エピローグ&プロローグ
ユナンシアを襲った、不幸のない事件から四ヶ月が過ぎた。
小国の王城。その朝は、今日も早い。
朝の廊下を、どたばたと走り抜ける少年。
もはや見慣れた光景に、城の兵も侍女も笑い、あるいは呆れて見送る。
その後ろを駆けていく女性の姿については、呆れも困惑も悩みも通り過ぎて、見ないふりをした。
「もう、リュータさんったら恥ずかしがりなんですから」
「お姉さまは、もう少し恥ずかしがって下さい」
「あら?
ネネちゃん、おはようございますわ」
「おはようございます、お姉さま」
笑顔で言葉を交わす、ユナンシアの第一王女と第二王女。
事件の折に血を奪われて絶命した二人も、何事もなかったかのように健康に過ごしている。
朝の光の中、穏やかな微笑みと清々しい笑顔。
絵に描いたような美しさは、見る者の心を掴んで離さない。
ただし、姉のシーレリアのかつての凛々しさは失われ、場内を寝間着で走り回るようなおてんばさんへと逆戻り?している。
裾と襟元の乱れた寝巻姿が、見る者の心を色んな意味で掴んで離さない。
妹のネーアネアと城の面々にとっては頭の痛いことであった。
いつものように、王族の面々と共に朝食をとる。
逃げるように距離を取る第三王女のオルエに困った笑顔を浮かべ。
べたべたとくっついてくるシーレリアを適当にあしらい、手を合わせてご馳走様。
午前中は、侍女から文字の読み書きやこの世界の常識、文化を習っていた。
レベルが上がった影響か、少年の身でありながら高校や大学の時よりも遥かに頭が良くなっていると思う。
もはや学ぶことも少なく、大半は三人の姫君の幼い頃の話を中心に雑談で終わった。
昼食を済ませ、この日の午後は森へ出かける。
そうそう魔物がいるわけではないが、野生の動物がいたり、何も居なくても広いスペースがある。
妄想の中で仮想の敵を設定し、カードを翳してローラと共にトレーニングに励んだ。
夜。
また皆で集まって夕食を済ませる。
和やかなひと時。
皆から姿は見えないけれど、傍らのローラも穏やかに微笑んでいた。
翌日は、一人でぶらぶらと城下町へ出かけた。
元々、四ヶ月前の事件でも、町へのダメージは何もなかった。
ただ、いくらか増えた女神の神殿だけが、事件の名残と言えば名残である。
露店を見て回ったり、適当にお店を回って必要なものを買い集めた。
途中、なぜか町へ来ていた第二王女のネーアネアとたまたま合流し、お茶。
露骨で激しくアタックしてくるシーレリアとは二人きりになることも多い(ように仕組まれている)のだが、ネーアネアと二人きりは非常に珍しい。
そんなことを考えたら、頬をぐりぐり突かれた。
私も居ますからね、と言いたいらしい。ネーアネアに見えないローラの頬はぷっくりだ。
傍から見れば二人きりと言っても、別に何かあるわけでもない。
そもそも年齢だって十近く離れているし、普通の家庭であれば姉弟と言うにも無理があるくらい。
今更、四ヶ月前の事―――ネーアネアと二人でユナンシアへ向かい、ミーネを助け出した事を話す程でもないのだ。
だから話題は、兵士の訓練がどうとか、今年の実りがどうとか、当たり障りのない―――本当に、意識的に、当たり障りのない内容であった。
先に帰ったネーアネアを見送り。
真っ直ぐ帰る気になれず、カードの力で山の中腹へと飛んで上がる。
眼下に広がる、夕焼けに染まった街並み。
美しくも、どこかもの悲しかった。
その日の夕食で。
三日後に旅立つことを、告げた。
翌日。旅立ちの、二日前。
一人で城を抜け出すと、初めてこの世界に降り立った場所、獣人の村へと向かった。
出迎えてくれたソーワさんの昼食をいただき、ゴードさんに軽く稽古をつけてもらい、一日をのんびりと過ごして。
二人に、旅立ちを告げる。
暖かく励まされ、いつでも帰って来いと言われて。二人で頭を下げた。
さらに翌日。城内と町で、この四ヶ月で出来た知り合いに挨拶をして回り。
女神の神殿で形だけではない祈りを捧げ。
一日は、あっという間に過ぎ去った。
その夜、旅立ち前夜。
約束したわけじゃないけれど、約束したように。
カードから召喚して部屋で待つ少年の所へ、美しい姫君―――シーレリアが訪れた。
「リュータさぁん、愛してる!」
「いや、そういうのはもういいから」
もはや挨拶と化した、毎度のやりとりを交わし。
シーレリアが持参した茶器で三人分のお茶をいれるのを見るともなく眺める。
暖かな香りの広がる中で、ぽつりぽつりとこの四ヶ月の出来事―――思い出を語るシーレリア。
「リュータさんは、結局最後まで、私に靡いて下さいませんでしたね?」
「当たり前だし、オレが好きなのは幼女だけだし」
淡々と、何の感情も見せず―――あるいは疲れたように答える少年。
その瞳には、何の感慨も情熱もない。
心の宿らぬ言葉に、少しだけ悲しそうな顔をして。
「私は、デュエリストのための符術生成師です。
今日まで同行は断られてしまいましたが、この力が必要ならばいつでも呼んで下さい。万難排し、地の果てまでも駆けつけます」
「……ありがとう、感謝しているよ」
伝説の勇者、デュエリストと共にあるべく符術生成師。
力や魂を込めて、新たなカードを生み出す。
ちょうど、カードゲームとしてのオリジナルカード作成と同じようなものである。
この四ヶ月、シーレリアが生成したカードは2枚だ。
一枚は、解き放たれた神域能力『聖戦支配』
対象の魂を書き換えて永続的な支配を為す、絶対の力。
カード化したために能力は大幅に落ち、敵ユニットを一時支配するエンチャントとはなったが。強力なカードであることは間違いない。
そして、もう一枚は。
「わたしも、助けてくれて、ありがとうございました」
「いいのよ。
むしろ、我が国の医療で病気を治せなくてごめんなさいね」
頭の上で、やわらかな狐耳を揺らし。
両手で紅茶のカップを持ってシーレリアを見上げる、ミーネ。
そんなミーネを抱えあげ、豊かな胸に抱きしめて耳と頭を撫でた。
城での事件が終わり、ミーネは無事に助け出され。
けれどそれから二ヶ月も経たずに、ミーネは病により命を落とした。
だが、肉体は滅び、命を落とそうとも。
シーレリアの力で魂をカードに宿し、蘇ったのだ。
獣人から精霊となったミーネもまた、ローラと同じように、ユニット化された存在となった。
「リュータさんは、これからも様々な人と出会い、心を通わせ。
時には―――私の力を、求めるでしょうから」
シーレリアは、何事もないと、誰にも何も言わないけれど。
おそらく、魂をカードに封じるために、何らかの代償を差し出しているはずだ。
そのことが、悲しくも不安でも、頭にくることでもあった。
「オレに対して、一切の隠し事をしなくなったら考えるよ」
「まあ……」
自分だって、この世界で極光翼の不死鳥を召喚した時に、大きな代償を払ったのだ。
死者の蘇生、魂の再生とは生半可な事ではない。
単なる蘇生ではなく物質化に近いとは言え、無償で扱えるものではないだろう。
そう思って告げた言葉であったが―――
「わかりました。
結婚して下さい、あなたの妻として全てを捧げます!」
「は、はわわ」
「わ、わかってねぇぇ!」
膝の上にミーネを乗せたまま、いそいそと上着を脱ぎだすシーレリア。
巨大な胸に服が引っかかって苦戦している隙に、脳天にチョップを叩きこむ。割と本気で。
「いったぁぁい!」
「油断ならねぇ……
はあ。まあ、そういう態度でいる限り、同行することはないな」
「うう……リュータ様手ごわいです、私の身体に興味を示さないなんて」
「いつも言ってるだろ。
おばんに興味はねぇんだよ、オレは幼女を愛してる!」
彼の言葉に、今度はミーネが悲しそうに呟く。
「じゃあリュータくん、わたしが大きくなったら……
だからカードにいれて、成長しないようにしたんだ……」
「ちがっ、そうじゃねーし!」
慌てる少年に、美女と幼女が顔を見合わせて笑う。
それを見て毒気を抜かれたように、腰を下ろして冷えた紅茶を飲み干した。
賑やかで温かく、平和なひととき。
部屋の隅で静かに控えていたローラは、けれどその裏に潜む翳りに心を痛める。
ミーネは、人としての死を迎え、自分と同じように精霊となったこと。
シーレリアが、ミーネを助けるために払った代償。きっと今後も払うことになる代償。
そして、城のものと三姫と、ローラ自身を助け甦らせるために支払った、彼女のマスターの、神域能力の代償。
それぞれがそれぞれに、乗り越えるべき何かを心の内に抱え。
それでも、明日へ向けて歩みを進める。
何年も、ずっと停滞していた自分にはない強さ。
心を痛めながらも、そんな強さを持ち笑う三人を、眩しく想い目を細めた。
でも、今はとりあえず。
『竜太様は私のマスターです。
誰にも渡しませんからね!』
「ローラさん、何か言ってるよ?」
「うふふ、私には聞こえませんわ。
召喚されない精霊さんは、私にとっては居ないものですから」
『悔しくないです、私はこれからもずーっとマスターと一緒なんですからね!』
「今ここに居るのは私たち3人だけ、リュータさんと愛しあえるのは私だけですもの」
『許しません、絶対に阻止します!
先代勇者の娘リオリと神獣オーロラフェザーフェニックスの名に賭けて、あなたには指一本竜太様に触れさせません!
ていうか、私とキャラ被ってるんです、あなたの参加は絶対認めませんから!』
人間のシーレリアには聞こえないからこそ、容赦なく色々叫ぶローラ。
内容も内容で色々突っ込みどころが多いが、関わりたくない気もする。
一方通行ながら不思議と言い合いが噛み合う二人と、間でおろおろしながら通訳するミーネを後目に。
まあこんな賑やかな夜もいいかな、と。自分でポットからお代わりを注ぐことにした。
明けて、翌日。
城門の前で、カードから召喚した馬車に乗り込んだ少年は小さく手を振った。
旅の連れとして召喚したのか、傍らには獣人の幼女、御者台にはフリフリの美少女も座っている。
手を振り三人を見送る人々。
三人の王女も、王と王妃も。
獣人の村からソーワとゴードの姉弟も。
文字を教えてくれた侍女も、剣の稽古をつけてくれた騎士も。
新しく妄想の女神の神殿のシスターとなった女性も。
その他、この四ヶ月で仲良くなった人達が見送ってくれる。
一同に手を振り、再来を約束するとゆっくりと馬車は走り出した。
ユナンシアを襲った事件を解決した報酬……というわけではないが。
妄想の女神はこの国の主神となり、この四ヶ月で信仰の土台を作ることもできた。
作ると言っても、彼ら自身は何もせず、国の担当者やら何やらがうまいことやってくれただけだが。
それでも、彼らの働きの成果である。
結果として『エリート&フォース』のスキルレベルも今では4に上がり、上限拡張をせずともいつでもローラとミーネを呼び出せるようになっていた。
もっとも、レベルが上がった弊害として【勇者の潜在能力】はもはや使えなくなった。
あとどれほどの信仰を集めればスキルレベルが上がるのか?
これから先、もう一度極光翼の不死鳥を呼べる日は遥か先となるだろう。
でもそれでいいと思っている。
死者の蘇生など、本来はすべきではないのだ。
きっと、それでいいんだ。
この力を持って、あの日に戻りたい。何度も、そう思ってしまうけれど。
後悔も絶望も飲み込んで、苦しい現実へ足を踏み出せばいい。
そう、自分自身に納得した。
穏やかな風の中を、馬車は軽快に進む。
この国で過ごした四ヶ月を流れる景色とともに後ろへ追いやって、前へと進んでいく。
まず目指すは近隣最大の国家、ガイレインの王都だ。
冒険者になって、カードの扱いももちろんだが、この世界で生きるということに慣れる。
やりたいことも、やれることもたくさんあるから。まずは一歩ずつ、一つずつやっていこう。
旅の連れは、二人。
一人は、長き眠りと妄想の中、自分を待ち続けた人と神獣の魂を持つ精霊。
一人は、幼い命を病で落とし、人ならざる存在として新たな生を得た精霊。
ずっと、共に生きていけたらと思う。
大切な仲間として。
もしも叶うならば、今度こそ友達として。
ひょっとしたら、友達以上の存在―――親友として。
極光翼の不死鳥は、自分を呼び出した小さきものに告げた。
神獣としての己の力は世界のバランスを破壊する程強大なものであり、相応の覚悟と代償がなければ力を振るう事は許さぬと。
それでも、問題を解決するためではなく、己を貫くために。彼の神獣の力が必要であったから。
神獣を召喚した小さきものは、答えた。
この世界へ訪れた自分の持つものはあまりに少なく、また彼の神獣のカードと己の志は差し出せない。
ならばこそ、それ以外で自分にとって大事なもの、自分の魂だと感じているものを。
好きなものへの愛情―――幼女愛を差し出そう、と。
それを失って、自分がどう変わってしまうのか、怖かった。
もしかしたら、後悔するのかもしれない。それでも。
己を、貫きたかった。
子供のように、潔癖に。
大人のように、計算高く。
友達になれるかもしれない友達未満を助けるために、全てを賭けて頑張りたい。
だから、不安もあったけれど、胸を張ってそう答えることができた。
そんな自分に、幼女よりも志を選んだ自分に、自分で驚いた。
具体的に、何をどうしたと神獣は語らなかったけれど。
明らかに、以前の如き胸の高鳴りや喜び、衝動を感じることはなくなり。
そんな自分をどうとらえるべきか、自分自身の心の整理にも時間がかかっていた。
それでも、志は翳らず。
己の意思は衰えず、後悔なく。
助けた友達未満や知り合うことができた人々を愛しいと想えることに。
ひとかどの安堵と満足と、深い感謝を感じていた。
そうして、これから長き時の中で。
多数の神域能力を持つ者達と、時に争い、時に助け合い。
やがて訪れる新たな世界大戦へ向けて、彼らは確実に歩みを進めて行くこととなる。
神魔大戦。
後の歴史にそう語られた大戦の中、英雄と呼ばれることとなる少年。
これは、そんな少年の、旅立ちと決意と。
新たな愛への、小さな小さな物語。
さあ、始めよう。
『神魔大戦 Hero&Forces』を―――
――― End , And Story is now starting ...
新章突入、即終了!
打ち切りエンド、おつかれさまっしたー!!
……こほん。
皆さまこんばんは。
このたびは、拙作『神魔大戦 Hero&Forces』を手に取って下さりありがとうございました。
一通り読んで下さった方には、重ねての深い感謝を。
本当にありがとうございました。
今作は激しく力不足を感じさせられました。
極端な程に人気が全くこれっぽっちも全然ない……
前作と比較してここまで不人気だとは、正直考えてませんでした。
がっくり。
何が悪いのかも分からず、手探りでもがく日々でしたが。
一区切り。
予定していたユナンシアフェイズに到ることなく、幕を下ろすこととしました。
天より降りし極光の幕が、悪しき野望とともに拙い小説にも幕を下ろしたのです―――南無三。
2ヶ月ちょっと。全40話。改めて、皆さまありがとうございました。
次回作は、導入や大枠はすでに出来ているのですが―――
同じミスを繰り返してもしょうがないし、現状の不人気をどうすれば乗り越えられるのか。
書こうか書くまいか、非常に悩んでいるところでもあります。
他の方達は、みんなどのように乗り越えているのだろうなぁ。
神獣に差し出した情熱や熱意を、取り戻したいものでございます。
それでは、名残や思い出、語られなかったエピソードは多々ございますが。
これにて幕引き、筆を置くと致しましょう。
願わくば、次の作品にてまたお目にかかりたく。
本音を言えば感想とかレビューとかもらって活動報告とかで即再会したいよ!
何でもいいから、次へとつながる何かを見つけたかったよ!
―――こほん。失礼いたしました。
それではこれにて、また。
皆様の小説ライフと旅路の日々が、華やかで穏やかな光に満ち溢れますように―――




