禁書読書 その六
禁書読書 その六 です。
よろしくお願いします。
春生は定位置と思われるテーブルの前に座って胡座をかいだ。
「立ってないでお前も座れよ」
僕は春生を右隣にして座った。
「聴きたいことは山ほどあるんだけれど」
「悪い。あんまり時間が無いんだ。手短に頼むわ。つーか、あれだろ? 円城が何を企んでいるのか、だろ?」
「もし知っているなら指南書についても教えて欲しい」
「あれについては俺から話すことはない。それは骨董店にいけばわかることだしな」
「あの骨董店に入ったことがあるのか? 円城に連れられて?」
「俺は千弦に連れられてだな。あいつは技術書に関する情報源を幾つか知っていて、その内の一箇所がまほろば骨董店だ。斉藤って人は金にがめついがそれ以外は誠実な人だよ。お前とは相性が悪そうな気がするけどな」
春生は煙草を取り出して火を付けた。
無臭の部屋に紫煙が纏わりついていく。
「円城についてだが。井上、お前はあいつと会ってみてどんな印象を受けた?」
「自分の為に他人を利用し続ける人間。だけど、彼は謝った」
井の頭公園で呼び出した円城との会話を思い出す。円城了という人間像は悪人であることに変わりは無い。ただ、そんな人間が最後に謝ったことだけがどうしても引っかかった。感情的にならず、冷静になった今ならそれくらいの分析は出来た。利用した人間に対して謝る必要なんてない。彼なりの良心だとすれば、なおさら矛盾をしている。
「そっか。謝ったのか。さすがのあいつでも心が傷んだって証拠だな」
「彼が謝った理由も、本当の目的も知っているんだな?」
「円城はある目的の為、強力な言霊が必要だったから小冊子に封じたんだ。今回の円城は必要悪に徹しただけってことさ」
「それって、自分を黒幕に見せかけただけということか? なぜそんなことをする必要がある? その円城の目的というのはわからないけど、正直に話せば誰かしら強力をしてくれるはずじゃないか」
「あのさ。大人になって、馬鹿正直に事情を話して信用されることってあるか? 騙すか騙されるしかないんだぞ。どうやって相手の裏をかくのか、それが重要だったりするだろ」
「僕だけでなく、言霊遣いの人達や付喪神探偵をも欺く必要があったとしても、なぜ悪役になる必要があった?」
「んー、どこまで話していいのか悩むところだが、円城は天見、月森、そして円城家の分家である藤原家を守るために、円城は彼らを裏切った、ように見せたんだ」
「円城が彼女たちを守るために?」
頭が混乱し始めてきた。では、本当の円城了という男は自分を犠牲にして他人を守るという善人なのか。いいや、と僕は否定する。
「そんなはずはない。実際、舟渡名鶴と山本和博といった呪術師が犠牲になっている。それにだ、小冊子の中で描かれていた書道家という人間も犠牲になっているんだぞ?」
「呪術師二人を制裁した理由はちゃんとあるんだが話が長くなるから、また今度では駄目か?」
「駄目だ」
面倒だなーと春生はボヤいて煙草の煙をまた吹き出した。
「円城は、その才能を国際的にやっばい組織に目をつけられたんだ。そんでもって、仲間になるか、断って他の言霊遣いたちを亡き者にするかっていう選択を迫られて円城は仲間になったわけ。これが去年の話だ。ただ、天見、月森の両家は円城を仲間に引き入れた組織の存在は知らない」
去年の出来事が原因で円城たちと天見さんたちは仲違いをした。付喪神探偵をも巻き込んで。
「件の呪術師二人は組織の末端だ。だが、この二人はヘマをして組織から消される予定だったんだ。あ、もちろん、呪術師としてのって意味でな? 舟渡も山本も円城が持っている言霊に興味を示していたんだが、その思惑を逆手に取って奴らを利用したのさ。人に眠っている言霊を引き出すという禁忌まで使ってな。舟渡は見事に操られ、山本は返り討ち。彼らを始末すると同時に円城は新たな力を手に入れて、組織に立ち向かおうってわけさ」
「円城はたった一人で、その組織に戦いを挑むのか?」
「まぁ、必然的にそうなるよな。なにせ他の言霊遣いまで巻き込むわけにはいかないからなぁ。自分が悪役として徹すれば組織のことはばれないで済むしな」
春生は携帯灰皿を取り出して、煙草の灰を落としてから口元に運んで軽く煙を吸い込んだ。煙草の葉っぱと巻紙が音を立てて燃え尽きる。
「表向きに、円城はその組織の仲間になったように見せかけて、実のところは言霊遣いたちを守ってきたんだ。泣ける話だろう?」
円城が僕と桜子に謝った理由も、いまならわかった。彼はかなり切羽詰まっていたのだ。自分の目的の為、他人を利用することしかできなくなっていた。恨まれても馬生されても構わない。その先に、守りたい人達がいるから。本物の善人じゃないか。
「あ、お前。いま、円城のことを善人とか思ったろ?」
図星だった。僕は口を噤んで春生を睨むことで非難した。
「睨むな睨むな。お前に睨まれても全然怖くねーからよ。あいつの根本は変わってない。他人を巻き込んで俯瞰して楽しむ、そこは同じだ。それでも、全くの無関係な人間を巻き込むようなことはしない」
聞き捨てならない言葉だったし、もう一人、円城によって不幸になった人間がいることを忘れていた。
「書道家の人はどうなんだ? あの人はこれまで培ってきた書道の技術を失ったんだぞ」
「ああ、それね」
春生は携帯灰皿に短くなった煙草を入れて外側から火種をもみ消した。
「どんな内容だったのかは俺も知らないけど、三冊ある内の一冊は円城の創作だ。円城曰く、悪い人間だと読者に思わせるためだとよ」
「書道家は存在しないということなのか」
「そういうこった」
円城が三冊目の小冊子に書いた感想のようなものは、本音だったのか。物語を作る楽しさと読者に物語の感想を求めたのも、すべて素の彼から出た言葉だった。
「最も、円城が指南書を手に入れてなければ、組織と一人で立ち向かおうなんて考えもしなかったはずだろうけどな」
「その指南書を渡したのは、中村さんじゃないのか?」
僕の閃きに春生が拍手を送る。ここからは推測だけれど、瞬時にして春生から得た情報から一本の物語が形成されていく。
「技術書しか盗まない中村さんが偶然か必然かわからないけど、言霊遣いの指南書を手に入れてしまった。そうだ、その指南書を売ろうとしたんだ。そこに円城と鉢合わせたんだ」
春生は僕の推測に笑顔のまま数回頷いて、続きを言えよと顎をしゃくって催促してくる。
「どういう偶然か重なったのか、本心を隠し、力を欲していた言霊遣いと厄介な物を手に入れてしまった本専門の泥棒が出会ってしまった。円城は指南書をそれなりの金額を払って買い取り、お互いの連絡先を交換した。もしかしたら、この時、中村さんから技術書を預かったのかもしれないな。それからしばらくして、円城は指南書から言霊の力を封じた小冊子を完成させて、中村さんに連絡をして、お前が受け取りに行った。そうなんだな?」
春生が大きな拍手で祝う。
「最後の最後で冴えたな。細部は別にしてもお前の推理? 推測で合っているよ」
褒めてくれるのはありがたいが、最後とはどういった意味だ。
「悪いけど、俺はこのへんでお暇するわ。ちょいと別口の仕事がはいったから、荷物を取りに来たんだ。当分、というかこの部屋には戻ってこないつもりだ」
「桜子はどうするつもりだ?」
「お前こそ桜子とどうするつもりだ?」
それはと、実のお兄さんを前にして本音など言えるわけがない。
「それは上手くやるさ。話をはぐらかすな。僕が聴きたいのは、桜子をまた一人にするつもりかと言っているんだ。此処に返った時、あの子は誰も待っていない部屋にただいまと呟いた。今日はたまたま僕がいたけれど、普段はお前が言っていた科白だろう?」
春生が露骨に嫌そうな顔をした。
「なんだよ。言いたいことがあるなら言えって」
「これからはお前が返せばいいんだよ。おかえりって。そして、桜子にただいまって言ってやれ。お前がいれば桜子は一人じゃない」
「お前、それ兄として許していいのか?」
「兄だから許してんだよ。馬鹿」
返す言葉を見失っている僕に春生が見切りをつけて立ち上がって、物入れとなったところから、文庫サイズの本を取り出した。間違いなく技術書だとは思うけれど、そんな安易な場所に隠していいのかと突っ込みたかった。
「あ、これは渡さないぞ。お前にはもう渡す本はないからな」
渡す本はないか。今回の小冊子で痛い目にもあったし、考えさせられる三週間を迎えられたよ。当分は小冊子に関わりたくはない。
だが、僕からも春生に訊ねたいことがまだある。
僕に背中を見せた春生に、声を掛ける。
「春生。あの『白紙双紙』を僕に渡す必要がどこにあったんだ。全てを知っているお前なら、円城と協力しあえば良かったじゃないか。円城だってそのほうがいいと思ったはずだ。なのに、なぜ彼はお前に『白紙双紙』を託した? なぜ僕だったんだ?」
僕に背を向けていた春生がこちらを向く。その顔は眠たそうで、だるそうだった。ポケットから煙草を一本取り出して、いつもの様にフィルターの部分を噛んだ。
「言っただろ? 行動理念こそ違うが、俺と円城は自分が楽しむことを優先するってな」
「そんな理由で人を巻き込むな!」
僕の罵声に春生が声をあげて笑う。
「でもよ。お前は言霊を手に入れようとは思わなかったろ? そうでなければ、お前は円城と最後に会わなかった。そうだろ? 円城は俺とお前を信じた。俺はお前の普通を信じたのさ」
この部屋に入って二本目の煙草に火を付けて、美味しそうに煙を吸い込む。
「俺が玄関から出たら、普通の空間に戻る。桜子には適当に言っといてくれ。たぶん、この辺りかな?」
春生が吸い込んでいた煙を吐き出すと、小さな空間の歪みが生じて、桜子の姿が見え隠れした。
「じゃあな。桜子。これからは俺じゃなくて、井上を頼れよ」
触れることが出来ない妹に優しい兄が声を掛ける。
「あ、それと井上!」
「なんだよ。急に」
「お前、避妊は絶対にしろよ。いいな!」
「するよ。てか、実の兄がいうことかそれ!」
「ダラが。実の兄だから言えるんだよ」
またなと言って、春生が玄関を出て行くと桜子がいた空間に戻ることが出来た。
「あれ、優太さん。いつのまにそぎゃんとこに?」
僕と春生が話している間の時間は、この現実世界だとほんの数秒と経っていない。それでも、元いた位置から移動しているので、桜子からすれば瞬間移動したようにも見える。
「あれ?」
桜子が匂いを嗅ぎながら僕へと近づく。
「優太さんからお兄ちゃんの匂いがする」
当然、嘘をつくこともなく、僕は春生を合っていた話をした。
一緒に住むかもしれないという話はそれとなくしたら、桜子は予想以上に喜んでくれた。弾け飛ぶような喜び方をされたら、引っ越しをするしかない。
心のなかでため息を付いていると、桜子が僕の手を握りしめた。
「ねぇ、優太さん」
「ん?」
「うちに言って。もう怖くないけん。優太さんの気持ち教えて?」
この時、僕は言霊がなくて本当に良かったと思う。もし、言霊で言ってしまったら、桜子の感情を僕が操ってしまったことになるからだ。
咳払いをして、僕を見上げる桜子と目を合わせる。
「桜子。僕は君が好きだ」
「うちもだで。優太さん」
お互いの気持を知ってから三週間後。僕らは晴れて恋人同士となった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
禁書読書 その六 は如何でしたでしょうか。
楽しんで貰えたのなら、嬉しい限りです。
明日が最後の投稿となります。
あの文末からすれば、ここで終わるのが綺麗かもしれませんが、
すみません、あと一日だけお付き合いください。
よろしくお願いいたします。




