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第一話 異世界

  異世界


  逃げるなら何処へ?

  現実はすぐ後ろに


  ならば幻想は?

  はるか彼方だろう。


 はたっと気がついた。目が覚めたと言ってもいい。大学の教室で寝てしまってしたのだが、気がついたら辺りは真っ暗になってしまった。

 机に突っ伏して眠った記憶があるのに、僕は草むらで寝ていた。空気を吸うと重く感じる。息を吸うと億劫で、息を吐くと快感を感じた。嗅ぎ慣れない自然な空気と、一際強い青臭さがそれを感じさせているのだ。

 身を起こすと、全身に僅かな痛みがある。朝目が冷めて、よく眠ったという気持ちの良い痛みだ。だが周囲に明るさが無い。自分で鼻を摘んでもきっと見えないだろう。

 のんびり欠伸が出ると、状況の深刻さが身にしみた。ここはどこだ? 大学の構内ならここまで真っ暗では無いはずで、むしろ現代社会でこれ程暗い場所は、日本には無い。少なくとも近所には…

(誘拐?)

考えたくもない。自分は来週には成人式に出られる年齢の大学生だし、身体もお世辞にも鍛えられているとはいえないが、それなりの肉が付いている。

 それ以上に心当たりはない。思いつくのはイタズラだが…そもそも仕掛ける友人なんて、いまの大学にはいない。皆自分の事が手一杯なはず。

(なにか…黒い人は…)

よく思い出せないが、真っ黒の塊のくせに丸い大きなメガネをかけている男。一瞬幽霊だと思ったのに、彼はニタニタと口の端っこを大きく広げ、

『やあ、君なら上等だ』

そう…たしかそうつぶやいた。

『君なら代わりが務まる。一つ頼むよ。君の世話なら向こうの彼がしてくれるよ』

同時に、黒い幕が広がった。

(あれが原因なのかな…)

夢だと思っていたけど、もしかしたら現実だったのかも。

 頬を抓ってみたい衝動はあったが、その前に全身を弄る。外傷も無い。縛られてもいない。なにかが身体に付いているわけでもない。映画に習って首元や足首も丹念に触ったが、タグや機器のような物も無い。だからこそ不可解過ぎた。

 服も着てる。上着のポケットには財布と、ケータイ。最近のスマートフォンに電源は入っているが、そこで鞄が無いことは気がついた。

 今度はしゃがみ込んで周囲の地面を探る。感触は草のカサカサという感じだけで、それ以外になにも無い。手入れされてない草むらは、どうやら背丈がかなり硬いらしく地面に近くなればそれだけ硬い感触を感じた。

 わかったことは、地面に触れることすら難しい。ということ。

(鞄…)

Wi-Fiルーターが無ければ、自分のスマートフォンは無用の長物になる。かさばる物は鞄に放り込んでおく癖が災いした。

 手を止めたところで、草をかき分け踏む音が聞こえた。慌てて地面に伏せる。警戒をしたのは自身の身の安全のこともあるが、相手の正体が人間だと限らないと今更考えた。自然に近い山林のような場所で、素直に人間だけが住んでいるとは思えない。息を潜めていると、わずかに足音が止まった。見失ったのか…。すぐに沈黙を破って迷わずこちらに向かってくる足音。

「やあ」

男だ。足はすぐ目の前に有るらしい。顔を上げて声の方向…らしきを見るが、顔は見えない。若い声だと思う。

「こんばんわ。もしかしたら言葉がわからないかな…」

相手は日本語を喋っている。僕も日本人。日本語で話しかけてくるのは当然のはずだけど、もしかしたら見えていないのか?

「ヲルザさんにここに連れてこられたんだよね?」

前提を知っているような聞き方に、思わず「ヲルザさん?」とつぶやいて、慌てて口を塞いだ。別に聞かれて困らない事は、いまさら思い出す。

「ああ、良かった言葉は通じるね」

すっと、目の前に気配が在って何かを差し出された様子。思わず凝視したがなにも見えない。だが手にとって見てもいい気がした。恐る恐る手を伸ばして掴んで見る。

 グイッと引き上げられて、引っ張られるように立ち上がった。草が顔に辺り、こそばゆい感触。たまらず反対の手で顔を拭う。

「このあたりの草は、触れていると被れることもあるけどね。まあ、ちょっとくらいなら痒くなる程度だよ」

地面に伏せていることを咎めているのだろうか?

「ひとまず家に来るといいよ。なんて言われたかは知らないけど、しばらくは僕が君の相手をしなければいけないだろうし」

「『君の世話なら、向こうの彼がしてくれるだろう』とは言われました」

名前も知らない男に、頼ってもいいものかは考えあぐねる。

「やっぱり、そういう事か。準備は万全では無いけど、やっぱり僕の家に案内しよう」

そう言って男は掴んだままの手を引いた。以外に優しい手の取り方だったが、引く力はやや強引ではある。途端に恐怖が湧いた。このままついていくべきか…。

「怖がるのは当然だけどね。言葉が通じるだけで、ここは君の常識は通じないと思う」

足を止めずに、傍からみればやや強引でもある。

「まず、橋の外の此処は危ない。魔物がでてもおかしくないし、いま狙われても全く意外じゃない事」

いま、この人はなんと言ったか…? 魔物?

「更に、平地は明かりがある場所のほうが少ない。朝になれば農家の持ち主が怒り狂って、君を撃つかもしれない」

いま、この人はなんと言ったか…? 撃つ?

「ついでにいうと、君の常識をしらない僕がいうのもアレだけど…蓬莱から倭へ来たとか、その程度の話では収まらないと思う」

いま、この人はなんと言ったか…? 蓬莱? 倭?

 地面が傾いて上り坂になる。ややきつい上に、足元が不安定なのは土手を想像させる。息を荒くしながら崖を登り切ったところで、視界が開けた。


明かりの軍勢

光の山

いや違う…

あれは街の明かり…?


 そう巨大な光の塊に見えるそれは、大きな街だった。自分が寝転んでいたその隣に、こんなに巨大なものが有るとは気が付かなかった。

 その光景も見慣れないものだ。荒野が在って、そこから街を見る。まるでお伽話…できの悪い小説か漫画か…そういった創造のなかにしか存在しない世界。

「ようこそ。倭国蓬莱の大地へ。あれが僕の住む『橋』だ」

隣で男が静かに告げた。

「恐らく此処は、君の知る世界ではない。君にとって、異世界ということになるんじゃないかな?」


現実から逃げたいと思っても

簡単に逃げられないと思って

想像するだけの世界が

そこに広がっている


「僕は平野。伊勢平野という。改めてよろしく」

呆けている間に手が離れていたらしい。再び差し出された手を見て、そこでようやく物が見えているのがわかった。そこに立っているのは若い男性。歳にすれば僕と変わらない二十歳手前から二十後半に行かない年齢の男だった。綺麗な手だがさっきの感触から、鍛えているように思える硬さがある。手首から肩にかけて細い。体の線も細い感じだが、弱々しい印象はない。服装は長袖の黒シャツに、ジーパンといった感じ。

 整った口元、綺麗な鼻筋、頬も細め、目だけが鋭く尖っているが、今は柔和に緩んでいる。すこし女性的だが、いわゆるイケメンの部類に入ると思う。細めのメガネが印象深い。髪は癖っ毛のようで、綺麗に手入れはされているが、ファッション的な要素からはかけ離れていた。


伊勢平野

この物語の主人公と

僕の物語の主人公と


それが出会いだった。



 唯一気になったのは、この時…若いはずの彼の雰囲気から、疲れたような…大人伸びたようなモノを感じ取った位だった。まるで歳不相応に人生を悟った様な男…。

 握手を求めてきた男の求めに応じて、手を取ると、軽く振ってすぐに離した。かなり強い力で一瞬だけ握られたが、なにか納得した顔で離されると、こっちは納得がいかない。

「面白く無い話をしなければいけないけど、ひとまず此処を離れようか」

踵返して男は土手を歩き始めた。右側から強い光を浴びて、左側が影になる。

(幻想的だな…)

夜の川辺は時折こんな姿を見せるが、川辺と言うには水の音が聞こえない。

「ここから少し歩いた所に、四輪駆動を止めてもらってるんだ。行こう。長居をすると面倒なものもよってくるし」

時折聞き慣れない言葉を話す以外、彼は中々良好なコミュニケーションをとってきた。

「まずは君がどんな異世界から来たのか気になるよ。ヲルザさんはいい奴だけど、時折無茶をするからね」

「無茶?」

「そう。いろんな無茶をね。彼が他の世界から誰かを引っ張ってくるなんて、まさに朝飯前ってやつさ」

「そもそも、何者なんですか? そのヲルザって人。僕も会った事があるような言い方ですけど…」

彼は少し不思議そうな顔をした。こういう時は必ず相手に意図が伝わってない事が多い。

「う~ん。そうか」

再び「なんとなく納得」した顔をする。

「君をこの世界に連れてきた当人だよ。真っ黒で暗闇が歩いてる様なやつだけど、でかい丸メガネが爛々と輝いてる感じの…」

途端に大学でみた幽霊を思い出す。

「あの…それって瓶底メガネかけてる?」

「瓶底…? まあ、確かに瓶の底くらいは厚いのかもね…あのメガネ」

クツクツと笑うが、あの黒いのに笑う要素があるだろうか…。

「まあ、あの人はちょっと特別なんだよね。だから世界の裏ワザみたいなこと簡単にする。化物さ」

「化物…」

僕的には幽霊のほうがしっくり来る。立っているだけで見たことを後悔させ、不安をもたらす。悪霊の類。

「いい人…人ではないけどね。まあ、いい人だと思うよ」

会話をしているうちに四輪駆動と言われた車までたどり着いた。

 車体は長い。ライトには丸みがあって、バックミラーらしきものがボンネットに付いている。形が古い。横からみて後輪部分が隠されているのは、デザインなんだろう。見たことがあるようで、僕が知っているどの車にも当てはまらない。明るいところで見ないと詳細がわからないのかもしれない。車内も暗いのが不安を掻き立てる。

「ご苦労さんです」

彼が運転すると思ったのだが、車体の色に紛れるように黒服を来た男が立っていた。高級そうなスーツを着ているガタイの良い男。身長は彼と僕の頭2つか3つ程高い。どのくらいか…170くらいだろうか。

 いかにも鍛えましたという風体のいかつい顔つきに、眼を完全に隠せるグラスをかけている。なので表情は見えない。その男が平野のためにか、まず後部のドアを開けた。

「お先にどうぞ。お客さんだからね」

平野に言われて、再び怪しさが込み上がってきた。

 不意に後ずさりをして、彼とぶつかる。

「おっと」

言葉とは裏腹に、驚いた様子もなく軽く受け止められた。

「繰り返すようだけどね。ここに残るのはおすすめしないよ」

「でも…」

「まあ、乗らなければ。無理にでも乗ってもらうけど」

平野の言葉に反応して黒服の男がズイッと身を向けた。街からの反射で半分だけ伺える顔には、表情が見当たらない。訓練を受けているのか、それとも別の理由か。その雰囲気から、本気で押し込める気なのは感じ取れる。

 諦めるしかなさそうだ。

 しぶしぶ黒服が開けているドアから、車に滑り込んだ。

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