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 留守番させておいて何だけど、友郎あいつには姉離れしてほしいんだよな。

 萩原は愛用の飛行器(鉄パイプにサドルとハンドルが付いた形式の古い代物)のスターターを回しながら、柔和に苦笑する。


中等社会生活団ちゅうしゃだんでは学年一のモテっぷりなのに、本人は歯牙にもかけないんだからな。フラれてる女の子がいつも可哀想で」


 そういう彼女に、孝介はほんのりと自慢の色を感じていた。厄介者扱いしながらも大切な家族ではあるらしい。

 ちなみに彼女自身もまた同級生からモテるほうである。ただし今のところ彼女の性格や「発作」についていけるだけの男子は現れていない。


 例の兵器を探す旅は空から始まることになっていた。萩原の飛行器に二人乗りする形で、上空から「敵」の駐屯地を探しだそうというのである。

 そんなに大きな兵器なら、すぐに見つかるだろうと。

 あてずっぽうなのは、萩原にとっていつものことだった。


「……見当たらねえな」


 上手く行かないのも同じこと。

 こと計画性のなさに関して、萩原明日菜は稀有な才能を有していた。


「光学迷彩をかけてるんじゃない?」

「孝介の推理はあてにならねえから……きっと巣に隠れてやがるんだ。降りるぞ!」


 萩原はヘルメットのヒモをきつく締めて、飛行器のスロットルを回した。吹田の街を一望できる高さから、道路すれすれまで急降下する。

 口調と同じく荒々しい操縦ぶりだが、孝介にとってはもはや慣れたものだったので、彼の関心は彼女の発言内容に向けられる。


「ひどいな。萩原の推理だって、いつもあてにならないのに」

「はぁ? お前よりマシだっての」

「なら、萩原も推理してみなよ。どこに敵の巣があるのか」

「あー……昨日の山火事があった場所に行けば、何かわかるかもしれない」

「おっ、なんか鋭い気がする」

「だろ?」


 言うや否や、彼女はまたもやスロットルを回してみせる。

 地上から再び大空まで上がってきた飛行器の次なる向かう先は、北摂山地の通信所。山林に囲まれた林道脇に存在する、普段は市民が近づくことのない施設である。

 ゆえに、近郊に点在する旧時代の墓所を散策する「愛好家」と公社の作業員以外には、正確な位置さえ知られていない。

 萩原の話では、昨日の山火事でも死人は出なかったという。

 孝介は惨い焼死体に出会う不安から抜け出して、ホッと息を吐いた。


「あのあたりだ」


 彼女は秋の山並みから焦げた部分を指さす。焼失した森林の中心に黒ずんだ施設が立っていた。窓のない建物に公社の社章が刻まれている。

 さながら火葬された墓石のようだと、孝介はつぶやく。

 施設の傍らには――兵士らしき者の姿もあった。共和国軍の装甲歩兵ではなく、小銃とおにぎりを持った徒歩の兵たち。一様に紫色の制服に身を包んでおり、孝介たちにとっては見慣れないデザインである。

 なお、さすがにこんな山の中まで歩いてきたわけではないようで、例の円盤兵器が墓石の近くに駐機されていた。


「よっしゃ! 当たり! あれが例のやつなのか!」


 萩原は双眼鏡を片手に無邪気に喜色を浮かべる。

 そして、後ろに座っている孝介に得意げな笑みを向けたのだが……当の孝介は、兵士の一人が自分たちを指さしている様子に目を奪われていた。


「まずい。見つかったみたい! 萩原!」

「おうよ!」


 時を置かずして萩原もそれに気づき、慌ててスロットルを吹かす。

 急旋回と急加速で振り落とされそうになる孝介だったが、咄嗟に彼女の頭に抱きついて事なきを得た。


「飛ばして、萩原! 四〇〇キロ!」

「全力でも二〇〇しか出ねえって! 知ってんだろ! お前のお下がりなんだから!」


 彼女はおでこと首元にまとわりついた孝介の腕を振りほどき、代わりに赤面しながら彼の手を己の腰に寄せる。

 速度計は二二〇をマークしていた。


 北摂山地を抜け、飛行器が吹田上空に戻ってきた頃には、二人ともイタズラが成功した子供のような、それでいて疲れと安心の混じったような笑みを浮かべていた。

 後方に追っ手の姿は見当たらず。


 前方には太田郡の丘陵地帯と湾内――旧時代に浪速なみはやと呼ばれた中世都市の水没残骸が広がっている。

 孝介は思わず息を呑む。

 かつては列島有数の巨大都市だったと、テレスクリーンの歴史教材で説明を受けたことがあった。今の列島には、あの残骸を超える都市は首都・中京以外に存在せず、彼の住処である吹田町など比べるまでもない。

 過去が、歴史が、なぜあれだけの都市を滅ぼしてしまったのか。

 孝介は残骸を眺めるたびに考えさせられる。


「……おセンチだな、孝介」

「萩原こそ、歴史好きなのに思うところはないの?」

「私は旧史よりジパング史が好きだから。それより孝介、ちょっと覗いてみろよ」

「双眼鏡?」


 孝介は彼女から九百三年式双眼鏡を手渡される。

 二百年前の骨董品だが、残骸の窓の割れ具合まで調べられる高品質な品である。


 彼女の指さす先にレンズを向けてみれば、湾内の残骸で何やら戦闘のようなものが行われているのが見えた。

 ようなもの――孝介の目には、それは一方的な狩りに映った。


 例の円盤兵器の周りを共和国軍の装甲歩兵が飛び回っている。強化外骨格に分類される千年式特大型歩兵。その名が示すように共和国ではもっとも大きな装甲兵器であった。

 搭乗者の動きをダイレクトに反映させる器用さ、背中と両脚の飛行器による飛翔能力、そして右腕に携行される七五ミリ口径の多目的レールガン。

 列島の治安維持を一世紀にわたって任されてきた「共和国軍の花形」が、たった単機の円盤兵器に狩られていく。

 多数のブームが円盤から伸ばされ、それぞれが装甲歩兵を追い回し、複数で巻きついてガッチリと捕まえてしまう様子は、折しも孝介が先月テレスクリーンで勉強したばかりの二十世紀のアニメ作品『アンパンマン』によく似ていた。

 アニメと違うのは、装甲歩兵が何をやっても円盤がビクともしない点である。レールガンを当てようが体当たりしようが、まるで効いていない。

 やがて隊長機が逃げ出すと、他の装甲歩兵十数機も水面から飛び出た残骸を隠れ蓑にしながら撤退していった。


「……せめて千百年式なら対抗できたかもしれないな」

「千百年式? 聞いたことないよ」

「中等の頃、孝介と私で郊外の邸宅に忍び込んだことがあっただろ。宇宙に行けるロケットが欲しいって」


 彼女の語る思い出話に、孝介は小さくうなづく。

 誰もいないボロボロの邸宅で一夜を明かすことになり、とても怖かった。ロケットも見つからず、珍しく萩原に強く当たってしまったっけ。孝介の口元に苦みが走る。


「あの邸宅の持ち主、平塚博士が生前に作ったのが千百年式だよ」

「強いの?」

「特殊なナノマシンにより搭乗者の人体を一時的に変質・強化させることで、強化外骨格の駆動系の肩代わりを達成させ、おのずと機体の大幅な軽量化に成功。飛行能力も格段に上がったとか、テレスクリーンで学んだな」

「攻撃力はどうなんだろうね」

「さあ。少なくとも一世紀前の骨董品よりは強いはずだろ」


 萩原は飛行器をゆっくりと降下させていく。

 湾内の円盤は共和国軍を追撃せず、捕らえた装甲歩兵たちと共に消え去っていった。光学迷彩だ、と萩原がつぶやく。


 地上に降りた二人は、相変わらずテレスクリーンが使えないことに落胆しつつ、いつもと変わらず平和な街並みに少しばかり安堵した。

 とても敵に制圧されたようには見えない。

 送信所の件を除けば、戦争には付き物であるはずの破壊や殺戮や略奪が起きていないのは、敵の目的が他にあるからだろうか。

 孝介は少し考えてから友人に問いかける。


「萩原、さっきの共和国軍は何のために戦ってたんだろう」

「は? 祖国を守るために決まってんだろ。軍人なんだから」

「共和国は降伏したんだよ、あの円盤たちに」

「そんなもん、中京の決定に納得いかない奴がいてもおかしくねえよ」


 歴史的にも軍人が徹底抗戦を叫ぶ例は珍しくない。

 萩原から旧時代の『厚木航空隊』の話を教えてもらいながら、孝介は彼女と共に自宅まで戻ってくる。

 まだ出てから一時間しか経っていなかったが、空中で移動を繰り返したせいか、孝介はお腹が空いていた。


「余ったチャーシューでどんぶりでも作ろうか」

「それよりお前んちのラーメンを作ってくれよ。たまにはタダで食べたい」

「あれはお父さんでないとうまくいかないって……ちょうど帰ってたらいいんだけど」


 孝介は玄関に両親の靴があるのを見つけると、速歩でリビングに向かう。

 リビングでは、留守番を務めてくれていた友郎がずるずると麺をすすっていた。そのとんこつの匂いが孝介の目を鋭くさせる。


 彼の両親は台所に立っていた。


「お父さん、お母さん。二人前追加で!」

「孝介……」


 元気いっぱいに注文する息子に対して、彼らの目に生気はない。とても辛そうな表情で――チャーシューやメンマをディスポーザーに入れていた。

 まだ食べられる食材が次々と砕かれていく。

 食材の有効活用を旨とする伊藤家ではありえない光景だった。


「お父さん……何をやってるの?」

「孝介。オレのラーメンを食べてくれるのか。わかった。作ってやる。お前たちのために作ってやる」


 父は全てを受け入れたような表情で、いつものように麺を茹で始める。

 その隣では、母が冷蔵庫の食材を捨て続けていた。

 餃子、麺、メンマ、チャーシュー。伊藤家が作り上げてきた渾身の食材の切れ端が、どんどん捨てられていく。


「もったいないよ、お母さん。まだ食べられるよ」

「おばさん。何かあったんですか?」


 孝介と萩原の問いに対し、孝介の母は両目に涙をたたえるばかり。ついには台所から出て行ってしまう。

 父もまた何も話そうとしない。

 代わりに答えたのは友郎だった。


「……進駐軍の将校に禁止されたんだってさ」

「何を?」

「ラーメンを作るの」


 彼はスープをずずっと飲み干した。


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