進入不可 その九
進入不可 その九 です。
今回で第一章 進入不可 は終りとなります。
よろしくお願いします。
呪術師、山本和博。
高橋さんが追っている人物の名だ。彼の呪術師としての技量は三流にも劣るのだが、こと媒体を用いた呪いは一流だという。
「媒体は道具ということですね」
僕の問に探偵は頷いた。
「そのため、山本のことは呪術師ではなく発明家と言われています。三ヶ月前、私の彼氏が不用意に手に入れた立体パズルが呪われていること知りました。そのパズルを作ったのが呪術師、山本和博。そして山本が作った道具が複数存在することもわかりました」
「三ヶ月前」
「彼氏って小林くんだ? まだ付き合っとったの?」
桜子ちゃんが嬉しそうに高橋さんの彼氏に付いて言及し始めた。興味を示す所を間違えている。そこは三ヶ月前に起きた春生と中村さんが活躍した巨大動物について、そして僕らが関わった出来事について思いを馳せるべきだ。
「うるさいな。そうだよ。まだ小林くんとは付き合っています。話が逸れるから小林くんの話は後でしてあげる。話を戻します。立体パズルはキューブ型の木製パズルで山本が施した呪いは沈黙。声を失わせることでした。なぜそんな呪いを施したのかはわかりません。ただ呪いの道具がまだ残っていることに変わりはありません。私は山本が作った発明品を壊し続けるか、山本自身を捕まえようと決めたんです」
彼女の言葉からは自分の信念と正義感が溢れでていた。人としては立派ではあるけれども、わざわざ高橋さんが正義感を持って立ち向かう必要性はあるのだろうか。それに素直に頷けない理由もある。
「この小冊子を作ったのが山本かもしれないと曖昧に言われたのは何故です?」
「製作者の名前を、この小冊子が知らなかったんです。きっと、製作者の名前を知る前に誰かの手に渡ってしまったからですね」
「それは答えになりません。僕が聞いたのは製作者が山本だと思えた理由です。協力してもらえるのはありがたいです。かと言って、確証もないのに手伝うのは高橋さんの時間を無駄にさせます。なにより僕はこれ以上、不用意に誰かを巻き込みたくはありません」
「井上さんの気持ちはわかーけど、なんぼなんでも言い過ぎと違うか?」
「桜子、井上さんの言っていることは正論だよ。私が、その小冊子を山本が作ったものだと思ったのは、ただの勘です」
「勘ですか」
もっとも信用してはいけない言葉だ。
「確証はありません。でも、その小冊子がここ最近作られたのもまた事実です。呪術師は呪いを生業としていますが、道具までは滅多に作りません。だから」
高橋さんの言葉の続きは、僕が引き継いだ。
「だから、山本かもしれない。そう探偵の勘が働いたと?」
そこまで考えていたのなら、勘ではなく推理した上での結論だ。
可能性の話であれば有り得る話だ。でも、もう一つの可能性を高橋さんは見落としている。
「この小冊子を作ったのが山本ではなく、著者が山本である可能性はありませんか?」
「あ」
僕が出した答えに、高橋さんが小さく驚いた。
「発明家と呼ばれていたから、呪術師としては三流だからという思い込みに縛られて、そちらの可能性を忘れていますよ。小冊子を探すのであれば、製作者だけでなく著者も探さなければいけません」
桜子ちゃんが、首を傾げて「ん?」と疑問符付きで声に出した。
「なぁ。井上さん色々とゆったけど、理緒と一緒に小冊子を探すことを容認しとらんか?」
「まぁ、そういうことかな」
「人が悪いわ。いちいちいちゃもん付けとらんで、素直にいいよって言えば済む話だがね。たいぎぃ人だね、ほんに」
共通語で罵られるよりも、桜子ちゃんの出雲弁で罵られる方がへこむ。それでも、本気で怒っていないとわかるだけマシかもしれない。
「でもね、巻き込みたくないというのは本音だ。なにが起こるのかわからないからね。前回はあの姉妹がいて大変だったじゃないか。思わぬ所から危険が舞い込むかもしれない」
「そげかもしれんけどさ」
「ということで、高橋さん。一緒に探す上で約束してほしいことがあります」
「どうぞ」
覚悟を決めた目で僕を射抜く。肉体的ではなく精神が強いのだと感じさせられる眼差しだ。
「決して無理をしないでください。危険だと分かったら逃げること。二人とも、女の子ですから。自分から危険な所に飛び込もうとしないでください」
「あれ、なんでうちも入っとるの?」
「念のためもう一度、約束させてよ」
僕が笑って言うと、桜子ちゃんは子供みたいに拗ねてみせたが「わかったわ」と言ってくれた。
「その条件でよければ守ります」
高橋さんは力を込めていた目を緩めて右手を差し出してきたので、軽く握手を交わした。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。でも、厳密には三人一緒で小冊子を見つけ出すことはできないけどね」
目の前にいる女子二人は突然現れた車に驚く猫みたくピタリと体を固めた。
「は? なんでだ?」
「本を読めないのはわかりますけど、探せない理由なんてありますか?」
残念。僕が言ったのは探すではなくて見つけるだ。
「この小冊子によって呪われたのは僕一人だ。小冊子を読むだけじゃない、指定された場所で続く小冊子を見つけ出すのもまた僕一人ということにならないかな?」
「しゃんもんやってみんとわからんがね」
これは勘ではない。僕でなければ入ることができないという事実は、すでに高橋さんから立証されている。
「僕だって嫌なんだよ。どうせやるのなら、三人でやった方がいいに決まっている」
「あ、そっか!」
高橋さんが自分の右手で作った判子を左掌に押した。古典的でわかりやすいアクションではあるが、初めてこんなことをする人を生でみた。
「なになに、なんだで? またうちだけ置いてけぼりだ? もう腹立つわー」
一人で癇癪を起こした桜子ちゃんを説得するためにもここは現地で確かめて貰ったほうが良さそうだ。
骨董通りが始まる通路の前で僕は小冊子を取り出した。
「桜子ちゃん、骨董店に行く方法はなんだったか覚えている?」
僕の問いにつーんとして答えようとしない桜子ちゃんが、どうも子供ぽくて可愛らしかった。
「あんたさ、もう子供って言えない年になるんだからちゃんと答えなさいよ」
確かに来年は二人とも年齢で言えば二十歳で成人だけど、僕からするとまだまだ子供だよと言いたい。かくいう僕も数年後にはおじさんと呼ばれてもおかしくない年になってしまうが、僕よりも年上の人からすれば子供にしか見えないのだろう。
若いくせにという言葉は、どの年代層が使ってもお前が言うにはまだ早いと説教されるのだと思う。
では使いどきはいつか。
遠い未来だなと、自答する。
「小冊子を読みながら歩くんだが。ちゃんと憶えちょーで」
「じゃあ、その小冊子を読むことが出来るのは?」
僕が桜子ちゃんにいっても答えてくれないと察してくれた高橋さんが代わりに聞いてくれる。一緒にいてくれて助かったと本気で思った。
若い子の扱いは同年代の友達がしたほうが早い。
「井上さん。しゃんこともわかっとるわ」
「考えてみて。井上さんしか読めない本を私達が読むことは出来ない。でも付いていくことは出来る。場所を探しても、中には入れないってことじゃない?」
高橋さんに諭されてようやく桜子ちゃんは僕がしか小冊子が見つけ出すことができないと気づいたらしい。
桜子ちゃんが僕を見てくる。どうなるのかと思ったら、予想外のことが起きた。
唇を一の字にして、眉間に皺を寄せた。この反応は非常にまずいと思った直後、桜子ちゃんは急にしゃがんで顔を両腕で隠す。
口にこそしなかったけど、僕が心で叫んだ言葉は「マジか」だ。
「もーやだー」
震わせて聞こえるのは完全な涙声だった。路上の真ん中で非常に目立つ。僕は急いで桜ちゃんの前にしゃがんだ。
「どうしたの。なにがいやなの?」
「だってさ。理緒はすぐにわかって。うちだけわからんとか」
「うん」
「前もそうだったけど、うちはな。ほんに頭はよくないけん」
「そんなことはないよ」
「気休めだわ。自分が悪いに、勝手に怒って。こんな簡単なこともすぐに気付けんとか、うち、ほんにダラズだがね」
「桜子ちゃん」
「うちなんかと一緒におったら見つかるものも見つからん気がするわ。うち、邪魔しとーでしょ?」
「桜子ちゃん」
通りすがっていく人達が物珍しそうに見る。勝手に見ろ、あんたたちには関係ない。
「顔上げて」
「やだ。どうせ井上さんもうちのこと呆れとったんでしょ。もううちいいわ。帰るわ。邪魔せんようにする。そーするわ」
妙に早口でいうものだからうまく聞き取れなかったが、伝えたいことは今の僕にはよくわかる。
「じゃあ、そのままでいいから聞いて。気づかなかったことは恥じなくていいよ。僕も意地悪な言い方をしたんだ。僕こそ怒らせるような言い方をしてごめん。いいんだよ、気づけなくても。僕は桜子ちゃんがいてくれたら心強い」
「ほんに? 一緒におってもいいの?」
「いいよ」
「うちダラだけん、また勝手に勘違いして怒るかもせんで?」
「桜子ちゃんは馬鹿じゃない。そうやって自分を下に見るほうがダメだ」
「また泣くかもしれんけど」
「できれば、あまり泣かないでほしいかな」
「ん、わかった」
もう大丈夫かなと思い、立ち上がろうとすると桜子ちゃんが僕の手を握りしめた。
彼女は僕に聞こえるようなとても小さな声で「立たせて」とお願いした。
僕は手を握り合ったまま、二人で立ち上がる。桜子ちゃんは顔を見せないように俯いたままだ。
「こういうの人前でする人、初めて見ましたよ。見ている方が恥ずかしくなりますね」
高橋さんはニヤニヤとしながら言う。
「うっさい。うちはあんたと小林くんの惚気をどんだけ聞いたとおもっとーで。なんならここで言っちゃーけんな!」
「ちょっと止めてよ。勘弁して下さい」
「わかればいいで」
立場が逆転し、目を赤くした桜子ちゃんが胸を張った。いつもの彼女に戻ったようだ。
「そろそろ行こうか」
「いいで」
「行きましょうか」
三人の息を合わせて骨董通りを歩き出した。
小冊子を広げて、小冊子の著者である彼が辿った道順を口にしながら歩く。
読み上げながら歩いていると実際に小冊子の中に入り込むような錯覚が起こった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
進入不可 その九 は如何でしたでしょうか。
楽しんでいただけたのなら嬉しいです。
次回投稿するのは第二章ではなく、
小冊子手記『白紙双紙』の本文です。
明日、投稿予定としています。
万が一、明日投稿できなかった場合は翌日となります。
楽しみにされている方には申し訳ありません。
今後ともよろしくお願いいたします。