通路開放 その十二
通路開放 その十二 です。
よろしくお願いします。
小林くんを残して総一くんと共に外へ出ると、彼は再び深々と頭を下げた。
「こちらの都合とはいえ、井上さんに不快な思いをさせてしまったことを、改めて謝罪させて頂きます」
すみませんでしたと、謝罪する総一くんの姿勢は綺麗で芯が通っているように見えた。しかも傘を指していないものだから雨で濡れていく彼の体が変に絵になっている。自分でも説明の付かない状況に頭を抱えそうになる。まず彼の顔を上げさせて詳しく話を聴くことにした。
「先程も申し上げた通り、自分は風鈴さんと小町さんの言い付けにより井上さんと吉行さんを尾行しました。本日、吉行さんと井上さんが新宿の図書館に行かれるという話を伺ったので、井上さんに顔が割れておらず、また尾行を得意とする自分が選ばれた次第です」
「尾行はともかく理由はわかるから、僕も責めるつもりはないよ。じゃあ、もし僕が小林くんを探しに行かなかったら、君はずっと姿を見せないまま小林くんが帰った後も僕を尾行し続けていたの?」
「その予定でした。吉行さんとうっかり話をしていたせいで、自分の存在を悟られたのは自分の落ち度です。また今回の尾行に理緒さんはご存知ありませんので、悟られるわけにはいかなかったのです」
堅苦しい口調もやっと慣れてはきたけれど、こういう類の性格をした人間とは初めて相対するので、どのように話を進めていいのか悩む。
とはいえ、友達でもある高橋さんにも内緒にして総一くんを尾行させるということは、僕に掛けられている呪いもどきはよっぽどのことなのだろう。
黙って考え事をしている僕に、総一くんが眼力を込めた視線を向けてくる。とてもじゃないけど、どこにでも居るような高校生には見えないな。どんな私生活を送っていたら、こんな物言いと姿勢ができるのだろうか。
「そちらの都合はひとまず置いておこう。小林くんも君も誤解があると言っていたけれど。なにが誤解なのかな?」
「十中八九、井上さんは尾行されたことについて、ご自身が風鈴さんと小町さんに信用をされていないと思われたはずです」
「思われたね」
受け取り方によっては嫌な返事の仕方だけど、冗談半分で言ったつもりなのだが、総一くんは言葉の通りに受け取り、頭こそ下げなかったがすみませんと謝罪した。
僕以上に謝る少年だ。
「井上さんを試すような質問をしたのは事実です。井上さんの呪いが解けた後、どのような行動をされるのか、風鈴さんたちの気がかりだったのは確かです。ですが、本当の目的は井上さんだけではなかったのです」
あの二人が本当に気にしていることと言えば、一つしか考えられない。
「君たちと同族の円城了が僕の前に現れると考えたということかな?」
雨に打たれながら、総一くんは目を丸くした。どうやら、僕の考えは当たっていたようだ。
「残念ながら違います」
直立している状態から転けそうになってしまった。間違っていないという自負もあったから恥ずかしい。
「じゃあ、僕以外に監視をするというのは?」
「三冊目の小冊子です。本当は三冊目の小冊子を井上さんが読み、呪いが解ける直後に小冊子を奪い取る算段でした。風鈴さんたちも万が一にでも井上さんが報酬という名の力を欲しているようなら有無を言う前に小冊子の処分を命じたのです」
「会ったばかりの人間を信用しないのは正しい。でも、君が僕に悟られないようにと尾行をする理由にはならないよね? 初めから姿を表していれば、君も必要以上に謝ることはなかったんだ」
「それは……」
雄弁してきた総一くんがここに来て言葉を濁す。
「自分は井上さんとの接触をするなと命令されていたからです。理由は、自分と井上さんが接触することで、井上さんの呪いと思われている『それ』が一つ上の段階になる可能性が示唆されていたのです」
「フキダシと感情が伝わる以上のことが起こるとでも?」
現段階よりも酷い状態になるのかと想像してみたが、今が異常な状態だからなにも思いつかなかった。
「申し訳ありませんが、これ以上は言えません。もうこうして話をしてしまった以上、どうにもならないので、誤解だけは解きたかったのです」
そういって、どうかお許しをと頭を下げた。
許すも何も、僕自身はなにも困ってはいない。むしろ、状況が悪くなっているのは自分たちの思惑の外にでてしまった風鈴さんたちの方だろう。
僕が再び総一くんへ頭を上げるようにと催促していると、世界堂の自動ドアが開いて、小林くんが出てきた。片手には僕と同じようなビニール袋を手下げている。
「お待たせしましたー。どうでした? 誤解は解けた感じですか?」
「自分の話はもう終わりました。あとは、井上さんがどのように受け取られるかです」
僕に小林くんと総一くんの視線が注がれてくる。重要なことは何一つ聴くことができないままだったけれど、今は納得する他ない。
わかったのは三冊目の小冊子が天見さんたちには危険な代物である事と、僕の呪いが総一くんと話すことで呪いもどきに変化が起こるということ。
「話はなんとなく分かった。それで、小林くんはここでお別れになるけど、総一くんはどうするの?」
「今日、ここにいることは理緒さんも知らないことなのです。よって、自分が井上さんと一緒にいるところを見られたら、なんと思われるか」
やっぱりフキダシは見えないが、顔の表情と言葉の弱さを見るとかなりへこんでいるようにみえる。
「いま、何時でしたっけ?」
小林くんが言うので僕は腕時計に目を落とした。時計の針は午後零時十五分を回った所だ。桜子ちゃんたちがくるにはまだ少しだけ早い。
と、なれば、やることは一つか。
「彼女たちが来る前に、僕らで三冊目を見つければいい」
雨に濡れながら、僕は残り二人からの同意を求める。
「そのほうがいいですよねー。総一くんもそれなら問題ないでしょ?」
「ええ。早めに済ませてしまったほうがいいでしょう」
それぞれの思いと決意する方向性は違うけれど、僕らが向かうべき進路は決まった。
買ったばかりの小道具を持ち、傘を広げると僕らは四谷区民ホールへと急いだ。
午後になり、雨が強く降り始めたのもあって早足気味に区民センターへと舞い戻ると、そのまま七階にある図書館まで急いだ。
ここに来るまでの間、小林くんとは何度となく会話をしたけれど、総一くんが会話に参加することはなかった。どうやら本当に必要なことだけを話したかっただけらしい。
ただ、一つだけ総一くんに確かめたいことがあって、返事は貰えないと分かっていても話し掛けてしまった。
「先週、円城了が天見さんたちに向けた伝言の最後に『彼にもよろしく』と言っていたけれど、この彼というのは総一くんのこと?」
僕の質問に総一くんは「そうだ」という意思表示で一度だけ小さく頷いた。天見さんが言っていたもう一人の同族というのもまた総一くんのことだろう。
これで名前も姿も知らないのは、呪術師山本和博と円城了の二人だけになった。いや、容姿だけならここで聞けることも出来る。
僕は図書館の自動ドアが反応するかしないかの範囲で小林くんに円城了の外見などを問いてみた。
「一言では言えないですよ。写真や動画などでは残っていることもありますけど、基本的に、昔と今の円城さんは違いすぎますからね。会えばわかりますけど、変な好奇心で探したりでもしたら、その時は僕もフォローできませんよ?」
軽い気持ちで聴いただけだったのに、小林くんの目は真剣だった。隣にいる総一くんに至っては、それこそ獣じみた野生を感じられるほどだった。
「さっきの質問はなかったことにして欲しい。僕もこれ以上は踏み込まないと約束するよ」
僕の真摯な言葉を素直に受け取ってくれたのか、若い二人から放たれていた嫌な空気が消えた。
気を取り直して、僕らは図書館の中へと入り半紙が貼られている一角まで足を運ぶと、小林くんと総一くんは僕を残して人が通らないように見張っていた。
こんな本の多い場所で墨汁と筆を取り出すのだから利用者だけでなく司書にでも見つかったら二度と訪れることができなくなる。
逸る気持ちを抑えながら、本棚から慎重に本を抜き取って半紙の姿を露わにさせた。
受け皿に注がれた墨汁を筆先に染みこませる。
念のため、墨汁をカーペットや本棚に落とさないためポケットティッシュを左手に添えて筆を半紙まで運ぶ。
直立した半紙に文字を書き入れようとした時、二冊目の小冊子に登場した書道家の姿が脳裏に浮かんだ。
彼は今もどこかで筆を前にして泣いているのだろうか。
いまこの場に居ない誰かの心配をするだけ無駄だと言い聞かせて、半紙に一文字書き込んだ。不思議なことに半紙に書き込んだ墨汁は滴ることなく『文字』を維持している。この半紙が特別なのか、それとも『今』の僕が特別なのか判断しかねたが、目の前で起きている出来事は確かだった。
半紙は僕の書いた文字を認識すると本棚の中に溶け込んで一体となった。すると音を立てる事無く、物言わぬまた不動であるはずの本棚は蝶番を付けられた扉みたく開いた。
まさしく僕が半紙に書いた文字そのものに本棚がなったかのようだった。
僕が書いた一文字とは『扉』だ。普通では入れない場所、通れないのであればなにかが道を塞いでいると想像し、さらにその『扉』は開かれると思いながら半紙に書き込んだからだ。
開かれた道は人ひとりが歩ける程度の高さと幅がある。
ここから先は、僕一人だ。手に入れるのも読むのも、僕なのだから。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
通路開放 その十二 は如何でしたでしょうか。
楽しでもらえたのであれば、嬉しい限りです。
最後まで読んで頂けたかたにはわかると思いますが、
この投稿を持って第三章は終わりとなります。
事前告知になりますが、
次回は小冊子手記『白紙双紙』の二冊目を投稿します。
よろしくお願いいたいします。




