三冊目
小冊子手記 三冊目 です。
よろしくお願いします。
追記 7/4 誤字修正
名も知らぬ読者へ。
最後の小冊子を手に入れるのに、どれくらいの日数を費やしたのか気になるのだが、もちろん訊ねない。
さぁ、これで最後の語りになる。
麻布十番で出会った書道家から教えられた住所へと訪れたところからにしよう。
個人情報云々などを言うつもりはないが、なにしろ相手はあの円城了という大物だ。詳しい住所など書き残せるわけがない。
閑静な住宅街にある平屋建ての工房とだけ残しておく。
私が彼の工房へと訪れたのは、麻布十番の出来事から一夜明けての昼すぎだ。円城了が在宅しているのかわからないが、私は玄関に設置されていた呼び鈴を鳴らした。インターフォンではなくて、本物の呼び鈴だ。小物を選ぶセンスはいいようだ。
こうして真正面から会いに来たのは私もそれなりに常識をもった人間ではあるからだ。私を試したことに若干の腹立たしさはあるものの、感情に任せてこの工房に押し入って彼を捕まえるような野蛮な行為はしない。
玄関の奥から人の気配が感じられないので、再び呼び鈴の紐を掴んだら玄関の扉が音を立てて開け放たれた。
「貴方でしたか。お待ちしていました」
玄関から現れた青年は手を広げて歓迎してくれた。彼が円城了。想像していたの雰囲気とは全く違った。私としては年齢不詳であり人間嫌い、どこか職人気質のような中年男性を想像していたのだが、非常に裏切られた気分になった。当然、悪い意味で裏切られた、である。目の前にいる青年はどこにでも居るような、特徴という特徴を持っていない青年だった。白い肌なのは彼がこの工房からほとんど出ないからかもしれない。
「立ち話もなんですから、よろしければ中へどうぞ。なにもおもてなしはできませんが」
「気遣いは不要だ。押しかけてきたのは私の方だ。遠慮無くお邪魔させて頂くよ」
工房の内装は日本的な箇所は見当たらず、欧米によく見受けられるアンティーク調のインテリアで統一されていた。一つ間違えば下品になりかねない小さめのシャンデリアもこの工房によく似合っている。椅子や机も木調で温かみがある。
電化製品は生活するための最低限の道具しか用意されていないようだ。さすがは工房としているだけのことはある。何かを制作、創作するためだけの部屋だ。キッチンの辺りも通されたが、決して料理をしていないわけではなさそうだ。包丁に鍋、フライパン、陶器製のポットまでもある。各種調味料と冷蔵庫はあった。
「このアトリエに足を踏み入れたのは、貴方が初めてです。普段は俺一人しか使っていません」
創作物は一人で作ることに越したことはない。熱意も集中力も一人のほうが捗る。それにしても気になるのは、工房のいたるところに設置された自鳴琴だ。どれも稼働していて絶えず音を鳴らしている。
「気になりますか?」
「数こそ数えていないが、どれもドラムが回っているから気になるね。創作をしている時も、こうして鳴らしているのかい」
「普段は滅多にネジを回しませんが、たまに聞きたくなるのですよ」
彼は私に背を向けたまま自鳴琴の存在理由を教えてくれた。もちろん、彼の言っていることは嘘だとわかっている。何故とは問わないで欲しい。この鳴り続ける自鳴琴については追々記すつもりだ。
さほど広くもない工房内を案内し終わって、彼は今現在製作中の道具を見せてくれた。
それは成人男性よりも大きな机に木で出来た胴体と手足が置かれている。木像の人形を作っているようだが。
「顔はまだ完成していないのか」
「顔は想像上の生物である鬼をイメージしています」
そう言って、彼は部屋の脇に置かれてある製作途中だと思われる人の頭よりも一回り大きい木像を見て取った。
「今回作っているのは俺の集大成とも言える作品です。作品名はマガツです。禍々しいのマガに津波のツで禍津です」
「古事記だったかな。そんな名前の神がいたな」
私は禍津と呼ばれた作品を品定めした。胴体も手足も筋肉質で生々しい作りで木製には見えなかった。手足と胴体を繋ぐところは、未完成ではあるが可動部分が見えている。
「厄災を引き起こすつもりで制作していますが、どうやら間に合いそうになかった」
「なにに間に合わせるつもりだったのかね」
彼が私に何を伝えるつもりなのか重々わかっていたが、敢えて訊ねる。わからないふりをするほうが面白い結果が得られそうだからだ。
「貴方の来訪に向けてですよ。これが歓声していれば申し分なかったのだけれど、贅沢は言えない」
これまで丁寧だった口調を捨て、ひいては仮面を捨て、呪術師としての顔を露わにした。彼は未完成の鬼の木像が置かれた机の上に自鳴琴を置くなりすぐさま蓋を開いた。これも彼の自作だとは思うが、いくらなんでも作り過ぎではないか。
取り出された自鳴琴も、この工房に点々と設置していた自鳴琴同様に呪いが掛けられている。工房内の自鳴琴たちが共鳴し合い呪いを助長していく。
今回の自鳴琴の呪いは睡魔を呼び起こすようなものではない。しかし、体の変調は見られない。
「俺はこうなると読んでいたんだ。あんたほどの自信家ならば俺の拙い呪い道具など目の前にしても、ましてや部屋中に置かれていても気にしないとな。このオルゴールを一度でも聞けば最後。例えオルゴールを破壊してもあんたに掛けられた呪いは解けない」
彼は完全に勝ち誇っていたが、その姿が哀れで仕方なく、反応に困ってしまった。
私の表情を読み取ったのか、彼の顔はみるみるうちに険しくなり眉を釣り上げた。
「そんな目で見るな。あんたは俺の呪いに負けたんだ。自分の力を取り戻したければ俺の犬になれ」
ふん、哀れだ。
「無理だな」
反論されてさぞ驚いただろう。怒りに任せていて赤めていた頬が、今度は血の気が引いていった。私が彼の企みなど、工房へ訪れる前からお見通しだ。私のことを調べているのなら、尚更その対策も万全にしておくはずだ。ならば、その対策を崩すための知恵を働かせればいいだけのこと。
できれば、彼にはこちらの更に先を読んでもらいたかったのだが大きな期待をした分、損をしてしまった。
「残念だった。実にね。私は君と会えば待ち望んでいた結果が得られると思っていたのだが、当てが外れたよ」
彼は大げさに逃げまわることもなく、醜い命乞いをすることもなく、ただ体を震わせて怯えていた。こんな男でも使いようによっては面白いことができそうだ。
私は当初の目的通り、彼を誘ってみた。
「怯えなくていい。そして逃げなくてもいい。君の作品と呪いの技術は気に入った。どうかね。私と手を組んでみないか?」
私の差し出した手に、彼は両手で握ってきてくれた。
以上が、円城了の最後だ。
呆気無い幕引きだったが、現実ではこんなものなのだ。ドラマティックな展開などそれは造られた世界でしか起き得ないのだ。
名も知らぬ読者も、私生活に飽きてしまうことがあるだろう。呪術師である私も退屈な日がある。ありきたりな日々に変化を加えたくて、私は小冊子を作ったのだ。
厳密に言えば、原稿は私が書いて、製本は快く仲間に成ってくれた彼に任せたよ。
自画自賛ではあるが、傑作品とも言っていい。
小冊子を書いている時もまた楽しめたと言えよう。こういう物を探す、探索するという遊びを作るのが癖になりそうだ。またこういう趣向をこらした遊びを試したいものだ。
私個人の感想など、読者には面白味無いことかもしれないがね。
読者のことだ。呪いを早く解いて欲しいのだろう。人の言葉が見え、さらには感情まで読み取れてしまうその呪いを解きたいはずだ。
だが、気を早めてはいけない。その呪いは簡単に解けるものだが、一呼吸を置くといい。気も楽になる。
君はこの三冊目の小冊子を読むことで呪いを解く下準備が整った。
そう、まだ続きがある。なに、簡単なことだ。完全に君の呪いを解くためには読者である君自身が、一冊目の小冊子に掛けられた呪いを理解し言葉にすることで解ける。
そう簡単に、君に掛けた呪いが解けるとは思わないが、そこは頑張って頂くほかない。
万が一、呪いが解けたことが不服だと思ったのであれば私に会えばいい。
報酬に関してだが、私と直に会えば報酬譲渡の場を設けないでもない。
名も知らぬ読者へ。私は何処にいる?
最後まで読んでいただきありがとうございます。
小冊子手記 白紙双紙 三冊目 は如何でしたでしょうか。
楽しんでもらえたら嬉しい限りです。
明日は新章であり最終章を投稿します。
よろしくお願いいたします。




