存在抹消 その五
存在抹消 その五 です。
よろしくお願いします。
山本和博はというと、僕らを侮蔑するような目つきで見下ろしている。こいつに取っては僕らの再会など面白いはずもないのは当然だ。僕だってこの男がやってきたことを許すつもりは毛頭ない。
強く抱きついている桜子ちゃんの両肩を掴んで離そうとしても、彼女の力は予想通りに強く僕の力では剥がすことが出来そうにない。
「桜子ちゃん。悪いけど、まだやることが残っているんだ」
説得したものの彼女は僕の旨の中で首を振ってばかりで言うことを聞いてくれない。
言うことを聞いてくれないということが、何を意味しているのか瞬時に理解して辺りを見回すと身動きが取れなかったはずの野次馬が体を揺らしざわついている。座っていた若い警察官も拳銃を持ったままだが正気に戻っている。
僕は急いで真後ろにいたはずの山本和博の姿を確認しようとしたが、遅かった。
自由を手に入れた山本和博はすでにざわつき始めた野次馬の方へと走っている。
まずい、このまま逃したら次なんてない。身動きの取れない僕ができることと言えば、山本和博に向かって叫ぶことだけだ。
「待て!」
だが、僕の言葉が届く様子は見られず山本和博の足は更に加速していった。距離もあるしなによりも僕の呪いもどきの効力が失われている。立ち上がろうにも僕は桜子ちゃんに強く抱きつかれているので身動きもできない。
このままあの男を逃してしまったら、次になにをされるのかわからない。今回みたいに上手く桜子ちゃんを助けられる保証なんてないのだ。
「ここは自分が行きます」
僕の前に現れた総一がそう告げると、すでに小さくなっていた山本和博の背中を追いかけていく。僕も追いかけたいが無駄な足掻きだった。
「井上さん、もういいが。うちはもう大丈夫だけん。だけんな、一人にせんといて。お願いだわ」
涙声のままで訴える桜子ちゃんに僕は身動きが取れなくなった。
僕らは同時に立ち上がると、桜子ちゃんの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「なぁ、もう行こ。うちらにはどうすることも出来んで」
本当に総一だけを行かせていいのだろうか。普段なら何も感じないはずの第六感が頭上から降りてくる。
「桜子ちゃん、僕が三冊目の小冊子を持っている限り、あの男はまた現れる。今度は助けることが出来ないかもしれない。そんな最悪な結果を僕はだしたくない」
「そぎゃんこと、わかっとーよ。わかっちょる。けんど、うちはな? 今度は井上さんが酷い目に遭うかもしれんがね。そしたら、井上さんがおらんようになるかもしれん。そんなん、嫌だで。うちは絶対に嫌だけんね!」
必死に僕を引き留めようとする桜子ちゃんの両眼から大粒の涙がこぼれ落ちる。
僕の考えも、桜子ちゃんの感情も正しい。ただ、心の置きどころが違うのだ。
「桜子ちゃん、僕はね」
続く言葉を選ぼうとした矢先の事。木像の鬼があった方角から眩い光ともに炸裂音が鳴り響き、周辺からは悲鳴が上がった。僕はというと悲鳴こそ上げなかったものの体が萎縮してしまった。
突然のことに驚いて言葉を失ったものの、人間の修正とは不思議なもので目だけは何かが爆発したであろう場所に向けると鬼の木像が立っていた所に、高橋さんがいてその隣には小さく拍手をしている小林くんがいた。
「そげか。理緒の目的はこっちだったわ」
どうやってあの木像を破壊したのか皆目見当がつかないけれど、なにか特殊なことを行ったのは確かだった。
「絶対に敵対したくない女の子だ」
「井上さん、思っちょることがまた出とらいで」
僕に人差し指をさして小さく笑う。さっきまで怯えていたのにもうこの表情だ。心配して損をする気分とはまさにこのことだ。
ムスッとしている僕に桜子ちゃんが「ごめんて」と何度が謝ってくるが相手にしなかった。
ここで瞬時に動いたのが野次馬を抑えこんでいた警察官たちだった。彼らは民衆を助けるという公僕の役目を果たそうとしているのはわかるけれど、僕と他三名を一定の距離を保った上で取り囲むのはいいとしても、銃を僕らに構えるのだけはやめていただきたい。
彼らが冷静な判断を下して行動できないのもわかる。ここで起きたこと全てが不思議で不可解で非現実的な出来事だったのだから混乱もするだろう。この騒動を引き起こした人間はもういないのは分かっていても、繋がりがあると思われる僕らを捕らえるのはあながち間違いではない。
僕として何も悪いことをしていないのに、こんな扱いをされるのは理不尽極まりないし、文句の一つくらい言ってやりたかったが、本物の拳銃をつきつけられては何もできない。
絶対に動いてはいけない状況にも関わらず、平然と
「私は山本和博を追います。もちろん、小林くんと一緒に」
「え、ぼくもなの?」
「さっき近くに居るって言ったじゃない。なによ、嘘だったの?」
「嘘じゃないけどさー」
清々しいほどの茶番を見せつけられた。僕と桜子ちゃんはもちろん、僕らを囲んでいる警察官たちでさえ開いた口が塞がらなかった。
そんな二人に銃を高橋さんに突きつけたままの中年警察官が一歩踏み出した。
「君たちには聞きたいことがある。勝手に動こうとするな!」
「勝手にだと?」
中年警察官は高橋さんにひと睨みされて怯んだ。
そうだね、おっかない女子だと中年警察官に同情した。
高橋さんは弱腰になった中年警察官に向けて、梵字みたいな文字が書かれている布に巻かれた右手を付きだした。その仕草に警察官たちは小さな悲鳴を上げた。ここで木像がどのように破壊されたのか想像ができた。あの布を巻きつけた右手で鬼の木像を打ち砕いたのだろう。僕らは見ていなかったら分からないけれど、この警察官たちは砕けた瞬間を見ていたのだから恐れるわけだ。
睨み合っている最中、山本和博が逃げた先でもある西口の方面から爆発音が鳴り響き、さらなる恐怖に当てられた野次馬共の八割は離散していき、残りはその場に座り込んでしまった。
さすがだと思ったのは警察官たちだ。爆発音が聞こえた時は確かに顔を強張らせたが、捕獲対象となる僕らの前から逃げ出すことはしなかった。
「おい、公僕共。使えないあんたらにもあの爆発音が聞こえただろ? お前らにもわかるように教えてやる。お前らの組織力と武力を持っても無駄なもんは無駄なんだ。いいか、私らはお前らになにか危害を加えたか? よく思い返せ。その銃は誰に向けるもんだ」
警察官たち全員を睨みながら高橋さんが吠える。
「私達を助けたのは、彼だ。お前らじゃねーんだ。鬼に恐怖してなにも出来なかったお前らが何をした? あ?」
僕の知っている高橋理緒が消え去り、一昔前の不良娘みたいになっている。
「私達を助けることもできなかった役立たず共が偉そうに口出しすんじゃねーよ。お呼びじゃねーんだよ。わかったらさっさとその銃を降ろしやがれ!」
えらくドスの効いた声に当てられた警察官たちは一斉に銃を降ろした。桜子ちゃんや小林くんが知っている高校時代の彼女が、ここに戻ってきたわけだ。
「桜子、あんたも行くんだろ? このまま辱めを合わせられたまま、生きていけんのかよ?」
葉っぱを掛けられた桜子ちゃんが大きく笑った。なんでこんなに図太いんだ。柔道ってそんなに人の精神を図太くさせることができるスポーツなのかと疑ってしまう。
「井上さん、彼女たちが特別なだけですからねー」
小林くんが僕の隣で囁く。
「ほら、僕らは似たもの同士。好きになる子も、僕らを好いてくれる子も似通っているんですよ。諦めましょ?」
あ、そうかもと素直に頷きそうな僕がいて驚いた。全力で否定したいけれど、彼女たちを前にして否定することは命を落とす事と同義だと察した。
「井上さん。私は協力者です。あなたがどう行動するか示してくれないと、私は動きませんよ」
僕の知っている高橋さんの口調に戻って入るけれど、彼女の本性を知った今となってはこちらの顔の方が怖く感じる。
「待て! 我々はこの惨状に関わった君達を見逃すわけにはいかないのだ。確かに、何も出来なかった。君たちを助け出すことすら叶わなかった。それでも、私達には民衆を守るという義務があり、職務だ。こちらの言い分も理解して欲しい」
彼らの正義もまた、正しい。
銃こそないが、囲まれていることには変わりがなかった。
「さぁ、大人しく我々と来てくれ。それにあんな爆発が起きているようなところに、君たちを行かす訳にはいかない。我々は君たちも救わなければならないのだ!」
かなり熱い言葉を言ってくれているけれど、しかし僕らの意志は変わらない。
「井上さん、――――はまだ使えんの?」
桜子ちゃんが僕には聞こえない言葉を使う。もう聞こえないからって癇癪を起こすこともない。僕の大切な彼女は無事だ。目元は変わらず痛々しいほどの赤さと腫れぼったさを保ってはいたけれど、内面は、精神は、いつもの石田桜子に戻っている。
もう何故とか無駄なことを考えるのは辞めた。出来ないことをするのではなく、出来ると信じることだ。
僕はもう自惚れたりしない。
「僕らと関係無いものは動くな」
大きな声を出したわけでもないのに東口いた全ての人が動くことを停止させることができた。僕の発した声は空気振動によって人々に伝わったのではなく、言葉の圧力と発した人間の意思の強さで決まっているのだ。
「山本和博を、捕まえて、終わりにしよう」
僕らはお互いの目的と意志を一つにして、山本和博と応戦している総一の元へと急いだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
存在抹消 その五 は如何でしたでしょうか。
楽しんで貰えたのなら嬉しい限りです。
明日も投稿します。
よろしくお願いいたいます。




