友人来訪 その一
新章 友人来訪 その一 です。
よろしくお願いします。
忽然と現れた骨董店を前にして混乱しかなかった。桜子ちゃんたちと落ち合う前に僕はここへは何度も通ったし探し続けた。住所は間違っていないと思いながら何度も何度もここを歩いたんだ。まさか、本当に小冊子の順序を音読したら辿り着けるなんて思ってもいなかった。
いま、僕の目の前にある骨董店は両隣にある建物の間を歪曲した形で存在している。周りの景色は見えるけれど、僕の回りを通り過ぎて行く人達の目には僕の姿が見えない様子だった。それは僕の後ろを歩いていた桜子ちゃんと高橋さんも同じようで、僕が目の前にいるのにも関わらず、僕を探しているように見えた。彼女たちの口元を見ると何かを話しているようだけれど、こちらには全く聞こえてこない。またその逆もあって、僕の発する声も彼女たちには届いてはいなかった。
不思議な現象ではあるけれど、僕の理解を超えた現象を考えても無駄だ。僕はここへ訪れた目的を果たすため、立て付けの悪いと言われていた骨董店のガラス戸を横に開けて、中に入る。
店内は圧倒するほどの古い物で溢れかえっていた。古道具独特の匂いが充満している。密集しあっている道具たちのせいで店内の広さがわからない。触ると崩れ落ちそうな商品たちを避けながら店主を探す。時折、すみませんと間延びした声を出したが返事は戻ってこない。
獣道の様な通路を歩いているうちにひと目で年代物だとわかる木製机が見えると、椅子に座りながら両腕を組んで居眠りをしている男性がいた。
机の前に立って、男性を見下ろす。起こしていいものか悩んでいると閉じていた瞼が開く。
「いらっしゃい。初めて見る顔だ」
男性の声は低くもなく高くもない。フラットで聞きやすかった。見た目は確かに年齢不詳とも言えて、二十代のようにも見えて、三十代といわれても納得するような顔立ちだった。服装もカジュアルで白地のチェックシャツでデニムパンツを履いている。骨董屋の店主にしては不似合いな服装だし若すぎる。
「あなたがここの店主さんですか?」
「俺以外に誰かいるなら教えてくれ」
接客業としてはあるまじき言葉使いかもしれないけど、こういうわけのわからない入店方法をするような店だ。普通の接客を期待するほうが間違っている。
「うちの店へ訪れる人間は限られている。あんたは誰の紹介でここへ来ることができた?」
「紹介といえば、そうかもしれません」
「歯切れの悪い言い方は好みじゃないんだ。はっきりと言えばいい」
機嫌を損ねて小冊子が貰えないのではここまで来た意味がなくなってしまう。僕は手にしていた小冊子を店主に見せた。
「それか。あの人も酔狂なことをしてくれるよ。肩入れする俺もそうだがね」
店主は机の下に隠れたキャスターから、藍色に染められた小冊子を取り出して、白の小冊子に重ねるように放り投げた。
「あんた、いくら持っている?」
「お金を取るんですか?」
「うちは何屋だ?」
「骨董屋です」
「客の酔狂に当てられるほど、俺は人情家ではない。品は品。欲しい人間がいれば売る。売れないものは受け取らない。それでいくら持っている?」
財布の中には千円札五枚と小銭があるくらいだ。正直に持っている金額を伝えると店主は鼻で笑った。
「その程度の金でうちへ来たのか」
「少なくとも、僕にとっては大金です」
他人の懐事情を笑われた上に貶されれば腹も立つ。
「そちらも商売というのなら、僕だってお金を払いますよ。それを買わなければいけない事情だってありますからね」
「呪いを解くためか? あんたの呪いの目は使い用によってはとても便利な物だかね。それでもその先にある物が手に入るモノと比べたら微々たる目だ」
店主の言い方は気に入らないけれども、この人は小冊子の呪いも報酬のことも知っている。著者の彼から直接教えてもらったわけではなく、独り言を聞き覚えていただけなのだろう。それでも、僕は呪いのことも報酬のことも聞く気にはなれない。すべての小冊子は自分の目で読むからだ。
「金を払うというのなら売ってやる。十万だ」
「そんな」と続く言葉は「バカな」だったがありきたりな言葉なので飲み込んだ。そして、店主は意地悪とか僕を試すために高額な金額を提示していない。この人は本気で十万を払えと言っているのが伝わってきた。
「払えないのなら金を貯めてこい」
貯蓄がほとんどない僕がこれから貯金をしても貯まるのは半年以上先だ。それまでずっとこの呪いと付き合うなんて無理だ。
店主はこちらの気持ちなど皆無で藍染めの小冊子を引き出しの中に仕舞いこむと、僕に対する興味すら無くして初めて相対した時と同じように腕を組んで両眼を閉じた。
帰れと言われてすごすごと立ち去るわけにもいかない。かといって棒立ちしたままでは小冊子を手に入れることはできない。
考えろ。
僕に何が出来る。
なにを売れば十万という大金が即座に手に入る。
手持ちの物を売るのではなく、金を手に入れる方法はないか。
宝くじ。だめだ、時間がかかる。スクラッチくじ。
買わなければ当たらないが確率が悪すぎる。
視点を変えよう。
店主はなにが欲しい。
金か。いや、彼は骨董屋だ。
金ではなく、物だったら。
僕は一つの賭けに出た。これでダメだったら潔く金を貯めよう。いっそ転職をしてでも金をかき集める覚悟で言うしかない。
「店主」
「なんだ。土下座でもして譲ってくれとでも言うのか? それとも呪いがかかった自分を助けてほしいと言って俺に哀願するか? それともその二つ同時にやってのけるのか。やめろ、土下座しながら哀願でもしてみろ。俺はその頭を踏みつけて床を舐めさせるぞ」
店主からフキダシは出ていない。さすがに本気で人を踏みつけるような悪人ではないということだ。最も、僕に興味が無いから何も感情が沸かないという可能性もある。
「店主が持っている小冊子と等価値のある物との交換なら、どうですか」
「交換か。しかし、あんた目利きなんて出来るような人種じゃないだろう。まがい物なんて持ってきたら二度とこの店を跨ぐことができなくなるぞ」
上手く食いついてくれた。あとは逃げないように釣り上げるだけだ。
「これは等価値ではありませんか?」
僕は店主の眼前に小冊子を突きつけた。
「これは、同じ作者が書いた小冊子。あなたが僕に売ろうとした小冊子とほぼ同じ価値のはずですよね。まさか、呪いの効果が無くなったから等価値ではないなんて馬鹿げたことはいいませんよね? あなたが受け取った小冊子には新たな呪いは存在しない。まさか、呪いが無くなったから、すでに文章が読めないから等価値ではないとはいいませんよね」
もちろん、等価値であるはずがない。二冊目から新たな呪いが掛からないという保証はないし、本が読めないのも価値としては下がる。それでもだ。ここで食い下がらないでどうする。
「等価値ではないな」
そうですよね。
ここを出たら求人サイトを巡って、履歴書を書いて、証明写真を取って、したくもない面接にいかなければ。スーツなんて着たくない。ネクタイも嫌いだ。
大きな溜息をついて踵を返そうとしたが、思いとどまった。
まだだ。まだ交渉はできる。
「店主」
「あんたもしつこいな。話は聞いてやるから何度も店主と呼ぶな。俺は斉藤だ」
「斉藤さん。等価値ではなくても、絶対に売れないと言い切れますか?」
この店は売れないものは買い取らないと斉藤さんは言った。さらに、この店は不可思議なもので溢れている。中には用途をなくした骨董品があるはずだ。用途がなくとも欲しい人間はいる。ということは、呪いもなく、読むことが出来ないこの小冊子でも欲しい人間がいる可能性が残っている。
「あんた、頭使ったな。いいだろう。その小冊子買い取ってやる。そうだな、見積目安はもうあんたが言ったから、値段だけ教えてやる」
十万の半額は無くともせめて二万くらいにはならないだろうか。残り八万か。やっぱり転職するしか無いのか。
「十五万だな」
「え? は?」
値段の聞き間違いかと思ったが、驚く僕に斉藤さんはもう一度、同じ金額を口にした。
「等価値じゃないんですよね」
「ああ、等価値じゃない。俺が受け取った小冊子よりもそっちのほうが稀少なんだよ」
肉体的ではなく精神的な衝撃で膝を折ったのは人生初めての体験だった。
「なんでそんな間際らしい言い方をしたんですか。僕はその価値も知らずに、金を貯めて払いに来たかもしれないんですよ」
「俺は嘘を言っていない。十五万で買い取るよりも十万もらったほうが、うちの商売としては得だろ?」
なんて腹黒い人だ。お金に汚いというのはこういう算段が出来る人なのだと思い知った。
「それで、その小冊子を俺に売ってくれるのか? どっちだ」
「売ります」
僕は膝をついたまま、土下座するような形で一冊目の小冊子を売ることにした。
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楽しんでもらえたのなら嬉しいです。
明日も投稿を予定しています。
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