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私は彼女に恋をした  作者: まどるか
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◆■5月.同じ気持ち

登場人物

朱音あかね

この物語の主人公。ちょっぴり控え目な性格の持ち主。家族以外には敬語口調


月葉つきは

朱音の親友。いつも元気に振る舞う、病気の少女。


 今日は高校生になって初めての撮影旅行。私が大好きな人との初めての遠出。

 その子は、小学校から一緒の幼馴染みである月葉。私は月葉と同じ高校に入り、同じ部活に入ることができた。

 私たちが入ったのは写真部。私自身は小・中でテニスをしていたけれど、高校生になったら文化部に入ろうと固く決心していた。

 その理由は月葉と同じ部活に入るため。


「はいはい、注目。今日は撮影旅行に来たけど、他の観光客もいます。絶対に迷惑をかけてはいけません。わかりましたね?」


 私の所属する写真部の顧問の先生。かつクラス担任。いつも声を張り上げたりはしない、落ち着いた印象の強い人。

 静かでかっこいい系の先生ということで、先生は女性なのにもかかわらず、女子から好きの眼差しが向けられることもあるとか。先輩に聞くところによると、とにかく評判がいい先生。

 といっても、私が入学したのは先月のこと。まだ一か月も経っていないわけだから、噂話も多い。


「あとは‥‥‥今日は自由行動ですので、7時までにここの旅館に戻って来てください」


今は午後12時半を回ったところ。随分と長い自由行動になる。


「では解散!」


 先生の短く簡潔にまとめられた言葉は、あっという間というには長いけれど、それでもすぐに終わった。

 先生も暑くて余裕がないのかもしれない。けれど可能性の高いものとしてはたった一人の生徒のためだろうという結論に落ち着く。


 私たちは電車に揺られて、お菓子をつまみながら、この旅館にやってきた。大きな荷物だけ玄関で預かってもらい、今から自由行動ということになっている。


「ねえ朱音~、どこ行きたい? 商店街とか見て回る?」


 大きな栗色の瞳を私に向け、弾んだ口調で話すのは、私の大好きな幼馴染みの月葉。

 楽しみからか、体をウズウズさせながらの笑顔は、とても眩しい。


「最初に商店街では、歩き疲れてしまいませんか?」

「んー、そうだよね……。なにか案ある?」


 このために、私はすでに調査済み。


「案を挙げるなら……、美術館とかはどうですかね?」


 近くにある事は電車の中で、月葉が寝ている間に調べておいた。

 二人っきりのデートにおいて、必要なのはやはり準備!

 室内施設なら月葉の体力も、あまり削られないだろうし。

 それに、月葉は中学1年生の時、美術好きだなって言ってたし。


「‥‥‥美術館って撮影オッケーなのかな?」

「あ、たしかに! ちょっと調べてみます」


 失念していた。

 私たちはなにも、ただの観光に来たわけではない。

 今日は写真部の活動として写真を撮る。月葉とのお出かけが楽しみすぎて、そのことがすっかり抜けていた。

 最初の考えとしては部活としては、それっぽいことをするなら美術館のような普段なら行かない場所にするのがありだなと思って考えていたものだったが、月葉とのデートプランとして考えているうちに妄想方面に大いに思考がずれてしまっていたようだ。

 私は、先日ようやく買ってもらったスマートフォンを、お気に入りのピンク色のバッグから取りだし、履歴から先程見たサイトを調べてみる。


「ええと……スケジュールですかね?」


 どこに書いてあるのかよくわからない……。が、手探りしていくうちにその答えは出てきた。


「どうだった?」

「改修工事で休館中みたいです……」

「あ、そうなんだ……」


 月葉は私の顔をちらと横目で見てくる。

 おそらく、行けなくて落ち込んでないかっていう私の顔色の確認だと思う。月葉は本当に優しい子。

 それにしても、私ってばほんとドジ。撮影できるかどうかどころの問題ではなかったし。

 調べ不足。反省反省……。


「月葉はどこか、他に行きたい場所はありませんか?」

「遊園地とか?」


 月葉が華奢で細い首をかしげながら、私の目を見つめてくる。

 可愛いなあと簡単に言い合える仲なら、私は何度この言葉を口にしているだろうか。


「そこは二日目に行くでしょう?」

「だよねー」


 私たちには、幼馴染みであるのに……いや、だからこそなのかもしれないが、遠慮があるような気がする。

 お互いを知っているからこそ、知らない部分を恐れてしまうのだろうか。

 そんなことを考えていると、突然背中をつつかれた。


「ねえ。朱音ちゃんと月葉ちゃんはー、どこ行くか決めたの~?」


 振り向くよりも先に聞こえた声。その声の甘ったるさで、すぐに誰かを特定する。


「奈由菜はどちらに行く予定で?」


 私の友達。同じ写真部であり、クラスメイト。彼女は奈由菜。

 ふわふわの甘みがかった青髪は、まるで細い糸の束のようにきらびやかで、私たち写真部の一年生中で一番輝いてる子。

 なにを基準に輝いてるって言うのかって言われると困るけど、元気に振る舞う姿とかが美しいということにしておこう。


「えーと、私たちはねぇ──」


 奈由菜の言葉に、月葉が「え」と反応した。


「たち? 奈由菜ちゃん、誰と行くの?」

「私はみんなと……って、いない!? 私おいてかれてるじゃん! 私はもう行くね!」


 奈由菜は嵐のように走り去って旅館の外へと出ていった。


「……やっぱり予定を決めておくべきでしたね」

「そうだねー」


 触らぬ神に祟りがないように彼女に触れるのも奈由菜には一切触れず、私たちは自分たちのことについて話し始めた。


「うーん。どうしましょうか」

「それなら、いっそのこと休憩しちゃう?」


 放たれた月葉の言葉は、私の心を激しく揺さぶる。

 私は休憩という言葉から想像をして、顔が赤くなるのが自分でわかるくらいに、体温の上昇を感じた。

 でも、私は決して、冷静さを捨てない。休憩は休憩であって休憩なんだからと、何度か心のなかで唱える。

 落ち着いた。休憩というのは多分。


「カフェに入るということですか?」

「そうそう。そうでなくても、どこかに座るとかさ。ここまでの電車とバスの乗り継ぎで疲れているもんね。みんな頑張ってるのにちょっと悪いかなって思うけど」


 私の理性の大勝利。私の頭もまだまだ現役だから、頑張ってもらわないと。

 私はすぐに、手に持っていたスマートフォンで喫茶店を探してみた。


「どう? ありそうかな」

「うーん、私たちの住む町にもあるようなチェーン店はありますが、他は無さそうですね」


 せっかくの旅行なので家の近くにある店に行くのはなんだかもったいない気がする。

 それは月葉も同じみたいで、私のスマホを覗きながら、うーんと悩んだ。


「ここに行くのはどうかな。ここなら写真も撮れるよ」


 指差したのは、私のスマホのマッブ画面に映った、公園の文字だった。


「だけど、その‥‥‥大丈夫ですか? 日射しとか」


 悪い風が私に吹きつける、そんな錯覚に陥いる。

 彼女の、月葉の顔が寂しさを訴えてくるのではと思ったから。


「あ……月葉」


 でも、月葉はそんな心配とは無縁なにこやかな笑顔で、私とお揃いのカバンをゴソゴソと漁り始めた。


「じゃーん! 今日はちゃんと折り畳み式の日傘を持ってきたのです。これならローブを被らなくてすむよ」

 心配など、杞憂か。少なくとも、今、この瞬間の月葉には必要なさそう。


「月葉のことだからまた忘れてくるかと思ってましたよ」

「うぅ、なんかバカにされてる感じがするけど、何度も忘れているから否定できない‥‥‥」


 どうせ忘れてくると思ったから、私も傘を持ってきたけれど、必要なさそう。


「公園は歩いてすぐのところなので、とりあえず外に出ましょうか」


 旅館の玄関のような場所を通り抜け、外に出る。

 カラッと晴れた天気は気持ちが良いけど、月葉のことを考えるとそうも言ってられない。

 月葉は出ると同時に、持参した日傘を開いて言った。


「どう? かわいいでしょ」


 すぐに月葉に目が行くけど、そうでないことにはすぐ気付く。

 月葉の日傘は確かにかわいい。

 主張し過ぎず目立たなすぎないピンク色を背景に、植物が描かれている。植物と言っても、可憐かれんな花ではなく葉や茎。


「かわいいですね」


 この言葉を、月葉に向かって言えるようになりたいと、心から感じている。


「でしょでしょー。新調したからね~。……どうしたの?」


 私はおもむろにデジカメを取り出して、シャッター切った。

 月葉は「なになに!?」と叫びながら、表情を変える。それでも私が黙ってカメラを向けていると、その声量は小さくなり、小さく笑みを浮かべた困惑の表情はそのままに声だけがやがてなくなる。

 そして、連写モードに切り替えてカシャカシャと音が連続しているところに、月葉の声がまた割り込む。


「あ、朱音?」

「あまりにもかわいいので記録に残そうと。しかし、もっといいカメラをこの旅行までに買えなかったのが残念です」


 もっといいカメラなら、私が見た景色をそのまま、またはそれ以上の質で、平面に収められたかもしれないのに。

 実に悔やまれる。


「ああ、うん。一眼レフとか高いもんねー。私も今日はまだ普通のデジカメだよ」


 そう、私も月葉もデジカメ。いつかは買いたいと思うけど、やはり高価だから、ほいほいと買えない。


「ですよねー。まあ今日は、他の方達も元から持っているカメラを持ってきていますし……」

「数人だけいたよね、いいの持ってる子」

「そうそう。親からもらったとか言ってて……」


 会話が弾みそうになってハッとなる。あまり立ち止まるのはよくない。旅館の入り口であることもそうだが、なにより月葉のことがある。あまり体力を使わせてはいけない。


「あ、ごめんなさい。私が写真を撮って足を止めてしまいましたね。行きましょうか」


 私がこう言うと、月葉は申し訳さそうに手を合わせながら言った。


「あ、私ちょっとトイレ行きたくなっちゃったから、待っててもらえるかな?」


 私がもちろんですと頷くと、ごめんねと言いながら、月葉は足早に旅館の中へと戻っていった。

 残された私は、たった今撮った写真を確認する。


「よく撮れてる」


 ような気がする。

 月葉が写っているだけで、私の中の最優秀賞。

 これが私の、月葉に対する心酔っぷりなのかな。




 無機質な素材が少なくて、床は石畳。トイレにちょっとした非日常を感じた。

 入ってすぐ、私はすぐに鏡に向かう。もしもメイクを直したりして時間を潰せるならば不自然ではないのだけれど、肌を覆うたくさんの布のせいでよく汗をかくのでメイクはほとんどしない。

 でも鏡を見る目的はあった。表情に出すぎていないか心配だったからその確認のためだ。


「かわいいってのは、私じゃなくて日傘のことだよね……」


 朱音は無自覚で、あんなこと言ってるんだろうか。


「あんな笑顔でかわいいって言われたらさ……。期待しちゃうじゃん」


 大きくない声でもトイレではよく響く。それでも、このときここには誰もいなかったから、この気持ちはまだ、私だけの秘密だ。

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