友人来訪 その六
友人来訪 その六 です。
よろしくお願いします。
一心不乱に撥を弾き、滑らかに弦を抑えつつも動くその指は白くて綺麗だ。狐の面を付けて演奏をするというのもまた面白味がある。公園の湖を背にして弾いている姿は見栄えもよかった。
ストリート・ミュージシャンの類だとは思うけど、対外の演奏をする時間帯というのは昼間ではなくて夜だと思っていた。こんな平日の公園で演奏するのもまた珍しい。
狐の演奏を聴いていて面白い発見があった。彼女の演奏を聞いている誰しもが三味線のメロディに体を預けていないという点だ。普通、という言い方は語弊があるかもしれないけど、路上などで演奏を聞いている人は、その演奏に惹かれて足を止めて流れ出るメロディに合わせて足踏みをしたり、体を揺らしたりと演奏に乗る人が多いのに対して、狐の演奏を聞いている人は誰も身動きせずにただ聴き入っている。
僕も含めて、狐の演奏を体で受け止め、そこから沸き上がる躍動を表に出さずに自己完結していく。演奏者とその他大勢の観衆たちとで感動を共有し連動し分かち合うのではなく、一人の演奏者と一人の観衆とで繋がりを見せている。聞き惚れているとも言えるし、演奏の世界に魅了されているとも言える。
荒れ狂っていた撥が次第におとなしくなっていくのがわかる。これは演奏が終わりに近づいていく。弦を抑える指もまたゆっくりとなって動きが遅くなっていく。最後に弾いた弦が残響となっていく。
演奏が終わってしまった。演奏者と僕との繋がりが消えた。
狐の演奏者は深々と頭を下げると、繋がりを持たなかった観衆が拍手という音を出すことで繋がる。
外国人の観衆は声を張って狐の演奏者に歓声をあげていた。
手にしていた三味線を片付け始めたので続いての演奏がないとわかった元観衆たちは通りすがりの他人となって各々が向かうべき所へ散らばっていった。
僕ら以外に残っている人がいないのを見計らって、荷造りを続けている狐の演奏者に声を掛けた。
「演奏良かったです」
荷造りをしている演奏者の背中に話しかけたので、彼女はその手を止めて僕の方へと向き合って軽く会釈をしてくれた。背筋を伸ばした時、高橋さんと同じくらいの背の高さかそれ以上で、若干僕よりも大きい。お面の奥から覗き込まれる目と合うも、彼女は返事をしてくれることもなく、再びこちらに背を向けて荷造りを再開した。
「あなたに用があるのですが」
背中に向かって声を掛けたけれど、今度はこちらを向こうともせずにせっせと荷造りを終わらせて足早に立ち去ろうとするので、僕たちはすぐにその背中を追った。
「すみません」
意外なほど足は早く追いかける僕も必死なのに、一向に立ち止まる様子が見られない。
それに彼女はいまだに狐の面を付けたままだ。木製のお面だから覗き見る景色はかなり狭いはずなのに大丈夫だろうか。
「なんなんあいつ、こっちの声が聞こえんのだーか」
「聞こえているけど、距離を持ちたいんじゃないのかな」
桜子ちゃんの苛立った疑問を冷静に高橋さんが答える。
「距離というのは、演奏者と観衆との距離ですかね」
「あのお面を外さないのもそのためじゃないですかね。あくまでも彼女が接して欲しいのは演奏者である狐であって、地の自分じゃない、とか」
妙に説得力があって納得してしまった。そう考えるとお面を取った状態であれば話せるとも思ったが、すぐに間違っていると思い直した。
僕が話し掛けなければいけないのは地の彼女ではなくて狐のほうだ。それに声の掛け方も間違っていたのだ。
かなり距離が離れてしまっていたので、僕は声を張り上げた。
「探しものがあるんです」
僕の声がやっと狐に届き、足を止めこちらに振り返った。
「あまりにしつこいから強姦だと思ったよ」
お面越しに聞こえる声は篭って聞こえるけれど、やはり女性だったがさすがに年齢まではわかりそうにない。ちなみに強姦というのは彼女なりの冗談らしい。
「二人も女を引き連れて強姦もないか」
どうやら僕一人だけが追いかけていると思っていたらしく、強姦は失言だったと反省したみたいだ。暴言は吐くけれどちゃんとした良心はあるようだ。
「道案内はするけどこの面は外さないから。あたしの演奏を聴いてくれた人に素顔は見せたくないんだ」
高橋さんの読みは当たっていた。お面が三味線演奏者としての自分のようだ。
「構いません。それで隠し場所はここから近いんですか」
「あんたの名前を教えてよ。無言で道案内とかしたくないしさ、どうせならお喋りしながらの方がいいじゃん。だから、名前をあたしに教えとけ」
口調も態度も傲慢という言葉が似合う女性も珍しいなと感心する。しかも、全く鼻につかないところがまた良かった。こういう常に上から喋れる人で嫌な気分にさせないさっぱりとした人は付き合いやすい。
「井上です」
「下の名前は?」
「優太です」
初対面だし今後、関係を持つようには思えないのにフルネームを知る必要性なんてあるのだろうか。人それぞれ気になることはあるかもしれないけど変な人だ。
なるほど、変な人だから絡まれているのだと納得した。
「あ、後ろの小娘どもは名乗らなくていいよ。道案内してやるのは優太だけなんだろ。それに同性には好かれたくないからさ」
この人のキャラクターはぶっ飛んでいて面白すぎる。いきなり名前の方で呼び捨てされるのも意外性がある。さらに同性嫌悪なのか知らないけど桜子ちゃんと高橋さんを小娘扱いするのもまた酷いさも面白い。中村さんの更に上をいく性格の悪さだ。
そんな言い方をすると、あの子が黙っていない。
「あんたの何が偉いんか知らんけど、馴れ馴れしいにも程度ってあるが。なして井上さんを初っ端から名前で呼んどるで」
桜子ちゃんが何で怒っているのかフキダシとなった部分で本音が伝わってくる。この子も僕のことを名前で呼びたいらしい。いい加減、本音が伝わるということに慣れたいのだけど、自分の事をどう思っているのか分かってしまうと居た堪れない。
「小娘一は広島出身? 違うな。若干やわらかいから島根か」
「あんた、出雲弁がわかーの?」
「中国地方には何度かライブで行ったことがあるから、そっちの方言は耳にしてれるから覚えてたんだ。そっか島根かー。なんも無いところだよな?」
「出雲大社くらいあーわって、そぎゃんことどげだっていいがね。馴れ馴れしく名前で呼ぶなや」
僕は別に構わないし、呼び方でムキになっている桜子ちゃんもどうかと思うよ。
「ああ、面倒な小娘一だな、おい。いいか、『いのうえ』と『ゆうた』だったらどっちが呼びやすいよ?」
左手を腰に当てて桜子ちゃんを狐の人が見下ろす。またこれが様になっていて格好いいときた。
「そんなん聞かれても、どっちも呼びやすいと思うで」
「日本人なんだから、もっと語感を大切にしとけ。確かに『い』で始まる言葉は言いやすいけど、四文字で若干長いし略すのも面倒だ。その点『ゆうた』は三文字で語感もいいし語呂も悪くない。言いやすさなら断然、優太がいいだろ」
いいだろとか言われてもな。そこまでの持論があるのなら好きに呼んでくださいとしか言えない。
「桜子ちゃん、とりあえずここは抑えて。目的の物が手に入ればいいからさ」
「井上さんがいいなら、うちもそれでいいわ」
またふてくされている。機嫌を損ねる理由は可愛いけど、もうちょっと大人になろうねとあとで教えてあげよう。
「案内するから後に付いてくるといいよ。迷子になるような距離でもないからな」
先を歩み出す狐の人の後を追うとして、僕はまだ彼女の名を聴いていないのを思い出した。
「あなたの名前は?」
狐の面を付けた顔がこちらを向く。
「伊藤秋野だ。どちらも三文字だし、あ行の名前だからフルネームで自己紹介すると語感も語呂も悪いから嫌いなんだよ。しかも名前も苗字っぽいからな。かといって、名前は気に入ってんだ。あたしのことは好きな方で呼んでいいぞ」
「わかりましたよ。では、あ…いった」
桜子ちゃんが僕の腕を力いっぱいに握りしめてきた。しかも両手で。前に投げられた時もそうだったけど、さすがに柔道をしているだけはあって握力がすごい。さらに僕を睨む目もまたすごいというか怖い。僕がどちらの名前でいうのか分かったから実力で阻止してきたのだ。これはフキダシを見なくても気持ちは伝わってくる。そうですか、わかりましたよ。
「なんだ、腹痛か?」
正面を向いていた狐がこちらの様子を伺う。
「大丈夫です。伊藤さん」
桜子ちゃんが笑顔になって掴んでいた手を離す。僕の中では秋野さんと呼んだほうが語感は良かったのだけれど、ここは伊藤さんと呼ぶほうが正解だ。
「小娘一は生娘だから大切にしろよー」
伊藤さんが軽口を叩く。なんの感情も込められていないことから、本当に桜子ちゃんに対して興味がないのだ。
「き、生娘とかいうなや。この腐れ狐が!」
「喧嘩ふっかけても買わねーぞ」
その後、桜子ちゃんと伊藤さんの口合戦は続いたがあまりにもくだらなくて幼稚だったので、半分以上は聞き流した。
僕らは森緑のある歩道を歩いて原宿駅方面へと進んでいた。
伊藤さんと桜子ちゃんの小競り合いは両者ともに飽きた用で、一言も言葉を交わそうとしなかった。
その代わり、伊藤さんの矛先は僕の方へと代わり職業や年齢の話しを振られたので、そつなく返した。伊藤さんもふーんとかへーとかキャッチボールが出来るような返事すらしてくれなかった。お喋りする気がないのではなかろうかと思うくらい素っ気ない。
「小娘二が喋ってもいいですか?」
そんなやる気のない会話の中に、高橋さんが割り込んでくる。小娘二と自分で言う高橋さんもどこか図太い。
「いいぞ、小娘二」
「あなたにオルゴールのドラムを渡した人はどんな人でしたか」
さすがに探偵と称されることもあるのか。渡してきた相手が山本和弘なのか円城了なのかを確かめるためだ。これまでの話で、山本和博と会ったという話は聴いていない。となると、風貌を聞いて円城了だとわかれば、この後に会う天見風鈴と月森小町への手土産になるし、円城了でなければそれは山本和博の容姿となるので、今後の役にも立つ。
さて、伊藤さんからどんな答えがくるのか楽しみだ。
最後まで読んでいただきありがとうござます。
友人来訪 その六 は如何でしたでしょうか。
楽しんで貰えたのなら嬉しい限りです。
明日も投稿を予定しています。
よろしくお願いいたします。




