悪魔&選択
「ぅ―――ぐああああ!」
マグロを握りしめ、突き上げた腕に。
赤々と燃える炎が絡みつき、締め上げる。
「竜太様!」
動く間も、考える間さえもなく。
今度は左腕に炎が絡みつき、両腕を持ち上げて宙づりにされる。
な、なんなんだ、何が起きてるんだ!?
両腕に走る痛みと、宙づりにされて身動きできない状況。
駆け寄ったローラがオレの身体にすがりつくが、何もできずに心配げに見上げてくる。
ぱちぱちぱち、と。
そんなオレに送られる、乾いた拍手の音。
「きみは、なかなかつばらちいでつねぇ……」
背後から迫る、足音。
腕の痛みに耐え、なんとか身体を捩じって振り向けば
「君との戦いは、たながら楽ちいげーむのようでちた。
相手のてんりょくをぶんてきち、能力をよとくち、たいたくを考え。
とれでも敗れたのでつから、つばらちい戦いでちたよ」
つい先ほど、地面に墜落したはずの悪魔が満面の笑みで立っていた。
「な、なんでお前が……」
「とれはもちろん、きみが攻撃ちて倒ちたのがにてものだからでつ」
偽物。
見れば、さっき倒した悪魔の身体はいつの間にか消え失せている。
分身とか身代わりとか、そういう能力だったんだろう。
悪魔はまだ健在で、オレの背後で笑っており。
両腕を縛る痛みが、背後から発せられる熱が、まだ戦いが終わっていないことを告げていた。
「ゲームはきみの勝ちでちゅうりょうでつ。よく頑張りまちた」
縛られた腕は全く動かず、手首から先も動かすだけで鈍い痛みが走る。
手同士は届かない。右手は、左手のデッキに届かない。
今のオレに出来ることは、痛みを耐えて悪魔を睨み付けることくらいしかなかった。
「ゲーム終了なら、こんなことしないで下してくれてもいいんじゃないか?」
「いえいえ。ゲームは終わりまちたが、わたちはこの後、あの二人を連れて帰らなければなりまてん」
悪魔が指さす屋根の上。
そこには、ここからでは見えないけれど、ミーネちゃんと行き倒れさんが居るはずだ。
「これいぢょう、きみにぢゃまたれたり追いかけられるのはごめんでつ。
きみとのゲームは楽ちかったから、できれば殺ちたくないのでつよ」
そういうと、悪魔はにこりと笑って。
その手から飛び出した炎が、さながら蛇のようにオレの脇腹に食らいついた!
「ぐ、あああ」
「できれば、ね」
炎の牙が、ずぶりと肉に突き刺さる。
身体の中を直接焼くような痛みに、叫び声が止まらない。
「とうでつね……
わたちを追って来ない、今後ぢゃまちない、あの二人を諦める。これをやくとくちて下たい。
とちたら、今日のところはきみと村人を見逃ちてあげまつ」
指を三つ折って、オレにそう提案する悪魔。
ローラが小声で補足する。
「……何よりも契約に縛られる存在であるため、悪魔は口約束であっても違えることはないと言います。
追いかけないだけで竜太様と村人は守られるのです、ここは約束するべきだと思います」
約束は守る、か。
「きみの能力の発動ぢょうけんは、だいたい分かりまちた。
腕を振ったり印をむつんだり、とういう真似をたてなければぢゅうぶん無力化できとうでつ」
確かに、両腕を動かせずデッキに手が届かない以上、カードを引くことができない。
カードを引けないということは、例えオレのターンが来ても、ドローフェイズから先へ進めないということだ。
まさか、カードゲームのフェイズ進行を、力づくで止められるとは……
まだ異世界に来たばかりとは言え、こんなことは妄想でも考えたことなかった。
……カードを使って戦うとか妄想したことはありますが何か。
自分がもし異世界に召喚されたらとか、好きなスキルをもらえるならとか、そういう妄想をしたことは当然ありますが何か。
「とういうわけで、やくとくちてくれるなら見逃ちまつ。
ちてくれないなら……とうでつね。手とあちを4本もいで、両目をつぶちて、のどを焼いて声が出ないようにちまつ」
そんだけされたら、命はあっても実際は死んでるのと大差ないな。
こっちの世界でそんなことになったら、生活もしようがないし全てが終わりだろう。
両腕は動かず、意識は熱と痛みで少し朦朧とする。
ゲームに勝ったのに、ゲームオーバー。
デュエルに勝ったのに、オレはこの悪魔に敗れる。
敗れた結果。
ほぼ命と等しく、人生を失うのか。
それとも、二人を諦めて―――心を失うのか。
「とれでは、わたちにやくとくちて下たい」
「きっと約束は守られます、ですから約束して下さい」
願うように見上げるローラを見つめ。
蚊帳の外の村人たちを見渡し。
どこか真剣な悪魔を見つめて。
「―――断る!」
オレは、きっぱりと叫んだ。
命を失うことになっても。
オレはもう、二度と心を失わない。
納得できないことに我慢しない。
あの日の想いを忘れない、自分を諦めない!
「……だんねん、でつ」
悪魔は、少し寂しそうにそれだけを言うと。
ゆっくり、ゆっくりと、両手を天に掲げた。
「まずは、両腕と両あちを焼き斬りまつ」
掲げた両手の上で、炎が回転しながら薄く広がっていく。
薄く延ばされた円盤状の炎は、中心が空いているのでチャクラムのようだ。
「これがたいごの忠告でつ。
本当に、いいのでつね?」
「……オレだって、痛いのも辛いのも嫌だけれど。
でも、ここで見捨てたら、オレの心が死ぬことになる。オレはその方が許せない」
オレの言葉に、少し驚いたような顔をして。
それから、神妙な顔で頷いた。
「なるほどなぁるほど、分かりまちた。
きみのことは嫌いぢゃないでつが、これも契約とわたちの目的のためでつ」
炎のチャクラムが、2枚に増える。
相手の誘いをはっきり断った以上、あれで焼かれるのは間違いない。
もしかしたら、いやきっと後悔するだろう。
夢の異世界生活、今日出会ったばかりの村人。
殺されると決まったわけでもないのに、相手に既に敗北しているのに、追いかけないと約束するだけなのに。
それでも。
どうしても、心の中で。
あの日のオレが、叫んでいた。
自分を間違えたくない、と。
もう二度と、自分を間違えたくない。
逃げるのも、諦めるのも、ごめんだ。
「たいごに言うことはありまつか?」
「……あんまり、痛くないといいなぁ」
オレの言葉に、小さく笑ってから。
「では、いきまつ」
悪魔が、両手からチャクラムを放った!
弧を描いて飛来する2枚の刃が、吊り上げられたオレの両腕と両足に迫り―――