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村雲が何も言わず立ち去ったあと、ぼくはしばらく呆然とした。
これは一体どんな状況だろうか。
村雲は、異世界に帰る方法を探してくれと言って、返事も聞かず大金を残して去っていった。
彼のいうとおり、本当に何か用事ができて帰らざるを得なかったのか。それとも、断られることを見越して、有無をいわさないため、あえてとった手段なのだろうか。どちらかはわからない、けれどどちらにせよ、この札束の量が普通でないという点は変わらない。そしてぼくのなかの戸惑いの感情は、その点によって、大きく高められていた。
彼が『帰還者』で、依頼内容が異質である、という以外にも、なにかワケがあるのではないか。ぼくはそのように思いはじめた。この依頼は受けるべきではないかもしれない。
とはいえ、依頼を断りこの大金を突き返そうにも、彼の連絡先を知らなかった。だからまた向こうから現れるまでは、大金はどこかに保管しておかなければならない。そして、うちには金庫のようなものはなく、安全に保管できる環境とはいえなかった。彼の書き置きには、次にいつ来るとは書かれていない。もしかしたら長期になるかもしれない。そのあいだぼくは、安全でない環境に大金を保管する不安を感じたまま日々を過ごすことになる。
つまり依頼を受けるにせよ断るにせよ、困った状況にはかわりはないということだった。
まったく、面倒なことになったものだ。
ぼくは考えた末、とりあえず、事務所の資料棚の下の引き戸の空きスペースに、そのケースをしまうことにした。あまり使わない場所だったし、いちおう鍵付きなので気休め程度にはなる。あとでうずらにも相談してみよう。
そうこうしているうちに、ずいぶん時間が経っていたようだ
予定の時刻を告げるアラームが鳴った。
昼飯を食べている余裕はなかった。
ぼくは外套を着て家を出た。街に向かうバスに乗った。
このあと、頼まれ屋の姫路ヶ蜂と会う約束になっていた。