■6月.眠れない
(眠れない)
朱音は真っ暗の中で寝るタイプだ。電気は完全に消し切ってカーテンどころかシャッターまで下ろしてほとんどの光を断つ。そんな朱音に合わせて今日は部屋を真っ暗にして寝ることにした。
その際、朱音に気を使わせないように私は小さな嘘を吐いた。
いつもは常夜灯をつけて寝ているけど朱音には言っていない。寝るときは普段から真っ暗にしているよって。朱音にはそう伝えた。
シャッターまで閉めているというと嘘っぽく聞こえるから。そのくらいなら全然いいよという言葉で納得させた。
なかなか眠れないのはこの真っ暗になれていないからってわけでなく、私の心はもっと別のところに気を取られている。
私の場合真っ暗が嫌なのは、普段は一人で怖いからだし。
私はベッドで寝ているから、ふとんだけで寝るのって初めてで、そのお泊りらしい雰囲気にせっかくテンションあがっていたのに。朱音はもうすっかり夢の中。ぴったりくっつけた隣の布団で寝ているから、どこか艶かしい小さな寝息がすうすうときこえてくる。
真っ暗な中ではそれだけが朱音の存在を伝えてくれる唯一のもの。見えないけれど想像しただけで寝顔が愛らしくて仕方がなくなる。
(眠れない……じゃなくて、眠りたくない)
どっちでも意味は通じるかな。なんて心の中で呟く。
暗いのにも目がなれてきたし、少しだけ朱音を見たい。
「もう寝ちゃってる?」
今度はささやき声で呟いてみたけど返事はない。
右手で自分の体を少し持ち上げて朱音の顔を覗く。
「かわい……」
私の目は、思考は、朱音の全てに囚われる。
仰向けで寝る姿はお人形さんみたいでずっと抱き締めていたいと思ってしまうのは。だけど朱音はお人形さんじゃないから、せめてずっと傍にいて欲しい。
(ずっと傍に?)
心にふと浮かんだ言葉というのは厄介だ。
教室で話している時にさらりと口に出た言葉ならパッと流してしまえるのに。その場のノリとか言ってやり過ごせば勝手に終わっていく。教室でのやり取りをいちいち覚えているほど私もみんなも暇じゃないだろうし。
だけど心にふと出た言葉には強いちからがある。抑えきれずに溢れるように漏れ出た言葉には真実味があって、それが時に自分の中で整理がつかなくなる。
「朱音は私の近くにいてくれないとだめだよ」
手の届かないところはだめ。会えないと嫌だ。隣は自分だけ。
そう口にしてみたら余計に想いは強くなる。強くなって、やはり手放すのが嫌になる
でも離れる時はきてしまう。まだ遠いいつかなのかもしれなけれど。
(そのとき私はなにを望むのかな)
私がすべてと思えるほどに好きなものを失ってしまっても、私は立っているのかな。
(朱音と一緒の場所にいられなくなるのを私が望むはずがないけれど、それ以上に私が隣にずっといられる自信がないんだよね)
「ん……」
朱音が声を漏らしながらもぞもぞ動く。お人形さんみたいに綺麗だった仰向けの姿から一転して、今度はだらしなくて怠惰なお姫さまがお昼寝しているような横向きの体勢になった。掛け布団を蹴って体を軽く丸めている。
起こしてしまったのかと思ったから朱音の声を聞いたときはどきっとしたけど、杞憂だった。
朱音の表情がくっきりと見えるわけではないけれど、私が顔を覗きこむ姿を見て何も言わないのだから、たぶん寝ている。
(私も寝ないと。またいつものように体調を崩してもいけないし)
私は自分の布団に戻った。
この朱音の部屋には、掛け時計も置き時計もあるけれど、目がなれてきたとはいえ真っ暗な部屋では、どちらも針までは見えない。
布団に入った時にみたのが十一時だったから、今は日付の変わった十二時過ぎくらいだと思う。
この時間なら私が普段寝る時間と比べてもあまり変わらない。朱音は随分と早く寝るみたい。
体の左側を下にして横になって寝るのはよくないと聞いたことがあるけれど、そんなことどうでもいい。私は朱音のいる方へ体を向ける。
お人形さんからお姫さまになったから、朱音はかわいらしい顔を私の方に向けている。
もし朱音がお姫さまなら、その王国はさぞ平和なのだろう。幸せそうにすやすや眠る朱音の姿が、それを物語るものになる。
「おやすみなさい」
一番無難だけど外したくない言葉を、誰に伝わるわけでもなしに呟いてから目を閉じた。




