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私は彼女に恋をした  作者: まどるか
27/30

夏祭り

 正直なところ、ちょっとバレてる部分があるのかなって思ってた。

 私の体調をすごく気にしてくれるし。そういうところから来る優しさなのかなって。

 もう察してるのかもなっていう想いが少なからずあったから、告げるのが楽だったのに。朱音の反応はあまりにも正直で、私は眼を背けてしまう。


「…」

「なにが……」


 朱音は言葉を止める。理由はよくわからない。

 そして、私もまた正直だったみたいだ。以心伝心みたいで嬉しいなんて思う余裕は、私にしかないのだろう。


 私は病気だ。そして、それを初めて告げる。

 朱音の温かい体を、浴衣越しに感じる中で。

 花火はまだあがっている。乱れたペースを踏みながら、音が積み上げられていく。それがなんだか落ち着かない。


「そこまでなんですか? 月葉が聞いて欲しいのは」


 違うのでしょうと、見えないところで訴えてくる。いや、もしくは、私にその先を言って欲しいという朱音の願いが、朱音自身の声に力を与えたのか。

 なんにしろ、朱音の訴えは正しいものだ。


「違うよ。聞いて欲しいのはもっと先。これだけしか話さないなんて、薄情なことしないよ」


 夜の空に飛ばされては消える光を眼で追いながら、今度は私の方が見られる立場となっていた。

 繋がれた手は汗ばんでいて、朱音のもう一方の手には扇子が握られている。あおいでいる余裕はないようだったけど。


「結論から言うとね、死なないよ」


 朱音の顔を見る。表情は変わらない。

 そういうレベルの話ということと、死なないという言葉の謎の安心感からなのか。

 朱音の表情は一ミリも揺らがない。

 それなのに、私に触れた手に力が入っている。

 朱音の焦りは簡単にわかるから、ちょっとおもしろい。


「死なない……ですか」

「昔からわかってたことでね、でも最近は良くなってきたんだよ。だから朱音に伝えようって思えたんだから」


 良くなったの言葉で、朱音の表情がわかりやすく変わる。

 笑うわけでもないけれど、緩むのだ。

 私のことで取り乱してくれるのが嬉しい。こんな感情、持ってはいけないのかもしれないけど。


「ねえ月葉」

「質問?」


 朱音はもう花火には目もくれず、じっと私の顔を見てくる。照れるなんて言わない。じっと見つめ返してやる。


「私は月葉の言いたいことだけ、聞いていたい」

「……わかんない」


 朱音は自分のなかで言葉を完結させる。

 それがちょっと嫌で、私は膨れ顔をして言った。


「ええっとですね、つまりは、月葉が私に話したいことだけを聞いていたい、ということです!」


 どうしてか、朱音は顔を赤くしながら話す。

 私の方が朱音よりも国語力は高いはずなのに、好きな人の考えてることが、朱音の言いたいとするところがわからないとは。

 こういう時につくづく思うのは、学校の勉強なんて意味ないんじゃないかってことである。


「やっぱり──」


 わかんないや。そう言おうとした。

 でも朱音が、自分の言葉を急ぐように走らせた。


「で、でも。これだけ。これだけ質問させてください」


 まっすぐ私を見つめる目。そう。これが苦しくて、愛しくて、私は今まで決められなかった。

 だけど、今はもう違う。


「うん。なんでも聞くよ」


 朱音。あなたの目を見て、あなたの言葉を受け止めるよ。

 次の質問だけは、本当のことを言おう。これだけは、私が私自身に救いを……。


「私のこと、嫌いにならないでください」

「何言ってるの? 嫌いになんてなるわけ──」

「好きなんです。月葉のこと」

「へ?」


 ……あー。そうか。前にも言われたことあるもん。

 『好き』はずっと特別なもの。あなたとの親友の証。だから……。


「月葉、好き……です」


 あれ?

 でも、どうして、「嫌いにならないで」だなんて言ったのかな。


「今だって、月葉に抱きつかれてる状態で、心臓バクバクなんです」


 あ、同じだ。私と同じ。


「なーんだ」


 私たち、ずっと一緒だったんだ。

 お揃いのピンクの鞄。お揃いのキーホルダー。今はまだつけられないけど、ピアスも買ったりした。

 一緒になりたくて。この気持ちを忘れかけていたような気がする。

 でも……。


「……なんで、それを言おうと思えたの?」

「私もきっと、月葉と同じです。ただ、話したいことが違っただけで……」


 やっぱり違う。目指すところが違ったんだ。

 私は諦めようとして、朱音は続けようとした。実るまで止まるつもりはないのかもしれない。


「そ、それで! どうなんですか!」

「ん? なんだっけ?」

「嫌いにはなりませんか?」

「ならないよ。私も好きだもん」


 私は笑った。

 笑えてきた、というのが正しいか。


「……ごめんなさい。私はわかってたんです。月葉が私を嫌いになるはずないって。優しい月葉なら、私の気持ちも、優しく包み込んでくれるって。だから──」


 涙を流す彼女の目に、映っていないのが嫌。だから私は向き直して、私の両手の平を使って朱音の頬を挟み、うりうりしてやった。


「ちょ……ちょっと月葉。やめへ……」

「そんな顔しないでよ」

「でもこれは、月葉が頬をおさえているせいで……」

「フフっ」


 確かに変な顔。

 思わず笑っちゃった。

 ほんと、こんな顔、私に以外見せられないよ。


「違うよ。泣いた顔。泣かないでってこと」

「で、でも──」

「ごめんね。朱音。私はね、与えるだけの愛を持ち合わせていないの」

「わかってます。ただ、嬉しいんです」


 嬉しいなら、泣かないで。私以外の誰か言ってよ。

 私に、言う権利はないんだもん。


「だけど、最後にもうひとつ……」

「なあに?」

「月葉、本当のこと言ってますか?」


 朱音が意図するところとは違うところで、私は核心をつかれた。


「本当だよ」


 何枚もある舌は、一つ嘘を増やしたくらいでは、自分へのダメージはないし、ばれることもない。


「そうですか……。あ、花火」


 朱音がそう言った時に空を見上げたけど、何もない。

 ただ、音だけは聞こえた。大きな音。


「一番大きかった」

「月葉も見えましたか?」

「うん。見えたよ」


 見過ごしてない。ずっと見てたもの。

 目の前に咲いている、立派なひと。

 その横顔に映る表情への罪悪感。私が背負うには難しいの。


「今のやつが、最後かな」

「月葉」

「ん?」


 朱音は小指を差し出してきた。


「指切り」

「……うん」


 小指と小指が絡まって、一つの誓いがたつ。

 明確な約束ごとじゃない。私たちは嘘をつく。

 何かが定められるわけでもない。そんな誓いにだって、嘘をつく。

 バレなければ、それは真実だから。

 ならば誓いはなんのためか。

 決まってる。


「……帰ろうか」

「家まで送りましょうか?」


 いつも通りだ。

 私は朱音を振ったのに。朱音は私に優しすぎる。


「ううん。大丈夫。お姉ちゃんが一緒に帰ってくれるから」

「そうですか。わかりました」

「朱音は澄ちゃんと一緒に帰ってあげて」

「そうします」


 少しして、私たちは初めに集合した、児童館の前に行った。

 私はお姉ちゃんに、朱音は澄ちゃんに、連絡をとってから集合した。

 澄ちゃんは友達と来ていたようで、その子と別れてからこっちに歩み寄ってきて、私に挨拶してから朱音と話し始めた。ほんと、できた妹だ。


「お姉ちゃん」

「どうしたの? 澄」

「……そっか」


 朱音と澄ちゃんが二人で話している。姉妹の会話には少し入りにくい。

 しかも、澄ちゃんの方が、真剣な表情だったから、余計に。


「帰りましょう。私、もう眠いわ」


 私のお姉ちゃんは小さくあくびをしながら言った。


「うん。そうだね」


 私たちは帰路についた。もちろん別れの言葉を、朱音と澄ちゃんに残してから。

 スマホに入っていた連絡を確認する。

 さっき送られてきていたもの。奈由菜ちゃんからだったか。

『なにかあった?』


「……」


 送り返す言葉が見当たらず『なんで?』とだけ送った。


「ねえ月葉」


 隣を歩くお姉ちゃんの、私に放った言葉。


「どうしたの?」


 最初はただの間合わせだと思った。だから軽いトーンで答えた。


「私の胸でよければ貸すわよ」

「……いいよ。間に合ってる」


 ちょっとびっくりしたけど、私はお姉ちゃんに一瞥もくれずに、前を向き続けた。

 でもまあ、終着駅なんて、近いものだ。

 家に着いて、疲れた足を揉んでみる。効果は期待できそうになかったから、自分の部屋に入って、顔を布団にうずめた。

 真っ暗。私の行く先と似た景色。


 左手で右手の小指を握る。

 誓いをたてたその指には、まだわずかに温かさが残っているようにも感じる。

 先の見えない私には、この微かな温もりさえ、欲しくて仕方がない。


『誓いが何のためか』って?

 決まってる。

 私は触れたい。小指と小指を絡ませて、少しの間だけでも触れていたいから、私は誓いにすがるのだ。

 それが禁忌と知りながら。

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