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禁書読書  作者: アサクラ サトシ
第一章 進入不可
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進入不可 その七

進入不可 その七 です。


よろしくお願いします。

 ゴールデンウィークと僕に与えられていた二日間の休みが終わり翌日から書店員として働き出した。呪いが掛けられた状態での勤務となったわけだけれど感情が込められたフキダシを見ることも、受け取ることも慣れることは出来るには出来た。職業柄、書店員スタッフと会話する以外、来客と接することは思いの外すくない。

持論ではあるけれど基本的に書店員の仕事は雑務の次に接客だと思っている。雑務とは本に携わっている全てだ。朝、出勤してからの仕事は早朝に運搬業者から搬入された新刊及び注文した書籍、コミック、雑誌の検品から始まり、各ジャンル別に分けた商品を持って品出しをする。落ち着いたら店頭の在庫、昨日までの売上、売れ行きのいい本、出版社から届いた注文用のファックス用紙の確認となる。それら殆どに時間を取られてしまうので来客と接する時間はほとんどない。

話しかけられたとしても、本の在庫や注文といった「この本がほしい」という感情が伝わるくらいで苦ではなかった。

 一般客との会話に呪いで困ったことはなかったけど、出版社営業の方が来た時は厄介だった。向こうは会話を通して自社の本を売り出してくる。熱心な営業マンだと本当に疲れてしまった。売り込むための言葉に込められた熱い感情が僕の体と心を突き刺していく。

 不思議だったのは、桜子ちゃんと話している時、僕は彼女の想いに当てられて半ば操られている気分だったが、営業の方が口にする売り込みの言葉に惑わされることはなかった。

 おかげで必要のない本を無駄に受け入れることもなく冷静な判断の元で会話をすることができた。問題なのは、彼らの想いが伝わってしまうことだ。

 あくまでも相手の感情が伝わるだけなので、何を考えているのか詳しくわかるわけじゃない。ただ、熱意はあってもそれは本を売りたいという意気込みではなく、ノルマを達成しなければいけないのでリップサービスをしていますよ、という感情がわかるのだ。

 これまで熱心な人だなと思っていた営業の方だったのに本音は自分のためであって、本に向けられた熱意ではなかったとわかり冷めてしまった。お互いに仕事なのだから当然のことかもしれないけど、なまじ分かってしまうと少しだけ残念な気持ちにさせられてしまう。

 こういった一般客や出版社の営業と会話をする分には苦ではなかった。僕が一番、嫌な想いをしたのは悪質なクレーマーだった。

 呪いに掛けられて三日目、十四時を回った頃に問題の男性客が来店してきた。

 その男性客は肩を怒らせて入店してくるなり、レジにいたアルバイトの雨宮さんに捲し立てるように怒鳴りあげた。男性客は要件を言わずに「この店はどうなっているんだ」と続いて「弁償だ、返品だ、金を返せ」と早口で捲し立てる。平日の午後とは言っても、店内には数人の客がいて、罵声を張り上げる客に注目が行く。このままでは店内の雰囲気も悪くなるので、僕と店長の関澤さんの二人で男性客の対応に当たった。

 男性客は僕ら二人が来ると睨みを効かせて「昨日、ここで本を買ったら特典が一つもはいってねーじゃねーか」と来店してきた要件をようやく告げた。

 僕らに見せた本は小中学生を対象にしたカードゲームの情報誌で特典として稀少カードとデジタルコンテンツゲームで使用できるシリアルコードが封入されている雑誌だった。

 もちろん、この雑誌が売れることは分かっていたし、そのままの状態で店頭に並べてしまうと、カードとシリアルコードを抜き取られることがあるので、うちの店ではシュリンクと呼ばれる透明のビニールで雑誌をパックして店頭販売する。当然、うちのスタッフの中でカードゲームも、デジタルコンテンツゲームで遊ぶような者はいない。知らぬ間に盗まれたと考えるのが妥当だ。稀少な特典がないことに腹を立てるのは正当かもしれないが、しかしこの男の言葉に正義などなかった。

「盗まれた本を売りやがってふざけるな」

 この『盗まれた』という言葉に『嘘』という気持ちが込められている。続く言葉を聞いて、男の自作自演だと気付く。

「どう落とし前を付けてくれるんだ!」

 この言葉すべてがフキダシとなり、僕を侵食し男が抱いている『嘘』『騙す』『金』『もう一冊』『転売』という黒い願望が込められていた。

 本当の目的は最後に感じ取れた『転売』だと気付く。封を切って初めてこの特典が高価取引されていると知ったのだ。

 この男は購入した雑誌から特典を抜き取った後でこの雑誌がインターネットなどで高価取引されていると知ったのだろう。そこで思いついたのは盗まれたと騒いで本の代金のみならず同じ本を手に入れてさらに多くの金を手に入れようと考えたのだ。過去にも稀少価値があった特典付き雑誌がオークションサイトで売りだされたことがあった。その時は売値の五倍で取引されていた。今回は雑誌の売値は九百八十円だが、たぶん元値の三倍で取引されているだろう。

 続けて男は律儀にもレシートを持参していて「ここで買った証拠だ」と抜かした。

 僕は男の卑しさに呆れ嫌悪した。

 偽った怒りを振りかざしながら男はわめき続ける。これ以上騒がれては営業妨害になるのだが、あくまでもうちの不手際ということになっているので警察を呼ぶわけにもいかない。

 店長もこの男の訴えを疑っていたが店を守る身として、素直に男の要求に応じて無償で同じ本を渡して抜き取られた雑誌を受け取った。

 目当ての物を手に入れた男は満足気に「素直に渡せばいいんだ」といやらしい顔をして店を立ち去った。詐欺まがいのクレームはこれまで僕も何度か対応してきた。今回は相手の男に言われるがまま商品を渡してしまったが、状況によってはこちらの正当性を突っぱねて断ることだってある。だが、購入した後になって本の不備があったと言われれば、こちらは客の言葉を信じるしか無い。商売とは売り手と買い手の信頼で成り立っている。その信頼を裏切られていると分かっていても、誠意をみせなければいけない。

 騒動の後、僕はこの呪いの意味の無さに苛立った。相手の思惑が分かっていても相手に従うことしか出来ないのが許せなかった。

 こんな小さな出来事が積み重なっていき、桜子ちゃんの家で思っていた以上にこの呪いから解放されたいと考えるようになった。

 月曜の夜。休みの日の前日は手持ちの小説を読みながら夜更かしすることを日課としていたが、早めに就寝した。

 朝、目が覚めると時刻は十一時を少し回っていることに気がついた。仕事が休みということもあって気が緩んでしまったのか、予想以上に睡眠を取ってしまった。急いで身支度をした僕は井の頭線の各駅停車に乗り込んだ。早朝の通勤ラッシュほどではないけれど、渋谷に向かう人は多くて座れるスペースなど見当たらなかった。

肝心の骨董店はどこかで営んでいるかだが、小冊子に書かれていた住所は青山学院大学から少し離れると交差点にぶつかる。その交差点を右折すると骨董通りに出ることができる。

 骨董通りは正式名称ではないらしいがその名前の由来までは知らない。この通りのどこかに小冊子の作者である彼が通っている骨董店があるはずなのだ。

 骨董通りはほとんどがオフィスビルかブディックばかり軒並みになっていた。

 通りの路地へでも入ればそこは迷宮とも思えるほど複雑な道筋になっていた。携帯電話で地図を表示させて骨董店があるはずのところを彷徨いたのだが、五分、十分、十五分と時間だけが刻まれていくだけだった。

 この小冊子に書かれている住所は偽物で、本当の住所は暗号で隠されているのではないかと疑ってしまう。

 すっかり歩き疲れてしまった僕は青山通りの近くまで戻って、スターバックスに立ち寄った。朝食を抜いてきたので、小腹も空いている。アイスキャラメルマキアートとシュガードーナッツを購入して席に付いた。

 桜子ちゃんと約束した時間は十四時で現時刻はまだ十三時。あと一時間しか無い。待ち合わせ場所はここ骨董通りから徒歩にある表参道にしてあるから余裕はある。シュガードーナッツを食べながら桜子ちゃんに教えてもらった高橋理緒のプロフィールを思い出す。

 他称、道具の探偵と呼ばれている高橋理緒は長身の美人で中学まで柔道を続けていた。二人が仲を深めたのは中学生時代の柔道全国大会で同じ階級で何度も対戦しお互いの実力を称え合ったことが切欠だという。

 柔道の実力は確かで高校でも続けていると思われていたが、高橋理緒は高校進学と共に柔道をきっぱりとやめて、桜子ちゃんと久しぶりに連絡をとった頃には探偵業を始めていたらしい。探偵の仕事については本人から直接聞いてほしいと桜子ちゃんは言っていた。

 小説などの創作物で女子高生兼探偵となれば使い古されたキャラクター設定ではあるけれど面白味はある。けれど、それは創作物だから受け入れられる要素であって実際に探偵をしている女子高生なんて胡散臭くて相手にはしたくない。しかも、道具の探偵といわれても判然としない。

 又聞きで人を判断し評価するのはよくないと言い聞かせて、実際に話をしてみて高橋理緒という人となりを見定めよう。

 皿の上に置かれていたドーナッツが消えて間もなくして、携帯電話に桜子ちゃんからメールが届いた。どうやらあと十分と経たない内に表参道へ到着するそうだ。

 まだ残っているキャラメルマキアートだけ手にして、残りは返却棚に置いて店を出た。

 表参道に向う道中、高橋理緒は桜子ちゃんと同い年だから今年で十九歳になる女の子二人と会うなんてどんな星の巡りだろうと考えてしまった。

 職場で若い子と話すことはあってもプライベートで十代の子と会うなんてことは社会人になってからは初めてだ。

 再び携帯電話からメールが届いたと着信音が発せられた。どうやら二人の女子大生は青山五丁目交差点にある交番の近くにいるらしい。

 赤に切り替わろうとしている横断歩道を渡り交番の前に到着すると、桜子ちゃんとその隣リにいる高橋理緒らしき女の子を見つける。

 桜子ちゃんは先週の動きやすい服装と違って、初夏らしく青のストライプが入ったブラウスにスカートで合わせていた。バッグも春生からプレゼントされたショルダーバッグではなくて、ハンドバッグを持っている。

 桜子ちゃんが近づく僕に気づくと小さく手を振った。

「久しぶり。元気にしとらいた?」

 相変わらずの出雲弁だったけど懐かしかった。僕がそれなりにと答えた後、桜子ちゃんは自分の隣にいる高橋理緒を紹介した。

「井上さん、この子が例の理緒だで」

「例のっていい方はやめてよ。なんだか悪いことをしている人みたいじゃない」

 高橋理緒は桜子ちゃんを軽く咎めて僕に向き直った。本当に長身で僕よりも少し大きい。黒地で水玉模様のブラウスに、青のフレアスカート。足元はストラップヒールを履いている。ヒールを脱いでやっと僕と同じ背丈かもしれない。背の高い女の子は自分の身長を気にしてヒールは履かないものだと思っていたけれど、この子は違うらしい。

「はじめまして。高橋理緒です。桜子からどういう風に聞かされているかわかりませんけど、今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。あの、桜子ちゃんからはどこまで聞いていますか?」

 変わった道具を取り扱う探偵だとしても、人を呪うような奇っ怪な物まで調べて貰えるかわからない。それに、実際に僕が呪われているなんて知ったら断るのではないだろうか。

「桜子からは全て聞いています。井上さんが呪われていることも、その本についても。たぶん、私ならなんとか出来ます」

 平日でも人で賑わう表参道の路上で非日常的な言葉が飛び出す。

 高橋理緒の言葉を信じるにしても、ここは人が多すぎる。僕らはひとまずゆっくりと離そうとカフェに入った。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

進入不可 その七 は如何でしたでしょうか。


先日の後書きに高橋理緒が登場すると書き残したのですが、

最後の最後に登場することになってしましました。

期待されていた方には申し訳ないです。


明日も投稿を予定しています。

よろしくお願いします。

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