男&けもみみ
火をかけられた家が燃え上がる。
その熱気を、あるいは悲鳴を背に受けつつ、しかしこの場所を動くこともできず。
獣人の男は剣を握り締めたまま、対峙する人間の賊を睨みつけて歯噛みした。
「へっへっへ、守るもんが多いと大変だなぁ?」
「だまれ、下賎な賊め。
貴様を斬り、貴様の仲間を全て斬るだけだ」
「やれるならやってみろよ、けだもの風情が……よっ!」
賊の男が、言葉と共に踏み込んで斧を振り下ろす。
下等な賊ではあるが、その膂力から繰り出される一撃は重く鋭い。
真っ向から受けず、斜めに流してすり抜けるように剣を振りぬく。
小さな血しぶき。
炎の赤に照らされた戦場に、なお赤い血が舞う。
「くっ」
「おおっと、一対一の戦いに邪魔が入ったみてぇだなぁ。
いやいやいや、下賎な賊なもんで、部下の躾がなってなくてすまんなぁ?」
村を守る男の剣を手甲で防いだ賊が、笑いながら男を見下す。
その後方では、弓を構えた賊の手下が同じように不快な笑い声をあげていた。
斧の賊は、どうやら首領か何かのようだ。
であればこいつさえ斬れれば敵は引くかもしれない。少なくとも、こいつより強い敵は居ないだろう。
その事実にだけは安心しつつ、左腕に突き刺さった矢を引き抜き剣を握りなおす。
「おら野郎ども、見てないで仕事しろや!
働きの悪いやつは、今夜の食事当番だぜ」
承知の声をあげ、あちこちで賊の手下達が村に迫り、他の村人たちと斬り結んでいく。
賊は見たところ20~30人程度。
村側の戦える者はそれより少ないし、戦いに慣れているとは言えないうえに守るべき非戦闘員もいる。
やはり、ここで首領らしき男を斬るしかない。
そう思い、踏み込もうと剣を構えなおしたところで―――急激に力が抜け、思わず地に膝をついた。
「へへへ、効いてきたようだな?
俺たちゃ盗賊、お行儀のいい戦い方なんか知らねぇのよ。勝つためにはなんでもやるぜ?」
「毒、か……」
「おうよ。
そっちの村でも、お前が最強なんだろ? お前さえ潰せば、あとは俺にかなう奴もいねぇだろ」
どうやら、対峙する2人はお互いに似たようなことを思っていたらしい。
そんなどうでもいいことを思いつつ、気力だけで立ち上がり構えなおす。
「立つか。
冥土の土産に褒めてやるから、さっさと退場しな!」
再び打ち込まれる首領の斧。
一撃を受け流し、反撃することもままならず続く二撃目で剣を弾かれ。
「死ねやおらぁ」
真横に振るわれたとどめの一撃を、己の右腕を犠牲に受け流す。
「……麻痺した身体で執念だねぇ、いやはや恐れ入る」
「黙れ、賊が」
なお鋭い眼光で、村を背に立ち、賊の首領を睨みつける。
右腕はなく、左手もいまだ指先の感覚は鈍い。
だがそれでも、ナイフを握るくらいはできるはずだ。
この身に、この命に代えても。こいつだけは自分が倒す。
後は村の者に任せるしかないが―――仲間の強さを信じるだけだ。だから。
「貴様は、私が倒す」
「高尚だねぇ……虫唾が走らぁ。
悪いが俺は、賭け事は二度としないと決めてんだよ」
どことなく苦々しい顔で、首領が吐き捨てるように告げ。
斧を持たぬ手を振り上げて振り下ろした。
飛来する二本の矢が、肘から先を失った右の二の腕と、左の肩に突き刺さる。
「ぐ、くそ……」
「おーし、次射てー」
首領の言葉に、続く矢がわき腹と太ももに突き刺さる。
飛び散る血。たたらを踏み、それでもなお二本の足で立ち続ける男。
耳に届いたはずの悲鳴も、睨みつけた首領の姿も。
自分の身体の感覚も、ひどく熱く冷たく。希薄に、あるいは克明になっていく。
歯を食いしばり、途切れる世界とのつながりに必死で食らいつく。
「おじさん!」
そんな彼の必死さが届いたか―――あるいは絶望か。
聞きなれた、今は聞こえて欲しくなかった声が、薄れる世界を切り裂いて耳に届き。
「ほほう、可愛い娘さんだなぁ。
いやー可愛いなぁ、これはおじさん達ラッキーだなぁ?」
「き、きさまーっ!」
どこか遠くから、けれど鮮明に聞こえる、何より大事な家族の声。
首領がそちらを向いてにやにやと笑みを浮かべ。
獣人の男は激昂し、まだ痺れの残る左手でナイフを引き抜き構えた。
「流れ矢でも当たって傷ついたら困るしな。
お前の相手は終わりにして、物色に入るとするか」
「させんぞ……指一本触れさせはしない!」
この命、燃やし尽くしても。
そんな気迫が、両目から、背から、全身から噴出す。
血を失った身体で、前へと踏み出す。
「あの娘はありがたーくいただくとするぜ」
そんな彼の想いを踏みにじるように、ことさら軽く言い放ち。
首領の男は片手を振り上げて―――
「あばよ」
ぐしゃり、と。いったいどこから飛び掛って来たのか、小柄な少年の両足を後頭部に受け。
別れの言葉を最後に、地に落ちていた獣人の剣に顔面から突き刺さり、首領はあっけなく意識を失ったのだった……
焼ける家。
あちこちから聞こえる金属音と、時折混じる悲鳴。
血の、匂い。
「う、ええ、ぅ……」
オレの口から、言葉にならない呻きが漏れた。
なんだ、なんなんだ、ここは?
村? が、襲われてる?
聞こえた金属音に振り向けば、二人の人が剣で斬り合いをしていた。
血のついた剣で、傷だらけの身体で……
「う、うわぁぁ」
思わず声をあげて後ずさる。
後ずさろうとして、段差に転んだ。
今まで気づいてなかったけど、どうやら血だまりに倒れた死体の上にいたらしい。
ははは、まさかオレがぶつかって死なせたとか、そんな都合いい事は……
「ひ、ひいい」
やっちゃったかもしれない死体から後ずさり周りを見回す。
こっちを向いている人間が、近くに一人、少し離れた場所に二人。
あれ、よく見ると近くの人にけもみみがついてるような……
あれか、獣人か!
すごい、異世界の初遭遇がけもみみ!
男だけどなー……
「ぼ、ボスがやられたぞー!」
離れた場所にいた片割れがそう叫んだ。
聞こえていた金属音のリズムが変わり、いくつかの悲鳴が混じる。
いまさらだけど、あれか。
村が盗賊に襲われてて、誰かがボスを倒したってこと、かな?
さすが異世界、転移直後から襲撃イベントとか激しいな……
これは、オレも頑張らないとな。
座ったまま、左手の平を右手の拳で打ち―――
左腕に強烈な衝撃が走り、弾き飛ばされた。
耳に残る金属同士の激突音、左腕に感じる強い痺れ。
「うわぁ!」
ななな、何が起きたんだ!?
「ちっ……
引くぞ!」
オレの方を見ていたもう一人が、矢を持たず弓だけ構えたまま声をあげて逃げ出した。
よく見れば、地面に一本の矢。さっきまではなかったはずの地面に、ぎらりと先端の光る一本の矢……
え、あ……え?
オレが、矢で、射たれた……?
黒鶴に当たって助かった……のか?
「ひ、ひいい……」
紙一重の生と死。
あたりに漂う、血と火の匂い。
どさり、と。近くにいたけもみみの男の人が倒れ。
倒れた拍子にか、オレの顔にかかる何か。
指で触れて確かめたそれは、血のように真っ赤で。
それがなんであるかを理解したのかしないのか、オレもまた意識を失った……