第三話 彼の仕事
だいぶ遅くなっての投稿です。
案内されたビルに入る出迎えたのは大きな瓶だった。所狭しと置かれている一抱えはある瓶には、それぞれ木製の蓋がされている。高さは僕のお腹くらいだが、図体が大きい。
「最近売れているのは、サクラズかな。香りがとても良いけどね。実は花の方はかなり小さいんだよ。ここいらの人は一生に一度見れるかどうかなんだけど…」
「違うわよ。一番人気はモモズ。ちゃんと店番したら? 売り込みをしたいならさ」
平野の説明に即座に老竹が返した。なぜかしら声色が冷たいが、すこし呆れが含まれている。
「ま、今度ね」
避難を軽く流して平野は奥の板戸を開ける。靴を脱いで上がるような腰掛けられるような高さになっていて。平野は自然と靴を脱いで上がる。
「あ、申し訳ないね。履物は脱いでもらっても良い?」
「はい」
特に自然に聞き流して、僕は靴を脱いで板間に上がったが、振り返ると老竹が不思議そうにこちらを見ていた。
「本当に倭人じゃないの?」
「え?」
「靴を脱ぐ文化なんて、蓬莱には無いでしょう?」
しょう? と語りかけられても答えようがないために首をかしげた。
「どうやら…」
追求を押し止めるためにか、平野はスッと間に入る感じで声をかけた。
「君の世界では靴を脱ぐ文化があったみたいだね」
「はあ…」
「本当はただの宿なしだったりしてね」
老竹が靴を脱ぎながら、板間に上がると反対側の襖っぽい引き戸を開けた。
いつの間にか籠之森(複雑だから覚えられた)が廊下に立っていて、大きなお盆を抱えていた。
「だんなぁ!」
僕が座ると同時に、ビルの入口から大きな声が響く。
その声を聞いて、むしろ平野は平然と首を向けた。だが老竹の口からは舌打ちが漏れたのを聞き逃せなかった。
「だんな!見つけやしたよ!例の廃ビルの中にいますわ!」
ドタドタと騒がしく入ってきたのは、その歩き方に似合わない細身の男だった。彼も若い…。ダウンの様な水色の上着を首元までしっかりと前を合わせ、野球帽を後ろ向きにかぶっている。耳にはピアスが2つほど付いているが、片耳だけらしい。ジーパンのようなパンツを履いて、紐靴もスニーカーのようだった。
(本当にここは東京じゃないの?)
ストリートファッションの男は、来た時と同じく騒がしく平野にまくし立てた。
「いま、ヤスが付けてますが!どうします!? レストに通報して終わりにしますか?」
「いや、俺が行こうか。八さん。案内してくれる?」
「勿論ですわ」
やはり来た時と同じく、八さんはドタドタと外へ出る。それを見送らずに平野はスクっと立ち上がり、素早く靴を履いた。
「少し、お茶でも飲んで待っていてくれ。疲れているだろうから、眠たくなったら博美にいうと良い。博美二階の方に布団を敷いてあげて」
こちらに眼を向けつつ、いつの間にか籠之森が持ってきた黒いコートを羽織った。袖がたっぷりと余裕があって、一見して羽織の様に見えた。丈は彼の膝下まであり、かなり長い。
「じゃ」
それだけ短く言うと、さっそうと建物を出て行ってしまう。
「え? なにを?」
ようやく其処で我に返った。なんなんだ? 唐突の事態の変化が余りに急展開過ぎて、僕の頭のなかでは意識が追いつかない。
「人助け…でしょうね。危ないことに首を突っ込むの本当に好きなんだから…」
老竹がボヤくように応えてくれたが、それ以上はなにも言うつもりが無いのか、湯気の立つ熱いお茶の香りを嗅いでいた。
唐突の訪問者は姿形、まるで「あいつ」の生き写しに見える。むしろ本人ではなかったことに平野は驚いてた。だが今は考える時では無い。
八の後を素早い足取りで歩き、息を殺す。行き着く場所はここ最近この辺りを荒らしていたならず者だろう。流石に派手な商売をしてなかったらしいが、今日は一線を超えた。一般人の女性をさらい、親か恋人か、旦那に身代金を要求する。もしくは女衒に売りつけるという目立つ行動を行ったわけだ。
こういう事態は平野に回ってくることが多い。コーワレストと呼ばれる新発足の自警団では早期解決に不安を抱く。そういう時は、大抵彼が呼ばれる。そして片付ける。
「あのビルです」
店に知らせに来た時と違い、八は音もなく近くの壁に擦り寄って三階程の建物をさした。彼は叔父の道場に一時通っていた。なんやかんやでやめてしまったのだが、今は平野が時折手ほどきをしている。伊勢武流の一門でそれなりの腕を持つ。
平野の店から十五分程歩くのだが、健脚な二人では十分もかからずたどり着いた。帰りは身を隠すために籠を使うつもりだ。
「人数は?」
「およそ、5人。全員刃物は仕込んでいるみたいですがね…」
「怖いね。できれば出す前に片付けたいけど」
刃渡りにもよるだろうが、殺傷沙汰は面倒な話になる。
「ひとまず、隙を伺おうか」
頷く八は視線を建物に移すと、足音を忍ばせて近づく。その背中を追いかけて、平野は常時と変わらない歩き方をするが、足音は一切しない。
「建物の前に…」
八が手を出して、平野に合図をした。二人の男がぶらぶらと歩いているようで、周囲を警戒しながら向かってきた。こちらには気がついていない。
風が走った。黒いコートの裾がなびき、八を追い越す。早歩きで歩く平野に二人は近づかれるまで気が付かなかった。気づいた時には、目の前に。
「なんだ!てめぇ」
咄嗟に上げた声はそれほど響かない。平野の身体が僅かに沈むのと、振りかざした拳が頭の上を過ぎるのと同時だ。右腰から一閃。掌が繰り出され男の胸を打つと、一人は飛んで尻もちを着いた。続いて二人目。早業に驚いてる隙に、八が近づいて後ろから持ち前の棍棒で殴る。脚の関節を打ち、脇腹をを打ち、崩れた所で頭を打つ。二人目も声なくおとした。
足先は建物に向けた。迷いなく入り口から入っていく。鍵はかかってないのは先の二人が開けたからだろう。入る前に八は裏へと回った。平野だけなら弾丸銃を持ち出さない限り、対処が出来ると踏んだ。
中は明るい。壁に幾つか角灯をかけてある。扉を開けた音で気が付かれると思ったが、どうやら狭い階段を登った二階の方だったらしい。殺風景の事務所の様な作りと、積もった埃から使われていない形跡があった。廃ビルではなさそうだが、倒産した屋号だろう。
耳を澄ますと上の階から話し声が聞こえた。内容は聞き取れない。階段を探していると八が先に見つけてくれたらしい、合流して案内した。
「どうしますかい?」
響かない様にボソボソと話しかけてくる。中々芸達者で、こういう事案に慣れているのだ。
「先に行こう。後から来て。一人も逃さない様に」
「かっさらわれた人は?」
「無事…では無いだろうけど、命は取らないでしょ。売り先の情報から考えると」
「五人とも演台からの流れ者ですな。パッとしないためか、どうも情報が集まらんですが、こっちに伝手はなかったみたいです」
「なるほど」っと平野がつぶやいて、階段に足をかけた。
演台は子京よりも更に帝都に近い「橋」だ。そのためか犯罪も少ないために、あぶれたものは新天地を求めて流れてくる。それが子京だ。伝手が無いために、女衒から叔父の所へ「お伺い」が来たのだろう。
階段を登りきり、体を低くした。ガチャリとわざと音を立ててノブを回す。中の三人は警戒をしたはずで、そのまま開けずに待つ。足音が扉に近づいた瞬間、思いっきり押した。
一人は扉に当たったのは感触で確認した。踏み込んで視界を回すと、既に三人ともドスを抜いていた。刃渡りは短い十五線値ほどか。コートを脱ぐ。長いコートの襟元を持って振るうと、二人目の刃物を巻き込んで翻った。驚いた男の胸に向かって肩をぶつけ、更に爪先を踏み込む。達人である平野の震脚をもらって骨が砕けただろう。既に彼の意識は三人目に向かった。
流石にドスをこちらに向けて構えていた。準備された体制では、下手に飛び込めば素人でも逆襲が怖い。わざとゆっくり歩いて平野は体を無防備に見せた。男の後ろに女性の姿が見える。窓にへばり付くように逃げているが、手を縛られているのと、腰が抜けているのとで立てない様子だった。
「来るな!」
男が唾を飛ばして叫んだ。混乱は彼から理性を奪っているらしい。人質を取ることすら忘れている。
平野が踏むこむような動作を見せた。反応して男もドスを引く。飛び込めば体ごとぶつかってくるつもり、だが八が後ろから棍棒で脚を打った。
「っが!」
悲鳴を聞いた同時に、平野が更に踏み込んだ。男の襟元を掴んでこちらに引き込む。膝が男の腹に突き刺さると、そのまま床に転がした。まだ意識は有る。
起き上がる抵抗を利用して、頭を床に叩きつけてやると静かになった。入り口の男は既に八が始末している。
「やれやれ」
怯えてる女は八が縛っている手を開放して、終わりだ。一見して服装も乱れは無い。商品にするつもりなので手を付けない考えはあったらしい。
「レストに連絡して」
「もう使いを走らせてますよ」
八の手際の良さに、平野は静かに笑った。すぐに自警団が来る。さっさと撤収をしなければ。
五人とも縛って転がして於いて、平野はコートを羽織ってその場を離れる。走ったりはしない。人が通りそうな場所を目指して、籠を見つければ早い。八もついてきて、一緒に通りで籠に乗った。多めの金札を渡して平野の店の通りまで走らせてもらう。自警団「コーワレスト」の黒と白のツートンカラーの四輪が走っていくのが見えた。赤いランプが点灯して、周囲を緊張させる。
「最近コーワレストは風呂敷を広げましたね」
籠の運転手がボソリと呟いた。
「元は小さい集まりだったのですが、ここ十年でだれか支援者を見つけたらしいですよ。金持ちも居るところには居るもんだ」
「でも、対処は遅れてるますね」
平野が話を合わせた。八は窓から走るレストの四輪を見送っている。
「組織はでかくなれば、腰が重くなるそうですから、多分それでしょうな」
「支援者も案外それが狙いだったりしてね」
「それは…」
言いよどんだ運転手に、平野が「そこで」と籠を止めさせた。
「今日は儲けが湧く日ですよ」
そう言って平野は金札を数枚渡した。運転手がこちらを見て、金札を見ると納得したように「上司には酔っぱらいを乗せたといますわ」とニカッと笑った。
二人で降りて数分待つ。
「八、叔父に知らせてくれる?」
「うっす。また店に顔出します」
空は白け始めている。その太陽に背を向けるように、八は路地の方へと早歩きで消えた。
「まだ、始まったばかりか…。先は長そうだ」
太陽に向かってそう呟くと、平野もゆったりと帰路に着いた。