第1話 俺、山田桃太郎
昔々あるところに桃太郎という男がいた。
桃太郎は犬、猿、雉のお供とともに、人々を苦しめていた鬼を退治し、世に平和をもたらした。
その伝説は現代まで語り継がれる英雄譚となっている。
これはそんな桃太郎の英雄譚における語り継がれなかった一編である。
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俺の名前は桃太郎。
名字はないのかって?
ないな。 今の時代武士や公家のようなお偉いさん以外名字を名乗ることは禁止されてるんだ。
まぁ、どうしても名字で呼びたいってんなら適当に山田とでも呼んでくれ。
さて、これから俺は鬼を退治しに行くんだが、その前に俺のこれまでの経歴を語っておこうか。
そんなもん知ってるぜっていうやつは飛ばしてくれてもいい。
桃太郎って言ったら日本じゃ知らない奴はいないってくらい、その知名度は抜群だからな。
明石家さんまにだって知名度で負けるつもりはないぜ。
その知名度の甲斐あってか最近は金太郎や浦島太郎とAUのCMにも呼ばれちまった、まったくこっちだって忙しいってのに。
しっかし三人合わせて『三太郎』って、もうちょっとどうにかならなかったのかね。
おっと話が逸れちまったな。俺の経歴の話だ。
みんな知っての通り俺は桃から生まれたんだ。
昔々、といっても俺が今17だから17年前の話だが、あるところ(個人情報なんで詳細は秘密だ、大都会岡山のどこかだと思ってくれ)に爺さんと婆さんがいた。
爺さんと婆さんとはいうが当時まだ四十代だ。
これを読んでる読者諸君の感覚からすると四十代でじじいばばあと呼ぶのは違和感があるかもしれないが、今の時代の平均寿命が五十前後。結婚して子供生むのも早いから別に不思議なことではないんだぜ。
そんな十七年前のある日のことだ。
爺さんは山へ柴刈りに、婆さんは川へ洗濯に行ったわけだ。
よく勘違いされるんだが、爺さんのやる「柴刈り」ってのは「芝刈り」とは別だからな。 山にサッカーグラウンドがあって芝生を整備してるわけじゃないぞ。 「柴刈り」ってのは雑木林なんかで薪にする小さな木を刈る作業のことだ。
今の時代都市ガスも整備されてないし、火をおこすには薪を使わなきゃならない。
温かい飯が食いたかったら結構頻繁に柴刈りに行かなきゃならないってんだから大変だぜ。
電子レンジのある時代が羨ましいねまったく。
ちょっと爺さんにフォーカスを当てちまったが、爺さんは今は関係ない。
行った先が竹林だったらかぐや姫の一人でも見つけたかもしれないが、残念ながら行った先はただの雑木林だ。 話の種になるようなものは特になかったらしい。
さて、本題は婆さんの方だ。
皆さんご存知の通り、婆さんが川で洗濯している最中に巨大な桃が流れてきたんだ。
その大きな桃が川を流れている様子を文字で表現するとこうなる。
「どんぶらこ、どんぶらこ」
この擬音語とも擬態語ともいえる言葉は、桃が川を流れる様子の時にしか使われないからな。
まさに俺のための言葉ってわけだ。
しかし、何がどうしたら桃が川を流れる音が「どんぶらこ」になるのかね。
この単語を作った奴に聞いてみたいもんだ。
もし桃を川に流す実験をして、本当に「どんぶらこ」と聞こえたってんなら、俺はそいつに耳鼻科に行くことをおすすめするね。
何はともあれ、そんな風に流れてきた桃を婆さんはなんとかゲット。
そんなに幅が広くない川だったのが幸いしたね。 婆さんが洗濯していた岸の方へ流れてきたんだとさ。 その時婆さんは桃の中に俺がいるなんて知らないからな。 貴重な水菓子(←果物のことだ)が腹いっぱい食えると思って桃を掴んだ時には思わず「獲ったどー!」って叫んだっつ―んだから恐れ入るね。
直径五十センチを超える桃なんて怪しすぎるだろ。
そんな食い意地の張った婆さんに捕獲されてしまった俺入りの桃。 速攻食べるのかと思いきや、ここでちゃんと爺さんの帰りを待つのが婆さんの偉いところだ。 三歩後ろを歩くっていうのか?基本的に何をするにも爺さん優先で、夫を立てる様はさすが大和撫子って感じだ。 たまにしょうもない事で喧嘩してるが、なんだかんだ夫婦仲は良好。 去年結婚四十年目ってことで結婚記念日にルビー婚式なんていう訳の分からないことをやっていたが、仲の良さを見せつけられるこっちの身にもなってほしいもんだ。 十七年前爺さんが柴刈りに行く際にも『いってきますのチュー』とかやっていたに違いない。
爺さんを待つ間に、婆さんは残っていた洗濯の続きをやったあと、居間のちゃぶ台にまな板を用意し桃を配置。 ついでに切れ味の落ちていた包丁をダイヤモンドシャープナーで砥いで準備は万端だ。 いつでも桃を真っ二つにできる用意を整えた。
その日の爺さんの帰宅は酉の刻(今で言う十八時ぐらいだ)だった。
玄関を開けると包丁を持った婆さんが仁王立ちしてるもんだから、引き出しに隠していたキャバクラの名刺が見つかったのかと肝を冷やしたらしい。
婆さんから桃の話を聞いて、キャバクラ通いの説教ではないことに安心した爺さんは、手洗いうがいをした後で、いざ桃を切らんと婆さんから包丁を受け取った。
一応言っておくがここで爺さんが握っている包丁はなんてことはない普通の三徳包丁だ。 ダマスカス鋼を使った縞模様がちょっとおしゃれな一品ではあるが、斬鉄剣のような切れ味はない。 もしそんな切れ味があったら俺は今この世にいないからな。
そんな普通の三徳包丁で切ったことが幸いし、切るのに苦戦する中で桃の中が空洞になっていることに爺さんは気づいた。 するとどうだろう、桃の中から赤ん坊の泣き声が聞こえてきたんだ。 俺には当時の記憶は残っていないんだが、桃の中に光が差し込んだ瞬間に俺は全力で泣いて存在を知らせたに違いないね。 何しろ光が差し込んだと思ったら、目の前に包丁が迫ってるんだからな。 生まれた瞬間に死ぬところだぜまったく、輪廻転生のサイクル速過ぎるだろ。
俺の全力号泣が奏功し、俺の存在に気づいた爺さんは俺を傷つけないよう周りの桃だけを慎重に切った。よく絵本なんかで桃がパカっと割れて、その中心で俺が全裸で大の字になっている様子が描かれているが、あんなもん嘘っぱちだからな信じるんじゃないぞ。 もし、その画像を持っている奴がいたら今すぐ捨てろ、アメリカだったら児童ポルノ所持で逮捕されるぞ。
――――― ここからは蛇足だから読み飛ばしてくれてもいい ―――――
今でこそ桃から生まれたことになっている俺だが、ちょっと前までは別な語られ方をしていたこともある。
昔はどう語られてたかっていうとだ、桃が川を流れてくるのは変わらないんだが、桃を食った爺さんと婆さんが若返り、子作りして俺を産んだっていう話だ。 なんで話が変わっちまったのかはよくわからんが、俺としては子作りとなると話がエロい方向へ向かってしまうからだと思っている。 これはあくまで童話だからな、性的な話が入ってくると教育上悪いなんていう教育ママさんでもいたんだろう。 グリム童話なんかも原典は残酷な表現ばっかりだったのを時代を経て柔らかくなっていったなんて聞くしな。
『本当は恐ろしいグリム童話』なんてのが流行ったこともあったし、『本当はエロい桃太郎』なんてのが流行る可能性もあるんじゃないか?
……俺がエロいみたいだな。
―――――――――――― 蛇足ここまで ――――――――――――――
そんなこんなで、なんとか死なずに生まれた俺こと桃太郎。
元気にすくすくと成長する。 俺のことを書いた絵本の中には俺を怠け者のニートにしているものもあるが、ふざけんなと言ってやりたい。 俺は真面目な好青年だ。
青空文庫に楠山正雄という人の書いた「桃太郎」があるので読んでみるといい。
俺のことを相撲が強い好青年として書いてくれている。
ところで相撲といえば桃太郎よりも別の話をイメージする人が多いんじゃないだろうか。
そう、まさかり担いだ金太郎である。
余談だがまさかりっていうのは大きめの斧のことだ。 『斧』と『まさかり』で厳密に区別されているわけではないらしい。
クジラとイルカは生物学的には同じもので、大きさで区別されているというが、それと同じようなもんだろう。 wikipediaで「まさかり」と検索したら、まさか「斧」に飛ばされるとは思わなかった。
さて、俺には「桃太郎」というテーマソングがあるが、金太郎にも同じく「金太郎」というテーマソングがある。 人の名前をタイトルに使うのはどうかと思うのだが、桃太郎にしろ金太郎にしろ作詞作曲が俺達じゃないので仕方がない。 自分で作詞作曲した曲に自分の名前を付けるとか、とんでもないナルシストじゃないか。 山崎まさよしも自分で作詞作曲した曲に「山崎まさよし」というタイトルをつけたりはしないだろうし、セカオワのFukaseが「Fukase」というタイトルの曲を作ったら、またいろいろと炎上しそうな案件である。
話を金太郎のテーマソングに戻す。 「まさかりかついで金太郎」から始まるあの曲だ。 わからない人はYouTubeででも検索してくれ。 検索したな、話を進めるぞ。
何の話がしたいかというと、金太郎はバカという話だ。
やつのテーマソングの歌詞を追っていくぞ。
まずは「まさかりかついで金太郎」ここまではいい。
次、「クマにまたがり お馬のけいこ」。
――バカか。
馬の稽古なら馬でやれ。 クマを使うな。
JRAの騎手学校で「練習だしウマじゃなくて、クマ使うか」ってなるか? ならないだろ。
ディズニー映画の王子様が、白馬じゃなくて「プーさん」に乗ってきたら大事件だろ。
この件について昔聞いたら「だって、クマとウマって一文字しか変わんないじゃん」だと。
――バカか。
そんな金太郎は先日LINEで連絡が来て、今入院中だそうだ。
なんでも小さい頃に相撲をとった熊と再戦したら、ボッコボコにされたらしい。
――バカか。
wikipediaの三毛別羆事件の記事(閲覧注意)でも読んでクマの恐ろしさを勉強してこい。
金太郎のバカエピソードが思いの外長くなってしまったので、本稿の最後に復習しておくぞ。
十七年前、爺さん柴刈り、婆さん洗濯
↓
婆さん川で桃をゲット
↓
俺生まれる
↓
俺すくすく育つ
↓
俺十七歳 ← いまここ
つづく!!
私は文章を読む際に結構脳内で音に変換されるのですが。
この桃太郎はCV杉田智和さんで再生されています。