人質&悪魔
「きっ、きさまぁぁ!」
「次は、腕でつ。
わたちとちては、生きてたえいればいいのでつからね」
にこりと微笑むと、悪魔はその腕をミーネちゃんの顔の前に翳した。
「たあ、ゴーレムを片付けるでつ!」
―――相手の体力が1なら、あとポーンの攻撃1回で倒せる。
だが、もしも体力が2以上だったなら?
倒しきれなかった相手の反撃のターンで、ミーネちゃんの腕が。
だめだ、そんな危険な賭けには出られない。
そもそも、攻撃しようとしただけで、ターンとか関係なく傷つけられる可能性だってあるんだ。
「ポーンを送還する」
目の前のデュエルフィールドのポーンのカードを取ると、オレは墓地へと送った。
それを見て、悪魔が安心したように頷いた。
「ついでに、両手を真横に伸ばつでつ。
手の甲をこつるのはだめでつ」
ドローも封じられたか……
仕方ないから言う通りにする。
いきなり殺されたりはしない……はずだ。
命が危険なら、黙ってやられるわけにはいかない。
せめて、睨み付けてやる。
「こわいこわい。でも、もうこわくない」
くそ、なんか手はないのか。
伏せた4枚のリザーブカード。
身代わりにするポーンが居れば1手は凌げるかもしれないが、相手の体力が分からない以上、どこまでいっても博打だ。
手札。
高レベルユニットは呼べない。スペルは、今の状況だといいカードがない。
「竜太様」
実況としてではなく、仲間として声をかけてくるローラに視線を向ける。
「この状況では、もう逃げるしかありません。
今ならあの炎を突っ切っても竜太様が倒れることはありません、ご決断を」
「ミーネちゃん達を見捨てて逃げろってのか?」
「怪我させるのも嫌であれば、打つ手がありませんわ」
「……」
確かに、命を盾にされているわけじゃない。
あいつの言う事を信じるなら、死なせるわけにはいかないが、腕ぐらいなら構わないって話。
じゃあ、腕をもがれるのを良しとして、あいつからミーネちゃんを取り戻せるのか?
「相手が嘘をついている可能性もあります。
でも、腕一本の犠牲も受け入れられないなら、取り戻すことは不可能だと思います」
「……」
受け入れられるか。
「情けないし、間違ってるのかもしれないけど。
やっぱりオレには、受け入れられそうにないよ」
自分の声に、力がないのが分かる。
それでも、自分の身体ならともかく、助ける相手自身を犠牲にはできない。
「おい!」
「なんでつか?」
「その二人を連れて帰って、お前はどうするつもりなんだ?」
オレの言葉に、驚いたような顔をして
「おちえてまてんでちたね。
人間の方は、雇いぬちに渡ちまつ。おつかいでつから」
「じゃあ、ミーネちゃん―――獣人の幼女は?」
「こっちは」
悪魔が言いながら、翼で抱き寄せたミーネちゃんの頬を撫でる。
手に炎をまとっていないから、綺麗な肌が焼けたりはしないけれど。
オレの胸が、焼け付くほどに苦しい。怒りが焼き切れそうだ。
「仲良く、つるんでつよ。
づっと仲良ちの、候補の一人につるんでつ」
「仲良く……?」
「とれいぢょうはないちょでつ」
ミーネちゃんと同じくらいの背丈で、子供の笑顔で、ほおずりする悪魔。
ぎりぎりと歯を食いしばり、怒りを堪える。
命を奪うわけじゃない……のか?
それとも、殺して操ったりするのか?
だが、殺しはしないと言っていた。
まさか、オレみたいに友達になるわけじゃないだろうが。何を目的としているんだ。
分からない……分からない。
腕一本失ったとしても、ミーネちゃんを助けた方がいいのかが分からない。
「竜太様。推測ですが、相手の目的が分かりました」
「教えてくれ、ローラ」
「悪魔は本来、別の世界に存在する精神生命体であり、肉体を持ちません。
悪魔がこの世界で活動をするには、契約により呼び出され、仮初の死体を媒体にする必要があります」
オレの言葉に、悪魔についてを説明してくれるローラ。
なるほど、この世界の悪魔は精神体なのか。
「悪魔は、契約に関することに嘘はつけません。
おそらく、おつかいを含めた何かの目的を達することが契約なのでしょう」
「契約か」
「はい。
契約と、死体の利用に縛られた悪魔。
その悪魔が、何ものにも縛られずこの世界で自由に活動をする方法―――それが、人間との融合なのです」
人間と、融合……
「人間と融合した悪魔は二度と分離できず、精神生命体としての在り方も永遠の寿命も失います。
それでも、自由を求めて、悪魔たちは己に適した人間を探し求めて、融合するそうです」
最初は幽霊。
でも、人間に取りつけば、人間になる。
幽霊なら寿命はないけど、自由に活動できない。
人間になれば、死ぬことがあるけれど、自由になんでもできる。
だから、人間に取りつく。
―――簡単に考えると、こんな感じってことか。
「つまりお前は、ミーネちゃんと融合しようとしているわけか」
「あら、分かっちゃいまちたか?
悪魔についてのちちきがあったなんて、見くびってまちた。つみまてん」
オレの問いかけに、あっさりと答える悪魔。
少しの驚きを浮かべた表情は、やはり気楽な笑顔だ。
「融合つるためには、でったいに人間にちなれては困るのでつよ。
ぢゅうぢんでつけど」
腕の一本や二本くらいは、どうとでもなりまつけどねーと軽く続ける悪魔。
その姿を睨みつけ。
「ローラ。融合した人間は、どうなるんだ?」
「基本的には、悪魔に精神を殺されて、居なくなると聞いています。
人間が悪魔に打ち勝ったケースや、双方が共存するケースなども話としては存在しますが、確率は極めて低いと思われます」
例外はあるが、例外は例外だ。
そんなものを期待なんかしないし、考慮しない。
「つまり、今ここでお前にミーネちゃんを連れ去られたら。
ミーネちゃんは殺されるのと、全く同じことなわけだな」
「―――おそらく、そうなると思われます」
「とんなことないでつよー。
何人もの候補から選ばれたなら、づーっとわたちといっちょでつよ!」
オレの声に、ローラと悪魔がそれぞれ返す。
「わかった。
ならば―――たとえ傷つけてでも、ミーネちゃんを取り戻す。お前に渡さない」
伸ばしていた腕を戻し、右手で左手の甲のデッキに触れる。
「腕なり足なり奪われるなら、オレが腕になる、一生かけてでも償う。
だから、お前を逃がしはしない!」
もう迷わない、お前を倒す!