友人来訪 その九
友人来訪 その九 です。
よろしくお願いします。
僕は歩道橋の鉄柵に背中を預けながら二冊目の小冊子に書かれている物語に没頭した。
登場人物は彼、おそらく山本和博以外にももう一人加わった。一冊目でもまほろば骨董店の店主である斉藤さんの名前を出さなかったが、二冊目もまた新たな登場人物の名は記されておらず、書道家とだけ記されている。
二冊目で語られた内容は著者である彼(著者は山本和博になるのだが、あえてこちらの呼び名とする)の独り語りが綴られていて、科白は僅かな回数しかない。
彼と書道家が出会うまでの過程はこんな感じだった。
彼は手に入れたオルゴールから円城了の行き先を探ろうとした。当然、オルゴールが奏でる音を聴いた人は睡魔に襲われ昏倒する呪いが掛けられているだけで、呪術師である円城了の居所までわかるはずもなかった。
彼は考える。手元にあるオルゴールを何故作り、そして自分に買い取らせたのか。その理由はオルゴールの二重底に隠された文字にあった。
『麻布十番 Club Sound Vision 金曜 午前0時』
円城了はこのクラブハウスで待つと言っているのではなく、ここでオルゴールを使えと示唆しているのだ。絶頂の瞬間に客どもが眠りにつけば面白いかもしれないが、それでは子供の悪戯と変わらない。その幼稚さが彼の追っている円城了の魅力を損なわした。
他にも彼の思うところは多々あったが、指定されたクラブハウスの前へ訪れた。
その日のイベントはハウスとロックが主体のイベントで彼の好みでもあるようだった。ホールの中央で踊り狂うゲストたちを階段の上から眺めつつ、彼は中二階にあるVIPルームへ入り、主催者に挨拶をして次のプログラムに出演するプレイヤーにオルゴールを持たせて、メロディを聞かせろと命令する。
詳しくは書かれていなかったけれども、彼はこのクラブハウスを訪れたのは初めてで、主催者とも顔見知りではなかった。それなのに、なぜVIPルームに入室ができて、主催者に命令が出来たのか、一切明かされていない。それが彼自身の呪いでもあるのかもしれない。
程なくして、重低音を響かせるはずのスピーカから場違いなメロディが流れ始めた途端、会場にいたすべての人が深い眠りに落ちた。
彼もオルゴールのメロディを聞いているはずだけど、なぜか起きていた。これもまた理由が書かれていない。
これで円城了の目的は果たされたわけだが、この後なにが起きるのか彼は楽しみにしていると、眠りに落ちていない男を見つける。
この男こそ書道家だったわけだが、この男もまた円城了の呪いに侵されている一人だった。
書道家は円城了から受け取った毛筆以外で書をかくことができなくなり、さらに件の毛筆で描いた書を見た人はなにかしらの影響を与えられるとのこと。彼の説明を簡単に言うと『熱』とかかれた書をみれば体のどこかが熱くなり『心』を見れば、受け取りて次第だけど『辛い』とか『嬉しい』といった気分にさせられるのだという。
書道家は自分の描いた書が心身ともに害を与えてしまうことに悩んでいるという。毛筆を壊すなり捨てれば済む話なのにそれすらできない。この呪いを解くことが出来るのは、あなただと教えられたと書道は言う。
この呪いを解くことができれば、円城了の居場所を教えると書道家は言うのだが彼は乗る気がなかった。円城了が自分の力を試そうとしている魂胆が気に入らなかったからだ。
そもそも書道家を助ける必要もなく、彼の力があれば円城了の居場所すら簡単に聞き出すことが出来るのだが、彼は円城了の思惑に乗った。
彼は呪いこそ解くのだが、書道家を救う気がなかった。
この呪いを解く方法は一つ。毛筆を誰かに譲渡すること。そうすれば呪いは解けるが、対価としてこれまで培ってきた書道の技術をすべて失う。書道家は絶句した。努力して身についた技術を全て失うのだから。それでも、また自由に思うままに書をかけるならと彼に毛筆を渡して、書道家は書の技術を失った。
呆然とする書道家に円城了の居場所を聴いた彼はクラブハウスを後にした。
階段を登る際、書道家が嗚咽を吐きながら泣いていたそうだが、気にも止めなかった。
以上が、二冊目の内容だ。
読後の感想といえば、最低の気分だった。書道の技術を失うことなく救える方法が会ったのではないかと怒りがこみ上げてくる。なにも善人であってほしいなどと甘いことは考えていない。でも、この小冊子に書かれているのは創作物ではなく実話なのだ。今も書をまともに描くことができずにいる書道家がいる。そんな彼のことを思うと心が痛んだ。
もう二冊目の内容に触れる気もないし、読みたくもないが最後の小冊子がどこにあるのか、再び目を小冊子に目を落とす。
三冊目は前回と同じく舞台となったクラブハウスにあるのかと思われたが、予想は大きく外れた。三冊目の行方は新宿区の図書館とだけ記されていた。
それを読んだ僕はついに何かが切れて地面に小冊子を叩きつけた。
「どげさいたの」
桜子ちゃんがびくんと驚いて体を仰け反らした。
「ごめん。あまりにも腹が立ったから、その八つ当たりしちゃって」
「物にあたるのは感心しませんよ」
高橋さんが強めの口調で叱る。十代の子に怒られるなんて、情けない。感情的になった僕が悪いのだけれど、自分の中で渦巻いている黒い感情の鎮め方が見つからなかった。
「すみません」
そう素直に謝って歩道橋のアスファルトに張り付いた小冊子を拾い上げる。
「なにが書かれてあったで? そげに井上さんを怒らす内容ってよっぽどだが」
「桜子ちゃんが、僕をどのように評価しているかわからないけど。僕も人で怒ることだってあるんだ」
「それくらい知っちょるわね」
「いいや、知らないよ。さっきみたいに大人げないやり方で怒ったりもする。気に入らないことがあれば、癇癪だって起こす。僕は感情面ではまだ子供なんだ」
自分がまだ幼いと感じる時はいつも感情的になった直後だ。二十代半ばにしてもまだ物にあたる癖が抜けない。女性二人の前で見せるような姿ではない。反省しても起こしてしまったことは仕方がない。次があるのかわからないけど、感情的になっても何かに当たらないよう努めるしか無い。
僕のせいで場の空気が悪くなった。この空気を変えるのは自分だと言い聞かせる。
「二人とも、気分を害したのならごめんね。大人気なかった」
「いえ、私は。そんなつもりで言ったつもりではなくて」
高橋さんは僕を責めたのではないかと気を病んでいる。心でもう一度、すみませんと謝る。
「ほんに、なにをしとらいかいねー。そぎゃんことしとーと、嫌いになーで」
桜子ちゃんは普通に責めた。そして怒っていた。それは僕の物にあたる稚拙さではなくて、もっと別なこと。嫌いになるといった桜子ちゃんの言葉には『知らないのなら知りたい』だった。
「桜子ちゃん、どうしてそんなに僕のことが知りたいの」
僕がフキダシで感じ取ったのだと察した桜子ちゃんは僕から顔をそらした。
「井上さん、そこ追求するところじゃないですよ。むしろ、分かってあげてください」
再び高橋さんに叱られる、というより呆れられた。どうやら、これが物語でよくありがちな主人公特有の鈍感力なのだろうか。いや、すぐにわかったからいいけど。
桜子ちゃんの気持ちに僕は応えることができるけれど、ここではないと僕ではない誰かが告げた。
「そんで、内容はもう聞かんけどさ。最後の小冊子はどこにあーの?」
「それが……」
僕は小冊子に書かれていた新宿の図書館だと教えると、さすがに僕が怒った理由も分かってくれた。図書館と一言でいうけれど、館内は広いはずだし、どこの棚にあるのかすらもわからない。それに、無断で図書館の棚に差し込んでいたら見つけ次第、処分されるにきまっている。
さらに高橋さんが追い打ちをかけてくる。
「私、新宿のことはそこまで詳しくないけど、区立図書館は一つだけじゃなくて複数あるはずなんですよ。しかも転々としていて一日で回れるかどうか」
もう最悪だ。腕時計を見ると時計の針は十六時に近づいていた。今日一日で呪いを解くのは諦めたほうが良さそうだ。
「夕方に天見さんと月森さんに会う予定ですけど、場所はどこで?」
「まだ場所を決めてないんです。向こうもいまは東京にいないから」
「都外の大学に通っているんですか?」
「いえ、今日は大学じゃなくて彼女たちの、なんていうか仕事ですかね」
学生で仕事といえば、アルバイトになるだろうけど、呪術師に精通している人達だ。きっと非日常的な仕事に違いない。
「どげする? ここで一旦解散するとか? 理緒だってそろそろ小林くんと会いたいんと違う?」
「うるさい! あれ? 私、小林くんと会うなんて話、桜子にしたっけ?」
驚く高橋さんに桜子ちゃんが指をさして笑う。
「このダラズめー。引っかかりやがった」
「こいつ、鎌かけやがったな!」
高橋さんが初めて暴言を吐いた。これが友達と居る時の彼女なのだな。
僕らはそのまま渋谷まで徒歩で戻って駅で別れた。
高橋さんは詳しい時間と場所が決まり次第、桜子ちゃんにメールをするといって、彼氏さんが待っている秋葉原に向かった。
んー、どうしても秋葉原と聞くとオタクのイメージが湧いてしまうのだけど、偏見だろうか。
「いま、小林くんのこと、オタクかなって思わんかった?」
「思ってないよ」
図星だったので声が上ずった。
「大丈夫。小林くんはまじりっけなしのオタクだで」
「え! 本当に?」
最後まで読んで頂きありがとうございます。
友人来訪 その九 は如何でしたでしょうか。
楽しんで貰えたのなら嬉しい限りです。
明日も投稿を予定しています。
よろしくお願いします。




