第4話 山田、犬と出会う(その2)
「や、やめてください」
「うるせぇ、お前みたいな妙な形の犬は見たことねぇ。お前みたいな奴が犬を名乗るな」
「わ、私は犬なんです。今日の朝起きたらこんな格好になってたんです」
「そんな話が信じられるか。お前、さては犬じゃなくて狸だろう。化けるのに失敗して戻れなくなったんだろ」
「やーい、やーい、た~ぬき、たぬき」
「ほ、本当なんです~、私は本当に犬なんです~」
近くまで来ると、彼らの話す声が聞こえてきた。中心には裸の少女がうずくまっていて、周りを回る犬たちが、寺子屋のガキどものような下らないセリフを吐いている。人(犬)の身体的な差異をあげつらって標的にする典型的なイジメの構図だ。
「やめるんだ!! お前たち」
「誰だ!」
「桃太郎だ」
「……誰だ???」
「まったく、日本に住んでいるくせに桃太郎も知らんのか。あれだけCMが流れているのに俺のことを認知していないとは、お前の家テレビ無いのか?」
「俺は犬だぞテレビなんて見れるか!!バカかお前は」
「バカではない、桃太郎だ」
俺は無礼な呼び名を訂正してやった。ふむ、先程から気になっていたが、どうもこいつらは日本語が話せるタイプの犬らしい。確かに、物語の桃太郎に出てくる犬も普通に『腰につけた黍団子をよこせと』喋ってくるし、桃太郎の世界では動物が喋れるのは普通なのだろうか?
まぁ、バウリンガルが必要ないのは助かるぜ。
「お前ら、その女の子をいじめてたな」
「女の子ぉ?こいつのことか?」
「そうだ」
「イジメじゃねぇよ。こいつがどう見ても犬じゃないくせに、自分のことを犬だと言い張るから、からかってただけだ」
「ふん、その子には犬耳も尻尾も生えている。どう見ても犬だろう」
「いや、見た目で言うならどう見ても95%ぐらい人間だろうが!!」
俺は冷静に議論を交わそうとしているのに、リーダー格と思われる犬は熱くなって声を荒げてくる。まったく、怒りやすい奴はすぐに声を荒げて議論にならないから苦手だ。
しかし、犬耳と犬尻尾では納得しないか。こんな場面であまり時間を取りたくないのだが、仕方がない納得がいくまで議論してやる。
「お前さっき、自分は犬で、その子は犬じゃないと言っていたな」
「お、おう」
「では聞こう、お前が犬だという証拠はなんだ?」
「しょ、証拠だと?そ、そりゃ俺は4本足で立ってるし、全身茶と白の毛で覆われているし、このくるりと巻いた可愛らしい尻尾はどう見ても柴犬だろうが」
「ちょっと待て。お前はさっきその少女に対して、狸が化けているのだろうと言っていたな。 お前も本当は狸で、化けて犬になっているんじゃないのか?」
「そ、そんなわけあるか!!」
「口ではなんとでも言える。証拠を出せと言っている」
「お、俺は昔からこの姿だ!!な、なぁみんな!!」
「あぁ、そうだそうだ!!」
リーダー格の犬が同意を求め、周りの犬が同調する。まったくそういう曖昧さを出してはダメだというのに。
「ふむ、証人(証犬)を出してきたか。では、お前らの中でこいつと一番付き合いが長いのは誰だ?」
「この中だと……コタロウか?」
「え? お、俺ですか」
「ではコタロウ、証言台に上がれ。……ほら犬、場所を代われ」
「お、おう」
俺は正面に立っていたリーダー格の犬をどかせ、コタロウにその位置に立つように促した。
そこは擬似的な証言台だ。
「ではコタロウに聞くぞ。こいつと知り合った時、こいつはこの姿だったか?」
「はい、間違いありません」
「ではその前は?こいつの母親などからこいつが生まれた時から犬だったかと聞いたことは?」
「いいえ、ありません」
「なるほど、一番付き合いの長いお前が知らないということは、お前らの中でこいつが生まれた時から犬だったと証言できるやつはいないわけだ」
俺は他の犬達を見回すが、誰も目を合わせては来ず、反論してくるものもいない。
「待て、俺の母ちゃんも父ちゃんも俺と同じ柴犬だぞ!! それが何よりの証拠だろうが!!」
黙っていてくれればこれで終わったのに、傍聴席に降りていたリーダー格の犬が反論してきた。
「では、お前が両親から生まれたという証拠を持って来い。臍の緒でいいDNA鑑定をしようじゃないか」
「い、犬の俺にそんなもんが残っているわけないだろうが!!」
「ではお前の証言は認められん。 そもそもお前は本当にその両親の子供なのか?」
「ど、どういう意味だ」
「ちょっとした時に両親に優しくされたことは? なんとなく両親が自分に気を使っていると思ったことは? 両親が深夜に二人だけでコソコソ話していたことは?」
「な、何が言いたいんだ!!」
「お前実は――」
「橋の下で拾われたんじゃないか?」
俺は日本に生まれた子供の3割ぐらいが両親に言われるであろう、残酷な嘘を言ってやった。
「そ、そんな……」
じわりと涙が浮かぶ、犬の目にも涙ってか? というか思いの外ダメージを与えてしまったらしい。少し大人気なかったか?
「俺は……父ちゃんと、母ちゃんの子供じゃ……ない?」
「待て待て、ちょっと待て泣くな。まったくさっきまで他人(犬)をいじめていたくせに、自分が責められるとすぐに泣く。典型的なクソガキだな」
さて、どうやって説教してやったものか。
「あくまで可能性の話だ。本当にお前の両親がお前を拾ってきたとは言っていないぞ」
「で、でも。俺の父ちゃんと母ちゃん俺のこと怒ったりしないし……、俺に気を使っているのかも、俺が二人の子供じゃないから……」
なるほどな、よっぽど甘やかされて育ったらしい。ひねくれたのもそのせいか。
「いいかよく聞けクソガキ。お前の両親はな、今お前をどう扱えばいいかわからなくなっている」
「ど、どういうこと?」
「お前の両親はお前を甘やかして育てた。それだけお前のことがかわいかったということだろう。だが、実際のお前はどうだ。両親が怒らないのをいいことにいたずらばっかりしていたんじゃないか?現に今もこうして他人をいじめて悪さをしている」
「うっ」
「お前の両親はお前がかわいくて、お前を怒れない。しかし、お前は悪さをする。お前の両親は怒れない。お前は悪さをする。以下繰り返しだ」
「そ、そんなの父ちゃんや母ちゃんが俺を怒ってくれればいいじゃないか!!」
「だったら両親にそう言ってやれ、お前の両親はそれができないんだろう?お前がかわいいから、お前に嫌われるんじゃないかと思って……。まぁ俺に言わせれば、自分のガキの躾もできないただのバカ親だが」
「悪いのはいたずらする俺だろうが、父ちゃんと母ちゃんのことを悪く言うな!!」
「お前がそういったところで世間はそう見てはくれん。『親の顔が見てみたい』という言葉があるだろう?子供の悪さは親の責任だ、お前が悪さをすればするほど世間の『お前の親への』視線は冷たくなっていくものだ」
俺の言葉を聞いて、犬の動きが止まった。今までのことを思い返しているのかもしれないし、これからのことを考えているのかもしれない。表情からは何を考えているのかは読み取れない。
(ようやく自分の頭で考えだしたか……)
「なぁ、俺が悪いことすると母ちゃんたち、悲しむかな?」
しばらく経った後、犬はそんなことを聞いてきた。思いのほか物わかりのいい奴だ、犬にしては賢いじゃないか。流石言葉を話せるだけはある
「俺はお前の母ちゃんではないから実際のところはわからん。だが、悪いことしたやつをほめるヤツは少ないんじゃないか?」
「そっか、そうだよな。……うんわかった。俺今日からまじめに生きる!!」
「おう、そうしろ。両親ともしっかり話をするんだぞ」
改心するの早ぇな、チョロすぎるだろ。
そんな感想を表情には出さずに抱きつつ、ポケットに手を入れるとさっきドラッグストアで買ったものが指に触れた。犬と話していたせいですっかり忘れていた。奴らの気を引くために買っておいたものだ。
「おい、まっとうに生きると決心したお前にいいものをやろう。連れの奴らと食うがいい」
俺はそう言って犬用のジャーキーをくれてやった。犬達はそれを咥えて、例も言わずに去っていく。
……まったく、改心したのに無礼なところは変わらんのか。
犬の背を見送った後に残された、俺と犬(美少女)。とりあえずこいつを仲間にして話を進めていきますかね。
ところで、丸ごとやってしまったが、あいつらパッケージ開けられるのか?
ま、いいか。