存在抹消 その一
新章 存在抹消 その一 です。
よろしくお願いします。
開けた扉の地続きには本棚の通路はなかった。
両側面には灰色のした壁に床はカーペットすら敷かれていない。
この通路は本来あるべきビルフロアの広さを歪曲して無理やり広くさせられ、延々と続くものだと、いかにも漫画的設定を考えていたら行き止まりにさし当たった。
僕の子どもじみた想像はあえなく打ち砕かれ、通路の奥行きはビル設計通りの広さに準じていた。
「まぁ、そうだよね」
苦笑いをしつつ独り言を呟いてしまったのは、通路を歩き始めて一分と経たない内に目的地に到着したからだ。
床下には最後の小冊子が置かれていた。二冊目は藍染めだったが三冊目は赤、というよりも朱色だ。色繋がりで久しぶりに女泥棒の中村千弦さんを思い出してしまった。彼女は苗字も名前も日本の名前ではあるけれど、黄色人種ではなくて白人だ。たぶん赤い髪の毛が多い白人種だと北欧出身だと勝手に想像しておく。
僕はしゃがみこんで朱色の小冊子を手にとった。
今月頭から始まった小冊子にまつわる出来事の原因を作ったのは中村さんにあると言ってもいい。そもそも春生に読めば呪われる小冊子を見つけ出すように命じたのは中村さんだ。
特殊な本を盗む泥棒であるはずの中村さんにも専門外と言われたその小冊子『白紙双紙』を手に入れた春生は『白紙双紙』の内容こそ知らなかったが、複数ある小冊子を探し出すという所に目をつけて自ら『音読解読』という小冊子を四冊作り上げて姿を消した。僕と桜子ちゃんは『音読解読』を手がかりに春生を探し、道中で術者の末裔である渡辺姉妹に加藤とも出会った。
結局、最後は茶番で終わったのだけれど、僕には読めば呪われるといわれた小冊子『白紙双紙』を新たに手渡されてしまった。
もしもの話は嫌いだけれど、二週間前に戻って『白紙双紙』を手渡されていたら、やっぱり呼んでいたのだと思う。結局、僕はいまある日常に変化を与えたかったのだ。小説の世界だけで満足するのではなく、自分の体でいまある世界を楽しむことを望んだ。
三冊目を読んでしまおうかと思った矢先、自分の中に小さな違和感が生じ、疑問という名の塊となり、手足を付けて蠢き始めた。
僕の思考に這いずりまわるその疑問は目の前にある小冊子を読むという行為よりも上位に位置してしまった。
思考してしまう。
何故だと、疑問符が打たれることが合図となって思考が加速する。
中村さんはどこで呪われる小冊子の存在を知ったのか。
春生はどこから小冊子を手に入れた。
いいや、春生は言っていた。
書き手と作り手は別にいると。
『白紙双紙』を元にして春生は『音読解読』を作成している。
詳しい内容も呪いも教えられてはいないが、概要は聞いているのだ。
では、読むことも出来ない『白紙双紙』を春生に渡した人間は知っていたのか。
山本和博と円城了のどちらかから春生は『白紙双紙』を受け取った。
待て、この結論は早計だ。
山本、円城が第三者に自分たちが作った小冊子を渡して概要を聞かせている可能性も否定出来ない。
だが、この二人に繋がる道は見えた。
前回、自ら行方不明となった時と違って春生とは連絡が着くと桜子ちゃんは言っていた。ならば、春生にことの真意を聞き出せば、とここまで考えて僕は我に返った。
「クソ、僕は馬鹿か」
誰もいない場所で僕は再び独り言を吐き出した。
桜子ちゃんから言わせれば、僕はダラズだ。
つい先程、小林くんと総一くんに釘を刺されたばかりだというのに。
僕の目的はあくまで呪いを解くためであって、小冊子を作り上げた呪術師二人を見つけることではないんだ。山本と円城に関する情報を得るのはその後でもいい、はずだ。
本当にそう思うのか、と別の僕が囁き自問自答が再開される。
呪いを解いた後に待っているのは報酬という名の特殊な力だ。受け取りの有無はボク自身となっている。万が一も有り得ないけれど、僕が間違った判断を下してしまった場合こそ取り返しがつかないのではないか。
大きな溜息を吐き出す。これほど大きな溜息が出てしまうと、本当に幸せがどこかへと飛び立って行きそうな気持ちにさせられてしまう。
ポケットから携帯電話を取り出したが電波を受信することが出来ずに圏外となっていた。時刻も十二時をそろそろ回ろうとしていた。桜子ちゃんからの連絡がそろそろ入ってもいい頃合いだ。いつまでも悩んでいる暇はない。
手にしていた朱色の小冊子を眺める。ここで読んでしまえば僕がこの二週間付き合ってきた呪いもどきから解放される。特殊な力などいらないと、必要ないと強い意志を持ってさえすれば、なにも問題はないと言い聞かせている自分が滑稽にすら思える。
朱色の小冊子を開くこともないまま、踵を返して元の図書館の通路へと戻った。
開け放しにされた本棚の扉の前にたどり着くと僕の帰りを待ちかねていた小林くんが駆け寄ってきた。
「どうでした?」
「あったよ。でも、まだ読んでいないんだ」
「呪いが解けた後でも、問題は残っていますからね」
ですが、と強い口調で割り込んできたのは総一くんだった。
「フキダシや相手の感情を見続ける、体感し続けるにも限界があります。自分は井上さんの意思を信じています」
そう言って貰えるのはありがたいけど、二人にも僕が先ほど気がついた春生と『白紙双紙』の入手経路について話をした。
「盲点だったなー。なにもない所から一冊目を手に入れられるはずがない」
「その石田さんのお兄さんとは連絡が取れるのですか?」
二人が感想と質問を口にした。
僕は携帯電話を取り出して電波がきちんと受信しているのを確認して、石田春生の携帯番号を開いた。
通話ボタンを押そうとしたところに、遠い方から声を掛けられる。
振り向くと図書館司書の名札を付けた背の低い女性がこちらに向かってきていた。
本棚から取り出した本は床に置いたままだし、なによりも本棚の扉がある。筆や墨汁はすでに片付けられていたので良かったが本棚の扉はどう取り繕っていいのかわからない。僕は急いで本棚の扉を元に戻そうとしたが、通路は消えていた。
数分と経たない内に、元に戻っている本棚を見て僕を含め他の二人も呆気に取られていた。
女性司書さんが僕らの前に立つと、空になった本棚と床に置かれた本、そして僕の携帯電話に着目した。
「すみません。館内での携帯電話使用は禁じております。また館内の撮影及び書籍の撮影もお断りしております。通話の場合はお手数ではありますが館外でご利用ください。あと、大量の本持ち出しは他のご利用される方のご迷惑となりますので読める範囲内で持ち運びしていただけますか?」
口調は柔らかいものの思っていることはフキダシとなって伝わってきた。『非常識』という思いが何よりも強かった。
「はい。ちゃんと元に戻します。どうも気になる本が多くて」
「お願い致します」
軽く頭を下げてはいたが、その言葉とは裏腹に本音の所は『人間の屑みたいな奴らが』だった。僕らの非は認めるけれどそこまで言われる必要はない。
向こうだって自分の本音が聞こえているとは思っていないし、仕方なの無いことだと思いながら、離れていく女性司書の背中を眺めた。
「こちらの都合も知らずに屑とは、いい性格をした女性ですね」
僕が読み取った女性司書の感情を総一くんが呟いたので驚いた。
「君もフキダシがみえるのかい?」
「フキダシはみえませんよ。強い感情があればそれとなくわかります。自分は、いえ自分らはそういう力を持っていますからね」
「それって僕が掛けられている呪いもどきと同様とうこと?」
「そうです。それが円城了の狙いなのでしょう。いや、山本和博も望んでいることかもしれません。故に、井上さんが手に入れたその小冊子は、我々にとっては禁書ともいえるのです」
明言を避けているのは、僕には聞こえない言葉があるからだろう。聞き取れる範囲内で総一くんは説明してくれている。
「総一くん、また普通に会話しているけど、いいの?」
小林くんに横槍を言われてしまったという顔をした総一くんは上下の唇を硬く閉じて頭を下げた。
だが、総一くんのうっかりのお陰もあって、僕の呪いもどきの全容を含め円城了と山本和博の企みもわかりはじめた。
再び思考の海に飛び込みたかったけれど、さすがに自粛してまずは空になった本棚に本を戻すため床に置かれた本を掴むも、小林くんが僕の手から本を奪った。
「ここはぼくたちが片しますから、井上さんは石田さんのお兄さんに連絡を取ってください。まずはそこからですよ」
僕は礼を言って図書館の外に出てすぐ春生の携帯番号を表示させて通話ボタンを押した。
あの男がどこまで知っているのか、わからないけれど僕の今後に繋がるなにかを教えてくれるはずだと期待しながら、耳に残るコール音を聴き続けて数秒後、ブツリと音を立てて通話モードに切り替わった。
「春生。実は聞きたいことが」と、要件を捲し立てるように言おうとしたが、春生の声ではなくて聞こえてきたのは留守番電話サービスのガイダンスだった。
録音がどれくらい出来るのか知らないし、要件すべてを吹き込むことが出来そうにないので、折り返し連絡を寄越してほしいとだけ残して通話を切った。
今になって春生に頼ることになるとは思いもしなかったけど、元凶である女泥棒と繋がっているのだ。春生が知らなくても中村さんにも話が聞ければ大丈夫だ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
新章 存在抹消 その一 は如何でしたでしょうか。
楽しんで貰えたのなら嬉しい限りです。
物語もついに終盤編に突入しております、
最後までお付き合いして貰えたら幸いです。
明日も投稿します。
よろしくお願いいたします。




