存在抹消 その六
存在抹消 その六 です。
よろしくお願いします。
僕ら四人は爆発が起きたと思われる場所に向かうため、山手線の高架下にある小さなトンネルとくぐり抜けて思い出横丁で一旦足を止めた。高層ビルに囲まれた西新宿一丁目なので、爆発が起きた場所を特定することが難しい。ここで四人が別れても徒労に終わるとわかっている。
大通りまで足を運ぶと爆破直後の為か上下線には乗り捨てられた車ばかりで、事情を知らない後方の車からはクラクションを鳴らして長い渋滞を引き起こしていた。歩道も同じで歩いている人はほとんど見受けられないが、興味本位で見物をしている人たちがちらほらと見えた。彼らの視線の先にあるのは小田急百貨店と新宿ハルクを繋いでいる歩道橋を見上げていたので、僕も彼らに習って歩道橋を見ると大きな穴が幾つか見えて、それは大きな足跡のようにも見えて、三菱UFJ銀行ビルの方向へと続いていた。
まず先陣を切ったのは高橋さん、次に桜子ちゃんだった。彼女たちは交通麻痺を起こしている車道に出て半壊した歩道橋を右にしながら走る。
僕と小林くんは一瞬だけ目を合わせて「仕方がない」という表情を浮かべながらやる気に満ちた女性たち二人の後を追った。
僕らの体力の無さを気遣ったのかしらないけれど、彼女たちに追いつくのは簡単だったけれど、持続して彼女たちの足に合わせるのは相当きつかった。
相変わらず、体力に自信がある桜子ちゃんと高橋さんには走っていても余裕の顔が見られるが、僕と小林くんには彼女たちと並んで走ることに必死だった。
「理緒、ほんにこっちであっとーで?」
「あの二人以外、誰がこんなことをしでかすっていうの」
クラクションが飛び交う中、二人は叫びながら意思疎通を行っている。走りながら言葉を交わせるなんて、この子達が女の子なのか疑ってしまう。
「なぁ、あれ! あそこ見てみ!」
そう叫びながら桜子ちゃんは西口ロータリー付近、そして三菱UFJ銀行ビル前を指差す。そこには激しく動いている二人の人がぼんやりと見えた。山本和博と総一だと思われるけれど、僕らから彼ら二人の距離は数百メートルくらい離れている。
「ドンピシャ!」
嬉々として叫んだ高橋さんの足が加速する。続いて桜子ちゃんも。二人して好戦的な性格に切り替わっている。このまま二人を行かせていいわけがない。
「桜子、理緒、待て!」
つい呼び捨てで叫んでしまったが後戻りはできない。
僕の声が届いた二人は走ることをやめてこちらを向いた。二人とも急に呼び止められて不満顔だったが指示に従っている。
「井上さん、人の彼女を呼び捨てにするのはやめてくださいよ! ぼくだってまだ下の名前で呼んだことがないのに!」
小林くんが憤慨しているけれど、そんな二人の事情なんて知らないから。
「いま、そんな下らないことで言い争っても仕方ない。あの二人の間に飛び込むのは無謀だ。呪術が施された道具を壊すことが出来るかもしれないけれど、桜子ちゃんには呪術に対する抵抗手段すらないんだ」
小林くんは渋々だけれど理解してくれた。嫉妬の仕方がおかしい。
僕は女子二人にかけた「待て」を解いてこちらに呼び戻して山本和博と総一に加勢する人選を伝えた。
「僕と高橋さんがまず先に行く。小林くんと桜子ちゃんは後方にいてくれ。それと、残った小林くんには頼み事がある」
この状況下で要となるのは僕でも高橋さんでもなく後方にいる小林くんだと判断している。二人は確かに特別な力はないし、加勢しても邪魔になる。勿論、実戦経験のない僕も同じことがいえるけれど、呪いもどきの使い方を間違えなければ山本和博を捕らえるための助力にはなる。でも、不安要素はある。高橋さんは一度、山本和博に捕まっているし、総一にいたっては高橋さんが砕いた鬼の木像をまた出されでもしたら、総一の力は通用しなくなる。
ならばこちらも奥の手をなんとかしてひねり出さなければいけない。
時間が無かったので僕は出来る限り関節に瞬時に考えた戦略(というほど大層なものではないけれど)を伝えた。
「間に合うかなー」
僕の考えに小林くんが疑問を落とす。
「何もしないよりかはマシだよ」
「吉行くん以外、適役はいないの。私からもお願い」
高橋さんがいつもの口調に戻して諭された小林くんは大喜びしながら頷いた。そんなに名前で呼ばれたことが嬉しいのか。というか、付き合って三年くらいは経っているのに、二人はずっと苗字で呼び合っていた理由はなんだったのだろう。などと無駄なことに思考をしている場合ではなかった。
ところが、この呼び捨てがあらぬ方向へと飛び火していた。
「わかったよ……り、理緒!」
恥ずかしいのか、それともいい慣れていないから知らないけど、小林くんは高橋さんの名を叫んだ。そして二人だけの世界が出来上がっていく。
「ああ、もう」と思わず口にしてしまった。
お願いだから、もっと緊張感を持ってくれと思っていた矢先、桜子ちゃんが僕のシャツを摘んだ上に上目遣いで僕を見つめた。
「なに、どうしたの?」
「優太さん、無理したらいけんよ」
まさか自分までもこんなことになるとは思っても見なかったので、顔が一気に赤くなった。なにしてんだ、僕らは。
また不運にも彼女の言葉から出てきたフキダシとその想いが伝わってしまった。
マジっすか。言うんですか?
言い淀んでいる僕を桜子ちゃんがジッと見つめながら待っている。
「ちょっと二人ともイチャつかないで、あっちを見て。動いたよ!」
それ、君が言うのかと突っ込みを入れたかったけれど、悠長に言っている暇はなかった。高橋さんの糾弾によって我に返った僕は慌ててビルの方へと目を向ける。膠着していた山本和博と総一の二人が再び動き始めた。
「先に行くから、そっちも急いで!」
気をつけてーと緊張感のない小林くんの応援を受けた高橋さんは背中に翼を生やしたかのようにビルの方へと翔け抜けた。
ビルの方から激しい衝突音が聞こえ始める。これからあの中に飛び込むのかと思うと、急に足が竦んでしまった。
今すぐにでも高橋さんの後を追うべきだと頭では理解していても体が反応しない。軽い深呼吸をして気持ちを整える。目の前にいる子の為にも覚悟を決めよう。
「僕も行かないと」
シャツを掴んだ桜子ちゃんの手は離れない。僕が行かないことには始まらないことはわかっているはずなのに、その手を離そうとしないのは僕が怯えていることが伝わっているせいもある。しかし、彼女が待っているのだ。
「桜子」
知り合って三週間。僕は初めて彼女の名を呼び捨てた。
「ん」
「行ってくる」
「うん、優太さんも気ぃつけんさいね。待っちょるけんな」
桜子の出雲弁が恐怖を振り払った。こんなにも簡単なことで人は動けるようになるものなのだと感心した。
「だんだん」と僕は心から湧き上がった気持ちを、桜子が生まれ育った地方の言葉で応えた。出雲弁のイントネーションは間違っていたかもしれないけど、言えて良かった。伝えたい人に伝われば、それでいいんだ。
かなり出遅れたが、僕は日頃から使っていない足の筋肉を最大限に使って走った。火事場のなんたらという力なのか、それとも口にするにも恥ずかしいあれな力が出てきたのか、僕の足は普段よりも早くなっていた。
高橋さんはすでに総一と肩を並べている。一方、山本和博とはいうと、人が一人増えたにも関わらず余裕のある顔で次から次へと道具を出してきた。手にしていた箒で地面を払うと砂煙が起こると、大きめの黄色い鳥を模した人形が数体出現し、高橋さんと総一にお襲いかかり、爆発が起きる。まるで実写化された漫画を見せられているような気分だった。
何よりも不可解だったのは、山本和博は手荷物など一切もっていないのに、どこからともなく呪術を施している道具を取り出しては総一と高橋さんに向かって使用していた。
山本和博の道具がどうやって取り出されているのかは後になって分かったが、三人の元へ向かっている僕がなによりも驚いたのは、山本和博の頭上から数えきれないほどの剣が舞い降りたことだった。
「なんで。剣が、あんなに……」
彼らとの距離が数十メートルというところで思わず足を止めてしまった。
空中から落下した剣は山本和博を捕らえることなく地面に突き刺さり、剣の山を掻い潜りながら今度は高橋さんが山本和博に打撃を与えようとする。が、これも避けられる
総一は地面に突き刺さった剣を引き抜いて山本和博を斬りかかるも、山本和博は素手で剣を掴んで溶かした。
あの剣は総一が出したものだとわかったけれど、原理がわからない。
目の前で起きている出来事全てが大掛かりな手品ショーに思えてきた。もちろん、手品ではなくて、呪術やそれ以外の力が働いているはずなんだけど、こんな嵐のような場所に入り込む隙があるのだろうか。
彼らは闘いながら移動し、そして応戦の繰り返しだったがお互いに疲労が出てきたのか、一定の距離を保って睨み合った。
「あまり近寄らないでください。貴方は自分たちの後ろで機が訪れるのを待っていてください」
背中に目でもあるのか、すぐ近くまで来ていた僕に総一が助言を飛ばす。簡単に言ってくれるが、タイミングなど測るのは難しい。
溜息を付いた。弱音を吐くためにここへ来たんじゃない、僕は自分のできる事をやるべきなのだ。
辺り一面、僕ら以外に人の気配は一切かんじられなかった。この場を支配していたのは、四人の異端が発する息遣いだけだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
存在抹消 その六 は如何でしたでしょうか。
前作にはなかった異能という力で戦うシーンを描きました。
書き慣れない描写なので、不安は多々有ります。
明日も投稿します。
よろしくお願いいたします。




