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     × × ×     


 孝介と萩原の付き合いは中等社会生活団ちゅうしゃだんに入った頃から始まる。

 日本列島では古来からの風習に従い、4月から翌年3月末までに生まれた者たちを「学年」としてまとめており、彼らは同じ学年の若者として生活団の施設で知り合った。


 生活団とはその名のとおり、社会生活を学ぶための施設である。

 社会に出るまでに画面上でしか会話をしたことがない若者が増えすぎたせいで起きた「社会的な不具合」を解消するため、彼らに週に一度から二度、本物の触れあいを体験させている。

 数百年前から始まったとされる試みは、若者に人間関係の機微を学ばせるだけでなく、同時に友情や情愛を育ませる場としても機能していた。


 孝介と萩原もまた、生活団にて友情を育んだ若者同士である。

 彼らは中等社会生活団入団イベントの「相手の好きなものを当てようクイズ」で初めて言葉を交わした。


『……伊藤くんは、自然のドキュメンタリー系の番組が好き?』

『!? 萩原さんは歴史が好きそうだね』

『えっ……よくわかったね!』


 孝介は今でも覚えている。これほどお互いに理解できる・わかりあえる相手がいるものなのか、とビックリさせられた。

 例えるなら「引き合っている」ような感覚だった。

 しかも、その相手は大人しそうな、守ってあげたくなる容姿の女の子なのである。

 当時の孝介が運命を感じたのは、仕方のないことだった。


「王手!」

「……参りました」

「よっしゃー! これでリベンジ達成! 全く孝介は打ち筋がわかりやすいな!」


 盤面から孝介の王将を持ち上げて、萩原は大人げなく大喜びしてみせる。

 家の中なので茶色のコートはすでに脱がれており、ブラウスとスカートには大人の女性らしくなりつつあるシルエットが反映されていた。


 孝介はそんな彼女を思わず愛おしげに見つめてしまいそうになったが、慌てて「くそっ!」と天を仰いだ。

 どうにも相手を意識してしまう。


 生活団やテレスクリーンを介したゲーム以外で遊ぶのは久しぶりだからなあ。

 ただでさえ「生身の女の子が二人きりで遊んでくれる」というシチュエーションの威力が、ケタ外れに高いのだ。

 加えて、その相手が仲が良くて気の合う子となれば――しかも、べらぼうに美しいとなれば、異性として意識しないほうがおかしいというもの。


 孝介は反射的にテレスクリーンの音楽放送をつけて、少しでも気を紛らわそうとしたが、相変わらず反応はない。

 そんな彼の様子を、萩原はそのくりっとしたひとみで、目ざとく見つめていた。


「……孝介、テレスクリーンまだ回復しねえの?」

「しない。公社は朝から昼休みなんだろうね」

「きっとそうだろうな。これじゃ『健全委員会』の監視が行き届かなくなって、そこら中の夫婦や若いカップルがお盛んになっちまう。ただでさえ、やることがないってのに」

「萩原は相変わらず陰謀論が好きだね」

「おいおい。真実なんだぞ? みんなテレスクリーンに監視されてるんだ。昼間にやってないか、若者のイチャイチャがエッチにエスカレートしてねえかって。みんな暇なんだよ、役人は。なのに休むなっての」


 彼女はさも当然のごとく語るが、孝介を含めて大半の人間には信じられていない与太話であった。

 ちなみに夜間以外の性行為が「公序良俗を乱す」として禁止されているのは事実である。

 生活団に入団している若者の不純異性交遊については、昼夜を問わず禁じられている。どちらも5千年以上の歴史を持つ法律だと伝わっていた。


「…………」

「…………」


 萩原にとっては「いつものように」下ネタを話したつもりだったようだが、今日はテレスクリーンを介していなかったために、妙な空気が流れた。

 それを払拭せんと、彼女は己の赤面を隠しつつ、公社の件に話を戻そうとする。


「ま、まあ、別にその話は冗談扱いされてもいいけどよ、さすがに復旧に時間がかかりすぎてるよな!」

「怠慢だよね」

「そうだそうだ。いくら()()()()()()からって、公社の役人がサボっていい理由にはならねえっての! 役場が燃やされたわけでもあるまいに」


 萩原は腕を組み、少しわざとらしい、苦々しい表情で首をかしげた。

 彼女はそのまま「歴史的にも敗戦国の行政機関は残されることが多くて、これは円滑に占領統治を行うためなんだが……」と話を続けようとした。

 しかしながら、目の前の孝介が呆然としていることに気づいてか、すぐにその話は終えてしまう。


 当の孝介は、萩原の言ったことを上手く飲み込めずにいた。


「戦争? しかも負けた?」


 いったい、どこの国に?

 今の地球には日本列島以外、住める土地なんてないはずなのに。玉上公が拓いた土地だけが命を担保されているはずなのに。


 実のところ、彼にはもう「答え」が見えていたのだが……あえて、そこには思考を至らせずにいた。

 わかってしまえば、不安になるからだ。


 対して、彼女は友人に問いかける。


「孝介、お前まさか、朝の災害無線放送を聴いてなかったのか?」

「9時まで寝てたから」

「あれは7時半だったな。へへへ。けっこうショッキングだったぞ」


 萩原は自嘲気味に、しかし得意げに笑みを浮かべてみせた。

 続けて、その美しい指先で机上の己の玉将を指さすと、そこから下に4マスほど離れた地点に孝介の飛車を置いてみせる。

 孝介からすれば、王手の状況だった。


「町役場の放送によれば、敵さんはとんでもない射程の兵器を持ってるらしい。さながら、この飛車のような代物だ。しかも、あらゆる守りを気にせず攻撃できるそうだ。例えるなら桂馬みたく飛べる飛車ってところか」

「無敵じゃん」


 孝介は反射的に答える。

 守りを飛び越えられる飛車なんてゲームバランスを崩しかねない。そんなものがあっては、将棋が一気に子供の遊びになってしまう。


「だよな。で、それを突きつけられた共和国政府は3時間で降伏したんだとさ」

「……それってさ、テレスクリーンの件とも関連するのかな」

「多分にあるだろうな。というか、私の読みでは昨日の山火事はその兵器が起こしたものじゃないかと思うんだ」


 彼女は飛車で玉将を討ち取ると「だって肝心の威力を見せつけなきゃ、脅しにはならねえだろ」と話をまとめる。

 その威力の一端を――おそらく知っている孝介は、観念して不安を受け入れ、彼女に昨夜の件を話すことにした。


 両脚の付いた円盤の飛来。パイロットとの短い会話。

 証拠として庭の足跡を見せると、萩原の華奢な肩はふるふると震え始めた。


「それ……それ……」

「萩原?」

「すっげえ、ずるいじゃん……」


 彼女の呟きに、孝介は「しまった」と自らの失敗に気づく。


 なぜなら彼女は。

 萩原明日菜は。


「――私も見たい!」


 異常な好奇心の持ち主で、どうしようもなく負けず嫌いだからだ。


 孝介が彼女のことを(友人でありながら)苦手としているのは、ほぼその二点に起因している。

 なにせ彼女の「孝介だけズルい」は「自分も見たい・やりたい」にすぐさま転化する。そして、こういう時の彼女を抑える術を、彼は持ち合わせていない。


「孝介! 今から見に行こう! そのロボット!」

「やだ!」

「却下! そうと決まれば、さっそく出発だな!」


 孝介の反発も虚しく、萩原は茶色のコートに袖を通し始める。

 こんなことは今までに何百回とあった。お化けの存在をたしかめるべく湾内の廃屋に潜入したこともあれば、宇宙に行くためのロケットが欲しいと有名な兵器研究者の邸宅跡地で一夜を明かしたこともある。

 おかげで、今回の件もワガママというよりは一種の発作だと彼は捉えていた。諦めの境地ともいえる。


 政府を降伏させた「敵」を、得体の知れない兵器を、わざわざ見に行こうとする友人。

 かしこい人間ならば、自分だけ逃げ出すことを考えるだろう。

 だが、孝介にはそれができない。なぜなら、自分がついていかないと本当に危ない時に萩原を止める奴がいなくなるからだ。

 だからこそ、孝介と萩原はお互いを「相棒」だとか、「片割れ」だと捉えていた。

 萩原の背中を追うのは、常に孝介なのだ。


「……待った」

「なんだよ、孝介。怖気づいたの?」

「そうじゃなくて、ほら。今のウチには鍵がないんだよ。出られない」

「そんなの友郎ともろうに代わりをやらせばいいだろ」


 彼女は「どうせいるんでしょ」と手を叩いた。

 すると、柱の陰に隠れていた少年――と呼ぶには、いささか背が高いが、中等社会生活団ちゅうしゃだんに通っている男の子が、忠犬のごとき眼差しで表に出てきた。


 孝介は彼の名を知っている。萩原友郎。友人の弟だ。

 萩原家の血なのか、やたらと容貌が整っており、精悍な立ち姿は犬というより狼のようであった。


「友郎、ここで留守番しててくれる?」


 姉の指示に、無言でうなづいてみせる弟。


 友郎が心の底から姉を慕っていることは、孝介もよく知るところだった。

 なにせ、彼女と出会った頃から、会うたびに殺意のこもった目を向けられてきたのだ。

 けれども――姉がいる手前、彼は決して危害を加えてこようとはしなかった。当然ながら話しかけてこようともしないが、少なくとも孝介の「不安」の種ではなかった。


 孝介は「友郎くんなら安心だね」と笑みを向けてやる。

 皮肉ではなく本心である。友郎は姉の指示には絶対に従う。火山の火口に入れと命じられたら迷わずに入るのは目に見えている。

 ゆえに彼女の行いを止めることはできないが、彼自身の行動は信用できる。

 当の友郎は、そんな孝介に「姉ちゃんをケガさせたら殺す」とそっけなく返した。その目にはまちがいなく姉の姿しか映っていなかった。


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