★7月.友情の秘密
奈由菜 写真部
ふわふわした口調で話す
甘い青のにゅあんすろんぐ
麻友 写真部
奈由菜たちの隣のクラス。
ベリーショートの髪はいつも彼女の手によって櫛で雑にとかれている
あー、退屈。せっかくつまらない授業が終わったっていうのに、朱音ちゃんも月葉ちゃんも今日は風紀委員の集まりがあるとかでここ、写真部の部室には来てない。
「来るの早すぎたなぁ~」
あたしのクラスで写真部の部員は、あたし、朱音ちゃん、月葉ちゃんの三人だけ。そのうち二人が来られないときたもんだから、あたしはひとりぼっちだ。
部室前の棚の引き出しにこの部室の鍵はいれてある。だから入ることには問題ないんだけど、部室に一人っていうのがちょっと寂しい。
廊下で待とうとも思った。だけど廊下にいても、することがなにもなかったから、結局は部室に入ることにした。
ここの部室はもともと地学準備室だったところ。うちの学校は地学を扱わなくなり、準備室が空いたために、狭かった前の部室からここに移動してきたそうだ。
といっても、ここもそう広くない。少ない部員がみんな入れば身動きがとりずらくなるレベル。
手前には二つの壁に向かって並べられた学校机と丸いす。奥には理科実験室のような黒いテーブルがおかれている。
あたしは二つの学校机のうち、手前の方に腰かけた。
鞄を下ろし、今日出された数学の課題を広げる。
よし。
今のところ、数学は中学の復習となっているところが多くなっている。
でも、数学が苦手なあたしには、そんなことはお構いなしにつらい。因数分解とかどこで使うんだろう? もっと家庭科とかの時間を増やしてほしい。
いつまでもこんなこと考えていても仕方ないから、手と頭を動かす。
だがやはり、最後の問題で手が止まる。
やっぱりわからない。できそうにないなと思ったから、賢い月葉ちゃんに聞いてみたけど悩んでいるようだったし……。かなり難しいことには違いないのだろう。
うーん……因数分解ではなさそう。
(図形の問題?)
SとかTとか、こんなの授業でやったっけか。答えを見てもさっぱりわからない。
あー、あたしがサボったときにやったのかも。
トントン
(あ、やっと誰か来た)
うちの部員はみんな、部室に入るときは必ずノックをする。誰かが返事をしなくても皆勝手に入ってくるけど。
ドアノブを回す音の後に扉が開く。誰かなと思ってそちらを見たから、入ってきた人とすぐに目があった。
「あー、麻友ちゃん。遅かったね~」
目があって何も話さないってのも変だから、すぐに思い浮かんだ無難な言葉を選んだ。
麻友ちゃんは隣のクラスのあたしと同じ一年生。写真部は一年生が7人しかいないから、大抵はみんな仲良し。
「いやいや、奈由菜が早いんだろー。すぐにでてきたつもりだし」
そう言いながら麻友ちゃんはあたしの隣の机に鞄を置き、丸いすに腰かけた。
「ねえ麻友ちゃん!」
「な、なに? そんなに顔近づけて」
私が前のめりになって麻友ちゃんの肩をつかんで言った。
「さっそくなんだけど、これ教えて!」
「なにこれ?」
「宿題だよー」
「ふーん……えっと、ここをs対いち引くtにして……」
この通り、麻友ちゃんはすっごく賢い。勉強はもちろんのこと、頭を使うゲームはいつも麻友ちゃんと月葉ちゃんのワンツーだ。
「あー、そうやって解けばいいんだ~」
「こんな説明じゃわからんでしょ?」
「うん、ぜーんぜんわかんない。でもいいの」
宿題だし、とりあえず終わりさえすればいい。答えを写すと、目をつけられている私は再提出にされかねないから聞きたかっただけ。
「それにしても、なんでこんなものやってるんだ?」
麻友ちゃんは、それはそれは不思議そうに尋ねてくる。私だってやるときはやるのだ。
「あたしだって宿題くらいやるよ~」
「塾か? 奈由菜が行ってるとはな」
「いや、学校のだけどー?」
「それなら、範囲間違えてるぞ。たぶん。見せてみ」
麻友は宿題の範囲の書いてある紙を位置を把握しているかのように私のカバンからスムーズに取り出して、それをみた。
「え、まじで間違ってたり?」
「まじだな。ほらここ。このページは含まないって」
「うわ、ほんとーじゃんかー。失敗したなぁ~」
とはいえ、まるっきり間違ってた訳ではないから助かった。これならあと少しで終わる。
でも、今はやめようかな。二人しかいないのに一人が勉強じゃあ、麻友ちゃんも面白くないだろうし。
私は勉強道具を全てカバンのなかにしまいこんだ。
「あれ、もういいのか?」
「うん。あとは家で頑張るよ!」
「お。いつになくやる気じゃん」
「折角麻友ちゃんに教えてもらったんだしね。頑張るよ~」
たまに麻友ちゃんがわからない。
男の子みたいに元気でかっこいい麻友ちゃんが、たまに可愛くなる。
かっこいいと可愛いって正反対だとなんとなく思ってたけど、紙一重であるのが正解かもしれない。
ふわふわっと、今みたいにぼーっとしている麻友ちゃんをよく見るようになった。
まるで、恋していたときのあたしみたい。
って、あり得ないし……。
身長高くて、人当たりのいい、モテモテの麻友ちゃんが恋してるとか。その相手があたしとか。
そんなことあるばずない。
「べつに大したことないよ。それにほら、教えたところ範囲外だし。そういやあ、朱音と月葉はどうしたんだ?」
「二人なら風紀委員でいないよ。上級生は今日は学年集会で遅れるだろうし。今日は私たちだけだね」
あ、まただ。ぼーっとしてる。
あたしたちの会話って、途中だったのに。いつのまにか静かな時間が訪れていることが多いような気がする。
私が黙ってしまうせいか? それなら私がなにか言わなきゃ……
「な、なにかしよ~。ゲームでもトランプでもなんなら将棋でもいいよ。あ、それか、お話でもする? オシャレならあたしに任せてよ~」
静寂に潰されそうだったから、あたしは静けさを脱出するために声をかけ直した。
「ゲームは気分じゃないし、オシャレは興味ないなー」
「えー。もったいないよ。オシャレしたら、ゼッタイに可愛くなるのにぃ~~」
あ、可愛いって言われて嬉しいとは限らないか。ましてや、麻友ちゃんのようなかっこいいこだし。
「……そうかな。それなら────」
「あ~~~。でもでも、オシャレ好きじゃないのにオシャレの話はできないもんねー。いいよ。なんでもいいから案出してくれれば」
あれ。
今度はぼーっとしているというよりは固まっている?
だけど、思考を巡らせているんだろうなというのは動作でなんとなくわかった。体を少しだけじたばたさせる姿がかわいい。
「そ、それならさ」
「うん」
「帰ろう」
「うん、いいよー……って、帰るの!?」
唐突すぎて、変なテンションで突っ込んでしまった。
「あれ、だめ?」
「だめじゃないけどさー……」
今までの反応、気のせいだったのかな。麻友ちゃんはクラスが違うから、仲良くなれるのは嬉しいなって思ってたのに。
あたしはそんなチャンスが遠退いたのかと思ったのだ。
だけどそれは杞憂だった。
結果としては、家に着くまでの所要時間は、いつもの通学時間を悠々と超えることとなったのだ。
なぜなら、あっちのお店に行こうとか、こっちのお店に行こうとか麻友ちゃんに振り回されたから。
あたしはいつも振り回す側なことが多いから、こんなのも悪くないなと思った。
特に一緒に入ったカフェのケーキはすっごく美味しくて、麻友ちゃんも意外とかわいいお店知ってるんだなという発見もあった。
「今日はありがとね」
写真部で初めに会った時、みんなで交換した連絡先に言葉を送る。
前にメッセージを送ったのは、撮影旅行ではぐれた時の『今どこに居る?』だったから、2ヶ月振りくらいだった。
学校では毎日くらいのペースでお話はしていたから、気がつかなかったなあ。これからはもっと話したい。
この気持ちを追加で送ろう。
『またデートしようね~♥』
デート、か。
麻友ちゃんなんて、高嶺の花って感じすぎてしっくりこないけど、送っちゃえ。
「えい」
どんな返事が来るかな。
楽しかったよ。とか?
また行こうね。とか?
どっちもしっくりこないなあ。麻友ちゃんが言わなさそう。
『め、メールだよん。メールだよん』
月葉ちゃんの声のメールの着信音が鳴る。王様ゲームを写真部でやったときに、命令して手に入れたものだ。
ちょっと恥ずかしがっているのが、またかわいい。
「さて、なんてきたかな~」
ポチっと一度だけタッチした。
すると出てきたメッセージ。
『とっても楽しかったです。お店紹介するんで、よければまた一緒に行きましょう♪』
こんなに明るくて、女の子らしい、顔文字いっぱいの丁寧な文面……
あたしはまだ全然麻友ちゃんのこと知らないんだなって。深く深く感じた。
★★★
『今日はありがとね』
送られてきた言葉を見てついついにやけてしまう。
ありがとう……、ありがとうか。喜んでもらえるのは本当に嬉しい。
思いきって誘って正解だった。
ちょっとデートみたいだったかも。今日はすごく特別な日だった。
まあ、私からしたらそうだけど、奈由菜ちゃんからすれば、珍しくもない日常の1ページにすぎないのかなー。
いや、彼女の1ページになれるなら本望じゃないか? いや、でももっと求めたいという気持ちもあり……
「私はどうすればいいんダっ」
『メールだよー。届いたよー』
叫ぶと同時に奈由菜ボイスの着信音が鳴る。
その着信音を聞いて、すかさず手に取る。奈由菜ちゃんを待たせてはいけない。
だから、すぐにメッセージを開いた。
『またデートしようね~♥』
『麻友に会心の一撃。大ダメージ』だった。私の脳は幸せ過ぎてショート寸前。
返事をしなくては。ただその思いだけで私は指を動かした。
『とっても楽しかったです。お店紹介するんで、よければまた一緒に行きましょう♪』
私はそれだけ打って、ベッドに倒れた。
母曰く、幸せそうな寝顔だったから、起こすのが忍びなかったらしい。
私は夕食を食べ損ね、宿題は終わらなかった。
それでも幸せなのだから、恋は世界を彩る着色料みたいなもので、私は振り回されかけているんだなと思った。




