暗闇の森で
キィーーーンと金属同士がぶつかる音が甲高くぼんやりとした月夜の暗闇に響き渡る。肌にビリビリッと伝わり、私は咄嗟に隠れていた木の影に更に身を縮こませた。
ここは一体絶対どこなのだろうか。私は家の布団で寝ていたはずだ。なのになぜにこんな山の中…。
また金属同士がぶつかり合う音が響く。それと同時に人の怒声に似た声も聞こえる。考えなくても分かる。
(これ、絶対ヤバイやつだよ)
日頃鍛えている妄想力をフル回転させる。
私は何かの手違いで、マフィアか何かの人間に寝ている間に拉致され人質となったが、途中で人違いと判明。慌てて私を車から放り投げ私が負傷。そこで車から顔を出した瞬間に隠れていた因縁のなんちゃら一家が総攻撃を開始した。
で、今その真っ只中。
所々厳しいこじつけもあるが、私の全身に広がるどこからか落とされた衝撃の痛みと、今起こっている激しい戦闘。
こうでもしないと説明がつかない。
どこの宗教にも所属していないが、身を縮こませて両手を握る。
ああ、神様。私をお救いください。ここで殺しても生きても世界になんの影響もでない私ですが、誰にも迷惑をかけないで、細細と暮らしてきました。
ヒュンッヒュンッと何かが真横を飛んでいくが、目をぎゅっと瞑り、じっと耐える。
お願いしますお願いします、あわよくば目を開いたら自室でありますように。
時間はどのくらい経ったかは分からない。気がつくと辺りはシーンと静まり返っていた。
必死にお祈りをしていると、ガサッガサッと木の葉をゆっくりと踏む音が近づいてきた。
いつの間にか戦闘は終わったらしい。
「指名手配犯ドルバンド、お前で間違えないな」
低い稲妻のような声がすぐ後ろで淡々と述べた。
違いますが!?私の名前は白柳琴音です!指名手配犯ではございません!
とは言えず、喉からひゅーひゅーと息を漏らす。私の恐怖と神経は最高潮だ。全身の震えもどんどん激しくなる。
「………よく俺の子分を殺ってくれたなッ…理由も聞かずに…人殺し」
憎しみが滲み出るような声で男が唸る。
ビクッと体が固まる。
自分が隠れているこの木のすぐ後ろにもう一人、人がいるらしい。私に掛けられた言葉ではないと分かってホッとしたが、危ない状況には変わりない。
「ここはバルジャーニ族の領土だ。通行硬貨を持っていないお前らは侵入者。その侵入者が夜中にこそこそ何かをしている。これ以上の理由はいらないと思われるが?」
「…ッこの“ガルジャディアン”が!!今すぐその喉を噛み裂いてやる!!」
メキメキメキっと獣の唸り声と共に後ろの気配がどんどん膨張していく。
「ヒイッ!?」
声が漏れる。
「誰だ!!そこにいるのは!!」
しまった。慌てて口を閉じるがもう手遅れだった。
「ガルジャディアンの仲間か…全員…全員殺してやる!!!!」
ブオンッ十突風が巻き起こり、木の葉がぶわぁっと舞い上がり、私の体も吹き飛ばされる。
「フギッ!!?」
ふわっと舞い上がった体は森の冷たい地面に叩きつけられる。
私の体は数回バウンドして、ゴロゴロゴロッと回りながらゆっくりと静止した。
まずい、このままここにいたら間違いなく殺される。
段々ボヤけてくる視界を無理やり開かせて、回っている目で男の姿を確認する。
私の視界を助けるかのように雲が掛かり、真っ暗だった夜の森に、月が顔を覗かせた。
淡い光が森を照らす。
光に目を細めながら、視点を頑張って留める。
一人は白銀に輝く短髪の体ががっしりとした、見たことのない服を着た男。
「一般人…!?何でこんなところに」
良かった。私は一般人枠らしい。
もう一人、私を吹き飛ばしたであろう人物。
それは、漆黒の毛並みを月明かりに反射させながら、人のように仁王立ちになり、狼のような顔で私を睨み付けている。
手と足は鋭い爪が光り、牙からは唾液が滴っている。
「…綺麗」
恐ろしいはずなのに、なぜか、そんな言葉が似合う獣だ。
そもそもこれは人なのか、獣なのか。
獣男は私の言葉にビクッと固まり、戸惑いの表情を見せた。
が、それは一瞬で消え去り、それは高く飛び上がった。
「しまった!!待て!!逃がすか!!」
白髪の男が何処からともなく弓を取りだし、獣に向けて放ち始める。
しかし、矢は一本も当たらず、獣はそれを器用に避けて私の視線の遠くで着地した。
「…今日は退散しよう。小娘を殺す趣味は無いからな…しかしお前の顔は忘れない!!同輩の怨み、必ず晴らしに戻ろう」
それだけ言い残すと、獣は四つん這いになりもうスピードで闇の中を駆けていった。
(助かった?)
グタリと体が果てる。
力が入らなくて、段々視界も狭まってきた。
しばらく闇を見つめていた男が慌てて私に駆け寄る。
「大丈夫か!?私の声が聞こえるか!?」
肩を抱き抱えられ、男の体にすっぽりと収まる。
この人は敵じゃない。危なくない人だ。
そう思った瞬間視界を闇が覆い始め、うるさいくらい聞こえていた男の声も次第に聞こえなくなった。
これがこの世界に来てからの最初の記憶である。