悪戯交差 その七
悪戯交差 その七 です。
よろしくお願いします。
追記 7/3 科白一部修正
僕の言葉一つで、人が現れるという現象を受け入れるのは簡単ではなかった。物理法則を無視して人を呼び出してしまったのだから、開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。僕の隣にいる桜子も同様に目の前で起きたことが信じられない様子だ。
「こん人、寝とらいの?」
「どうなんだろう」
言霊の力によって呼び出された衝撃で気を失ったとも考えられる。見た目は無事に見えたとしても、ここへ出てくる合間に負荷が肉体に掛かって、内蔵が機能停止するほどの酷使を受けたとか。悪い方向に考えてしまうと抜け出せなくなるので、男の前にしゃがみこんだ。
目の前にいる円城了と思われる男の見た目は僕と年が変わらない位だ。二十代半ばといったところだろう。服装も無地の白シャツにデニムとスニーカーだ。
顔を近づけると、息はしているようだ。
「良かった。生きている」
僕の後ろにいる桜子は安堵の声を漏らした。
このまま雨に濡れた地面に寝かしておくのも悪い気がして、男の肩を揺らした。
「あの、大丈夫ですか?」
「なして敬語なん?」
そんなことを言われたって初対面な上に寝ている人を起こす機会なんてないのだから、敬語になるのも仕方ない。
「もしもし?」
先程よりも強く肩を揺らすと男は唸り声を上げながら重たい瞼を開いた。
「大丈夫ですか?」
男は僕の問い掛けに軽く頷いて上半身を起こして大きな欠伸をついて、目の前にいる僕を無視して辺りを見渡した。
「服が濡れてしまったか」
濡れた地面に横たわっていたせいで、男の服には雑草やら土汚れが付着していた。
「あなたは、誰、ですか?」
まずはこの男が何者なのか確かめたかった。
「円城了だ。あんたは読者だな」
「そうです。僕は井上です」
あー、知ってる知ってると円城は片手をあげて左右に素早く振った。
「井上優太だろ。石田くんから聞いている。ちなみの俺とあんたは同い年だ。駄目だな。まだ眠い」
円城はさらにもう一度おおきな欠伸をした。寝起きのせいもあってか喋り方が伊藤さん経由で聴いた口調と違って、ゆったりと喋る。
「読者。なんで公園に呼び出した?」
円城は虚ろな目で話しかけてくる。上半身こそ起こしてはいるけれど、両腕をだらりと投げた状態でまったく力が入っていない。
こんな奴が、天見さんと月森さんが恐れている言霊遣いなのかと疑ってしまう。はっきり言って、弱そうだ。
「読者。呆けてないで俺の質問に答えてはくれないか。雨降っていたのだからせめて屋内で呼び出してくれてもいいではないか」
「お前、いきなり出てきて偉そうに言うなや」
口調こそ大人しいが、出雲弁で喋っているせいもあって耳障りが悪い。
「説教とは新鮮だな。俺とタメ口で話す奴なんて久々だ。それはどこの方言だ? 関西か?」
「違うわ。うちは出雲出身だで」
いずもいずもと円城が小さな声で復唱してから「ああ」と呟く。
「島根県か。ど田舎から出てきたな。思い出したぞ。そういえば、出雲って何もない地域ではなかったかな? 買い占められるのは出雲蕎麦しかないなんてどういうことだとテレビ画面に突っ込んだよ。しかも一千万の出雲蕎麦が五個で全部ときた。名産物がなさすぎるだろう」
たぶん、ゲームの話をしているのだと思う。社長になったプレイヤーがダイスを振って電車で東へ西へ、北から南へと日本を横断し全国の名産物を買い占めることで、個人資産を増やすゲームだ。一人で遊べば虚しい、かと言って友達と遊べば友情が壊れると有名なあのゲームだ。
円城はそのゲームの思い出話を桜子に降っていたが、何を言っているのか、また何の質問をされているのかわからない桜子は返答に困っていた。
こんな形で困っている桜子を見るのは新鮮だったけれど、僕らの目的とは違うないようなので、円城の話を僕が切った。
「いや、僕があなたを呼び出したのは桜子と話をさせるためじゃないんで。真面目な話をさせてください」
「それもそうだ。では、場所を変えるとしよう。どこがいい? 俺は腹が減ったから何か口にいれておきたい。腹に入ればなんでもいい。近くにファミリーレストランでもあれば御の字なのだがな」
こいつ、予想通りというか自己中心的な男だ。行き先も僕らに聴いておきながら自分で決めるし。他人の意見などどうでもいいのだろう。それにしたって、選んだ食事処がファミリーレストランだなんて、意外と庶民派なところが意外だった。
「生憎と腹は減ってないし、僕としてはこちらの要件を早く済ませたいんですけど」
「そうか。しかしだ。俺は寝起きで頭がまともに働いていない。せめて何か飲み物だけでもいいから飲ませてはくれないか。ずいぶんと寝ていたから口の中が乾いて気持ちが悪い」
その気持ちはよく分かるので、円城の言葉に同意することにした。
「この先に売店はあるけれど営業はしていないが自動販売機はあったはずだ。まずはそこへ行こう。あとその近くに野外ステージもあったはずだし、屋根もある。突発的な雨は防げるかもしれないけど、人の出入りはあるかもしれない」
「そんなこと気にしなくていいさ。人の目を奪うような言霊は使わないからな。他人からみれば夜中に談話している若者としか見られない」
円城はおもむろに立ち上がって、背筋を伸ばした。
「ここはどこの公園だ?」
「井の頭公園だ」
「吉祥寺か。近場に呼び出してくれれば良かったのだがな」
「君の都合なんて知らないし、呼び出すように促したのは君自身だ。責めるのならまずは自分を責めてからにしてくれ」
「読者も弁が立つな。悪くない。では、道案内よろしく頼む」
偉そうなのか間抜けなのか、どうもつかみ所のない男だ。
売店の裏にある自動販売機で飲み物を購入した後、野外ステージに登って雨に濡れていないところで三人囲むように座った。
円城がペットボトルの蓋を開けて一口飲む。
その一口の量は多く、三分の一は飲んだのかもしれない。
「二人は飲まないのか」
「飲むのは後でもいいさ。それよりも俺が君を呼び出した理由はもうわかっているんだろう?」
「勿論だ。俺が与えてやった言霊が気に入らなかったのだろう? 十中八九、言霊を手に入れた者は不服と思わず、言霊を好きなように使うと踏んでいたのだが、宛が外れてしまった」
残念だという割には、円城の表情や口ぶりはとてもそんな風には見えない。
「読者は、言霊を失いたいということでいいのかな?」
「ああ。僕には不要な力だ。特別な力に憧れる年齢でもないし、それに持ち続けたとしても、良い思いをするのはほんの僅かな時間なだけで、その後に待っているのはろくでもないようなことしか待っていない」
「えらく達観した言い方をするな」
「僕の個人的な思想なんて君には関係の無いことだ。僕は読者として真っ当な権利を持っているはずだし、君には著者としての義務を果たすべきだ。違うかい?」
「正論ではあるが、それは俺の真意ではないし、理解されないので答えるつもりはない。お互い自己主張が強いというわけだ。なにより、俺の計算違いだったのは読者の隣にいる石田くんの妹だ。名前は、なんという?」
「桜子」
「君たち兄妹はそろって大きな風を巻き起こしてくれる。桜子くんの場合は付喪神探偵だったわけだがね。俺も面白半分に関与してしまったから、風鈴と小町、そして吉行と総一が総出となった。ふとした出来心のせいではあるが面白い結果にはなった。随分と俺の思い描いていた脚本とかけ離れてしまった。ほんの悪戯のつもりが、多種多様に思いが交差してしまったようだ。春に吹き荒れる暴風によってかもしれないがな。……春と桜の兄妹か。良い名前だ」
「おだてても何も出らんで」
桜子の返答に円城が鼻で笑った。
「失礼。気の強い女は嫌いではないのでね。俺の好みなどどうでもいいか。くだらん話をした。読者の言霊を奪い取るのは簡単ではあるのだが、俺からも読者に頼み事がある」
「そう言われれば、僕に拒否権なんて皆無だ。人を傷つけたり、君の仲間になる意外の要求なら聞こう」
「どうやら風鈴や小町に色々と吹きこまれているようだな。安心して欲しい。今回に限りそのような暴挙はない。これは純粋な、俺の頼みだ」
「どういう頼みなのか、聴いてから判断する」
「俺が書いた小冊子の感想が聞きたい。それと、君自身に興味もある。構えなくていい、雑談をさせてほしいのさ。どうかな?」
円城の頼み事は実に平凡なことだった。自分の作った創作物に対して、感想を読者から聞きたいのは本音だとは思うが、こんな人を惑わしたり傷つけたり、世間を騒がすような出来事を犯すような人間がいうような科白とは思えなかった。
「あんた、それ本気でゆっとるの?」
「当たり前だ。言霊を手に入れたら、絶対に手放さないと思っていたからな。まさか、この絶対的な言霊の力を不服と思うなんて、俺は想像すらできなかった。だからこそ、俺は読者に興味がある。聞かせて欲しい」
本当は裏があるのではないかと疑ったが、円城の目を見て思い過ごしだとわかった。
僕は一冊目、二冊目と簡単に感想を述べ、最後の三冊目について話しだした。
最後の小冊子はついさっき読み終えたばかりだったので、内容を思い出すのも比較的楽だった。
感想を述べている間、僕は春生に問いただした疑問を思い出していた。目の前に居る男が、どうやって今日の行動だけでなく、二冊目を探している最中のことを知り得たのか、朧気ではあるけれど見当がついていた。
円城が僕から聴いた感想の感想を述べた後に問いただしてみよう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
悪戯交差 その七 如何でしたでしょうか。
楽しんで貰えたのなら嬉しい限りです。
明日は小冊子手記 三冊目 を投稿します。
よろしくお願いいたします。




