幼女&簀巻き
目を覚ますとそこは、なんとも粗末な家だった。
粗末……いや、質素と言っておこう。
元の日本と比べたらいかんよな。これからは、この世界で生きていくわけだし。
思考はすこぶるクリアだ。
トーナメントで優勝したこと。
女神と話してぶん殴られたこと。
盗賊っぽい男を……その、ふんづけて、倒した?ぽいこと。
矢を射られて黒鶴に当たったらしきこと。
男けもみみが倒れたこと。
謎の美少女からカードをもらったこと。
全て、はっきり思い出せる。
レベルが上がったということは、敵を倒したってことで。
つまり、オレがふんづけて倒したおっさん、殺しちゃった……ってこと……だよね?
異世界到着、2秒で殺人。
それから10秒で殺されかけ、なんとか生き延びて。
考えもしなかった展開に少しだけ背筋が震えたが―――それだけだった。
なんか、殺人の忌避感とか罪悪感とか恐怖心とか、あるにはあるんだけど、遠い?って言うのか。
心に衝撃が来ないっていうか。
ぶっちゃけ、あんまり気にならないんだよな。
異世界に来た興奮が勝ってるのか、妄想の中でなら殺人くらい何度もあるからか。
直接この手で殺したぜー!て感じじゃないから実感がわかないだけなのか。
あるいは、異世界パワーやレベルアップのステータスパワーなのか。
これでいいんだろうか……
でも、殺せないとか言ってたら、相手に殺される世界なんだとしたら。
今は割り切って、これでいいのかもしれない。
うん、よし。これでいい!
気になったら気にしよう、今は気にしない。
殺人より、スキルの説明の確認の方が大事だ!
そう思って黒鶴を触ろうとした時、オレの寝ていた部屋に人が入ってきた。
「あ……」
小さな背に、小さなおてて。
幼い顔、大きな瞳、ちょこんと突き出た狐っぽいけもみみ。
簡素な衣服でちっちゃな体を包んだ、
「よ、よ、よ、幼女!」
リアル幼女! びば異世界、びば三次元、びばけもみみ!
「びば幼女、らぶふぉーえばー!」
「き、きゃあ!」
――― しばらくお待ちください ―――
色々ありました。
ええ、色々ありました。
色々あった結果、オレは今、布団で体を包まれてぶら下げられています。
これが伝説のSU・MA・KI!
やばい、ちょっと楽しいけどトイレいきたい!
リアル幼女にちょっぴり興奮して、羽目をはずした結果ですね。
隣の部屋かどこかからやってきたけもみみのおばんに取り押さえられて簀巻きにされました。
オレ、何もしてないのに……(まだ)
ただちょっと、抱きついて尻尾を撫で回して耳に顔うずめて匂い嗅いだだけなのに。
そうだ、簀巻きにされる時に気づいたんだけど。
オレ、身長とか超縮んでるっぽいんだよね。
リアル幼女よりは背が高いんだが、どう見てもおばんよりずっと背が低くてさ。
推定、10歳くらいとかそんなもんじゃないかな?
アニメでやってるエリート&フォースの主人公より、さらに若いくらいだ。
今なら、最年少チャンピオンになれるぜ!
そんなことを考えて。
なんとか我慢してたけど、そろそろ限界です!
「と、といれ、お姉さんトイレ行きたいです!」
無事に開放されました。
やっぱり、素直におばんと言わず、お姉さんと言うことは大事なんだね!
「いーい?
混乱してたのか寝ぼけてたのか知らないけど、女の子を怖がらせたりしちゃ駄目なんだからね?」
「はーい!」
子供の姿って便利ですね。
さて、子供相手に律儀に説明してくれたおばんの話を元に、確認できた状況を整理しよう。
まずここは、獣人たちが隠れ住む小さな集落だそうだ。
村と呼ぶのもおこがましい、小さな村。
人間から隠れて細々と暮らしていたのだが、あの盗賊達に見つかって襲われたらしい。
国や地方によって違いはあるが、獣人は人扱いされてない場合も多く。捕まれば奴隷にされていただろう、とのことだ。
けもみみ幼女を奴隷とか、マジ許すまじ。
のびのびと生き、笑顔を振りまく幼女を眺めて愛でるのがいいのだ。
力ずくで手元に置くなど、けして許せるものではない!
そんなことを思わず口にしてしまったら、おばんがものすごーく微妙な顔をしていました。
子供のフリをしてごまかしました。てへ。
「そういうわけで、君が首領を倒してくれたから窮地は脱したけど、いつまた襲ってくるか分からない状況なのよ」
「やっぱり、オレがあの首領を……殺した、んだよね?」
「獣人のために人間を殺してしまったとか、罪悪感を感じる?」
「その言い方はすごーく納得いかないな。
罪悪感を感じるかどうかはともかく、獣人だろうが人間だろうが関係ないだろ?」
「……そっか、ありがとね」
人間と獣人を区別した言い方に、なんだか腹が立って思わず言い返してしまった。
ちょっと睨み気味だったオレだが、でもおばんが頭を撫でてくるのが、なんとなく心地よくて。
ちが、そうじゃないし!
じーっとオレを見つめる幼女の眼差しに我に返ったし、おばんの妖術は通用しないし!
「やめろよ、子供扱いすんなよ!」
「あらあら、うふふ。ごめんね?」
少し笑った後、おばんは居住まいをただし。
「改めて御礼を言わせてちょうだい。
助けてくれて、本当にありがとう」
さらに、ずっとおばんの後ろから覗きこんでいた幼女も、おばんの横に並んで。
「ぁ、ありがとうございました!」
「あ、えっと、やめてくれよ。
オレ自身、何がなんだか分からなかったんだし」
そうなんだよな。
オレからすれば、妄想の女神に殴り飛ばされて、気づいたら地面に座ってたようなもんで。
盗賊を倒した実感も、まして殺した実感もないんだよなぁ。
「実はうちの村でも、君に感謝する者と、人間だからと君を敵視する者がいるのよ」
「……まあ、気持ちは分かるよ」
「首領を蹴り倒したのに、君が盗賊の一味かもしれないってね」
「お…ねえさんは、そうじゃないって思ってくれてるんだ?」
「ええ、もちろんよ」
胸に手を当てて、誇らしげに笑うお姉さん。
「人を見る目がある、なんて言うつもりはないわ。獣人だし。
それでも、家族の命の恩人なんですもの。村中が敵に回ろうとも、命がけで逃がすくらいはしてあげる」
「わ、わたしも、盗賊じゃないって感謝してるから、がんばる!」
お姉さんと幼女の言葉に、ちょっとぐっとくる。
自分で意図してやったことじゃないけど、それでも感謝されると嬉しいよ。
「オレは盗賊じゃないよ。
ちょっと理由があって、えーっと……」
……あれ。
オレの素性って、どういうことになってるんだ?
「……えっと、あの……」
困ってぱにくるオレを、笑顔で見守ってくれるお姉さんと不思議そうに見つめる幼女。
今更ながら、二人に注目されているのに言葉が出ない。うわ、どうしよう。
あれ、やばい。なんていうんだ、おれは、その―――
「お、オレは!
弱きを助け、悪を挫く、自由と幼女を愛する決闘者だ!」