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私は彼女に恋をした  作者: まどるか
25/30

夏の

 祭りといえば夏の祭り。私のなかではそれが1番に思い浮かぶ。と言うよりはそれ以外の祭りはもう、文化祭とか質問の意図と合わない答えしか持っていないから。

 つまり知らないの。


「暑い」


 既に日は沈み、街灯を便りにして道を歩いていく。

 今日は雰囲気に合わせて、浴衣を着てきた。

 いつもとは少し違う服装だから、歩きづらくはあるけれど。

 もし明日この時間にこの道を通ったなら、まばらに街灯があるとはいえ、人が少なくて一人で歩くには危ないと言われてしまいそうだけど、今日は違う。

 子供の手を引く母親や私と同じ学生の姿がたくさん見られる。

 それに、今は一人ではない。妹である澄と一緒に同じ場所へと歩を進めているから。

 皆の目的はきっと同じ。それはこの先にある祭り会場。


「うわ。蚊に刺されてる」


 私の横を歩く澄が顔をしかめ、首もとを触りながら口にする。


「防虫スプレーしておく?」

「持ってきたの?」

「当然。備えあれば憂いなしって言うし」


 奈由菜とかも「かゆい~」とか言いそうだし、あとで後で使わせようと思ってね。


「んじゃ、腕だけお願い」


 「ん」って言いながら、澄は手を差し出してくる。

 いつもこのくらい素直だったら……とか思ったりしないほどには澄は良い妹だと、私は感じている。

 その後しばらく歩いて、月葉達との待ち合わせ場所に着いた。

 ここは祭り会場である大きな公園。さらにいえば、その隅の方にある児童館の前。

 もちろん、日の沈んだ今は開いていないのだけれど、近くに街灯がたくさん設置されていて、自販機もあるから、人がたくさんたむろしている。

 月葉たちはまだ来ていないみたい。

 澄もこの場所で友達と待ち合わせらしいけど、もう友達は来ているのかな。一人にはできないし。


「お姉ちゃ。月葉ちゃんもういる?」

「まだ来てないかな」


 まあ、月葉が来ていないのは当然か。私たちがした約束の時間まではまだ一時間はあるし。


「澄の方は?」

「まだ来てないや。私が到着したのにまだいないなんて、どういう了見なんだか、まったく。私を待たせるなんて……」

「なんで澄はそう偉そうなの」

「だって、集まるって言ってた時間まであと2分なんだよ!」

「そうなんだ……」


 二分前になってようやく着く澄もなかなかだと思うけど、澄の友達は尚来ないとは。

 類は友を呼ぶというのは、こういったことなのか。


「あ、連絡入ってる」


 澄がいつの間にかスマホを手にして連絡を確認していた。私はそれを覗きこんでみる。

 相手は翔琉という子みたい。男の子っぽい名前。だけど、家で「彼氏と行くの?」ってからかってみたら、女友達と一緒に行くと言ってたから、女の子なのだろう。


『もう着くよ』


 この言葉のあとに、顔文字とハートが文字よりたくさん入ったメッセージ。私がこれを理解するのは難しそう。


「もう着くって、お姉ちゃん一人は心配だなあ」

「私は大丈夫。気にせずに──」


 ポっという音とともに、また澄の友達から連絡が入った。


『今駅に着いたよん ゴメンね』


 コミカルな線画のスタンプと共に送られてきたのは、まだ時間がかかるという連絡だった。

 もう着くよって、駅にってことだったのか……。

 駅に今着いたとなると、ここに来るまでまだ歩いて二十分はかかる。


「ねえ澄」


 手をプルプルと奮わせていた澄を見かねて、私は澄に声をかけた。


「なあにお姉ちゃ?」


 思ったほどには怒ってなさそうだ。かえってくる返事はそれほど尖ってない。


「一緒にまわる? 私と澄の二人だけで」


 夏祭りに姉妹で来るのも久しぶりだし、加えて私が月葉と約束した時間までは余裕があるから。


「そうだね。屋台いこう!」

「うん。そうだね」

「だけど翔琉をシバく力は残しておかなくちゃ」


 繰り返しになるけど、妹は素直でかわいくてとっても良い子。

 だけどときどき怖い時もある。

 まだ見ぬ澄の友達翔琉ちゃん。御愁傷様です。


「まずは何をするか……。何か食べたりとかはどう?」


 私の提案に澄は首をかしげる。悩んでるのかな?


「うーん。屋台って高くつくじゃん?」

「それを言ってしまうと、なにも買えなくなるんじゃ……」


 でも澄の言うことは痛いほどわかる。たしかに高いし。

 昔はお母さんに、嬉々として買って貰っていたけど、わたあめという砂糖の塊に500円とか、今考えるとぼったくりもいいところだ。


「いやあ、こういうこと考えたら祭りは楽しめないってのはわかってるんだけどねー」

「いいよ。私が払ってあげるから。だから澄は気にしないで選んで」

「いいの?」

「ええ」


 お金なんて使わないと、もったいないですし。


「それなら……輪投げとかやろっか」

「いいけど、またどうして──」

「たまにはさ」


 どこに何があるかわからないから、基本は欲しいのを見かけたら買うって感じだけど、今回は目的が定まった。

 普段はよくみる輪投げの屋台。いざ探してみるとなかなかないものだったり……という心配は杞憂だった。

 歩くのさえ大変な人混みをそれでも掻き分けて少し歩くと、わなげと書かれた屋台をすぐに見つけることができた。やっぱりいくつもあるんだろう。

 景品にはゲームソフトとかも飾ってあるけど、私は空だと思っているから自分でやろうとは思わない。


「すみませーん。1回お願いします」

「はいはーい。1回300円でーす」


 うわぁ。取って付けたような丁寧語。これだけでもこの人がどんな人か知れたようなもの。

 若い男性は肩からタオルをかけてるけど、汗をかいている様子も見受けられない。

 ……というか、なんかイラつく。

 まあ、そんなことはどうでもいい。この人なんてこれ限りだろうから。


「これで」


 100円だまを三枚払う。


「はい、これをどうぞー」


 かわりに渡されたわなげの輪が5つ。


「はいこれ。私からの奢り」


 少し恩着せがましく言ってみた。

 すると澄はニコッと笑いながら輪を受け取り、その笑顔に安心して前を向き直そうとすると、3つの輪が私の前に差し出された。


「お姉ちゃも一緒にやろうよ」


 澄は変わらぬ笑顔で私を見てくる。

 澄を見ていると、昔と変わらないことが何より良いと思えてしまう。

 それはとても苦痛で、めっぽう安全な橋。


「私はいいですよ。下手だから無駄にしちゃうだけだし」

「私が一緒にやりたいの。それでいいでしょ?」


 澄の言葉はおかしい。支離滅裂と言っても差し支えなさそうなのに、今の私に断るすべがないように見える。


「わかりました。やります。1つください」


 澄の言うことをきいたつもりなのに、次に澄から聞こえたのは「もう」という弱々しい声でした。


「昔はもっと図々しかったけどなぁ」

「それは今みたいになってよかったという意味なの? それとも……?」

「謙虚なのも良いけど、お姉ちゃはもうちょっとばかし踏み込んでいいよってこと。どっちが悪いって訳じゃないから」

「そう……?」


 図々しい。以前月葉にこれと同じようなことを言った気がする。その時はどんな気持ちだったっけ。


「そうそう。謙虚なのも図々しいのも、どっちもどっちだよ」

「いや、その言い方だと、どちらも悪いみたいなんだけれど」


 澄は適当に笑った。

 澄の視線はもう私に向けられてはいない。わなげの景品の品定めをしているようだ。

 澄が輪を放つ。輪のなかに収まったのは、豚の鉛筆削り。鼻のところに鉛筆をさしてぐるぐる回して使うやつ。

 わなげの屋台の人がおめでとうと、心にもないであろう言葉を並べながら、その景品を澄に渡した。


「狙ってたのこれじゃないんだけどなあ」

「まあ、そうですよね」


 これが欲しいなんて言い出したら、澄の神経を疑ったよ、


「それで、どれが欲しいの?」

「あの指輪」

「あれ……ですか?」


 差された指の先を目で追った。

 それはプラスチックでできた指輪で、ピンクぷらすハート。そのわざとらしいかわいさに小さいときは喜んでいたかもしれませんが、今は正直微妙。


「月葉ちゃんにあげるんだよ」

「え、どうして月葉がでて──」

「好きって言うでしょ?」

「いや私、そんなことひとことも……」


 好きって伝える時だったら、もっと良いものを用意するし!

 お金じゃないとは言っても一生残るものだし……

 というか伝えるつもりは──


「でもさ、お姉ちゃ。終わるよ、夏」


 凍りつくように冷たい言葉。冷たすぎて、私は体を温めようと必死で動く。


「ま、まだ終わらないよ。始まってそう経ってないし」


 苦い言葉を必死で。紡いで。


「そうそう。月葉の家と私たちの家で一緒に旅行とかどうかな? きっと楽しいし」


 紡いで。


「ほら。こうやっていっぱい思い出は作れるんだから」


 紡いで── 


「そうすれば──」

「いや、ほんとに。終わってくよ」


 澄の目は、私が必死で紡いだ糸を、その視線で射ぬくかのように鋭く光っていた。

 私のことに対して誰よりも真摯に思ってくれている、それが澄。興味や好奇心からだとしても、私にとってそこに大した差異はない。

 その言葉に私も真剣になってみればいいだけなのだから。


「澄、私は──」

「あっ、すいませ~ん。後ろもあるので、ちょっとだけ急いでもらってもいいですか?」


 ……長居したせいで、店の人が注意してきた。


「あ、はい。すぐにやります」


 私が放った輪はよくわからない色つき消しゴムを捕らえ、私はそれを受けとった。


「できないって言ったのに、ゲットしたじゃん」

「……澄、これあげようか?」


「え、いらないけど」と断られてから、更に澄は続ける。


「お祭りってさ、今を楽しめるものなんだよ。未来に残るものなんて殆んど無くて……。そういうものなの」


 いきなりどうしたのとは言わない。自分でその意味を考えてみることにしたから。

 だから今は軽く頷くだけにしておいた。


「お姉ちゃ、戻ろっか」

「そろそろ澄の友達が来る時間だしね」

「翔琉ね。態度次第では覚悟してもらわなきゃ」


 あ、澄の闇部分が出てきてる。早いとこ翔琉ちゃんに押しつけよう。

 来た道は混んでいたのだから、戻るのにも混んだ道を歩くしかない。

 また行きと同じように、狭い場所を掻き分けるようにして集合場所にたどり着いた。

 せっかく着てきた浴衣が汚れるのが嫌だから、私も澄も石垣には座らずに、立って辺りを見渡す。


「あ、翔琉いた」

「どの人?」

「あれ。あっちから歩いてくる。無駄に髪の長い人」


 どの人だろうか。暗くてよくわからない。

 それにしても……。


「え、なに。澄って翔琉ちゃんのこと嫌いなの?」

「……別に嫌いじゃないけどさ」


 今日一かわいい顔。我が妹ながら、わけがわからない。

 まあいいや。澄の友達が来てくれたのだ。私がいては翔琉ちゃんも気をつかってしまうかもしれないし。


「では私はこれで──」

「一人は危なくない?」

「大丈夫ですよ。そろそろ月葉たちが来ますから」


 ほんとはまだ40分近くあるけど、澄を心配させない方がいい。


「……やっぱりだめ」

「え?」

「私もいる。一人はだめ」

「でも翔琉ちゃんにも悪いですし」


 もとはといえば澄が一人だと危ないから一緒に来たのだ。

 それなのに、澄を待たせてはもとも子もない。

 集合時間より早めに来るというのはいつものことなので、別段早く家を出たわけではないけど。

 だっていつもは二時間前には着いてるし、むしろ遅いくらい。


「あ、翔琉ならどうでもいいから。あんなの放っておいても良いから」


 どうでもいいって……あなたたち友達ですよね?


「私の為に待ってもらっては悪いですよ」


 言ってしまっては断りにくいかもしれないですし……。


「あ、澄だー。待たせちゃったよね。ごめんね」


 その声の方向にいたのは、澄の言った通り長い髪の持ち主。腰下までのびた髪は金色に染められているので、とても目立つ。

 加えて外国人のような出で立ちをしていて、とてもかわいらしい。

 この外灯に照らされている内は決して見失ったりしないだろう。


「翔琉遅すぎ。ちゃんとこの電車に乗れば間に合うってまで教えたよね。ばかなの?」


 澄、そこまでやってあげてたのかい。

 まあ、友達を少し甘えさせるのはかわいいものってのはわかるけど。ちょっとやりすぎなんじゃ……。


「ばかって酷い! 私だって頑張ったんだよ! 駅にはいたんだもん。ただ切符の買い方がわからなくて……。それさえわかれば行けたし!」

「ねえ翔琉。スイカってカードがあれば切符は買わなくていいの。だから前一緒にお金を入れに行ったんだよ」


 あれ?

 これ思った以上に酷くない?


「澄がそこまで教えてくれなかったんだもん。私ね、澄と長くいたいなって思ったから駅には早くにいたんだよ。だけどわからなくてウロウロしてたら駅員さんが話しかけてくれて教えてくれたの。それでやっと来られて……」

「翔琉……」

「やっぱり私、今度からは澄と一緒に行きたい。私にずっと教えて。私はまだ知らないことばかりだから」


 えっと、翔琉ちゃんはまだ日本に来たばかりとかなの?

 いや、それにしても依存度が酷いような気がするが。他の人が口出しすることではないのだろうか。


「澄。いいですか?」

「あ、ごめんねお姉ちゃ」


 ここで澄が謝る意味を考えたけど、十中八九待たせたことだろう。


「お、そちらは澄のおねーさん?」


 さっきまで謝ってたとは思えないほど弾んだ調子で、彼女は澄に向かって言った。


「そうだよ」

「澄の姉の朱音です。澄をよろしくお願いしますね」


 とりあえず軽く自己紹介。

 さあ、初対面は人を印象付ける一歩目。翔琉ちゃんの人柄などが見えるはず……。


「は、はい! 私は翔琉です! これからもずっと澄ちゃんと一緒にいたいと思ってるです! ですからお姉様とも関わりが深くなることもあるかと思うですので、お願いします!」


 さっきの言動と容姿から察するに、やはり彼女は海外生まれなのかな。敬語という習慣が薄いというかないというか、私もよくわかっているわけではないけれど、それでも頑張るという感じが伝わってくる。

 バタバタと風に揺れる屋台のびらびらにかき消されることなく届く声。

 なんだか落ち着かない部分とそれでもおっとりとしたそのやさしい声が私の胸で反芻する。


「いいんですよ。敬語でなくても」

「だめだよお姉ちゃ。翔琉は今、敬語の特訓中なんだから。甘やかしは厳禁だよ」

「…」


 どの口が言うんだと思ったけど口に出すのはやめておく。翔琉ちゃんの前だし。


「いえいえそんな。澄のお姉様なら私は敬語で! それより朱音お姉様こそ、敬語を使わなくても大丈夫です。私は澄と同じ年齢なんで!」

「私の場合は癖みたいなものですから。気にしないでください」


 するとなぜか翔琉ちゃんは、暗闇でもわかるほどに目を輝かせる。

 ちらと澄に目を向けると、それに気づいた澄は私に耳打ちした。


「気にしなくていいよ。多分リアル敬語キャラだとか考えながらテンション上がってるだけだから」

「りあ……なんです?」

「翔琉は狂ったようにアニメが大好きだから。放っておいてあげて」


 アニメが好きからなぜそうなるのかよくわからない……。

 私たちがひそひそ話をしていると、翔琉ちゃんは「あ」とつぶやいた。


「どうしたの?」


 すぐに澄が反応する。


「私たち、そろそろ行こうよ」

「あ、それなんだけど──」

「朱音お義姉様のお友達を待たせちゃ悪いでしょ?」

「私の友達ですか?」


 そっか、私の友達を待たせてると思っちゃったのか。

 抜けているのにしっかりとした子だ。

 伝えてあげないと。早めに来ているだけだからと。


「ずっとこっち見てる人がいたので、お友達かと思ったのです。違うますか? というか違ったら怖いんだけど!」

「え、どこ見てるの?」


 澄が私のかわりに聞いてくれた。


「あっち」


 私も澄もすぐに翔琉ちゃんが指さした、私の後方に目を向けた。


「え、あれって……ねえお姉ちゃ?」

「月葉……」


 指をさされて驚いたのか、しゃがみながら手で顔を必死に隠している。でもかわいい癖っ毛が見えてて正体はバレバレ。

 すぐさま月葉のとこまで駆け寄った。


「月葉、顔をあげてください」


 触れられる距離になって、初めて月葉の姿を意識した。

 水色の浴衣姿のかわいさはさることながら、腕に隠れていた顔にはうっすらとだが化粧が施されていることに気づき、私は声にならない声をあげてしまう。


「えっ、朱音、どうかしたの? 大丈夫?」

「い、いいえ。ちょっと走って疲れただけですよ」


 もともときれいな肌だからファンデーションとかは塗ってあってもよくわからない。でも口紅でいつもよりちょっぴり赤みがかっている唇のせいで、いつもの何倍もドキッとしてしまうのはもう止めようのないこと。


「……月葉も化粧とかするんですね」

「化粧してるのもうわかったの……? ちょっとしかしてないのに」

「ええ。いつもより唇の色が映えていますよ」

「わかるものなのかな……。というか、奈由菜ちゃんたちが言ってたのはほんとだった」

「なんのことです?」

「いや、こっちの話」


 月葉は心の声がポロっと出ることがあるから、私はそのとき耳を塞ぐ。言いたくないことは言ってほしくないから。

 だって私ばっかり嘘をついているようでは、罪悪感でいっぱいになってしまうしね。

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