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私は彼女に恋をした  作者: まどるか
19/30

★6月.かなこい

奈由菜 写真部  

    ふわふわした口調で話す


柚子里 テニス部 

    負けず嫌い

「ねえ奈由菜」

「どーしたの、柚子里?」

「なんか悲しいことでもあった?」

「ううん。なんにも」


 ひとつ恋が欠けただけ。別に悲しいことじゃない。


「そんなことより、あの二人ってどう思う?」


 六月のはじめ。掛け布団が微妙にわずらわしくなってくる頃。

 あたしが話しかけた相手は長い付き合いの柚子里。テニス部のエースで、ダブルスでは沙羅さんとペアを組んでいる。

 テニス部の部長であり、月葉ちゃんのお姉さんでもある沙羅さんと爽やかクールの柚子里が横にならぶと、お姫様と王子さまだ。


「あの二人って……、朱音と月葉?」

「そうそう」

「確かに二人とも仲良い。……まあ、小学生からの友達らしいし」


 柚子里はかわいいよりかっこいいが似合う女の子。仲のよいあたしたちにも、氷のように冷たくて無表情な顔をいつも見せている。


「わかってない。わかってないよ」

「……なにが?」

「それを言ったらあたしたちなんて幼稚園からじゃん。まあ、わからないならそれでいいんだよ」


 あたしがそう言うと、柚子里はちょっとだけムッとした表情になる。


「気になる。……教えて」

「朱音ちゃんと月葉ちゃんが互いのことが大好きってだけだよ。あたしは柚子里のその表情を見たかったからこう言っただけ」


 軽くウィンクしながらあたしは言った。上手くできなかったかもしれない。


 今日は、あたしと柚子里ともう一人、朱音ちゃんとの三人で、学校の最寄り駅から二駅移動したところにある、ちょっぴりおしゃれなカフェにきていた。店内にはファンシーな置物がちらほらと見受けられる。

 でも元々はカフェのために集まったわけではない。

 あたしたちは月葉ちゃんのお見舞いに行ったのだ。行くのは二度目だったが、やはり長く休んでるとは信じられないくらいに、元気そうに思えた。もうすぐ退院すると言っていたから、多分よくなった後だけをあたしは見たんだろう。

 今はその帰り道。あたしが前から行ってみたかったここのカフェに寄ろうと提案して、二人とも賛成してくれた。

 朱音ちゃんが電話で席を立っているというのが今の状況。


「ふーん。……それにしてもさ」

「うん。なんかね、柚子里はこういうのなれないでしょ」


 二人には別世界に取り残されたような居心地の悪さがある。あたしの着崩した制服と、柚子里の美形ながらもかわいいというより、美しいに分類される身体。どちらもこのおしゃれなカフェに似合わない。

 その点朱音ちゃんや月葉ちゃんは、あたしと柚子里には無い上品さがあるから、こういう場所で一緒に居てくれればすごく頼りになる。

 ここまで自分でくるのは簡単だけど、今まで入るのは躊躇していた。

 だから、朱音ちゃんがいる今日を選んでこのカフェに入ったのに。


「なんでいなくなっちゃうかなぁ」

「……仕方ない。重要なことみたいだし」


 友達や親からの電話だったら、わざわざ席を立たないだろう。

 だから、柚子里の言う仕方ないはわかる。わかるけど、このなんとなくの居心地の悪さを相殺するくらいのことがないと、つまらないしつらい。


「柚子里~。面白いことしない?」

「……なにするの?」

「朱音ちゃんに一つアドバイスするだけ。これだけで面白くなるよ~」


 柚子里は、またなんか言ってるよって顔してる。

 真顔とあまり見分けがつかないけれど、長い付き合いだからだろうか。気だるそうなのがわかる。


「朱音ちゃんにお泊まり会の提案をして欲しいの」

「……奈由菜がやればいい。……ちがう?」

「あたしはだめ。その後に、場所が朱音の家になるように会話を誘導するから」

「……こんな面倒な計画たてなくてもいい、……と思う。第一、まず私の都合がつくかわからない」


 朱音ちゃんはそんな回りくどいことしなくてもオーケーしてくれる。柚子里はそう言いたいのだ。それはもちろんわかる。


「柚子里の予定は気にしなくて大丈夫だよ~。私たちはドタキャンするからね」

「……は?」


 鋭い目があたしに突き刺さる。


「ちょ、ちょっと柚子里~。その目は人を殺しそうだからやめてよ~」

「そ、そんな目をしたつもりはない……。ただ、奈由菜が意味わからないこと言うから」

「最後まで話聞いてくれれば大丈夫だからね♪」

「……ん、わかった」


 つり上がった目のせいで、見た目こそ威圧感はあれど、根は素直な良い子。

 だからこそ、こんなに長く一緒にいられる。


「月葉ちゃんを朱音ちゃんの家に泊まらせるのが目的なの。だから私たちが予定の取り付けだけをする」

「……いまいち話が見えない」

「えっと~、月葉ちゃんと朱音ちゃんって撮影旅行をすっごく楽しみにしていたんだ~。それなのに月葉ちゃんがああなっちゃって……。だから二人にその時間を取り戻してもらいなー、なんてね」


 あたしも写真部の部員だから、撮影旅行には行った。けれど月葉ちゃんが倒れたときあたしは傍にいなかったから。せめて、元気になるようにちからを貸すくらいのことはしたい。

 これもあたしの本心だ。


「……ん。わかった。そういうことならやる」

「うん。ありがとうね」

「……ただし提案。あの二人の性格上、朱音には全員でということにして伝えておいて、月葉には私たちがいないということにした方がいい」

「どうして?」

「……二人とも意外とめんどくさいから。朱音は月葉のこと意識し過ぎだし、二人だけとか恥ずかしいって言いそう」

「う、うん」

「月葉はその点はぐいぐい行くから大丈夫だけど、私と奈由菜が無理なら後日にしようとか言いかねないから」


 驚いた。ここまで話してくれたこともそうだけど、意外とちゃんと見てるところに。柚子里にその能力があることを知らなかった。

 柚子里は無表情だから感情が他人に伝わりにくい。昔からこんな感じだったかはあまり定かではないけど、覚えている限りはずっと。


「柚子里、ありがとうね。相談して正解だった」

「……ううん。いいの。礼なら沙羅先輩に」

「どうして沙羅さんが出てくるの?」


 またなに言ってるのって困惑した顔を見せる。たぶんあたしも同じような顔をしている。


「……さっきの最初の言葉、沙羅先輩の受け売りだし」


 柚子里には高度すぎる言葉とわかっていたはずなのになぜそう信じてしまったのか。例えるなら、……なんだろう。炬燵に冷凍機能を求めるようなもの、とでも言っておこうか。

 きっと疲れてるんだ。写真部の活動はそんなにないから、夜更かしが原因かな。


 注文しておいた、あたしと朱音ちゃんのアイスコーヒーと、柚子里のカフェオレが一緒のお盆に乗って運ばれてくる。

 やはりカフェオレは二つに比べて色が薄い。

 紙に入った黒いストローを取り出して、コーヒーに刺す。

 まず氷と氷がぶつかって、その後に氷とグラスがぶつかって、カランカランと音が響く。

 すると、心地のよさを少しだけ思い出せる。

 人の恋は突然始まる。そのタイミングをいつの間にかと表現することもある。

 あたしはいつの間にか恋みたいなことをしていた。あたしの場合は諦めてしまっているのだけど。


「すみません。席を立ってしまって……。あ、もう来ていますね」


 朱音は戻ってくるなり謝った。そんなのいいよみたいなことを言って、あたしと同じブラックのままのコーヒーに口をつけた。

 あたしは苦いものが好きではない。だけど、好きな人とは同じことをしてみたくなるものだ。


「ここのコーヒーおいしいですね。また一緒に来ましょうね」

「うん。今度は月葉ちゃんも誘ってね!」

「ええ。そうしましょう」


 朱音ちゃんをこんなかわいい顔にできるのは月葉ちゃんだけだと思う。

赤らめた頬に魅せられたあたしにとって、見つめている間はただ自分の悲しい恋に別れを告げるだけの覚悟を蓄えるのに十分な時間となった。


「……ねえ、朱音。今度パジャマパーティーしない?」

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