悪戯交差 その六
悪戯交差 その六 です。
よろしくお願いします。
円城了は小冊子の最後に『私は何処に居る?』と問いかけてきた。これは円城了がどこに居るのかを僕が言い当ててみろと挑発をしているのではない。この問いかけは三冊目の小冊子を見つけた時の隠し通路の応用みたいなものだとすればいい。
僕が望めば、彼はそこに現れるといった感じだ。
これはもう、人を操る言霊ではなく事象を操る言霊だ。
「言ってみれば、精神を操る上位版と思えばいいのかな」
「なしてそげんことがわかーで」
僕と並んで歩く桜子が尋ねてくる。コインパーキングからすでに離れて、僕らは一路、井の頭公園へと出戻っている最中だ。
「わかるというか、そういった知識さえも一冊目の小冊子には取り込まれていたんだ。言わば、一冊目の小冊子は商品と取扱説明書が備わっていたんだよ」
「なんか釈然とせんけどなー」
「文句があるのなら円城に言ってくれよ。僕は呪いを掛けられた側なんだからさ」
「そげかもせんけどさ。そこまでする円城って奴の考えちょることがますますわからんくなてくーわ」
「それは僕も同じ意見だよ。所詮、個人の思惑と企みなんて当人にしかわからないんだからさ。外野であれこれ仮説を建てても結局は仮説止まりで真実じゃない」
ただし、こうやって円城了と会える状況を与えてくれたのは、春生の助言のおかげだ。確かに、仮説を幾ら重ねても真実に辿りつけない。目の前にある目標を達成せずに、その先にある答えを見つけることなんて不可能だ。
「はい、優太さん、質問」
いつぞやみたく、桜子が挙手をしたので僕は学校の先生になったつもりで「はい、桜子」と名を呼んだ。
「精神を操る上位版の言霊を優太さんが手に入れたっつーのはいいわ。んじゃ、一冊目の呪いは一体なんだったん? 一冊目と三冊目は山本と円城が協力して作ったわけなんだが? 山本が施した呪いっつーのはなんだで?」
「一冊目は制限で、三冊目が制限の解除といったところかな?」
桜子が小さく首を捻ったので、説明を追加した。
「三冊目を読み終わった後、僕の中にあった負荷みたいな物が落ちたんだ。それは確実に呪いと言われるものから解放された。ここまではいい?」
「ん、いいで」
「駅前で桜子から出てきたフキダシを見て僕の言霊は消えてないと思って困惑したけれど、でも呪いはちゃんと解かれていたんだよ。呪いが解けたことで、僕には事象を操る言霊の力を完全に自分の物にした」
「円城は小冊子を読んだ人に言霊を与えて、山本はその言霊を制限する呪いを掛けとったってこと?」
「そうそう。その通り」
僕が頭を撫でようとすると無碍に取り払われた。
「そこまで説明してもらったらアホでもわかーわ」
唇を尖らせたが怒っているのは口元だけで目は垂れ下がっている。
「山本の呪いが解けたんはいいわいな。なして、そんな言霊を赤の他人に渡そうとかおもったんだーか?」
今度は僕が首を傾げる番になった。
「優太さんでもわからんことがあーのね」
「僕は名推理ができる探偵ではないからね。あくまでも既成事実を並べ替えて答えを導き出しているだけさ」
「さっき仮説の話をしたけど、ほんにマンションで話してたことが全部無駄だったと思うと嫌になるわ」
その気持はわからなくもない。的はずれな推論こそ虚しいことはない。こと、事実を知ってしまうと特に。
「じゃあ、実際に在り得た仮説というか仮定の話はいかが?」
「また小難しい話でもするつもりなん? まず仮説と仮定の違いもよーわからんわ」
桜子が嫌そうな顔をして僕を見るが、そんなことはないと前置きをした。
「もし高橋さんを桜子が呼ばなかったら、という仮定の話」
呪術師、山本和博と言霊使いの円城了の素性すら知らないまま僕らは小冊子を探し続け、三冊目を手に入れていたはずだ。さらに天見さんや月森さんから余計な情報を得ることも無かったので、呪いを解きたかった僕は三冊目をすぐに読んでいたはずだ。
そんな仮説を桜子に聞かせると、彼女は小さくうんうんと頷いてくれた。
「まだ仮の話は続くんだけど、四谷にある図書館で三冊目を手に入れた後、僕は舟渡名鶴に操られた女性司書さんから円城の伝言を聞くはずだったんだ」
「まぁ、舟渡って人も難儀なことにならいたけどな」
まったく同情しているように見えないのが桜子らしい。
「伝言の内容だけれど、印象に残っているのは、呪いが解けたあと、僕は自由であること。そして、その後、僕がどんな行動をしようと関与しないと言っていた。裏を返せば、読者の僕が動いて見つけろってことを示唆していると思うんだ」
「それまた深読みと違う?」
「違ったら、本当にお手上げだけどね。ただ、三冊目の小冊子は確実に読んで制限をなくした完全な状態の言霊をものにしていた。そうなると、東口の広場で起きた山本の暴動も簡単に治めることが出来たんじゃないのかな」
「んー、まぁ、そうなるんかなぁー」
「もちろん、言霊の使い方しだいだとは思うけど、西新宿の建物や路面を破壊するようなことは起きなかったと思う」
「納得はできるかな。なぁ、優太さん。その仮説、じゃなくて仮定か。もうどっちでもいいけんど、その話って円城を呼び出すこととなんか関係あんの?」
「あるよ。大いにある」
視界の先に、井の頭公園駅から漏れる蛍光灯の明かりが見えた。
「まだ歩ける?」
「体力なら自信あーで」
僕はというと、どこかで一息入れたかったが、ここで話を中断すると話の熱まで下げかねないので、今の気持ちを維持するためにも僕らは井の頭公園内に入ることにした。
井の頭公園内地図の掲示板を見ることもなく、手前勝手に足を進めた。
今回は特定の場所など決まっていない。人の目にもつかず、また人通りが全くないような所を、歩きながら見つけることにしたからだ。
「話の続き。この仮定の話だと、僕は言霊使いがどういう存在で誰と誰に因果関係があるとか知らないままだ。その状態で呪術師山本和博と対決して、勝ってしまっていたら。僕はこの力をもって悪事を働いていたかもしれない」
「優太さんに限ってそんなことはないって」
桜子がすかさずありがたいフォローをしてくれたけれど、僕は首を横に降った。
「春生が善人でないと断言するように、僕もまた善人ではないさ。これまで普通に生活していた人間が、いきなり特別な力を手に入れたら心変わりだってするさ。そこに他人を思う道徳心なんて無い。私利私欲で動くに決まっている。僕の気に入らない人間を貶めるような悪事だって働くさ」
「なしてそんな悲しいこと言うで」
隣に並んでいた桜子の足が止まる。
「いつも一緒におる優太さんは、名前の通り優しい人だで。思いやりのある人だがね。うちはそんな優太さんのことが、好きなんだで?」
「ごめん。でも、そういう可能性もあったという話。今の僕には他人を苦しめようとか、自分ためだけに言霊を使おうとはしないよ」
「絶対?」
「うん。むしろ、そうしないために僕は円城了と会うのさ。もし、仮定での僕だったら、円城了と会いたいとは思わなかった」
「どういうことだで」
「この僕も、仮定の中にいる僕も、三冊目の小冊子に書かれていた円城の真意を掴んでいたはずだからよ。彼はこう書いていた。呪いが解けた後、不服だと思ったら私に会いに来いと、続けて報酬を与えようと添えてね。この文面を読んだ時、僕は言霊という力が無くなって惜しいと思ったら会いに来い。報酬という形で言霊の力を与えてやるという意味だと思ったんだ。本当はその逆だったんだ。言霊という力が不要だとすれば、会いに来いと円城は言っている」
「そういうことかいな。へそ曲がりなやっちゃな」
本気で呆れた口調で言うものだから、思わず吹いてしまった。
「なんだで。うち、なんも面白いことなんてゆっとらんで」
「へそ曲がりなんてまた的確に指摘したものだから、そこがね、面白くてさ」
「いいがね。うちの思ったことだけん。いちいち反応せんでもいいがね」
可愛い癇癪を起こした桜子に、はいはいと軽く相槌を打った。
眉間に皺を寄せていた桜子だったが、次第に険しさが和らいでいった。
「うちは円城に会うと決めてくれた優太さんで良かったわ。これは、理緒に感謝せんといけんね。今度ご飯でも奢っちゃるか」
「僕ら二人の恩人だからね。僕も半分以上は出すよ」
「理緒の奴、意味もわからんと驚くわ。うちが飯を奢るとか夢にも思わんだろうしな」
これから言霊使いにして全ての元凶である円城了と会う、というか呼び出すというのに緊張感はほとんどなくなっていた。
僕は街灯の明かりが届かず、また人が園内を歩いていても見えにくい場所を探していく内に、塗装された歩道から外れた木々が密集した辺りに目星を付けた。
「ここでいいか」
「何が起こってもうちは驚かんけんな」
「実を言うと、僕の事象を操る言霊で本当に円城を呼び出せるか半信半疑なんだよね。頭ではわかっているけど不安があるというか」
いざ呼び出すとなると弱腰になってしまった。
「そん時はそん時だで。出てこらんって疑ったらいけんがね」
桜子の後押しに押されて僕は言霊を発した。
「円城了は、僕らの前に居る」
小さな粒子の言霊が目の前を渦巻き、空間を歪めていく。音もなく静かに、物理法則を歪曲していく。
激しい光も暗闇に包まれた穴もなく、彼は突如として出現した。
地面に寝そべっている彼、円城了であろうその人がいた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
悪戯交差 その六 は如何でしたでしょうか。
楽しんで貰えたのなら嬉しいです。
明日も投稿します。
よろしくお願いいたしいます。




