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禁書読書  作者: アサクラ サトシ
第四章 存在抹消
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存在抹消 その七

存在抹消 その七 です。

よろしくお願いします。

 黒い雲から稲光がした数秒後に雷鳴が轟く。曇天の空から降っていた雨は強さをまして轟々と音を立ててアスファルトに降り注いでいる。雨に濡れた衣類は肌に張り付いて気持ちが悪い。

 総一と高橋さんはすでに肩で息をするくらい疲労していた。ずっと山本和博と戦ってきた総一はわかるけれども、高橋さんまで息を切らせるということは、かなり過酷な戦いなのだとわかる。

「読者から来てくれたのはありがたい」

不敵に笑う山本和博の手に見覚えのある文庫サイズの本が握られていることに気がつく。ゴールデンウィークの終わりがけに何度も見かけた技術書の作りとよく似ていた。山本和博が持っている本の性能はおそらく春生が所持していた技術書と同じで、本の中に色んな物を収めることができるはずだ。

判断材料が少ないので肯定も否定もできない。技術書を制作することが出来るのは、江戸時代から存在している術者が編み出した一子相伝の術式だ。術者の末裔以外の人間に技術書が制作できるとは考えにくい。

故に、呪術師である山本和博が作れる代物ではないはずだが、発明家と呼ばれたこの男なら可能かもしれない。もし山本和博が作ったものでなければ、考えられる可能性は女泥棒の中村千鶴か石田春生の二人のどちらかだ。

「お前は技術書を作ることもできるのか」

 迂闊にも思っていたことを口にしてしまった。ここで言うべきは山本和博に問い掛けをするのではなくて動きを封じることだ。

 僕は自分の言動を悔やんだが、最悪なことに呪いもどきの力は山本和博には届いていなかった。憎たらしい呪術師の男は何かを考えている様子だ。

「術者の末裔だったのか。ならばあの小冊子に与えられる力を欲するのも頷けるな。だが、お前が持っているそれは私の物だ」

 まほろば店主である斉藤さんも同じようなことを言っていた。僕が春生から受け取った『白紙双紙』は術者の末裔である渡辺依里子が狙っていた。彼女もまたこの小冊子から得られる力を欲していた。

 僕は術者ではないけれど、訂正するつもりはなかった。そこは勝手に思い込んでもらえればいい。問題は僕の呪いもどきがちゃんと発動していないことだ。つまりここに僕がいても役に立つ事はなく、総一と高橋さんの邪魔になる。

 山本和博も僕が呪いもどきを使えないことには承知済みで、ページを開いた技術書に触れて何かを取り出そうとしている。

「私が行く。井上さんに話を付けてあげて」

「わかりました」

 二人は息を合わせて行動を起こした。

 高橋さんは山本和博が新たな道具を出さないように打撃を加えつつ、得意の柔道を使うためか、腕ないし足などを掴もうとするが山本和博も簡単には捕まらない。

 そんな二人を目で追っている中、僕の前に総一が訪れた。

「この状況下です。呪術師を相手にしている高橋さんの為にも必要最低限の説明をさせていただきます。現状として井上さんは、僕らと似通っている力を持っているだけで、それを上手く使いこなせていません」

「待ってくれ。さっきは使えたんだ」

 無闇に突っ込もうとした高橋さんと桜子ちゃんを引き止めることができたのだ。

「たまたま使えるでは無意味です。貴方はその力を無意識化で使用しているだけです。この力を使うことにあたって重要なのは自身の感情をコントロールする意識と意志です。呪いだと思われているそれは、すでに呪いという枠を超越しています。ですが、あなたは自分らのように鍛錬を積まれていない。東口で山本という男に掛けた――――が解けた時、貴方はきっと安堵したはずです。高橋さんと石田さんを助けたことで気が緩んだ。山本を自分の意識の外へ向けてしまったが為に、山本は自由を取り戻したのです。貴方にできる事は感情をコントロールし、意思と意識を高めること。その機会を見極めてあの男を封じてください」

「ちょっと待て。僕の力が君と似通っているものであれば総一くんにだって出来るはずだろう?」

「自分と井上さんとはタイプが違います」

 種類があるということか。そう言われれば、総一は山本和博に向けて言葉を発してはいなかった。彼がやったのは空から落とした大量の剣。しかもその剣の一本は総一の手に握られている。言葉を向ける対象は人でなくてもいいということだ。

 暗闇だった思考に一閃の光が通り過ぎる。

 僕は総一が持っている剣を見ながら確信をもって尋ねる。

「君は物を具現化するのか?」

 大きな炸裂音と共に、軽い地震が起きたかのように地面までも揺れた。距離にして五メートル先には舞い上がった粉塵が上がっている。爆発からかろうじて避けたのか片膝を付いている高橋さんが見えた。着衣している服は所々破れていて、通常であれば目のやり場に困りそうな格好になっている。

 爆風の中から山本和博が悠然した姿で現れて高橋さんへと近づいていく。手にしているのは技術書だけで道具らしいものはないが、すぐにでも新たな道具は取り出せてしまう。

 助けなくてはと思って動き出そうとする僕の体を総一は細い腕で止めてみせた。

「後は任せましたよ。高橋さんをお願いします」

 総一は山本和博に向けて手にしていた剣を放り投げたが、剣は見えない壁というか膜のような物によって弾かれる。

 見事に総一の攻撃を防いだ山本和博は余裕の顔を見せていたが、瞬時に移動してくる総一の出現により焦りを見せて高橋さんの元から離れて、二人は応戦しはじめる。

 離れ行く二人を横目にしながら今にも倒れそうな高橋さんの肩を抱きとめた。高橋さんは体力の底が付いたのか全身から力が抜け落ちていた。

「あいつ、見た目はもやしだけど体術もちゃんと身に付けている。呪いの道具だけだったら分けなかったけど、強いわ」

「無理に喋らなくていい」

「いいえ、喋る。あの男を止めることが出来るのは、小町と同じ力を持っている井上さんじゃなきゃダメなの。たぶん、風鈴と同じ力をもった総一くんでもそろそろ体力が限界のはず。井上さん。使う所を間違えたら、今度こそ終わりだからね」

「わかった」

「あーあ。なんでここに小林くんがいないんだろう。こういうことをしてくれるのは彼氏っていうのが物語の定石だとは思いません?」

 不意を付いた一言だったので、思わず苦笑いをしてしまった。

「なんですか?」

死ぬかもしれないのに、どうしてそんなに気楽なことが言えるのか不思議だったから、とは言わずに、僕も彼女に合わせて緊張感の無い言葉を付くことにした。そのほうがより現実味があるような気がしたからだ。

「これから小林くんを引き連れてこようか?」

「あ、やっぱりなしで。こんな弱った私を吉行くんには見せたくないです。まぁ、後ですっごい甘えてやりますからいいんですよ」

 はははと乾いた声で笑った後、僕の腕から離れて一人で立ち上がる。その目は、獲物を狩るように鋭い。

 総一は燃え盛るサッカーボールを蹴りあげ、山本和博はテニスラケットでボールを叩き潰すも相殺され、新たな道具を技術書から取り出す。総一も何かを叫ぶか呟くかして具現化した道具を出現させた。

 均衡しているようにみえるけれど、やや総一のほうが劣勢だった。

「危険ですけど、私の後ろについて来てください。総一くんと連携して山本を地面に投げ飛ばします。私の体力も限界なので、投げられることが出来るのはその一回だけ。それを逃したら次はないと思ってください」

「わかった」

「いきます」

 高橋さんの背中にぴったりと張り付いて走る。三人が戦ったビル前のコンクリートの地面はぼこぼこで軽い水たまりが出来上がっていた。

 山本和博と拳を交えている総一が高橋さんと僕を見る。高橋さんとアイコンタクトをしたのか、二人は息を合わせて山本和博に襲いかかる。

 まず総一が木で出来た模擬の薙刀を取り出して山本和博の足元を狙うが横に逃げられる。が、逃げた先には高橋さんがすでに待ち構えていて奥襟を掴まれた。

 高橋さんは左手で掴んだ奥襟を自分の胸元へと引き寄せて体を密着させて上半身を半回転させる。上半身と下半身のバランスを崩された山本和博はこの時点で宙に浮いていた。そして、山本和博の股の間に高橋さんの左足が綺麗に跳ね上がった。

 山本和博は左足を軸にされるような形で体を回転させられ地面に叩きつけられた。後に、山本和博を投げたこの技名は内股というらしく、高橋さん十八番だと桜子から教えてもらった。

 鮮やかに内股を決められた山本和博に近づくと、胸を強く打ったせいで軽い呼吸困難を起こしていた。苦しみ悶える山本和博を見ても心が傷まない自分が怖くなった。引っ込んでいたはずの怒りがくすぶり返した。

 こいつは桜子を泣きはらすまで虐げたのだ。許すわけには行かない。

 殺してもいいのではないかと恐ろしい感情が渦巻くも、自制する。こんな男の為に人殺しをして今後の人生を無駄にしたくない。

「山本和博、お前は僕がいいと言うまで身動きすることができない」

 僕の言葉に、呪術師山本和博は従い洗い呼吸をしたまま指一つ動かすことはなかった。


 雨は夕暮れ近くには上がり、空は夜を無かるための支度を始めていた。

 新宿で起きた騒動はどの報道機関も大きく取り上げていたが事実は曲げられて報道されていた。

 東口の広場にいた鬼の木像は爆弾を所持した一般人という扱いになり、この事件を目撃していた人々のほとんどが恐怖で記憶に無いとカメラの前で話していた。中には詳細を語る人物も現れたが、やはり鬼の木像はもちろん、僕のことすら一言も喋らなかった。

 西新宿での出来事は逃げた爆弾魔が誤爆させ、その後、犯人は行方不明ということになった。

 インターネット上でもこの事件を取り上げられたが、事実と違うと匿名掲示板サイト、SNSのテキスト投稿サイトで叫ぶ人々は存在していたがやいたのだが、何が事実と異なっているのか、明確に話せる者は一人も存在しなかった。


 そのテレビやインターネットで騒ぎをとあるマンションに一室で僕らはソファに座りながら傍観していた。

 もちろん、呪術師山本和博も手足を縛られた状態で拘束されている。

 このマンションの部屋を提供してくれたのは天見さんと月森さんの二人だ。僕らが山本和博を取り押さえようとしている最中に小林くんがこの二人を呼び出したのだ。

 小林くんに頼んだ奥の手とは天見さんと月森さんを呼ぶことだった。万が一、僕ら全員が山本和博を捕らえることができなくなった場合、天見さんたちに協力を得ようと考えた。

 彼女たちの目的は円城了ではあるけれど、直接関係を持っていた山本和博を捕らえることも、また三冊目の小冊子を手に入れようとする行為は、彼女たちにとっても脅威に繋がる可能性がある。

 非協力的にはならないだろうと思っていたら、予想以上の協力を得られて助かった。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

存在抹消 その七 は如何でしたでしょうか。


楽しんで貰えたのなら嬉しい限りです。


明日も投稿します。

よろしくお願いします。

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