表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
禁書読書  作者: アサクラ サトシ
第六章 禁書読書
59/62

禁書読書 その四

禁書読書 その四 です。

よろしくお願いします。

「了が謝っただって?」

「聞き間違いではありませんか?」

 二人して桜子に顔を向ける。

「天見さん、前を見て! 前を!」

 僕に指摘されて天見さんは慌ただしく前方に顔を戻した。

「話の流れからすると、了が残した指南書が怪しいな」

「私もそう思います。となると、井上さん自身に問題はないということになりますね」

 月森さんはさりげなく言っていたが、僕は目を丸くしてしまった。

「問題がないというのは、どういうことですか?」

「辛い決断をされた直後の井上さんには、申し上げにくいのですが」

 月森さんが声のトーンを落とした。

「井の頭公園での経緯を聴く限りでは、井上さんは、廃人になるようなことは起きないと断言できます」

「……なぜ?」

 もし、それが本当であれば、僕の決断は、あの涙を流した意味はなんだったんだ。自分の決断を無駄にしたくないという思いにかられて、月森さんに反論をする。

「舟渡は呪術師であったからこそ、廃人を間逃れたはずです。僕には初めからなんの能力を持たない、普通の人間である僕だったら。そう思って、僕は円城に、あの言霊を。それに、そうしないと、桜子や、僕の知っている人達が」

 表現のしにくい感情が渦巻く。哀しみ、悔しさ、嘆き、愚かさ、あらゆる負の感情が混ざり合う。言葉にもできない、そんな感情だけが蠢いている。

「どうか。自分を責めないでください。良くも悪くも、井上さんは言霊に対する知識がなかったのです。そんなあなたを責めるつもりは毛頭ありません。それでも、言霊を使えない人間が、どうやって言霊という力を体得することができたのか知って頂く必要があります」

 座席シートに頭を預けた月森さんがこちらを見ないまま、話しだした。

「言霊を他人に与えるというのは、禁忌中の禁忌です。なぜその行為が禁じられていた理由は私も、風鈴さんも知りませんでした。舟渡名鶴の有り様を見るまでは。井上さんに総一くんの見張りを付けたのは、了さんの出現だけでなく、あなた自身を守るために向かわせたのです。彼のアドバイスがあれば、言霊を負担なく使ってくれると判断しました。ただ、今にして思えば舟渡名鶴と井上さんの場合、言霊を与えられた経緯が異なるのです」

「それって舟渡は本を読んで言霊を手に入れたわけじゃない、ということですか」

「詳しくは申し上げられないのですが、厳密に言えば言霊を与えるのではなく、言霊を使えるようにさせるという表現が適切です。人の精神を操ることができる言霊遣いであれば、可能です。私は禁破ることなど出来ませんし、したいとも思ったことがありません。それを破ってしまったのが了さんでした」

「だから、僕は平気だと?」

 無理やり言霊を使えるようになったのではなく、円城了の言霊だったから。間借りしたものだから問題はないということらしいが、円城が言っていた通り、思考力や物事を連想することができなくなっていたというのはあった。

「私達は実感こそもうありませんが、言霊を使えば脳の負担は掛かります。了さんはそこを攻め立てたのでしょうね。それでも、井上さんが廃人になるようなことは、ありえません。あくまでも、了さんの言霊を井上さんが持っていたらの話ですが」

 僕自身が言霊を使っていて、なおかつ円城に返したから言えることだけど、あの言霊は円城の物だと言える。

「んー、小町。うちからも聴きたいことがあーけどいい?」

 桜子が目の前のシートに座っている月森さんに話しかける。

「どうぞ」

「優太さんが、廃人にならんのは安心できたけん、いーけどさ。なして円城はそこまでして言霊を取り戻したかったんだーか」

「そんなの、手放した自分の力を元に戻したかっただけ……というより、より強力になった言霊を手に入れたかったから、手放したんじゃねーのか?」

 ハンドルを握ったまま、天見さんが答える。彼女の言う通りかもしれないが、そんな安易な理由だろうか。

「いや、そげかもしれんけどさ。あー、だけん、今まで持っちょった言霊より強いもんが欲しかったんは良いとすーで? でも、脅迫まがいなことまでして返して欲しいもんなんかなって不思議だったに」

「正直、生まれ持った言霊を他人に移すことすら信じられません。指南書という本で得た知識によって、それが可能だとしても、確実に自分の元へ戻ってくる保証すらありません。強力な言霊を手に入れるためとはいえ、あの了さんが自分を犠牲にしてまですることとは思えません」

「そう言われると、そうだな。私らが知っている了なら、手始めに自分以外の言霊遣いを実験台にするはずだ。いや、すでに実験済みだったからこそ出来たのか?」

「じゃあさ? なしてあいつは、最後に謝ったんだーか。うちにはそれがどうしても気になってしゃーないに」

 謝った時の円城の顔は今でも忘れられない。迷惑を掛けたことを、後悔するような目が印象に残っている。

「あの男の目的は、あの事象を操る言霊を手に入れることで片付けてもいいのかな」

 円城了の企みは、僕らでは測ることが出来ない。真の目的があるとすれば、それは一体なんだろうか。

「車を停めて頂けますか」

 月森さんは丁寧に言った後、天見さんが路肩に車を停めた。

「このままマンションに戻って話をしてもいいのですが、呪術師山本和博の件もあって今夜は月森家と天見家の人間が出入りします。禁忌によって言霊を手に入れてしまった井上さんには居場所すらないかもしれません。加えて呪術師を束ねている人間もくるということにもなっています」

 入ることは許されないと言っているのはわかるが、月森さんが僕に言いたいことは、別にある。

「僕に、指南書を貰いに行って欲しいというわけですね。それもなるべく早いうちに」

「恥ずかしながら、まだ井上さんに頼らなければいけないようです。私と風鈴さんでは、その骨董店に入ることはできません。道順を知らないという意味ではなく、まほろば骨董店へ足を踏み込むことが出来るのは、道を外した人のみが許された土地なのです」

「小町、もうちっと言葉選べや。そんだったら優太さんが外道みたいな言い様だがね」

 そんな小さいことで怒らなくてもいいのにと、思ったけれど、確かに言葉は悪かったかもしれない。乾いた指先を紙で切ったくらいの痛みはあった。地味に痛いんだよな。

「配慮が足りませんでした」

「あの、謝らなくていいので。月森さんや、天見さんが気になるのはわかります。僕だって一時とは言え、言霊を持っていた人間ですからね。あの本は言霊を消す方法すらも記されているみたいですから、いまの僕が持っていたって宝の持ち腐れです。あの本は本家本元のお二人に渡したほうがいいでしょう」

「お気遣い感謝します」

「ここだけの話。僕も知りたいんですよ」

 僕は両手を組み、うつむき加減で呟いた。

「円城了の目的がなんだったのか。なぜ謝ったのか。彼は言霊を取り戻すことに必死だった。それは強力な言霊を手に入れるために必死だったのではなくて、もっと別な目的があったと。いまはそう思えます」

「それは、願望ですか?」

 月森さんが優しい口調で訊ねる。

 顔をあげて、月森さんを初め、この車内にいる全員に視線を配る。喉元まで出た言葉を飲み込み、首を横に降った。言葉にすると全てが嘘になるような気がした。

 願望ではなく、これこそが彼の真意だと、僕には何故か分かってしまっていた。


 天見さんは僕らを吉祥寺駅の近くまで運んでくれ、そこで別れた。

 別れ際に、指南書は明日取りに行って、手に入り次第、天見さんと月森さんに連絡するとだけ約束をした。

 時刻は二十二時。井の頭線は余裕で走っているし、渋谷行きの電車は空いているだろう。満員電車に揺られる心配もない。

帰ることは簡単でも、このまま、誰もいない部屋に戻るのは嫌だった。

「優太さん、お腹、空いとらん?」

 桜子は大げさにお腹を抑えて空腹を訴えた。

「空いているかな」

 嘘だった。空腹感などない。あるのは一人になりたくないという、甘えだった。

「何食べたい? この時間で開いとる所っていえば、居酒屋しかないけど」

「お金が勿体無いよ。僕が、なにか作ってあげる」

「いいの? でも、スーパーとかもう閉まっとるし」

「冷蔵庫の中には何がある?」

 えーっとと言いながら、桜子は冷蔵庫の中身を思い出しながら教えてくれた。

 卵に豚肉のミンチ、人参とネギが入っているらしい。

「そんなにあれば十分。桜子みたいに上品な料理じゃないけれど、美味しい丼を作ってあげるよ」

「やった。楽しみにしとーよ」

 無邪気に喜び、僕に飛び込んできた。彼女の両腕は僕の左腕に絡め取られ、体全体が密着した。

 僕は覚えたての道順を辿りながら、桜子と春生が住んでいるアパートに帰宅した。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

禁書速書 その四 は如何でしたでしょうか。


楽しんで貰えたのなら嬉しい限りです。


明日も投稿します。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ