フォース&フォース
ユナンシア。
周囲を深い森と険しい山による天然の城壁に囲まれた、小さな独立国家。
さほど豊かなわけでも、位置関係が良いわけでもなく。
他国からしても、取るに足らぬ、攻めるに値しないという扱いである。
そんな、小国の、小さくも美しい城の庭園は。
いや、庭園だけではない、この城の周囲一帯は。
今、無数の意思なき人で溢れ返っている。
夜空を柔らかな光で満たす、真円なる月。
その真下で、男は両手を挙げて笑った。
邪魔者は全て退けた。
自分が得るべきもののため、必要な贄も用意した。
己を阻むものも、縛るものも、もはや何もない。
そう、今宵、男は王となるのだ。
三人の娘の血の上に築かれた、彼の玉座で。
この小さな城ではない、この世界すべての王となるのだ。
眼前に並ぶ、十字架に貼り付けられた、美しい娘が3人。
封印の鍵となる、王の血を引く娘たちだ。
娘と言っても、成人から幼女まで年齢の幅は大きいが。大事なことは、王の娘である、その一点のみだった。
彼女らの血をもって、この儀式は完成する。
この城に、この地に封じられた、強大な力。
神々より人に授けられた究極の力、神域能力。
この城に眠る、絶対支配の力を自分が得るのだ。
この世界の王たる自分が、王たるための力を得るのだ。
ここから、この世界は始まるのだ!
途中、若干の想定外があった。
娘の一人が逃げ出し、契約した悪魔が連れ帰ることに失敗したのだ。
あの時は随分と焦ったが、結局娘は自分から帰ってきた捕まった。
大丈夫。全ては、自分にとってうまくいくように出来ているのだ。
なぜなら、世界自身がこの自分が王になるのを待っているのだから。
娘を連れ帰ることも出来なかった無能な悪魔が、うやうやしくナイフを差し出した。
この悪魔は、契約により人間を殺すことができない。
非常に面倒ではあるが、これは安全のために必要な措置なのだ。
仕方ない。
まあ、己が王となれば、このように手を動かすこともなくなるだろう。
これが最後の手作業だと思えば、十分に許容範囲である。
幼女の穢れない肌に、ナイフを突き立てた。
美しい娘の両手首を斬りさばいた。
美女の豊かな胸に、深く深くナイフを突き刺した。
そうして、地に溢れた赤い血が、月明かりの下で魔法陣を描き。
ここに、全ての人間を統べる権利を認められた、真なる王が生まれたのだ。
バルコニーから見下ろした庭園には、無数の人間がひしめき合っていた。
この城の兵であったもの。
この国の民であったもの。
ただたまたま、この地に居合わせたもの。
その全てが、自分を中心に、この城に、この地に、跪いていた。
『聖戦支配』
対象の人間の魂を書き換えて支配する、絶対的な力。
書き換えられた魂は同種の力でしか戻すことはできず、つまりは永久に元に戻ることはない。
自分はこの力で、全ての人間を支配し完全なる王国を築くのだ。
けして裏切ることも、脅かされることもない、永遠の王国を。
そう、この力はけして消えない。
魔法により解除する、まずそういった行為自体が筋違いなのだ。
書き換えられた魂は、傷でも病でも、呪いでもないのだから。
この支配から逃れる術は、死、のみなのだ。
その時、外壁の一角が、爆音とともに吹き飛んだ。
その中から姿を現す、たった一人の人影、小さな少年。
何をしに来たのか、どのように壁を破ったのかは分からない。
それでも、王たる自分に敵対する雑魚であるならば。
王として、僕に片付けさせればいいだろう。
そう思い、手を振るうと。
庭園にひしめく兵士たちが、一斉に殺到した。
(本当に数が多いですね、竜太様)
「関係ないさ。
ひとかたまりの『軍勢』である以上、敵じゃない」
少年の手元で光を放つ札状の何か。
王たる男からは見えなかったが、手にしたカードには【揺らめく大地】と書かれていた。
直後、人々―――軍勢をかき混ぜるような強烈な揺れが城と周辺を襲う。
操られていた人間達は次々にぶつかりあって倒れ、数秒後には二人以外の全ての人間が倒れ伏していた。
「なんという……」
死者の操作ではない、魂の支配。
ゆえに、身に付けた技術や身体能力が鈍ることはない。
ならばこそ、この侵入者は、一瞬で一国の兵力を無力化したということだ。
あまりにも異常。
だが―――それゆえ、またとない好機!
「その力、我がために使うがいい!
聖戦支配!」
どれほど巨大な武力を持とうとも、この能力の前には関係ない。
我が力に平伏し、後悔することすら出来ず永遠に我が駒となるがいい。
男は、己の持つ神域能力の名を口にした。
絶大な力―――もはや、絶対の結果と言うべき力を秘めたる、神域能力。
絶大であるからこそ、多数の制約やルールがあるが、男は知らない。知ろうともしていない。
力が絶対であり絶大であり、万能であると信じている。
万能でないと考える、そんな思考を持ち合わせていない。
なぜなら、この国に生きる人間は、全て自分の駒となったのだから。
だが、神域能力は、魂の力。
強き魂が、己の意思を貫くために放つ光。
なればこそ、過ぎたる欲望で黒く染まった魂の放つ力などに。
―――ずっとカードと共に生きて来た、決闘者の魂を汚すことなど出来はしない!
妄想景色の中で自分にまとわりつく黒い鎖を、事もなげに片手で払い落とし。
手にしたカードを、醜い敵に向けて突きつける。
「貴様ごときの力で、オレ達をどうかできるなんて思わないことだな」
「ば、ばかな……」
「さあ、これで幕引きだ。
お前は敗れ、操られた人々は戻り、ここに一つの物語を終えよう!」
少年の手より、光と闇を分かつ極光が天へと立ち昇る。
それは、全てを焼き尽くす浄化と転生の聖炎。
「極光翼の不死鳥!」
闇夜に下りた極光の幕は、悪しき野望に幕を引き。
地に倒れた人々の魂を甦らせ。
生贄として血を奪われ倒れた三人の姫君を甦らせ。
二つのカードに分かれて眠る少女の魂をも、甦らせる。
少年の、大事なものを代償に―――
新章突入!
次回、最終回!!
6/17 21時公開




