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1 王都での出会い

「おい、監獄島で起きた事件知ってるか?」


 一人の噂好きの男性が意気揚々と話し始める。


「知ってる知ってる! 確か、監獄島の囚人全員が惨殺されたらしいじゃん?」


「ちょっとやめてよキミ悪い……」


 その話に別の男は食いついたが女性への反応は悪い。


「まあそう言うなって。惨殺された囚人たちの血が嵐に混ざって飛び散り続けたことから、赤嵐事件って呼ばれてるらしいんだ」


「犯人の目的はなんだったんだ?」


「それが未だにわからないらしいんだ。監獄島に盗まれるような財宝は置いてないし、特定の人物の殺害なら囚人全員惨殺なんてされないしよ」


 そんな物騒な話に嫌気がさした女性は会話止めに口を挟む。


「もういいじゃないそんな話。そんなことより早く戦神祭の準備をしないと騎士団に怒られちゃうわよ」


「へいへい。今準備しますよ」


 女性にそう言われ渋々作業へ戻る。


「今年の戦神祭は誰が優勝すっか賭けようぜ」


「いいぜ、俺は剣聖に十万ギル」


「あ、テメェ俺が剣聖に賭けようとしたのに」


 今、王都フィーリアは戦神祭の催しで活気付いている。

 五日後に迫った戦神祭に王都の人々は心を躍らせていた。

 ──ただ一人を除いて。


「ここはどこだ……」


 華やかとは無縁のボロボロ服に、活気溢れる人々とは掛け離れた暗澹に満ちた目。

 この場に置いて最も似つかわしくないと言える。


「今……何日だ?」


 彼の名は逆撫シグレ。

 長くなるので説明は割愛するがこれだけは言えよう。

 シグレは脱獄者である。


「俺はなんでここにいる?」


 監獄島、唯一の生き残りにして唯一の脱獄者だ。

 数日間、海を渡り山道を歩いてきたシグレはついさっき王都の門を通って来たばかりだ。


 これからどうするか。何をするのか。どうしたいのか。様々な気持ちが入り乱れシグレを掻き回す。

 そんな時だった。

 この場に相応しい、元気な声が聞こえたのは。


「わぁぁぁぁあ!! どいて、どいてくださぁぁぁぁぁ!!」


 その声の主は金属らしき物を入れた籠を両手で抱きながら、下り坂を走り抜けてきた。

 シグレの方に向かって。


「お兄さんどいてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 シグレにとってそれは避けれない速度ではなかった。

 寧ろ遅すぎるとさえ言えるだろう。

 監獄島で鍛え続けたシグレの戦闘能力は常人では計り知れない強さを誇る。


「あいたたた……」


 シグレは青空を見上げていた。

 ぶつかって倒れたのだ。


「ってお兄さん大丈夫ッ!?」


 避けたら走り抜けてきた子が怪我をするからとかそう言う理由で避けなかった訳ではない。

 単純に避けれなかったのだ。

 避けれる速度を避けれなかったのには理由があった。


(あぁ……)


 シグレが脱獄してから実に十日程過ぎているのだ。

 心身共に疲れ切ったシグレには避けるなんて力は残っていなかった。


(──痛ぇな)


「ああお兄さん!? しっかりして!」


 ここでシグレは初めて何かにぶつかったことに気がついた。

 腹の上で何かが騒いでいることを感じ取りながらシグレは意識を手放した。




 -○○▲○○-




『強くなれ』


 そうどこからともなく声が響いた。

 辺りは闇に包まれ真っ暗だ。


(……強く? 俺は強くなった)


 響いた問いにシグレは答える。


『誰かの為に』


 その問いの意味がシグレは理解出来なかった。

 だが答えは出すことができた。


(俺は俺の為に強くなった)


『自分らしく生きろ』

 闇からの声はまだ響く。


(……自分、らしく?)

 その問いの答えが出せなかった。

 その答えをシグレはまだ持ち合わせていない。


『生きるとは楽しいことだ』


 その問いにシグレは迷った。

 なんと言えばいいのか。


(知らない……)


 知りもしないことにシグレは答えを出すことを放棄した。


(お前は誰だ?)


 闇から返答はなかった。

 取り残されたシグレの意識が少しづつ覚醒していく。


(待て)


 手を伸ばす。

 身体があるのかさえ闇の中でわからない。

 けれど感覚で手を伸ばす。

 そこにいるのかもわからない問いの主に向けて。


「──待ちやがれッ!!」


 意識は覚醒しシグレは今度こそ確実に手を伸ばした。

 伸ばした手の先には見知らぬ天井。


「夢、だったのか……?」


 自分が横たわってることに気付き身体を起こす。


「知らない部屋だ……」


 状況を確認するためベッドから立ち上がろうとした時だった。


「ああ、お兄さん! 気がついたんだね、大丈夫?」


 勢いよく開かれた扉から女の子が飛び出してきた。

 肩口まで伸びたオレンジ色の髪を揺らし、翡翠の瞳を輝かせシグレを見つめた。


「誰だ」


「私はリア・ウェイ・ゼルスニア! 鍛冶屋の一人娘なの、あなたは?」


 シグレの警戒心に満ちた目に気付いていないのか、臆することなく名乗りをあげた。


「お前に教える必要はない」


 そんなリアにシグレは冷たく返答する。


「……そっか、やっぱり怒ってるよね」


 目に見えてわかるぐらい気持ちの落差を表すリアは暗い顔で視線を落とした。


「怒る? ……なんのことだ?」


「さっきぶつかったことだよ」


「ああ……俺はぶつかったのか」


 シグレはやっと自分がぶつかったて倒れたことに気がついた。


「だから俺はここで寝てたのか」


「私がここまで運んだんだよ!」


 そう言いながらリアは胸を張った。

 その顔は達成感に溢れている。


「お前のせいで倒れたんだけどな」


 シグレの言葉に再び落ち込むリア。

 大袈裟な感情の起伏を見せるリアを見て、見ていて飽きないとシグレは思った。


「まあいい。別に怒ってないから気にするな」


「ならよかったぁ……って、じゃあなんで名前教えてくれないのッ!?」


「だから言っただろ。お前に教える必要はないからだ」


 リアは文句ありげな顔でシグレを見つめるが、シグレの表情に動きが見られない。

 睨み合いが続いたところでシグレが口を開いた。


「それよりここはどこなんだ?」


「……はぁ、ここは私の家だよ」


 そんなシグレの態度に諦めたのかリアは普通に返答する。


「じゃあここはなんて街だ?」


「王都を知らないの?」


 リアは不思議そうな顔でシグレを見る。


「ああ、知らない」


「王都を知らないなんて変な人だねぇ。ここは王都フィーリア、この世界の中心にある街だよ!」


 両手を広げリアは説明する。

 部屋の中なので街の風景など見えないというのに。


「もしかしてあなた、旅の人?」


 王都を知らないことを不思議に思ったのか、リアがそんなことを聞いてきた。


「……旅、旅か」


「……?」


 そう呟いたシグレを不思議そうにリアは見つめる。


「ああ、二年前別の世界から来た旅人さ」


その言い回しにリアは違和感を覚えた。

しかしリアは気にすることもなく言葉の意味を普通に受け取った。


「二年も旅をしてるんだねぇ。すごいね」


 そう言うとリアはシグレの手を取り、グイっと引っ張る。


「じゃあ私が王都の案内してあげるよ!」


 突然そんなことを言い出したリアにシグレは呆気にとられた。


「ダメかな……?」


「ダメというより何故?」


 何故、リアがシグレを案内をするのか。その真意を聞こうとすると、


「理由なんてないよ! 強いて言うなら私はあなたにこの街の案内をしてあげたい!」


 その答えにシグレは言葉を失った。


「もしこれから予定してたことがあるなら断っていいよ。でも予定がないなら是非案内されてほしいな」


 とびっきりの笑顔でリアはそう言う。

 シグレは逡巡する。

 予定などない。むしろこれからどうするか悩んでいたところだ。

 だが、街を見てる暇など自分にあるのかとシグレは思った。


 その時、ふとある言葉が頭に浮かんだ。


「……じゃあ適当に頼む」


「まかせてッ!」


 シグレがベッドから立った瞬間、グゥゥとシグレの腹から音が鳴った。


「そういえば腹減ったな……」


「じゃあ先にお昼ご飯食べよっか」


 さっきふと、頭に浮かんだ言葉。

『一人で悩むなよ。答えはいつだって無限にあるんだ』

 そのスアサの言葉がシグレを王都散策へと決断させたのだった。

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