通路開放 その十
通路開放 その十 です。
よろしくお願いします。
小林くんがどのように答えるのか期待していたけれど、彼は腕を組みながら「んー」と唸り声を上げている。
「そんなに答えづらいことなの?」
「答えづらいというか、なんというか。井上さんが知っている中で円城さんと一番親しかったのは、天見さんと月森さんの二人です。高橋さんは前の事件と関わるまで知らなかったんですよ」
「小林くんはいつから?」
「僕は円城さんとは偶然知り合っただけで、天見さんや月森さんとはまったく関係のないところです。親しくしていた期間は短かったけど、あの時は良い人でしたよ」
意識していなくてもフキダシは見えていた。良い人でした、という過去形にするのは、彼自身も思う所はあるけれど円城了という男は『敵』だと認識している。なにより彼に取っては過去の人だということだ。
「現在でも天見さんと月森さんとの対立は続いていると。修復は難しいの?」
想像ではあるけれど何かしらの原因があって円城了と天見、月森の間に亀裂が生じてしまったのだろう。
僕の言葉に小林くんが吹き出す。彼は笑ったことに謝ったが、僕が見当違いをしているのだから、笑われても気にしない。
「修復なんて、不可能です。円城さんは今後も何かをしでかしていくでしょう。そして、天見さんと月森さんが、あの人を追っていく。あの二人も複雑だとは思いますよ。なにせ、遠縁ではあるけれど、本当の兄の様に慕っていたそうですからね。ぼくは知り合って日が浅いから、思うところも少ないけど」
グラスに残った氷をストローでかき回しながら、小林くんが呟く。
「やっぱり詳しくは言えないですね。井上さんに話すことでもないような気がするんですよ。話しても、あまり楽しくないから」
話を聞いて、僕は申し訳なくなった。好奇心で他人の傷を広げるようなことをしてはいけない。
「僕の方こそ、土足で踏み込んでしまって申し訳ない」
「謝らないでくださいよ。過去を蒸し返して嫌な思いをするのは、あの二人ですから。聞いたのがぼくで良かったですね。天見さんに聴いていたら、たぶん、酷かったですよ? 精神面では月森さんのほうがもっと酷いけど」
「想像はしたくないね」
「想像することすら勧めませんよ。とにかく、深入りはしないことです。呪いが解かれた後でも。これはぼくなりの忠告だと思ってください」
「忠告はしっかりと受け取るよ。呪いを解いた後に出会うとするのなら、円城了ではなくて、山本和博のはずさ」
「井上さん、ちゃんとぼくの話を聴いていました? 円城さんだけでなくて、山本という男もけっこう危ないんですよ?」
「話の割合では、円城了のほうが危険度は高いと判断しているけれどね。まぁ、なるようになるさ」
呪いを解いた後、どうするのかはっきりいって何も考えていない。僕としては何も得ないまま、小冊子を手に入れる前の生活に戻るつもりだ。それ以上の不可思議な出来事は求めていない。今の僕にとって一番欲しいのは……照れくさいから考えるのは辞めよう。
モスバーガーでのモーニングを済ませた後、区民センターを出て僕は毛筆を購入するため新宿通りを直進して世界堂というビルを目指していた。小林くんはというと、彼は新宿駅からそのままJRを使って帰るというので、買い物にまで付き合ってもらうことになった。
「僕の役目は終わっていますけど、ここで帰ったら勿体無いじゃないですか」
暗い話題もあったけれど、彼とはそれなりに話も合うので一緒に居るのは苦にならない。彼の好意をありがたく受け取り雨のなか男二人で歩くことになった。
「この先にある世界堂へ行かれるんですよね? ちょうど切らしている画材があるので、ついでにぼくもなにか買います」
小林くん、君は忘れているようだが、僕にはフキダシが見えるし、また君の抱いていることも伝わってしまう。その『ついで』は買い物ではなくて僕と同行することが『ついで』らしいじゃないか。
「ところで、話はこれまた全く関係ないことなんだけど、小林くんは高橋さんと同じ大学ではないの?」
「ああ、ぼくは違います。学力も違うし、学びたいこともお互いに違ったから別々の大学に進みました。でも、都内に住んでいるんだからどこに居たってぼくらは会えますよ」
「心配とか不安はないの? 違いと言えば高校生と大学生では行動範囲も違えば遊びも違う。来年には二十歳だ。さらに大人な時間を過ごせるようになる。人の彼女を捕まえておいて言うのもなんだけど、高橋さん、綺麗だし言い寄る男も多いはずだよ」
「いきなり直球ですねー。不安はあるっちゃーありますけど。高橋さんを受け入れられる男なんて、滅多にいませんよ」
てか、大人の時間っていい方が古臭いとダメ出しもされた。自分で言っておいてなんだけど、確かに古いしダサい。
自分の言葉に羞恥しながらも、しかし小林くんは自分に自信を持っていて高橋さんを信じているのだ。容姿や性格がどうであれ、自信を持っている男は強いし付き合っている女性も安心するはずだ。
どうやら、彼のほうが精神的には上のようだ。
「話を振ったのは井上さんですからね。ぼくもちょいと意地悪なことを聞きますけど、石田さんとはどこまでいったんですか?」
「君の場合は下世話な話題に直球だね」
「なんたってまだ十代ですからねー。大人の性生活には興味ありありですよ」
うん、訂正しようか。彼の精神は未熟のようだ。
「黙ってないで。さくっと答えてくださいよー」
「期待しているところ悪いのだけど、なにもないよ」
「マジっすか? え、マジっすか?」
「うん、なんで二回も言うのかな」
「いやいや、だって。え? 聞きましたよ? 二月末に起きた巨大動物目撃事件の張本人達とやりあったって。しかも、石田さんの為にズタボロになりながらも立ち向かったんですよね」
やめてくれ。僕の中ではかなり恥ずかしい記憶なんだ。掘り返さないでくれ。
僕が俯いていると、何を勘違いしたのかさらに彼が聴いた僕の武勇伝を話しだした。
「ラブホテルで二人の術者とやりあって、自分を身代わりにしながらも抗ったって聞きましたよ? あの姿に、石田さんはゾッコンラブで目がハートになったて」
なんなの、その目がハートって。というか、その表現は君の解釈じゃないのか。もう突っ込み仕切れないし、なんというか漫画的な表現をされてげんなりしてくる。
ついでに言うと、目がハートになった桜子ちゃんの姿まで思い浮かべてしまい、可愛いと思う自分とそんな想像をしてしまった自分がものすごく恥ずかしかった。
「あのね、小林くん。それはそれなんだ。こっちにも事情があるんだよ」
「なんです? 事情って? 付き合うにあたって障害とかあるんですか。年齢の差なんて関係ないですよ。ぼくの場合、高橋さんがいきなり三十路になっても問題なしです。むしろご褒美!」
「君の性癖は聞いてないから! とにかく、僕らはまだ付き合っていないんだ。僕だってこのもやもやした気持ちを消化したいよ」
傘に降り注ぐ雨音が大きいので、僕の声は自然と大きくなっていた。この通りも雨が降っていなければ人通りが多いとは思うけど、僕らが歩く通りの前後には人姿はほとんど見当たらない。今ばかりは鬱陶しい雨に感謝しよう。
「奥手なんですねー」
「もう、それでいいよ」
勝手に納得してくれた後、桜子ちゃんとの関係に追求されることはなかった。
新宿二丁目にある交差点で信号が切り替わるのを待つ。ここで男二人でいると誤解されるのかと思ったけれど、それは偏見だと言い聞かせる。恋愛対象が同性である人ばかりがここを闊歩しているわけではないのだと。
「夜の二丁目って来たことがあります?」
「いや、ないけど?」
言うまでもなく僕は焦った。これまですべてがフェイクで、実は君は、同性相手ではないと恋愛感情が抱けないとか。いや、僕と同じくらいの容姿(失礼極まりないな)だし、同性相手にモテるタイプではない……待てよ。だから、こっち方面に?
小林くんの問いを受けてから数秒の間に出てきた自問だった。
「あ、僕、ゲイじゃないですよ。あとバイでもないです。単純に夜の二丁目って来たことがあるのかなーって思って」
「うん、ないね。え、それだけ?」
「それだけです。意味なんて無いですよ。なんでもかんでも意味がある会話が必要ってことないじゃないですか」
閑話休題も必要な時は必要かもしれないが、ここでするような質問なのだろうか、とも思う。
ひどく長く感じた信号が切り替わり、僕らが目指していた世界堂という文房具店まであとすこしだ。
時間的に見ても、桜子ちゃんたちがこちらに来れる時間帯でもある。さっさと毛筆を手に入れてしまおう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
通路開放 その十 は如何でしたでしょうか。
ほとんどくだらない日常的な会話劇になりました。
文字数稼ぎと思われるかもしれませんが、
こういう日常も挟みたくなります。
楽しんで貰えたのなら嬉しい限りです。
明日も投稿をします。
よろしくお願いいたします。




