ピンチ&ピンチ
相手の死者の楽園は、敵軍にアンデッドユニットが一体もいなくなれば破壊される。
あるいは、こちらの精鋭および軍勢ユニット数が相手を上回れば、防御の手が足りず敵マスターへダメージが通る。
だが、敵軍のアンデッド数は少なくないし、マスターへダメージを与えられるだけの攻撃力があるのは美衣音しかいない。
なんとか耐えて、他の娘のランクアップや騎乗、および敵のキーカードの破壊をしなければならない。
『さあ、萱幹選手の理想的な試合運びです。山城選手には非常に苦しい展開となってきました。
またユニット同士が相打ちとなりますが、萱幹選手にだけ経験値が入り、さらに暗黒法王の特殊能力で山城選手にダイレクトダメージ!』
戦闘後、体力0で破棄待ちのユニットを生贄に捧げて、敵マスターに直接ダメージを与える。
レベル6のカード2枚を組み合わせた、強力なコンボだ。
これまでの試合を見るに、あともう一枚対戦相手にはコンボとなるカードがある。
コストを払うことでアンデッドユニットを毎ターン生み出すフィールドカードだ。
質より量を体現した死者の軍勢。だがオレだって決闘者として負けるわけにはいかない!
「サモンフェイズ!
『野生幼女 るるな』からランクアップで『野王幼女 瑠々菜』召喚!」
毛皮を巻いてブーメランを構えたるるなが、赤い狼に跨り弓を構えた凛々しい幼女へと成長する。
機動力と遠距離攻撃力を兼ね備えた、一線級の幼女だ!
「召喚時における特殊能力発動、きゅーてぃーようじょあろーで暗黒法王ジーディールを攻撃!」
「ふふん、その程度の能力が通用するものか!
リザーブカード発動、ゾンビウォールで対象をゾンビナイトへ変更だ」
瑠々菜の放ったハートの矢が暗黒法王に迫るが、傍らのゾンビナイトが法王を庇った。
苦悶の声を呪詛のように響かせて消滅するゾンビと、その後ろで虚ろな眼窩をこちらに向けてかくかくと笑う暗黒法王。
悔しさを隠してぎゅっと弓を握りしめると、瑠々菜は赤狼の頭を撫でて狙撃のための樹の上から仲間の元へ戻った。
もちろん、全てオレの脳内妄想ワールドの情景だ。
現実世界では、ユニットカードがランクアップ召喚され、敵のユニットカードとリザーブカードが墓地に送られただけである。
ちなみに、生贄の場合は破棄エリア、普通にやられたカードや捨てたカードは墓地エリアだ。
いずれにせよ、これで一手進んだ。
暗黒法王の魔術で体力を削られながらも、果敢に戦う。
「マジックカード『幼女舞う花園』で相手の死者の楽園を除去!」
「させんぞ、こちらもリザーブカード『退廃した世界』で死者の楽園への魔術をレジストし、さらに次にこのカードを対象に発動されたマジックカードの効果をレジストするバリアの付与だ!」
フィールドカードの除去魔法を防がれ、さらにバリアを張られる。
だがこれでいい、除去対策があることは当たり前だ。
むしろ、レジスト+バリアの効果のために、高いマナコストと生贄アンデッドを使用してくれたのだから問題ない。
じりじりと体力を削られながら、一手ずつ準備を進めていく。
「レベル4『幼女くのいち 紗沙那』召喚、奇襲!」
「軍勢ユニット『古代王国の死霊兵団』召喚!」
「サモンフェイズ!
『邪眼を秘めし幼女 魅莉亜』からランクアップで『黒い邪眼の幼女王 魅莉亜』召喚!」
「アンデッドパラディン召喚、配下の死霊兵団のステータスアップ!」
「リザーブカード2枚セット、バトルはせずにターンエンド!」
明確な動きのないまま、アンデッドが削られ、オレの体力が削られ。
ついに、その時が―――先に敵に訪れる。
「くははは、残念だったな。
この一撃で俺様はレベルアップだ!」
『萱幹選手、ユニット撃破によりついにレベル6到達です!
山城選手はあと一歩でレベル5なのですが、ここで2レベル差は非常に厳しい展開です』
司会の言葉に、にたりと薄気味悪い笑みを浮かべて。
「さあ絶望を見せてやろう。
破棄待ちアンデッド1体を生贄に、フィールドカード『地下墓地への階段』発動!」
『ああーっと、ここでダメ押しのフィールドカード!
地下墓地への階段は、マナを支払うことで毎ターン無尽蔵にゾンビユニットを生み出す恐るべきカードです!
生み出されるゾンビの個々の実力はレベル2相当ですが、経験値の入らない山城選手には非常につらい!』
確かにゾンビの群れが壁となって立ちはだかれば、オレの攻撃はもう敵マスターへ届かないだろう。
だが。
「さあ恐怖し恐れおののけ!
貴様の命も見苦しい小娘どもも、俺様のゾンビ軍団に蹂躙され喰われて死ぬのだ!」
「―――見苦しいな」
「……何?」
「お山……いや、墓場の大将だって言ってんだよ。
生者のいない、心のない場所で一人で王を気取って、見苦しいって言ってんだよ」
「な……
なんだときさまぁぁっ!」
対戦相手が激昂し、いきなり胸倉をつかんできた。
『あああ、ちょ、ストップです!
萱幹選手、落ち着いて下さい。それ以上は反則を取ります!』
「くっ、おのれ、だがこいつが!」
慌ててスペースに入ってきたスタッフが、相手を抑える。
もちろん、オレは何もしていないので抑えられたりはしていない。
「勝てないからと罵詈雑言を吐いたんだ! 反則はこいつの方だろう!」
口汚く罵る対戦相手を、鼻で笑い飛ばす。
「そんな必要はないな。
勝つのは、オレだからだ」
そうしてオレは、カードを2枚引き。
リザーブカード2枚と、弱いレベル1幼女を召喚してエンドだ。
「もはや捨て駒さえ満足に出せていない奴が偉そうな口を叩くな!
見るがいい、我が軍勢を。我がゾンビ軍団を! キープコスト以外の全マナをつぎ込んで、ゾンビユニット生成!」
死者の楽園と地下墓地への階段の維持コストはあわせて4マナ。
その残りの8マナをつぎ込み、4体のレベル2ゾンビが召喚される。
『萱幹選手の地下墓地への階段から、4体のゾンビが召喚されました。
レベルの面でも、ユニット数の面でも圧倒的優位に立った萱幹選手。山城選手はどう受けるのでしょうか』
「今呼んだゾンビユニットと暗黒法王以外、全員で攻撃だ!」
死霊兵達が、剣を振り槍を掲げ、死の気配をまとって押し寄せてくる。
敵陣深くでは、敵マスターである地下墓地の皇王がいやらしい笑みを浮かべ。
地下深くに息づく地下墓地から、ゾンビが列を為して階段をゆっくりと上がって皇王の横を通り過ぎて行く。
待ち受ける我が軍。
決意の眼差しと笑顔で、狼に跨った瑠々菜が、くのいちの紗沙那が、オレの頬に唇を寄せて出陣する。
銀色の鎧のあちこちに激戦の痕を残し、かなり人数の減った重装幼女兵団も、ぴしりと敬礼一つ残して出陣していく。
オレには、頼み、祈ることしかできない。
敵の法王の呪術により身体中から血を流したオレでは、娘たちを守るために出陣することは許されない。
傍らの邪眼の幼女王 魅莉亜がそっと握ってくれた手を、強く握り返し。
最後に残った猫又の美衣音が、オレの唇を一舐めして敵陣へと駆けて行くのをじっと見つめて眼に焼き付けた。
全ては、オレの脳内の妄想ワールドの出来事で。
オレの、決闘者としての、心の話だ。
『これが最終決戦かという勢いで両軍が大激突です!
お互いのユニットが、次々と討ち取られていきます!』
出陣した娘たちが、おぞましいゾンビどもを討ち取って倒れていく。
倒れ際に瑠々菜の放った最後の光の矢が、重装幼女兵団を打ち破った死霊兵団を貫き、墓地へと還した。
決戦で討ち取られた他のアンデッド達は、墓地へ還ることもなく動きを止めてその場に立ち尽くす。
ありがとう、すまない。
必ず、オレが勝つからな。
『最終決戦とも言うべき激突の結果、両軍のバトルに参加したユニットは全て倒れました。
厳密には、萱幹選手の死霊兵団のみ残っていたのですが、山城選手の……えーっと……狼幼女?の特殊能力で撃破されています。
この特殊能力による撃破はバトルの結果とはみなされませんので、この撃破により山城選手が久しぶりに経験値獲得、レベルアップです!』
戦闘の後に、暗黒法王の呪術を受ける。
ようやくレベル5となったオレの身体に、また一つ、傷と共に怒りが刻まれる。
「さあ、これでターンエンドだ。
こちらはカードを使わずともゾンビが毎ターン増える。そちらのガキはもはやあと一人。
俺様の体力はいまだにわずかしか減っておらず、対する貴様は残りの体力が2点。
絶対的なこの状況で、勝てるものならやってみるがいい!」
「ああ―――やってやるさ。
我が愛しい娘たちと、墓場で眠ることも許されない哀れな死者の軍勢とに誓って、オレは必ずお前に勝つ!」