夏祭り
正直なところ、ちょっとバレてる部分があるのかなって思ってた。
私の体調をすごく気にしてくれるし。そういうところから来る優しさなのかなって。
もう察してるのかもなっていう想いが少なからずあったから、告げるのが楽だったのに。朱音の反応はあまりにも正直で、私は眼を背けてしまう。
「…」
「なにが……」
朱音は言葉を止める。理由はよくわからない。
そして、私もまた正直だったみたいだ。以心伝心みたいで嬉しいなんて思う余裕は、私にしかないのだろう。
私は病気だ。そして、それを初めて告げる。
朱音の温かい体を、浴衣越しに感じる中で。
花火はまだあがっている。乱れたペースを踏みながら、音が積み上げられていく。それがなんだか落ち着かない。
「そこまでなんですか? 月葉が聞いて欲しいのは」
違うのでしょうと、見えないところで訴えてくる。いや、もしくは、私にその先を言って欲しいという朱音の願いが、朱音自身の声に力を与えたのか。
なんにしろ、朱音の訴えは正しいものだ。
「違うよ。聞いて欲しいのはもっと先。これだけしか話さないなんて、薄情なことしないよ」
夜の空に飛ばされては消える光を眼で追いながら、今度は私の方が見られる立場となっていた。
繋がれた手は汗ばんでいて、朱音のもう一方の手には扇子が握られている。あおいでいる余裕はないようだったけど。
「結論から言うとね、死なないよ」
朱音の顔を見る。表情は変わらない。
そういうレベルの話ということと、死なないという言葉の謎の安心感からなのか。
朱音の表情は一ミリも揺らがない。
それなのに、私に触れた手に力が入っている。
朱音の焦りは簡単にわかるから、ちょっとおもしろい。
「死なない……ですか」
「昔からわかってたことでね、でも最近は良くなってきたんだよ。だから朱音に伝えようって思えたんだから」
良くなったの言葉で、朱音の表情がわかりやすく変わる。
笑うわけでもないけれど、緩むのだ。
私のことで取り乱してくれるのが嬉しい。こんな感情、持ってはいけないのかもしれないけど。
「ねえ月葉」
「質問?」
朱音はもう花火には目もくれず、じっと私の顔を見てくる。照れるなんて言わない。じっと見つめ返してやる。
「私は月葉の言いたいことだけ、聞いていたい」
「……わかんない」
朱音は自分のなかで言葉を完結させる。
それがちょっと嫌で、私は膨れ顔をして言った。
「ええっとですね、つまりは、月葉が私に話したいことだけを聞いていたい、ということです!」
どうしてか、朱音は顔を赤くしながら話す。
私の方が朱音よりも国語力は高いはずなのに、好きな人の考えてることが、朱音の言いたいとするところがわからないとは。
こういう時につくづく思うのは、学校の勉強なんて意味ないんじゃないかってことである。
「やっぱり──」
わかんないや。そう言おうとした。
でも朱音が、自分の言葉を急ぐように走らせた。
「で、でも。これだけ。これだけ質問させてください」
まっすぐ私を見つめる目。そう。これが苦しくて、愛しくて、私は今まで決められなかった。
だけど、今はもう違う。
「うん。なんでも聞くよ」
朱音。あなたの目を見て、あなたの言葉を受け止めるよ。
次の質問だけは、本当のことを言おう。これだけは、私が私自身に救いを……。
「私のこと、嫌いにならないでください」
「何言ってるの? 嫌いになんてなるわけ──」
「好きなんです。月葉のこと」
「へ?」
……あー。そうか。前にも言われたことあるもん。
『好き』はずっと特別なもの。あなたとの親友の証。だから……。
「月葉、好き……です」
あれ?
でも、どうして、「嫌いにならないで」だなんて言ったのかな。
「今だって、月葉に抱きつかれてる状態で、心臓バクバクなんです」
あ、同じだ。私と同じ。
「なーんだ」
私たち、ずっと一緒だったんだ。
お揃いのピンクの鞄。お揃いのキーホルダー。今はまだつけられないけど、ピアスも買ったりした。
一緒になりたくて。この気持ちを忘れかけていたような気がする。
でも……。
「……なんで、それを言おうと思えたの?」
「私もきっと、月葉と同じです。ただ、話したいことが違っただけで……」
やっぱり違う。目指すところが違ったんだ。
私は諦めようとして、朱音は続けようとした。実るまで止まるつもりはないのかもしれない。
「そ、それで! どうなんですか!」
「ん? なんだっけ?」
「嫌いにはなりませんか?」
「ならないよ。私も好きだもん」
私は笑った。
笑えてきた、というのが正しいか。
「……ごめんなさい。私はわかってたんです。月葉が私を嫌いになるはずないって。優しい月葉なら、私の気持ちも、優しく包み込んでくれるって。だから──」
涙を流す彼女の目に、映っていないのが嫌。だから私は向き直して、私の両手の平を使って朱音の頬を挟み、うりうりしてやった。
「ちょ……ちょっと月葉。やめへ……」
「そんな顔しないでよ」
「でもこれは、月葉が頬をおさえているせいで……」
「フフっ」
確かに変な顔。
思わず笑っちゃった。
ほんと、こんな顔、私に以外見せられないよ。
「違うよ。泣いた顔。泣かないでってこと」
「で、でも──」
「ごめんね。朱音。私はね、与えるだけの愛を持ち合わせていないの」
「わかってます。ただ、嬉しいんです」
嬉しいなら、泣かないで。私以外の誰か言ってよ。
私に、言う権利はないんだもん。
「だけど、最後にもうひとつ……」
「なあに?」
「月葉、本当のこと言ってますか?」
朱音が意図するところとは違うところで、私は核心をつかれた。
「本当だよ」
何枚もある舌は、一つ嘘を増やしたくらいでは、自分へのダメージはないし、ばれることもない。
「そうですか……。あ、花火」
朱音がそう言った時に空を見上げたけど、何もない。
ただ、音だけは聞こえた。大きな音。
「一番大きかった」
「月葉も見えましたか?」
「うん。見えたよ」
見過ごしてない。ずっと見てたもの。
目の前に咲いている、立派なひと。
その横顔に映る表情への罪悪感。私が背負うには難しいの。
「今のやつが、最後かな」
「月葉」
「ん?」
朱音は小指を差し出してきた。
「指切り」
「……うん」
小指と小指が絡まって、一つの誓いがたつ。
明確な約束ごとじゃない。私たちは嘘をつく。
何かが定められるわけでもない。そんな誓いにだって、嘘をつく。
バレなければ、それは真実だから。
ならば誓いはなんのためか。
決まってる。
「……帰ろうか」
「家まで送りましょうか?」
いつも通りだ。
私は朱音を振ったのに。朱音は私に優しすぎる。
「ううん。大丈夫。お姉ちゃんが一緒に帰ってくれるから」
「そうですか。わかりました」
「朱音は澄ちゃんと一緒に帰ってあげて」
「そうします」
少しして、私たちは初めに集合した、児童館の前に行った。
私はお姉ちゃんに、朱音は澄ちゃんに、連絡をとってから集合した。
澄ちゃんは友達と来ていたようで、その子と別れてからこっちに歩み寄ってきて、私に挨拶してから朱音と話し始めた。ほんと、できた妹だ。
「お姉ちゃん」
「どうしたの? 澄」
「……そっか」
朱音と澄ちゃんが二人で話している。姉妹の会話には少し入りにくい。
しかも、澄ちゃんの方が、真剣な表情だったから、余計に。
「帰りましょう。私、もう眠いわ」
私のお姉ちゃんは小さくあくびをしながら言った。
「うん。そうだね」
私たちは帰路についた。もちろん別れの言葉を、朱音と澄ちゃんに残してから。
スマホに入っていた連絡を確認する。
さっき送られてきていたもの。奈由菜ちゃんからだったか。
『なにかあった?』
「……」
送り返す言葉が見当たらず『なんで?』とだけ送った。
「ねえ月葉」
隣を歩くお姉ちゃんの、私に放った言葉。
「どうしたの?」
最初はただの間合わせだと思った。だから軽いトーンで答えた。
「私の胸でよければ貸すわよ」
「……いいよ。間に合ってる」
ちょっとびっくりしたけど、私はお姉ちゃんに一瞥もくれずに、前を向き続けた。
でもまあ、終着駅なんて、近いものだ。
家に着いて、疲れた足を揉んでみる。効果は期待できそうになかったから、自分の部屋に入って、顔を布団にうずめた。
真っ暗。私の行く先と似た景色。
左手で右手の小指を握る。
誓いをたてたその指には、まだわずかに温かさが残っているようにも感じる。
先の見えない私には、この微かな温もりさえ、欲しくて仕方がない。
『誓いが何のためか』って?
決まってる。
私は触れたい。小指と小指を絡ませて、少しの間だけでも触れていたいから、私は誓いにすがるのだ。
それが禁忌と知りながら。




