子供&大人
子供たちが肩を寄せ合い、息を殺し。
じっと静かに、ただ祈る。
どうか見つかりませんように。
どうか、怖いことが起きませんように。
そんな、拙く純粋な想いを、あざ笑うかのように。
笑い声が近づき、大きな影がさし。
そして、無常なる手が伸ばされ―――
(……)
子供は無力だ。
あるいは、身を寄せ合う中に、戦えぬ大人も混ざっているのかもしれないけれど。
子供は、無力だ。
子供であると、ただそれだけの理由で。
救いはなく、慈悲もない。
ただ、残酷なまでに、大人と子供という現実があるだけ。
覆らぬ差、抗えぬ現実が。
(……ゆるせない)
子供であるから。
大人であるから。
誰かが決め付けたわけでなくとも、差は現実で、現実は事実で。
あの時。
(あの時―――)
身を寄せ合いおびえる子供たち。
人の居ない、獣人の村。
粗末な家の片隅に、うずくまる。
自分と、もう一人の―――人間の姿。
それはもちろん、ただの妄想で。
あの日あの時の光景ではないけれど。
それでも、閉ざしたものを思い出させるには、十分過ぎる妄想だった。
「許せない」
「え?」
つないだ手の、柔らかさ。
抱きしめた、肩のかよわさ。
子供の、小ささ。
現実に触れ合うミーネちゃんから、現実の子供を、改めて教えられる。実感させられる。
状況は移り行く。
接触していたはずの赤い点と緑の点。
しかしいつしか、緑の点をその場に残し、赤い点が家々へと向かい。
その一つが、この家へ―――たどり着いていた。
お姉さん。
もしかしたら、人間の怖さや現実が分かっていないだけなのかもしれない。
それでも、間違いなく。お人よしなのだろう。
ミーネちゃん。
いじめられ、病におかされ、それでも笑顔を浮かべて。
その心の内には、何があるのだろうか。
行き倒れさん。
意識はまだ戻らぬ、人間の美女。
盗賊に見つかれば、言うまでもなく。
家の中、別室にあった緑の点が、赤い点の前に移動した。
お姉さんが、盗賊の前に、自分から。
きっと、そういう事なのだろう。
抱く腕に、少しだけ力を込めて。
「リュータ……くん?」
「ごめんね」
「え?」
今の自分は。
大人の無力に泣き、心を―――記憶を閉ざした。
そんな、あの日の自分と同じ、子供の姿。
ああ、そうだ。
そんな簡単な、大きな、ちっぽけなことを忘れていたんだ。
「ミーネちゃん」
「なぁに?」
子供であること。
大人で、ないこと。
それでも。
「譲れないことがあるんだ」
「うん……?」
分からない様子で。
きっと首をかしげたミーネちゃんに、見えないと知りつつ、笑いかけて。
「オレは、大人が大嫌いだ」
「うん」
「だけどいつしか、嫌いなことさえ忘れて、大嫌いな大人になっていたって―――思い出したんだ」
「そう……なの?」
「うん、そうだったんだよ」
この姿で、大人になっていたと言っても、何を言っているんだと思うだろう。
でも、別にいいや。
分かって欲しいわけじゃないんだ。
ただ、きっと―――懺悔したい。謝りたい。やり直したい。
都合のいい自分には、なりたくない。
「だから、子供として、子供らしく、やり直してくるよ」
「リュータくんの言ってること、わたしばかだから良く分からないけど。
でも出ていったら駄目だよ、すごく危ないよ」
当然な返事が、嬉しい。
だから、一度髪を撫でて。
「お姉さんが危険だとしても?」
「そ、そうなの?」
猶予はない。だから。
「ミーネちゃん」
「は、はい」
悩むミーネちゃんの顔を、見えないけれど、覗き込んで。
真っ直ぐに告げる。
「申し訳ないんだけど、一度、友達は辞めにしてくれるかな」
「え……」
「嫌いになったとかじゃなくて、オレがオレを許せないんだ。
だから―――」
もう一度だけ抱きしめてから、狭い中で体を入れ替える。
出口へ、戦場へ向けて。
「無事に全部終わったら、今度はオレから言うよ。
友達になって下さい、って」
「あ、あの、えっと」
「行って、お姉さんを助けてくるね」
残念ながら、首筋を叩いて気絶させるとか、そんな器用な真似はできない。
だから。
「スペル『うたた寝』発動」
オレはカードを使う。
それしかできないから。
「りゅ…た、く……」
「おやすみ、いってきます」
ここで、キスの一つも出来ればかっこいいんだろうし、妄想でなら何度もそういうことはしたけれど。
実際には、ぎゅっと手を握り締めるのが精一杯だ。
でも、いいよね。
これで終わりじゃないんだから。
全部を思い出したわけじゃない。
それでも、自分で自分に誓ったこと、それさえ蓋をして閉ざしていたことを。
かつてのオレが何を想ったかを。
この、噴き上がる、視界を赤く染めるような。
強烈な怒りを、思い出した。
それで十分だ。
自分で自分に『納得』してこよう。
それが出来たら、今度こそ、胸を張って。
ミーネちゃんに、友達になって欲しいと、伝えよう。
あの日、自分で壊した時計を直して。
子供のオレから、やり直そう。
許せないものを許さぬために。
妄想に思い描いた自分を、今度こそ貫くために―――