禁書読書 その二
禁書読書 その二 です。
よろしくお願いします。
「僕らにとっては面白くもない話な気がしてならない」
「連れないことを言ってくれるな。先にも述べた指南書には才能のない人間に特殊な力を与える方法や能力自体を打ち消すことまで記されていた。もちろん、条件付きではあるが、言霊と同系統の術は全て消し去ることが可能だとも記されていた。俺の言わんとすることは分かってもらえたかな?」
その指南書さえあれば円城だけでなく言霊遣いと呼ばれているほとんどの人がその能力を失うということだ。
「もし、それが事実、存在しているのならあんたにとっては諸刃のなんたらだ。そんな物を、僕に譲渡するというのか? 自分で自分の首を締めるようなことが、あんたにとって面白いことだというのならそれでいい」
「あの原本の指南書も、訳したほうも俺には不要だ。だからといって、捨てるにしても誰かに譲るにしても惜しい禁書であることもまた事実。今回の報酬にしては十分すぎる」
円城の思想がどうであれ、小冊子を全て集め読んだ読者の報酬とするのは彼の自由だ。禁書と呼ばれた指南書の特性を考えると譲り受ける前条件みたいなものがある。
「僕が言ってしまっていいのかわからないけれど、指南書と呼ばれる本を受け取る条件として僕の言霊を失わせる必要があるんだな?」
「ご明察。指南書さえあれば俺は不要だ」
「何かを得るためには何かを捨てろか。なんだかありふれた条件だな」
「使い古された交換条件こそ最も効果的で合理的だ」
円城は二本の指で唇に触れながら話しだした。
「言霊遣いにとって、あの指南書は決して誰かの手にわたってはならないものだ。現存している指南書の原本はその一冊のみ。また俺が現代語訳した本もまた一冊しか無い。この二冊を君がほしいと望めば与える。言霊遣いにとってどれほど危険な禁書であってもだ」
嘘ではない。彼の喋った全ての言葉に偽りがなかった。読者の僕にその指南書を渡しても問題無いと彼は思っている。
「どうしてそんなに余裕があるんだ。何を企んでいる?」
さすがに僕の問い掛けに答えるような迂闊さはなかった。
指南書を渡すことにメリットなんて一つもないはずなのに円城は楽しんでいる。この男が何を考えているのかなんて、僕の観察力では測ることが出来そうもない。
「指南書の譲渡はここで決めなくていい。そもそも二冊の指南書はここにはないからな。この二冊をどうしたいのかは君に任せよう。言霊が欲しければ読めばいいし、要らないというのであれば風鈴と小町にでも教えてやるといいさ」
天見さんと月森さんの二人にか。あの二人には申し訳ないことをした詫びとして、指南書の在処を教えたほうがいいだろう。
「失念していたが、もう一人だけ追加しておこう。藤原総一という男子高校生だ。今どき珍しい熱血漢になってしまったが昔の彼はそれはそれは優男でね。風鈴か小町のどちらかに言えば、総一と会わせてもらえるだろう」
円城は新宿で総一がいたことを知らないようだ。山本に新宿へ行かせておいて自分は別の場所でことが終わるのを待っていたのだ。黒幕というのは自分の手を汚さないのはどんな物語でも定石と言っていい。
「わかった。その藤原総一という高校生にも伝えておこう」
「ということは、指南書を受け取ってくれるのかな?」
「君はいちいち確認を取らないといけないほど理解力が乏しいようだ」
僕の皮肉に円城は満足したのか、また薄く笑った。
「いいな。実にいい。俺と対等に話をする人間がいるというのは実に気分がいい。風鈴と小町は俺と対等に渡り合いたいから虚勢を張っていた。同族ではやはりだめだ。また特殊な力を持っているような人間もまた俺を恐れる。その態度に、俺は辟易としていたのだ。俺を恐れず、対等に渡り合おうとしたのは君で三人目だ。読者。いや、改めて君の名を読んであげよう。井上くん、君は実に面白い男だ。気に入ったよ」
また、変な人間に好かれてしまった。しかもこれまで出会ってきた中で一級品の変な人間だ。深く関わるつもりはないので、今日限りの関係にしていただきたい。
「ではさっさと初めてくれないか。この言霊を失くすためには何をしたらいい」
「物事には順番がある。まずは指南書の在処を教えよう。二冊の指南書は骨董店の店主に預けてきた」
まほろば骨董店の店主、斉藤さんが高額な値段をふっかけると容易に想像ができてげんなりしてしまった。しかも今回の本は言霊の力を得ることも消すことも出来てしまう禁書だ。二冊目、三冊目を売り払っても購入できない金額を出されそうだ。
「その顔を見ると、どうやら店主から二冊目を受け取った時はそれなりの値段をふっかけられたらしいな。彼は商売上手だからな。安心し給え。あの指南書を店主が売るようなことはしない。なぜなら、この俺がそれなりの金額をすでに渡しているからな」
「それなりの?」
どれくらいの桁なのか気になる。
「金額も気になるかね。そうだな、売値と買値の両方を渡しているから二千万といったところか」
「二千万!」
売値と買値の差額がどれほどあるのかしらないけれど、少なくとも売値は一千万円以上だ。一千万を貯めるのに今の職場で何年働けば貯まるだろうか。算盤の資格はないけれど、算盤の珠を弾くイメージをしてみる。まず引っ越しをして、職業を変えて、残った金は貯蓄だ。この夢のない金の使い方に、落胆してしまった。
「これだけの金額を出せば、店主も君に対して金を採取しようなどがめついことはしないだろう」
したり顔をしながら円城が言う。アフターサービスは万全だとでも言いたげな顔が癪に障る。
「いよいよ、君の言霊についてだ」
円城の緩んだ顔が急に引き締まった。何をされるのか、むしろ僕が何かをしなければいけないのか。緊張が高まってくる。
「井上くんはたった一言の言霊を遣うだけでいい」
「まさか、言霊を消せといえばいいのか?」
咄嗟に思いついた言葉だったが、しかし僕の中から言霊が消えたような感覚はなかった。
「いい線だが、少し違うな」
軽く俯いたと思ったら、円城は立ち上がり僕を見下ろした。
「こういってくれないか? 『円城了の言霊を全て返す』と」
言葉の意味する所が、すぐにはわからなかった。気付くことも出来なかった。
「なにを不思議そうな顔で俺を見ている。わからないか? 教えてやろうか?」
安い挑発に乗ってしまった僕は思考を巡らせた。彼の言った言葉の意味を理解するために。
「僕がいま持っている言霊は、元はあんたのか? いや、違う。だってあんたの言霊は、具現化と人を操る言霊の二つのはずだ。事象を操る言霊だったなんて聴いていないぞ」
反論をしつつ円城と同じ視線の高さになるため立ち上がった。
「それは小冊子に封印するまでの話だ。だが、第三者が小冊子を読むことで俺の言霊は君の中に入り込み、混ざり合い、成長し変化し進化した。良かったよ、君がその言霊を手放してくれて」
フキダシとなった言葉が僕の中に流れこむ。意識して見るということをしておけば、彼の考えていること全てがわかったかもしれないが、動揺していたので意識することが出来なかった。
「じゃあ、あんたは初めから言霊なんて使えなかったんだな。だから、舟渡名鶴を言霊遣いに仕立て上げ、山本すら利用したんだ」
これまでの小冊子探しに関わってきた相手すべて、円城の手駒に過ぎなかった。
「じゃあ、伊藤さんが会った呪術師と言霊遣いも舟渡と山本の二人だったのか。だから、言えないようにしたんだな。いやでも、それだとどうやって僕や山本の記憶を改ざんすることができたんだ? あんたには言霊の力がないというのに」
「簡単なことだ。小冊子に俺の言霊を封じる前に、山本と舟渡には暗示を掛けておいた。俺と会えば無条件で指示を従うとな。あいつらはよく出来た木偶人形だ。山本には言霊を与えない変わりに、記憶の操作と改竄を繰り返したからな。舟渡とは違った意味で呪術が使えなくなったが、所詮、三流の呪術師だ。引退が少し早まっただけだ」
強く握った拳が痛くなってきた。
「お前最低なやっちゃな」
感情に任せた桜子が円城を掴みに掛かったが、ひらひらと避ける円城を捕まえる事ができない。
円城は桜子のつかみ残った腕を取り、素早く、そして柔らかく桜子の体を空中で一回転させて、優しく地面に置いた。たたきつけられる音など一切していない。無事だとはわかっていたけれど駆け寄らずにはいられなかった。
桜子と名を叫び、彼女の体を抱き起こした。僕を見る桜子の目は怯えていた。これまで人間技とは思えない体術を使った人と立ち向かってきた桜子ではあるけれど、直接的な暴力ではなく、護身としての体術を使われたことに驚き、敵う相手ではないと悟ったようだった。
「うちは、大丈夫だで。でも、こいつ、怖い。なんで、笑っとるの?」
僕ら二人を見下ろす円城は、桜子の言う通り、笑っていた。
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楽しんで貰えたのなら嬉しい限りです。
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