存在抹消 その三
存在抹消 その三 です。
よろしくお願いします。
さすがに車道の限界速度は守っているがそれでも先程より早く感じられた。運転手には乱暴な言い方をしたと後悔はしているけれど反省はしていない。する必要も感じていなかった。僕がいま気がかりなのは桜子ちゃんの安否だけだ。
彼女は助けて頼りない僕に救いを求めてきたのだ。桜子ちゃんの携帯に何度も通話ボタンを押したがコール音すら聞こえないのだ。悪い予感しかしない。なにかが起きているのは違いないが、心当たりが多すぎる。
苛立つ気持ちが拳に宿り右隣にあるドアを力強く叩いてしまった。
「お客さん、勘弁して下さいよー」
思ったよりも大きな音がしたので、運転手が悲鳴混じりで非難してきた。
通常の僕であれば、すみませんと謝るかもしれないがお前に気遣う余裕はないという気持ちで、運転手の言葉を無視した。
「井上さん、落ち着いてください」
左隣に座っていた総一くんが声をかけてくる。
「落ち着けだって? 無理な話だ。それに、僕とは話すことは出来ないんじゃなかったのか? 君こそ黙っていてくれ」
「黙りません」
「なんだと?」
高校生の分際で口答えか。特殊な力があるかもしれないが、事情も知らない奴が口を挟んでくるな。
「いいですか。よく聞いてください。何かが起きているのは自分も把握しました。もちろん、付喪神の理緒さんや、そのお友達であり井上さんの大切な人も気がかりではあります。ですが、いま一番、気を付けないといけないのは貴方自身です」
「僕が? 何の話をしているのかさっぱりだ。君たちの都合なんてどうだっていい。知るものか」
助けを求めている桜子ちゃんが二の次だなんて言わせない。僕がどうなろうと知ったことではない。
「いいえ、知ってください。貴方が呪いと思われているそれは、もう次の段階へと進んでしまっています。見る、感じるでは収まらなくなっているのです」
「なんだ、次の段階って」
「この状況下で詳しく話すことはできませんが、いまの貴方は――――を使えるようになりつつあるんです」
また聞こえない言葉だ。先週は聞こえないことに驚き、慣れはしたけれど、色んな感情が相まって僕の中にあるのは怒りだけだった。
「聞こえねーんだよ! 俺が何になるっていうんだ! ちゃんと聞こえるように言いやがれ!」
怒りに任せた大声を張り上げたのと同時にタクシーが急停車し、シートベルトを付け忘れていた僕と総一は前席の運転シートに体を張り付かせてしまった。突然の衝撃のせいで頭に昇っていた血がさらに沸きだった。
「なぜ止まる。俺は急げと言っただろう」
生憎と防犯用のパネルがあるせいで体ごと運転手に近づくことができなかったけれど、近づいて罵声を浴びせることはできた。
「無茶です。見てくださいよ」
運転手はハンドルから手を離して前方を指さした方向に目を向けると、全車線の車が停車している。
「ど、どうされますか?」
何が起きている。車内から外の様子を伺うと、歩道には大勢の人が歩きもせず傘を持ったまま立ち止まって東口の方に体を向けていた。
よく辺りを見渡すとタクシーが急停車した場所は紀伊國屋書店前の立体交差点だ。人は多いが、歩けないほどの人の密度ではない。
乗車料金メーターを確認して財布から千円札を二枚取り出した。この行動が僕を落ち着かせたのかわからないけれど、頭に昇っていた血の気が下がっていくのが分かり、幾分が冷静になれた。
「降ろしてくれ」
運転手は僕に言われるがままドアを開いて乗車料金を告げたので、取り出した二千円を渡してお釣りも受け取らずに車外に出た。
歩道で立ち止まっている人々はタクシーの中で見たよりも多く感じられたが、僕にはこの先に向かわなければいけない。
「井上さん、自分もサポートします」
当然、総一には協力してもらうつもりだった。この先で待っているのは普通の人間ではないはずだ。相手にするのは僕ではなく総一が相応しい。
向こうの狙いは手に入れたばかりの小冊子か、もしくは僕自身だと推測できる。通常であれば、立ち向かうだけ無駄なのは重々理解している。それでもだ、桜子ちゃんを傷つけでもしていようなら、僕自身を引き換えにしてでもその報いを与えるつもりでいる。
僕らは目で合図を撮り合って、地面に根を張ったように動かない人々の合間を縫って駆けた。
僕らが進めば進むほど人の数は増えていき、ビッグカメラ前にある横断歩道では隙間がないほど人の山で埋め尽くされていた。
クソっと先程から僕らしくない言葉が口からこぼれ出る。他人の視線や評価が気になるから、大人しくしていた反動かもしれない。
頼むからどいてくれ。邪魔なんだ、どけよ。道を開けろ。お前らみたいに何もしないで見物する奴らが一番嫌いだ。両の拳を硬く握りしめる。手の平から血が出てしまうのではないかと思える位、強く硬く。
目の前にいる女も男も、僕の視界に写り込んでいる全員が邪魔だ。
どけよ、どいてくれ。
「井上さん、言いたいことがあるのなら、言ってください。きっとそれは、通じます」
総一が僕にしか聞こえない声量で呟く。
その後押しに押されて、発した。
「何もしない野次馬は消えろ。邪魔だ、俺の前を塞ぐな、開けろ!」
これが本当に自分の声かと疑うくらいの声量だった。それはもう、タクシーの中で運転手に向けて叫んだ比ではなかった。
感情むき出しの言葉をその他大勢の群衆に轟かせた。
すると奇妙な光景が出来上がった。さしずめ気分はモーセ。近しい人とその記憶であれば伊藤さんだ。
目の前にいた野次馬共がサッと打ち合わせしたかのように割れて、僕が歩むべき道を作り上げた。
「そうです、これが今の貴方です。あとは自覚してください」
自覚か。なるほどと納得はしたけれど、今は自分の身に何が起きているのかを考えるよりも、桜子ちゃんを助けることが最優先だ。
野次馬を立ち退かせながら広場付近に近づくと、広場を目の前にして急に人だかりは消えた。野次馬の先頭に立つことで、ようやくこの東口で何が起きているのか把握することが出来た。広場には二箇所ほど木々が植えられているのだがなぎ倒されて左右のロータリーに転がっている。地面は爆弾を使用したかのような破裂した跡が所々見て取れる。幸いなことに負傷した人もいなければ、地面に血の痕などは見て取れなかった。
テレビでよく見るような内戦が起きた街中のような場所に、桜子ちゃんと高橋さんの姿があった。二人は目隠しをされ、手錠を付けられた桜子ちゃんと高橋さんが地べたに座らされている。
今すぐにでも桜子ちゃんを助けに駆け寄りたかったが、思いとどまらせる存在がそこにはあった。
二人の真後ろには木製で出来た成人男性と同じ大きさをした鬼の像が佇んでいた。そう、佇んでいるのだ。地べたに座る桜子ちゃんの後ろに立っていたかと思えば、彼女たちの周りを周回しては定位置の場所に戻った。塗装してないので、木製の像だとわかるのだけれど、木で作り上げられたとは思えないくらい滑らかに歩いている。よく見ると鬼の背中辺りには、黒い球体が四つ、いや五つほど浮かんでいた。
すでに、広場には十数人の警察官たちの姿があった。発砲許可が下りていないのか、警察官たちは腰につけてある拳銃に手を添えるだけで鬼の像と一定の距離を保っている所をみると、かなり均衡した状態だと伺える。
「あれはなんだ?」
「自分には専門外ではありますが、おそらく呪術の一つかと」
呪術。
あれほど立派な物を作り上げるのは、僕の記憶の中にいる人物では一人しか居ない。
「山本和博か」
僕の呟いた声に反応したのか、鬼の像の顔がこちらを向いた。
『名も知らぬ読者。待ちわびたぞ』
木製とは思えないほど軽やかに口を動かして発音をして、僕のほうへ直進してくる。
「おい、動いたぞ。どうする!」
近くにいた警察官が周りの警察官たちに指示を仰いでいるが、添えていた拳銃はすでに抜き取られ鬼の像に向けられていた。
「撃つな! 同じようなことをされるぞ!」
声からして中年くらいの警察官が叫んでいる。像に危害を与えようとした結果、この惨劇というわけか。
「じゃあ、どうしたらいいんだよ!」
銃を鬼の像に向けたまま叫ぶ。警察官は僕よりも若いようで、肝が座っていないのか全身を使って震え始めている。想像を超えた存在が出てしまうと人は恐怖してしまう。それは僕も体験済みだから同情しよう。
「銃を下げてくれ。用があるのは僕だ。あんたじゃないよ」
突然話し掛けられて驚いた警察官だが、彼は大人しく銃を下げた。
こういうことか。
「疲れたろ? ちょっと座ってなよ」
「はい。そうします」
座り込んだ警察官の横を通りすぎて、近づいてくる鬼の像に向かっていく。
「君! 下がりなさい。危険だ!」
若い警察官を諌めようとした中年層の警察官が忠告してくれるが、聞く耳はない。
「こいつの目的は僕だ。ここにいる全員動くな! そして黙って見届けろ! 承諾は無言で返せ」
僕の声がどこまで届いたのかわからないが見える範囲内では身動きしている人はいない。
こちらに近づく鬼の像は、まさしく人のように足を動かしているが、しかし中に人が入っているような雰囲気はなかった。
目と鼻の先という距離まで鬼の像と接近して、お互いに足を止めた。
「山本和博だな?」
『そうだ。ゆっくりと話している時間はない。要求を言おう。三冊目の小冊子を渡せば付喪神探偵と君の彼女は解放する。変な気を起こせば、私の傑作が暴れまわる』
暴れまわるか、なんとも稚拙な言葉が出てきたので思わず笑ってしまった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
存在抹消 その三 如何でしたでしょうか。
楽しんでもらえれば嬉しい限りです。
昨日に引き続き、投稿時間が午後になってすみません。
明日も投稿します。
よろしくお願いします。




