2 笑顔の少女
「なあ、俺の剣どこにやった?」
腹ごしらえを済ませ、リアと共に出かける準備を終えたシグレは自分の腰に剣がないことに気がついた。
「ごめん、寝かせるのに邪魔だったから外してそこに立て掛けてあるよ……って持ってくの?」
「勿論だ。何かあった時に困るだろ」
そう言いながらシグレは立て掛けてあった特に装飾もされていない無骨な剣を手に取る。
鞘も綻びが目立つがまだまだ使えるだろう。
そう思い剣を腰に収めたのだが。
「……どうかしたか?」
収められた剣をリアがまじまじと見ていた。
まるで何かを鑑定するようなリアの視線にシグレが訝しげに話しかけた。
「この剣、折れそうだよ?」
突然そう言い出すリアにシグレは呆れかけたが、最初の自己紹介のときの言葉を思い出す。
「……そいや鍛冶屋だっけ?」
「お父さんが、ね。私は……ただの見習いだよ」
少し間があった事が気になったシグレだが、すぐに興味をなくし話を続けた。
「才能あるんだな」
鍛冶屋でもなければ純粋な騎士でもないシグレには、自分の持つ剣が折れそうには全く見えない。
使い込まれていて確かに綺麗ではないが折れそうというまでには見えないと思った。
それを一目で見抜いた事に見事だと素直に感じた。
リアの発言が全く見当違いの可能性もあるが、それはこの剣を使えば判ることだとシグレは割り切り、リアを信じることにする。
「え、あ……う、うん。どうかな」
しかしリアはその褒め言葉に対して妙に歯切れの悪い答えだった。
謙遜、というやつだろうと思いシグレは気に留めなかった。
「それでもこれしかないんだ。まあ、何かあったら困ると言ったがそんな物騒なこともないだろ」
「それじゃあ行こっか! いざ王都へ!」
そう言って飛び出していったリアの後をシグレはゆっくりと付いて行った。
-○○◆○○-
案内をすると言ってから街に繰り出してから五分。
リアは迷子になった。
「落ち着きがないやつだとは思っていたが、まさか早々に逸れるなんて……」
街には人が溢れかえりリアを捜すどころではない。
人の波に流されたシグレは自分の現在地さえ把握できず、リアの家に戻る順序など覚えていない。
「早く探さない……と……」
シグレは自分の言った言葉に違和感を覚えた。
これではまるで自分がリアに案内されたがっているみたいではないか。
探す必要などない。もとよりそんな余裕などシグレにはありはしないはずだ。
「スアサ……」
本来なら監獄島に戻るべきだ。
すぐにでも監獄島から逃がしてくれた恩人を助けに行くべきだ。
だが、それを恩人であるスアサが望まないことはシグレが一番知っている。
「俺は……何をするべきなんだ……」
スアサに言われた事の答えをシグレは出せていない。
シグレにとって『強くなる』とは『自分の為』であり、『生きる』とは『地獄』に他ならないからだ。
「──い」
監獄島に戻るのか。
このまま過ごすのか。
このまま過ごして何をするのか。
「──てるの」
何一つ、自分では決められない。
シグレの心にはあの日以来、大きく穴が開き続けていた。
「おーい、聞こえてますかー?」
突然、聞こえてきた声にシグレは意識を現実の方へと向ける。
目の前には息を切らしながら怒った顔をしてるリアがいた。
「もう、はぐれたらダメじゃん! 探すの大変だったんだからね!」
その言葉にシグレは自分でも気づかないぐらいに少しだけ頬を緩めた。
「……はぐれたのはお前だろ」
「えぇ!? 今のって私がはぐれたのかなぁ……」
「案内人が客を置いて走って行ったんだから案内人に非があるだろ」
「ちゃんと付いて来ないお客さんにやる気の無さが感じられます!」
そんなリアを見てシグレは考える事をやめた。
彼女を見ていると悩もうという気が無くってしまう。
「あれ、もしかして今笑った?」
突然、そんな事を聞いてきたのでシグレは自分の頬に触れる。
(笑う……? 俺は笑ったのか?)
「ほら、やっぱり」
リアはシグレに笑顔でそう返す。
「だとしたらそいつはお前に対する嘲笑だ」
笑った事を肯定するのが嫌だったシグレは冷たく返しそれを隠そうとする。
「えぇ……それ酷くない?」
頬を膨らませながらそう言ったリアだったがその後に「でも」、と言葉を続けた。
「今日初めて笑ったね!」
そう言ったリアの顔はとびきりの笑顔だった。
シグレが笑った事が例え嘲笑でも嬉しいのだ。
「私がぶつかった時、あなたは下を向いてた。よく見えなかったけど笑ってる人の雰囲気じゃなかった。ご飯を食べてる時も、喋ってる時も、一回も笑ってなかった」
リアは口に両手をあて左右にグイッと伸ばしてわざらしく笑顔をつくった。
「笑ってるほうがきっと楽しいよ!」
そんなリアを見てシグレは、
(ああ、そうか)
リアがなぜ王都を案内すると言い出したのか理解した。
(こいつは暗い顔してた俺を笑わせる為に王都の案内を申し出たんだ)
はっきり言ってシグレには理解し難い感情だった。
「どうだかな……」
シグレは曖昧な答えでその場をしのぎ、リアから目を逸らす。
「それよりなんでこの街はこんなに人がいるんだ? いつもこんなに人混みが出来るのか?」
これ以上、先ほどの話が続けられないようシグレは話題も逸らす。
『楽しい』という感情に答えれない自分を見つめられてる気がしたからだ。
「えぇ……それも知らないの?」
「自慢じゃないがこの世界の事は何一つとしてわからん」
この世界に来てから全ての時間を監獄島で過ごしていたシグレだ。風習や催しはおろか、街の名前や世界の形もわからない。
「戦神祭だよ! 他の国から人が来るほど有名なんだけどなぁ……」
不思議そうにリアは首を傾げる。
どうやらそれほど有名な催しらしい。
「具体的には何が目的なんだ?」
「うーんとね、あそこに大っきなドーム状の建物があるじゃん?」
リアはシグレの後ろを指差す。
振り返ると遠くからでもわかるほどの存在感を放つドーム状の建物が見えた。
「あそこで一対一の決闘をする大会だよ! 最後まで勝ち残った人が優勝する……えっと」
「トーナメントか?」
「そうそう、それだよッ!」
「……なんでそんな事するんだ?」
シグレはこの戦神祭に何の意味があるのかわからなかった。
人間同士を競わせて見物する。
それだけで街が活気に溢れているのは何故かがわからない。
「うーん……そう言われると確かに何でだろ?」
「人間の考える事はわからんな」
「あなたも人間でしょ……」
まあいいか、とシグレは思った。
どうせ見物もしなければ出場もしないシグレには関係のない話だ。
「でもでも、毎年試合は盛り上がるんだよ! 剣と剣が打ち合う音にそれを使いこなす騎士や戦士。見ててとっても楽しいんだよ!」
突然、熱く語り出したリアにシグレは一歩後ずさる。
「ねえあなたも出てみないッ?」
「……は?」
リアは更にシグレに詰め寄りそんな事を言ってきた。
「何で俺が出なきゃならんのだ。出る理由がない」
「えぇ……戦神祭は剣を持つ者の憧れなのに……」
リアは残念そうにこちらを見つめる。
だがシグレの答えは変わらない。
「悪いが俺は騎士でもなければ戦士でもない」
「剣を持ってるのに?」
「俺は……半端者だ」
そう言いながらシグレは遠くを見つめる。
半端者とは自分によく似合うと心の中で自嘲する。
「どうして出場を勧めてきた知らんが、俺は出ない。話は終わりだ」
「えぇ……せっかくだから出よ──」
リアがなおも食い下がろうとした瞬間、
「実力自慢は寄ってけ寄ってけッ!! ここにいる亜人 に勝てたら金剛鉄 をくれてやるぜッ!」
近くから聞こえた男の声に掻き消された。