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禁書読書  作者: アサクラ サトシ
第二章 友人来訪
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友人来訪 その七

友人来訪 その七 です。

よろしくお願いします。

 ところが、伊藤さんは足こそ前に進めているけれど、高橋さんの問に答える様子が見られない。答えないことが答えないのかそれとも、敢えて高橋さんの質問を無視しているのか伊藤さんの性格からすると考えられることだが、判断がしにくい。

 では、言えない理由とは、なんだ。

「もしかして、覚えていないとか。いや、覚えていないのにそこまでする義理もないですよね。言えない理由でもあるんですか」

 脅迫という言葉が浮かんだが、それも否定する。危害を加えようとしない呪術師たちが、協力をしてくれる人間に脅迫をする必要がない。呪術師が伊藤さんになにをしたのか思考を巡らせている中、伊藤さんは急に立ち止まってこちらに振り返った。

「あ? 何言ってんだ。てか、何の冗談だ」

「冗談?」

 伊藤さんの言いたいことがわからない。会話がすれ違っている。

「あたしはちゃんと言っただろ」

「なにを?」

「おい。笑えない冗談はあたしが一番嫌いなんだ。ふざけているなら楽しいお喋りはやめて、さらに道案内すらやめるぞ」

「待ってください。本当になにを言っているのかわからないんですけど」

 必死に弁明した。この人、本当に怒っているし道案内すら放棄するつもりだ。桜子ちゃんも沸点が低いけれどこの人も相当の低さだ。

「だから、ちゃんとあたしは言っただろ。あのドラムを渡したのは――――みたいな奴だって」

 お面を付けているから聞き取れないなんてことは考えにくい。その前後の言葉はきちんと聞こえているのだから。言葉に発せられていないというのが一番しっくりくるけれど、伊藤さんはちゃんと話しているつもりでいる。

「なんだよ、不思議そうな顔しやがって。嫌がらせか」

「違います。伊藤さんは言えないようされているんです」

 高橋さんが憤慨する伊藤さんをなるべく柔らかい口調でたしなめる。

「言えないようにって、なんだそりゃ? 言葉が言えないような呪いとでもいうのかよ」

「呪いとは違いますけど、平たく言えばそうです」

 高橋さんが強気に、確信を持って言った。僕としては呪いではないというのが気になる。

「呪い? このあたしが? 勘弁してくれ。魔法ならまだしも呪いはねーよ」

 伊藤さんは僕らを小馬鹿にした感じで笑っていたが、僕らの重苦しい表情と空気を読み取ってすぐに笑うのをやめた。

 伊藤さんは軽い溜息を吐き出してから、お面を半分だけ上げて口元を晒した。

 口は確かに動いているけれど声帯が触れていないので、僕らの鼓膜を刺激する振動が伝わってこない。もちろん、フキダシすら表れない。

「あー、なんであたしはこう変なやつに絡まれんだろう。なんだよ、これじゃ気持ち悪くて今夜眠れないじゃないか」

「その呪い、解くことができますよ。ただし条件付きです」

 高橋さんがとんでもないことを言い出した。だって君は道具の声しか聞こえない(それだけでもすごいけれども)女子大生だ。伊藤さんにどういう条件をつきつけるのかまだわからないけど、駆け引きをしたとしても万が一、伊藤さんの呪いが解けなかったらどうするつもりなのだろう。

「私と桜子のことを小娘と呼ぶのをやめてください。私はあなたみたいな自己中心的な人が大嫌いなんです」

「言うじゃないか。気に入ったね。いいよ、二人とも、名前を言ってくれ」

 そう言われて、桜子ちゃんと高橋さんが改めて自己紹介をすると伊藤さんは「二人ともいい名前だな」と呟く。

「桜子の無鉄砲なところも好きだし、理緒の負けん気も気に入った。数少ない同性の知人としてみてやるよ」

 相変わらずの上目線だ。助けてもらう側の人なのにまったくというほど自分という軸をブレさせない。

「あんたに気に入れられてもうちは嬉しくないで」

「私も桜子と同じです。でも、秋野さんの人間性は好きになれませんが、三味線の演奏は好きです。そうでしょう? 桜子?」

「すごいとは思ったで。あんな風に人を引きつけられる表現をする人は、格好いいわ」

 決して伊藤さんと顔を合わせようとしない桜子ちゃんだが本音は言えてすっきりした様子だった。人間性は別としても伊藤さんの三味線は人を感動させる力がある。それは認めていたのだろう。

 友人関係が築くことが出来るかと言えば、それは別らしい。なにぶん、第一印象が悪すぎたので伊藤さんに対する嫌悪は拭いきれていない。

 予感がある。いつの日か、この三人は同じテーブルで食事をしながら談笑していると。最悪の第一印象から始まるとその後はいいところが見えてきて心変わりすることだってある。

「あたしのことを気に入らなくていいよ。評価して欲しいのはあたし自身じゃなくて三味線の方だからさ。その三味線さえも気に入って貰えないのなら、それまでだけどさ。自分でも面倒な性格をしているとは思うけど直す気なんて微塵も思ってない」

 伊藤さんの本心だった。誰かに好かれたいとか、誰にでも受け入れてほしいという願望が一切なくて、彼女にあるのは自己表現を通して人を楽しませること。

 ようやく、湖での演奏で感じた個と個の繋がりを感じた理由がわかった。彼女は自分の演奏によって大勢の人が抱く躍動を共有しあうのではなく、一人ひとりが強く楽しんでほしいと願っている。そこに伊藤秋野という個人に好意を抱いて欲しいのではなく、狐が演奏する三味線を好いてほしいと願っているのだ。

独り善がりで自分勝手な人かもしれないけど、表現者として人を楽しませる思いは強く感じた。

「変なやつ」と、桜子ちゃんが苦笑する。

 高橋さんも桜子ちゃんに釣られて頬を緩ませた。

 僕の予感は間違っていなさそうだ。

「それでいつ解いてくれるんだ? 道案内した後でというのならそれでもいいけどさ」

「いえ、その呪いを解くのは私ではなくて、友人です。今日の夕方に友人たちと会うのでそれまで我慢してもらえれば」

「いいよ、それで。今夜眠れることができればそれでいいや。じゃあ、行くか。目的地までもう少しだ」

 伊藤さんは何事も無かったかのようにお面で口元を隠してまた歩き出した。自分の身に得体のしれないことが降りかかっているのに平然としている。こういうった意味不明で不可思議な現象に彼女は場慣れしているのかもしれない。高橋さんの進言を聴いた後に伊藤さんは『魔法でもあるまいし』という言葉はフキダシとなって見えた。そこにあったのは『またか』だった。

 今月の頭に、僕は中村さんに魔法使いはいるのかみたいな発言をしたが、現時点において魔法使いは存在しないと明言している。魔法使いが居るのかもしれないという高揚感もあった。が、その反面、これ以上厄介なことに首を突っ込むのはよそうと決意した。

 余計な質問を伊藤さんには振らずに、僕は高橋さんと肩を並べた。

「本当に、伊藤さんに掛けられた呪いは解けるんですか?」

「ええ、大丈夫です。それに、伊藤さんは呪いに掛けられてはいません。あれは円城了の仕業ですよ」

「断言しましたね」

 山本和博が媒体を使わなければ三流にも劣る呪術師なのは覚えている。その媒体が伊藤さんの持つ三味線に施されている可能性もある。三味線でなくてもいい。可能性なのだから幾らでもあるはずだ。それがわからない高橋さんであるはずがないので、円城了だと断言にした根拠が知りたい。

「私が見たところ、伊藤さんの身につけている物に呪いが掛けられているものはありません。媒体となるその道具がないということは?」

 ショコラカフェで小冊子を見せた時のことを思い出した。

「道具と会話するだけでなく、道具自身の目利きもできたんですね。でも、呪いではないとはどういうことですか? 円城了も呪術師なのだから、呪いを使っているのでは」

「そっか。井上さんは円城了のことをずっと呪術師と言ってましたね」

「ええ、小冊子には呪術師と書かれていましたから」

 高橋さんの口ぶりから察するに、円城了は呪術師ではないということになる。不可思議な力を持っている上に有名人の円城了の肩書を山本和博が間違えるのも考えにくい。

「そういえば、なぜ山本は彼のことを呪術師と書いたのだろう? 勘違いで書くにしてもありえないし」

 高橋さんが首を傾げる。

 文章というのは書き手が読み手に伝えたいことが十あるとしたら、その内の八割も伝われば上出来だと考えている。残りの二割は読解力のある人にだけ伝わればいい。書き手から離れてしまった文章や小説というものは読み手に委ねられる。そこには個人差があって、十伝わることなんてまずありえない。だから八割ほど伝わる文章であればいい。今回の円城了は呪術師という文章も、それは書き手である山本和博が呪術師としての思い入れが強いせいだと思っている。現に、読み手である僕に円城了が呪術師だろうとなかろうと、微々たる誤差であって、真実の肩書など知らなくてもいいことなのだ。

「円城了は呪術も使えるとは耳にしたことはありますけど」

 高橋さんが珍しく思い悩んでいる。いくら考えてもわからないものはわからない。ならば、正しい方を答えてしまえばいい。

「呪術師でないのなら一体なんなんですか?」

「円城了は――――です。つまり私の友達、天見風鈴と月森小町も――――なんです。より詳しい話はあの二人から聞いたほうがいいでしょう。今言えるのはこの三人が――――だからこそ争いあったということです」

 僕は耳を疑い、高橋さんをも疑った。

 彼女は何を僕に伝えたかったんだ。

 高橋さんの言葉も僕らには届かないのか。僕はすぐさま右隣にいる桜子ちゃんに顔を向けた。彼女もこの異常に気づいているはずだし、何も言わないわけがないと思っていた。

 僕が驚いているのを承知しているはずなのに桜子ちゃんは笑っている。

 どうしてと、何故と、その他にも浮かび上がる疑問の言葉だが、しかし決してそれを口にすることが出来ない。

「どげしたで。そげに驚いて。まぁ、付喪神探偵の次は――――だけんな。しゃんもんがおるなんて普通は思わんだろ。まぁ、うちは実際に――――してるんを目にしたわけじゃないけん。どんな風に――――されるんか気になーわ」

 言葉を失う。どこから、なにから考えていいのか、わからない。

 これまでの人生でここまで混乱したことは一度もない。春生が失踪した時も、小冊子を探している時も、渡辺姉妹に捕まり、傷めつけられた時だって僕は考えることを諦めなかった。目の前にある問題に屈服することなく思考することが唯一の突破口だと信じていたからだ。

 落ち着け。焦るな。聞こえないという事実を認識して受け入れろ。

 二人が呪いを掛けられたのはいつだ。

 伝言役とされた時か。あの時なら二重に呪いを掛けられるはずだ。

 待て。なにか見落としている。

 なんだ。思いだせ。ついさっきのことなんだから、ちゃんと思い出せ。

 違和感がある。僕は二人が呪いに掛けられていると思い込んだのは、円城了の肩書きが聞こえなかったからだ。

 でも二人は、きちんと会話をしていた。

 桜子ちゃんは高橋さんが口にした円城了の肩書きをきちんと耳にして、会話の中に入ってきた。

 頭の中でがちりと音を立てて結合する。

 呪いを掛けられているのは、僕だ。

「井上さん、どげさいた? 顔色が悪いで」

「大丈夫。ちょっと変なことを想像したら気分が悪くなって」

「あんま無理せんほうがいいけんな。辛かったら休んでいいけんね」

 桜子ちゃんが心底心配してくれるのはありがたいけど、いまこの場で僕も呪いを掛けられているとは言えない。どうせ僕も天見風鈴と月森小町と会うまでは、この呪いは解けないのだ。悩むよりもまずは行動だ。目の前にある問題を片付けていくしか無い。

 混沌としていた思考が徐々に戻っていく。いまは僕に掛けられている呪いもどきのことよりも、オルゴールのドラムを手に入れることだ。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

友人来訪 その七 はいかがでしたでしょうか。


明日も投稿を予定しています。

よろしくお願いします。

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