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禁書読書  作者: アサクラ サトシ
第六章 禁書読書
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禁書読書 その五

禁書読書 その五 です。

よろしくお願いします。

 桜子がドアノブに鍵を差し込んでゆっくりと玄関を開けて、ただいまと元気よく言う。

 そのまま靴を脱いで部屋に上がり込むかと思ったら、桜子は動こうとしない。

「どうかした?」

 部屋に異常でもあったのかと思って、桜子の背中越しに部屋を覗き見る。部屋に明かりは灯っていないけれど、玄関から部屋へと繋がる一本の廊下が見えだけだ。左手には広々としたキッチンに右手には風呂とトイレ、そして洗面台へと繋がる扉がある。これは以前来た時とあまり変わりはない様子だった。

 暖かくなってきたので、虫でも出てきて驚いたのかもしれないと思ったが、そうでもなさそうだ。

「優太さん」

 桜子が僕を睨む。僕はなにか間違えたのだろうか。

「なに?」

「ただいま」

 ああ、と納得する。

「おかえり」

 桜子はよしよしと呟いてようやく靴を脱いだ足で玄関から上がった。

「お邪魔します」

「お邪魔じゃないで」

「ただいま?」

 正解不正解かを確かめるかのように、語尾が上がってしまった。

「おかえりんさい」

 目尻が垂れ下がり、桜子の顔が緩む。玄関天井にある小さなライトの明かりが桜子を照らしているせいなのか、後光が指しているようにも見えた。

 こういう些細なことも、誰かに話してしまうと惚気話になるのだなと、不意に思った。

 部屋に荷物をおいた後、僕らは二人でキッチンに立って、遅めの晩御飯を作ることにした。僕が考えた献立は冷蔵庫にあった食材でつくる他人丼だ。豚ミンチを熱したフライパンに入れて木べらを使いながら程よくほぐした後に調理酒を投入して肉の臭みを飛ばした。肉の色が変わり始めたら、醤油とみりんを一対一で入れて弱火にする。

 完成したそぼろ肉は粗熱を取るため皿に移し入れる。肉の脂がこびりついたフライパンを一度洗ってから、クッキングペーパーで水気を取って、今度は少量のサラダ油を入れて、みじん切りにした玉ねぎと人参を入れて弱火で炒めるだけで、味付けはしない。これをさきほどのそぼろ肉と同じ皿に入れて馴染むように混ぜる。

「そぼろご飯?」

「ちょっと違う」

 僕は冷蔵庫から取り出していた三つの玉子をボウルに割り入れた。菜箸でかき混ぜる前に、念の為にと桜子に訊ねた。

「生卵の白いのは取り除いたほうがいい?」

「なに? 白いのって?」

 卵白と卵黄以外にも、白い塊みたいなのがある。名前もあるようだけど、ど忘れしていたので、ボウルを指さしてその白い物体を教える。

「そぎゃんもん取らんでもいいわ。味が変わるわけでもないに」

 桜子の言う通り、取ったからといって味が飛躍的に変わらない。見た目が気持ち悪いという理由で取り除く人もいる。

 ボウルに入れた三つの卵を軽くかき混ぜる。なるべく卵白が残っている状態だ。牛乳もあれば尚いいのだけれど、なければ仕方がない。僕はもう一度フライパンを洗って、先ほどと同じように水気を取り除いてからサラダ油を注いだ。

 桜子には冷蔵庫に入っていた二人前の白いごはんをレンジで温めてもらって大きめの丼に入れてもらう。

 その間に、僕は熱していたフライパンに溶き卵の半分を入れて菜箸を時計回り卵をかき混ぜ、フライパンを持つ左手は菜箸とは逆回転でまわした。

 あっという間に半熟に焼けた卵にそぼろ肉と野菜炒めを半分投入して、手際よくオムレツ風に畳んだ。

「おおー、めっちゃうまそう!」

 人が見ている前で調理をしたのは久しぶりだったけれど、食べる前から感想を言われるのは嬉しい。

 そぼろ肉を卵で綺麗に包んだら、水蒸気をあげた白いご飯の上に乗せる。

 フライパンをコンロの上に戻した後、菜箸を使って狐色に焼けた卵焼きを縦に割って広げる。半熟のオムレツの中からそぼろ肉が姿を表すと、押し込まれていたそぼろ肉の匂いが広がる。うん、これは美味い匂いだ。

「うわー、ほんにメッチャうまそう! これなんて料理なん?」

 適当に作った料理だから名前なんてないのだけれど、強いて付けるとしたら、

「そぼろ肉オムレツ丼?」

「そのまんまだがね」

 桜子が僕の二の腕を軽く叩くも、痛くは無かった。

 先に出来た丼を桜子に持たせて部屋に戻ってもらう。今度は自分の分を作って部屋の中に入った。

 テーブルに座って桜子と向き合いながら合唱して「いただきます」と声も合わせた。

 丼からそぼろ肉と半熟オムレツ、そして白いご飯を持ち上げて口の中に運ぶ。

 んー、まぁ、こんなものかなーと思いながら噛み締めていると、桜子はテーブルを小さく叩いた。

「美味い! なにこれめっちゃ美味いで」

「ありがとう」

 そぼろ肉の味付けは醤油とみりんだけで、なるべく味は濃くしないようにした。玉ねぎと人参は食感が残る程度に炒めたから、柔らかい肉との相性もいいので口にした時の歯ごたえもいいはずだ。とろみのある半熟卵とも相性が良い。などと、自分の作った料理にそれとない評価をしてはいたけれど、こんなにも喜んで貰えるのは嬉しい限りだ。

「これが男の料理かー。いいわー、めっちゃいいわー」

 褒め過ぎだよと謙遜はしておいた。

 各々に感想を述べながら食べ終えた後、空になった丼は桜子が片してくれて、そのまま洗ってくれた。

 一人残された部屋で満たした腹を撫でながら目を閉じた。

 ご飯を食べると、眠くなるのは幾つになっても変わらないけれど、このまま寝るつもりはなかった。子供の頃、母親からご飯を食べて横になったら牛になると言われた、なんてどうでもいい記憶すら蘇ってくる。そうさ、こんなどうでもいいことを考えている暇なんてないのだ。

 明日、僕は仕事終わりに再びあの骨董店へ足を運ばなければいけない。

 小冊子探しは終わった。僕に掛けられた呪い、ではなく言霊は失われた。斉藤さんは、僕がどんな結論を出しても、もう一度会いに行きてほしいと言っていた。あの人は、どこまで知っていたのだろう。旧知の仲ともいえる二人の間柄であれば、円城の目的も知っているかもしれないが、斉藤さんの性格からするとそこまで深い入りはしていないような気もする。

 指南書を手に入れても中身を見ないまま、天見さんたちに渡してしまおう。また好奇心で読んでしまったら、今度こそ後戻りはできなくなりそうだ。指南書の存在を知っていたのは円城を除いて最低でも二人いる。斉藤さんと石田春生だ。

 部屋を見渡すと、以前あったものが無いことに気がついた。机の上にあったはずのパソコンがなくなっている。それだけではない。部屋のいたるところに不自然な空きがある。この部屋の一部だったものが抜け落ちているようだ。

「桜子。ちょっと部屋に戻ってきてくれないか」

 僕の慌てた声に反応して桜子が部屋に戻ってくる。

「どげさいた?」

「この部屋をパッと見て、何かなくなっているものがないか気がつかない?」

 このアパートに戻ってきて僕らはすぐにキッチンに入り浸ってしまった。食事をしている時も、目の前にある丼にお互いの顔を見て話をしていただけ。部屋まで気を配ってはいなかった。

「お兄ちゃんの荷物が、減っとる?」

 桜子は急に部屋の中をかき回し始めた。衣類を始めとして、本棚や春生が使っていたと思われるパソコンデスクなどを調べまわった。

「服はそれなりにあーけど、色んなもんが減っとる。今朝まではちゃんとあったんだで」

 この部屋に入ったのは二度目なので、大きな違いがあるとすればパソコンが無くなったことくらいしかわからない。

「まさか、あいつまた姿をくらますつもりじゃ」

「そげだったら、置き手紙があーはずだがね」

 ゴールデンウィークの時は、桜子と僕に向いけて手紙を残していた。今回も何かしらの理由で姿を消すのであれば、置き手紙があるかもと部屋中を探したがそれらしいものは見つけられなかった。

 またとんでもないことに巻き込まれそうな予感がし始める。指南書のこともまだ終わっていないのに。

 僕は携帯電話を取り出して春生に電話をしようと試みたが、携帯電話は無音のままでコール音すらしない。電波の状況をみると圏外になっている。

 おかしいと思ったのは僕の携帯だけではなかった。急に部屋全体から音が消えたのだ。

 部屋にいたはずの桜子もいなくなっている。

 一瞬、パニックを起こしそうになったけれど、僕はゴールデンウィーク中に同じ体験をしていた。あの時は、吉祥寺にある飲食店で外に出ていた僕が店に戻ると静まり返った店内には店員や客もおらず、また一緒にいたはずの桜子すら消えていた。

 いま、僕がいる此処は時間と時間の間だ。誰かの許可がない限りここへ訪れることができない。そんな説明を聴いていた。

 これと全く同じことが出来る人間は、特殊な本を盗む女泥棒、中村千弦さんの上司である吉田だった。

 玄関の方から足音が聞こえ、徐々に僕がいる部屋に近づいてくる。

 足音は扉の前で止まると、キッチンと部屋を隔てる扉がゆっくりと開かれると、見知った男の顔が見えた。

「よう、やっぱりいたか」

 数時間前に別れたばかりの石田春生が僕に向かって手を挙げる。

 円城と会った後、また会えると言っていたが、今だとは思いもしなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

禁書読書 その五 は如何でしたでしょうか。


終わりまで残り僅かです。


明日も投稿します。

よろしくお願いします。

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