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神魔大戦 Hero&Forces  作者: 岸野 遙
スタートフェイズ
9/40

男&けもみみ

 火をかけられた家が燃え上がる。

 その熱気を、あるいは悲鳴を背に受けつつ、しかしこの場所を動くこともできず。

 獣人の男は剣を握り締めたまま、対峙する人間の賊を睨みつけて歯噛みした。


「へっへっへ、守るもんが多いと大変だなぁ?」

「だまれ、下賎な賊め。

 貴様を斬り、貴様の仲間を全て斬るだけだ」

「やれるならやってみろよ、けだもの風情が……よっ!」


 賊の男が、言葉と共に踏み込んで斧を振り下ろす。

 下等な賊ではあるが、その膂力から繰り出される一撃は重く鋭い。

 真っ向から受けず、斜めに流してすり抜けるように剣を振りぬく。


 小さな血しぶき。

 炎の赤に照らされた戦場に、なお赤い血が舞う。


「くっ」

「おおっと、一対一の戦いに邪魔が入ったみてぇだなぁ。

 いやいやいや、下賎な賊なもんで、部下の躾がなってなくてすまんなぁ?」


 村を守る男の剣を手甲で防いだ賊が、笑いながら男を見下す。

 その後方では、弓を構えた賊の手下が同じように不快な笑い声をあげていた。


 斧の賊は、どうやら首領か何かのようだ。

 であればこいつさえ斬れれば敵は引くかもしれない。少なくとも、こいつより強い敵は居ないだろう。

 その事実にだけは安心しつつ、左腕に突き刺さった矢を引き抜き剣を握りなおす。


「おら野郎ども、見てないで仕事しろや!

 働きの悪いやつは、今夜の食事当番だぜ」


 承知の声をあげ、あちこちで賊の手下達が村に迫り、他の村人たちと斬り結んでいく。

 賊は見たところ20~30人程度。

 村側の戦える者はそれより少ないし、戦いに慣れているとは言えないうえに守るべき非戦闘員もいる。

 やはり、ここで首領らしき男を斬るしかない。

 そう思い、踏み込もうと剣を構えなおしたところで―――急激に力が抜け、思わず地に膝をついた。


「へへへ、効いてきたようだな?

 俺たちゃ盗賊、お行儀のいい戦い方なんか知らねぇのよ。勝つためにはなんでもやるぜ?」

「毒、か……」

「おうよ。

 そっちの村でも、お前が最強なんだろ? お前さえ潰せば、あとは俺にかなう奴もいねぇだろ」


 どうやら、対峙する2人はお互いに似たようなことを思っていたらしい。

 そんなどうでもいいことを思いつつ、気力だけで立ち上がり構えなおす。


「立つか。

 冥土の土産に褒めてやるから、さっさと退場しな!」


 再び打ち込まれる首領の斧。

 一撃を受け流し、反撃することもままならず続く二撃目で剣を弾かれ。


「死ねやおらぁ」


 真横に振るわれたとどめの一撃を、己の右腕を犠牲に受け流す。


「……麻痺した身体で執念だねぇ、いやはや恐れ入る」

「黙れ、賊が」


 なお鋭い眼光で、村を背に立ち、賊の首領を睨みつける。

 右腕はなく、左手もいまだ指先の感覚は鈍い。

 だがそれでも、ナイフを握るくらいはできるはずだ。

 この身に、この命に代えても。こいつだけは自分が倒す。

 後は村の者に任せるしかないが―――仲間の強さを信じるだけだ。だから。


「貴様は、私が倒す」

「高尚だねぇ……虫唾が走らぁ。

 悪いが俺は、賭け事は二度としないと決めてんだよ」


 どことなく苦々しい顔で、首領が吐き捨てるように告げ。

 斧を持たぬ手を振り上げて振り下ろした。


 飛来する二本の矢が、肘から先を失った右の二の腕と、左の肩に突き刺さる。


「ぐ、くそ……」

「おーし、次射てー」


 首領の言葉に、続く矢がわき腹と太ももに突き刺さる。

 飛び散る血。たたらを踏み、それでもなお二本の足で立ち続ける男。


 耳に届いたはずの悲鳴も、睨みつけた首領の姿も。

 自分の身体の感覚も、ひどく熱く冷たく。希薄に、あるいは克明になっていく。


 歯を食いしばり、途切れる世界とのつながりに必死で食らいつく。


「おじさん!」


 そんな彼の必死さが届いたか―――あるいは絶望か。

 聞きなれた、今は聞こえて欲しくなかった声が、薄れる世界を切り裂いて耳に届き。


「ほほう、可愛い娘さんだなぁ。

 いやー可愛いなぁ、これはおじさん達ラッキーだなぁ?」

「き、きさまーっ!」


 どこか遠くから、けれど鮮明に聞こえる、何より大事な家族の声。

 首領がそちらを向いてにやにやと笑みを浮かべ。

 獣人の男は激昂し、まだ痺れの残る左手でナイフを引き抜き構えた。


「流れ矢でも当たって傷ついたら困るしな。

 お前の相手は終わりにして、物色に入るとするか」

「させんぞ……指一本触れさせはしない!」


 この命、燃やし尽くしても。

 そんな気迫が、両目から、背から、全身から噴出す。

 血を失った身体で、前へと踏み出す。


「あの娘はありがたーくいただくとするぜ」


 そんな彼の想いを踏みにじるように、ことさら軽く言い放ち。

 首領の男は片手を振り上げて―――


「あばよ」



 ぐしゃり、と。いったいどこから飛び掛って来たのか、小柄な少年の両足を後頭部に受け。

 別れの言葉を最後に、地に落ちていた獣人の剣に顔面から突き刺さり、首領はあっけなく意識を失ったのだった……





 焼ける家。

 あちこちから聞こえる金属音と、時折混じる悲鳴。


 血の、匂い。


「う、ええ、ぅ……」


 オレの口から、言葉にならない呻きが漏れた。


 なんだ、なんなんだ、ここは?

 村? が、襲われてる?


 聞こえた金属音に振り向けば、二人の人が剣で斬り合いをしていた。

 血のついた剣で、傷だらけの身体で……


「う、うわぁぁ」


 思わず声をあげて後ずさる。

 後ずさろうとして、段差に転んだ。


 今まで気づいてなかったけど、どうやら血だまりに倒れた死体の上にいたらしい。

 ははは、まさかオレがぶつかって死なせたとか、そんな都合いい事は……


「ひ、ひいい」


 やっちゃったかもしれない死体から後ずさり周りを見回す。


 こっちを向いている人間が、近くに一人、少し離れた場所に二人。

 あれ、よく見ると近くの人にけもみみがついてるような……


 あれか、獣人か!

 すごい、異世界の初遭遇がけもみみ!


 男だけどなー……


「ぼ、ボスがやられたぞー!」


 離れた場所にいた片割れがそう叫んだ。

 聞こえていた金属音のリズムが変わり、いくつかの悲鳴が混じる。



 いまさらだけど、あれか。

 村が盗賊に襲われてて、誰かがボスを倒したってこと、かな?

 さすが異世界、転移直後から襲撃イベントとか激しいな……


 これは、オレも頑張らないとな。

 座ったまま、左手の平を右手の拳で打ち―――


 左腕に強烈な衝撃が走り、弾き飛ばされた。

 耳に残る金属同士の激突音、左腕に感じる強い痺れ。


「うわぁ!」


 ななな、何が起きたんだ!?


「ちっ……

 引くぞ!」


 オレの方を見ていたもう一人が、矢を持たず弓だけ構えたまま声をあげて逃げ出した。

 よく見れば、地面に一本の矢。さっきまではなかったはずの地面に、ぎらりと先端の光る一本の矢……



 え、あ……え?

 オレが、矢で、射たれた……?

 黒鶴に当たって助かった……のか?


「ひ、ひいい……」


 紙一重の生と死。

 あたりに漂う、血と火の匂い。


 どさり、と。近くにいたけもみみの男の人が倒れ。

 倒れた拍子にか、オレの顔にかかる何か。


 指で触れて確かめたそれは、血のように真っ赤で。

 それがなんであるかを理解したのかしないのか、オレもまた意識を失った……


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