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私は彼女に恋をした  作者: まどるか
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理由②

 人には色々なタイプがいる。

 元気で明るく振る舞うタイプ。毅然としてあまり多くを語らないタイプ。冷静沈着で物事を1歩ひいて見るタイプ。

 こうして見れば月葉と奈由菜は似た者同士。

 月葉の抱く感情は同族嫌悪ってやつなのかも。 


 奈由菜が見せてきた涙のこと。月葉は少しだけ理解した。

 どうしてか奈由菜は朱音の告白を知ってて、それを断った月葉に怒りを見せてきた。

 だけど理由がない。奈由菜が怒る理由もない。意味がわからないけど、月葉の目からも涙がこぼれてきた。

 この理由もまたわからない。でもこの涙は奈由菜のせいで、原因は月葉自身だ。


「告白を断ることって、何がおかしいの?」


 口に含んでいた苦い空気を一気に吸い込むみたいに気持ち悪い。自分の言葉が、嘘が、たまに重くなる。

 でも本心なんてさらけ出したら、……だめ。

 月葉はその後も強気に言葉を積む。


「私と朱音は親友なの。わかるでしょ?」

「……それがなんだって言うの?」


 いつも元気で、うるさくて、明るい奈由菜はいない。

 この部室に包まれたギスギスした空気に飲まれるように、奈由菜の心は真っ暗だ。


「親友ってのはさ、すごく確かなものなの。奈由菜にも柚子里ちゃんがいるでしょ」

「……まあ、確かに。あたしだって、柚子里が隣にいてくれるとなんか安心する。それはわかるけど──」


 奈由菜は少しだけいつもの優しい感じに戻った。でもトーンはあまり変わらず、普段の彼女にはほど遠い。

 月葉は奈由菜が座っている理科室にあるような黒いテーブルの対面に腰かけた。

 そして息をするように、月葉は言葉を吐く。


「私はね、親友なの。朱音と親友。壊れてしまいそうなあやふやな"恋人"って関係にしたくないの」


 月葉のいいわけはすごくもっともらしくて自分で感心した。


「私のやってることって変?」


 月葉はちょっとだけ威圧的に言った。

 威圧的に"なった"んじゃない。意識して。こうしたのだ。これ以上話したくないから。

 今すぐ席をたてばいいのかもしれないけど、それだとまだ外にいるかもしれない朱音に今は会いたくないって思ってしまう。

 朱音と会いたくないって考えたくない。出来れば奈由菜には黙ってもらってこのまま静寂だけを感じていたかった。

 でもそんな月葉の願いむなしく、向かいに座る奈由菜はすぐに口を開いた。多弁な奈由菜を黙らせるのはむずかしい。


「変だよ。月葉ちゃんがやってること全部おかしいよ」

「……どうして?」

「わかってるでしょ。わかってて言ってるんだよね?」

「なんのこと?」


 すぐに否定されたことによる苛立ちがあったおかげで、月葉の口調も厳しくなる。

 部室にはピリピリした空気が漂い二人だけを包む。


「朱音ちゃんが月葉ちゃんを傷つけることは絶対にしない、するわけがないよね。そういうことだよ」

「なにそれ」


 認めるわけにはいかなかった。

 これを認めてしまえば、放った言葉「恋人という壊れてしまいそうな関係」ってことに対して矛盾が生じるから。

 これが覆れば月葉が表向きに朱音といられない理由がなくなる。恋をすることができてしまう。


「朱音ちゃんすごく優しいよ」


 つまり、認めたらさっき言ったこと全部ひっくり返る。

 やはり苦しい。選んだ道を歩くことで自分のからだの傷ばかりを増やしている。

 こんな"からだ"じゃなければと、月葉は肌に触れる度思う。

 窓ごしに覗く空の下で、朱音と二人歩いた時間がどれだけ幸せなものか確認することはできるけど、それはものすごく空虚だ。


「そんなのわかんないじゃん。朱音だって私を裏切るかもしれない。人の気持ちなんて移ろいやすいから……」


 渦巻く感情に必死でブレーキをかけながら口にする言葉はやはり不味い。

 不味すぎて涙が出る。きっと涙もろくなっているだけだ。


「……ほら。月葉ちゃんはわかってるんだよ」


 奈由菜の諭すような声に耳を傾けた。月葉は救いを少なからず求めているのかもしれない。


「朱音ちゃんとの関係は絶対に壊れたりしない。いや、朱音ちゃんが絶対に壊したりしない。それを月葉ちゃんは知ってて、それでいて嘘をついてる」


 奈由菜が何を言いたいのかわかる。わかるってことは。嘘なんだ。

 月葉からしたらわかってたことだけど。


「奈由菜に言われても、知らない……」


 間違いが多いのは、破綻しまくっているのは月葉だ。

 だから卑怯な手で突っぱねて、月葉は机に伏した。

 そのまま真っ暗闇の中で時間を過ごせれば楽だと思ったから。


 スー……ハー


 一度だけ。深い呼吸。

 この部屋にいるのは、月葉たちが言い合いしているうちに、奈由菜と二人だけになった。

 ってことは月葉の耳に届くこの呼吸は奈由菜のもの。

 月葉は気になって顔を上げた。


「なにやってるの?」


 嫌いな人。月葉にとって奈由菜のことを苦手というには少し優しすぎる。それは事実にならない。

 振り撒く笑顔を欠かさずに、誰より何かに夢中になってる。でも誰より適当で……。月葉の奈由菜に対する印象はそんな感じ。

 だけど奈由菜の目のなかに見据えるものは曖昧で、だけどすごく強い。確固たる意志みたいなものがメラメラと火を灯していた。


「ねえ。言わせてもらうよ」


 奈由菜の言葉に静止を促すことなんて、月葉には出来なかった。その目に浮かび上がる覚悟と、月葉が持っていないもののまぶしさのせいで、少なくとも月葉には止めることができない。

 そのまま奈由菜の言葉は告げられる。


「あたしね、朱音ちゃんのこと好きだよ。きっと、月葉ちゃんと同じ好き。だから、あたしは言うよ」


 意味が分からない。

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