悪戯交差 その四
悪戯交差 その四 です。
よろしくお願いします。
呪いもどき。人の言葉がフキダシとして視認することが出来る上に、その人の感情や思い、さらには考えていることさえも理解できてしまう。意識してフキダシを『見る』ことができれば、また意識して『見ない』ようにすればフキダシは絶対に見えない。
この呪いもどきは人を操ることが出来るように変化した、というよりも追加されたというのが正しいか。
以上のことが僕に掛かっている呪いもどきなのだが、僕のこれは天見風鈴と月森小町が持っている能力と似通っている。
彼女たち能力は具現化と人を操る力の二種類に別れている。僕の場合は月森小町と同型ということになる。しかし、この二つある能力を総じて一つの名称があるのだが、この呪いもどきのせいで肝心な名称は聞こえないし文字にされても認識することができない。
視覚と聴覚でも知ることができないこの能力名称こそが、円城了のいう呪いを解くための言葉なのだろう。
その名称とは何か。誰でも一度は聴いことがあるような名称であるはずだ。それに、わかりやすいヒントもある。
この能力の根源は言葉だ。
ここまで連想できればあとは答えとなる名称を思い浮かべるだけでいい、ただそれだけのはずなのに、上手く言葉に出来ない。
前かがみになり頭を抱える。頭痛がしているわけではなく突如として湧き上がった霧や靄といった不明瞭な物が出てきて、振り払うことができない。
簡単に答えを出させないという円城了の悪巧みかも知れない。まったくもって憎たらしい人間だ。人が悩み苦しむのが好きな人間だからこそ仕組んだ呪いなのだろう。
会っても居ない、会う気にもなれない男に怒っても無駄だ。まずは呪いを解くことが先決しなければいけない。
今、頭の中に発生した靄や霧に似たものは、一気に答えへと繋ごうとして出てきたものだ。考えることは許されているが、但し、順序を踏んで答えるべき名称を導けと言っているのかもしれない。
これ以上、何を考えればいいのだろう。いや、考えるのではなくて思い出すことかもしれない。僕の身に起きた出来事を振り返ることで、この霧、もしくは靄のような物を晴らす、そんな直感が働いた。
パッと頭に浮かんだのは一冊目の小冊子を受け取ったところだった。春生の話を思い出す。読めば呪われる小冊子手記『白紙双紙』とその呪いを解いた後の報酬の譲渡。そんな物を欲しがっていた渡辺依里子の目的。
依里子の目的は過去に対決した天見風鈴が関係している。絵読術という術式を一子相伝で引き継いだ渡辺依里子は天才児と言われていたが、天見風鈴によって簡単に打ちのめされ自尊心を大きく損なわれた。その数年後に、天見風鈴が持っている能力を欲していた依里子は『白紙双紙』の存在と能力譲渡を知ることになった。
頭の中にある視界不良な光景が少しだけ見えやすくなった。だが、まだ辿りつけない。
絵読術は天見や月森、円城が使っている能力に憧れた普通の人が憧れて作り上げたものだ。絵読術は読んで字のごとく、描いた絵を読み上げることで動物や物質を呼び出すもの。音読することで術が発動する仕組みとなっている。
音読するといえば、一冊目の小冊子に書かれていた道順を音読することでまほろば骨董店へ入店することができた。
言葉に意味を持たすこと。その意味を自分と他人にも理解させること。
……まだ、晴れないか。
まほろば店主から二冊目を受け取った後のことだ。石田桜子や付喪神探偵の高橋理緒が舟渡名鶴に操られたことや、天見風鈴と月森小町と会う予定になったことは、関係がない。
二冊目を読むために出会った人間が一人おもいだされる。狐の面を被り三味線を弾いて人を躍動せる伊藤秋野の姿だ。耳に届く音は体の内側を支配し様々な感情を彷彿させた。
伊藤秋野は音に自分の思いを込めることで、聴衆している人々を黙らせ心をかき乱した。
思いを込める。それは三味線弾きの伊藤秋野にしかできない技術。これもまた、一つの特殊能力だ。
聴覚だけが人を動かす物とは限らない。二冊目の内容には書道家がいたじゃないか。
書道家は不本意ではあるけれど山本が作った呪いの毛筆のせいで人の心を操ることができた。
書道家がかいた書は文字だ。文字の情報でも人は踊らされる。
文字が操るのは人に限ったことではない。物質さえも従わせることが出来た。新宿の四谷センターにある図書館だ。本棚に隠された半紙を見つけ、毛筆で文字を書いたことによって、三冊目の小冊子が隠されていた場所を見つけ出すことが出来た。
言葉と文字による術は呪いとも言い換えられる。
呪い、呪術。でも、これは呪術ではない。
「あれは、確か呪いの一種だった」
誰もいない小島で二度目の独り言を呟く。
そうだ。僕が言うべきあの名称は、古代日本の歴史から存在している思想の一つでもあった。
不明瞭な視界がほとんど晴れた。あと一息だ。一冊目、二冊目とくればあとは三冊目だが、山本との対決で思い返せる言葉や文字、音に関するエピソードに特別な意味があるようには思えなかった。
僕はただ鬼の木像と対面し、フキダシが見えた山本を追い詰めることができただけだ。
山本により囚われていた石田桜子と高橋理緒を救って、逃げた山本を追った。
ふと、助けたばかりの桜子の顔が出てきた。目を充血させた桜子。僕を引き留めようとする桜子。強く抱きついて離そうとしない桜子。
いつもの出雲弁で桜子は語りかけてきた。
僕は頭を抱えていた手を離した。まさしく天啓を受けたような閃きが走ったのだ。桜子の出身地である出雲。日本最初に出来上がった王朝。そして神話。古事記、日本書紀、出雲神話と連想が数珠繋がりみたく広がっていく。
飛躍し跳躍し続けた連想がたどり着いたのは、やはり桜子から聴いたイザナギノミコトとイザナミノミコトが最後に交わした会話の一部が思い出される。
あの世に落ちたイザナミノミコトに会いに行ったイザナギノミコトは、激しい火傷によって変わり果てた妻の姿を恐れ、黄泉比良坂を登り切って出入口を大きな岩で封じた。
大岩を隔てて、二神は契を交わした。
イザナミノミコトは言った。
『お前の国の人間を一日に千人殺す』と。
その言葉に対してイザナギノミコトは言い返した。
『ならば私は一日に千五百の人を生み出そう』と。
これが日本最古にして最初の呪いの言葉。
呪詛だ。人の魂までも言葉によって操ってしまう恐ろしい呪い。
言葉の魂。または魂が込められた言葉。
「言霊だ」
この呟きによって頭の中が弾け、全身に軽い衝撃が巡った。
感覚的なことだけれど、僕の負荷となっていた何かが取り払われたとわかった。
安堵と安心からか、小さく笑い声を上げた。
一冊目の小冊子手記を読んでから三週間目にしてようやく普通の自分を取り戻した。
自分らしさを失う時もあったけれど、今にして思えば、そんな僕も存在していたのかと新鮮な気持ちになれた。
僕は携帯電話を取り出して誰よりも先に桜子の携帯番号を表示させて通話ボタンを押した。
たった二回のコールからすぐに回線が繋がった。
「もしもし、桜子?」
『待っとったで。優太さん、どげだった?』
春生との会話や三冊目の小冊子について色々と話したいことはあったけれど、そんなのは後回しにした。僕が伝えたかったのは、呪いもどきから解放されたことだった。
僕の言葉を聴いた桜子は大きな声をあげて喜んでくれた。この時、桜子は携帯電話を持ったまま飛び跳ねているのだろうと容易に想像が出来た。
「いま、何処にいる? 早く逢いたいよ」
『うちもだで。井の頭公園駅の近くにおるよ。はやこっち来てな』
電話越しに聞こえる桜子の甘えた声が、僕の耳を刺激する。
すぐに逢いに行くよと言ってから通話を終了して弁財天のお堂がある小島を出た。
夜の井の頭公園。ゴールデンウィークの時は井の頭公園の駅から弁財天のお堂に向かって歩いていたけれど、今度は駅へと向かっている。同じ道を歩んでいるのに気分は全く違った。季節が夏に向けてかけだしているせいもあるし、僕自身が変わったからかもしれない。
ゴールデンウィークから始まった小冊子にまつわる僕の物語も終わりに近づいている。僕が思い描いているエンディングは桜子と抱き合うところだ。もちろん、この物語は終わるけれど、僕と桜子の話は続く。読むに耐えない甘い恋愛小説になるのか、破茶滅茶な恋愛劇になるのか、それは僕ら二人次第だ。
「まぁ、誰かに読ませるような話ではないか」
本日何度目の独り言なのか、もうカウントすらしていないけど、雨上がりの公園で呟くことくらいいいじゃないか。
井の頭公園駅付近まで近づいてきた。腕時計を見ると驚いたことに前回この井の頭公園に到着した時間とほぼ同じだった。
加藤(あの時はそうだったからいいだろう)が出した水平思考の問題の答がわからなくて、僕と桜子は加藤に食い下がっていたのもなんだか懐かしい。
公園案内地図の掲示板が見える。その先には井の頭公園がある。
数分後に、僕は桜子と会えるのが嬉しくてたまらなくなった。線路の上を疾走する京王井の頭線の電車が見えた。今日はこのまま家に帰らずに桜子の部屋に行こうかな。
明日は仕事だけれど、気持ちは仕事どころではなかった。
どうして年の差なんて考えてしまっていたのだろう。お互いに想い合っているのなら、年なんて関係ない。一緒に居たいのならいればいい。
そんな小っ恥ずかしいことを考えている内に、井の頭公園を出て駅の方へと足を向けた。
切符売り場の方に桜子と天見さんの姿が見えた。向こうも僕が近付てくるのに気づいたらしい。
小走りに近づく桜子が僕の名を呼んでいる。しかも、とびっきり大きな声で。もちろん、井上の姓ではなく、正真正銘名前だ。
「優太さん!」
桜子の声を聴いて、全てが硬直した。手足が、体が、瞼が、神経が、僕を動かすために必要な機能が停止する。
僕はまた独り言を呟く。
「どうして、聞こえるんだ」
僕の表情を読み取ったのか、僕の目の前まで来て立ち止まった。向こうも抱きつくつもりだったかもしれない。だが、それが場違いの行為であると悟ったのだ。
「優太さん?」
桜子が心配している。声の質で、口調で心配したと分かったんじゃない。彼女は僕の名を呼びつつ、こう思ったんだ。
『どうして、そんな顔をしているの? 何があったん?』
心の声が聞こえたから、心配しているとわかったんだ。
僕の物語は、終わってなどいなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
悪戯交差 その四 は如何でしたでしょうか。
楽しんで貰えたのであれば、嬉しい限りです。
すみません。まだ終わりません。
明日も投稿します。
よろしくお願いいたします。




