たちは友達になれると思った。
「私にもっと教えて。私がどうすればいいのか。自分だけじゃまだ何度も間違えそう」




